鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「………素晴らしい」
その姿を見た葉蔵は、思わず拍手した。
自身の獣鬼態に該当する形態。
しかし似ているというだけで、全く別物。
強いて言うなら甲鬼熊といったところか。
「素晴らしい、素晴らしいぞ猗窩座! ならば、私もソレに応えなくてはならない!」
葉蔵もまた獣鬼態へと変貌した。
筋骨隆々の肉体に赤黒い体毛。
燃え盛る炎のように靡く獅子のような鬣。
静かに燃える炎のような、胴体と同じ大きさの狐のような尾。
全身の体毛によって、目がなくなったというのに目以上に視えている。
「グルル……」
獣のような唸り声をあげながら、葉蔵は背中からコウモリのような翼を生やし、一瞬で上空へと飛んだ。
「お前も本気を出してくれるのか。……うれしいぞ、針鬼ィ!」
オーラをまき散らしながら、猗窩座は連撃を繰り出す。
突いた拳から、蹴った脚からオーラの打撃が打ち出される。
葉蔵はその弾幕を掻い潜りながら、血針弾による射撃を開始した。
「その程度か針鬼!」
しかし、猗窩座には弾丸が通用しなかった。
全身を覆う甲殻により、葉蔵の射撃を防御。
流石に真正面から当たらず、受け流しこそしているが、十分な防御力である。
獣鬼態へ変貌した葉蔵の弾丸を受けられる鬼がどれだけいるだろうか。
「まだまだ行くぞ!!」
優秀な甲殻によっていちいち避ける必要がなくなった分、攻撃に集中できる。
肩から伸びる腕によって、手数も増えている。
当然、猗窩座は猛攻を続ける。
「(やったぞ! 遂に…遂に俺も針鬼と同格に戦える日が来た!!)」
猛烈な連撃を繰り出しながら、猗窩座はほくそ笑んだ。
葉蔵によって積み重ねられた雪辱。
何度挑んでも、お遊び半分で返り討ちにされた無力感。
何十年と鍛錬を積んで手に入れた力を、たった数年の新参者如きに破られた敗北感。
その屈辱を今、晴らす時が来た! 今度こそ絶対に負けん! 貴様はここで俺が殺す!!
ハッキリ言おう、猗窩座の願いは叶わない。
猗窩座は、葉蔵に勝つために大事なものが欠けている。
葉蔵だけではない。
黒死牟にも童磨にも、その要素がなくては決して勝てない。
彼にないのは戦略性である。
自身の技をどう使うか、どのタイミングでどの使うか、次にどんな技を繋げるか。
逆に、相手がどう来るか、来たらどう対処するか、どうやって自分の都合が言い様に誘導するか。
そういった戦略性が猗窩座には欠けている。
黒死牟には鬼狩りの経験がある。
鬼の理不尽さを知る彼は、どうやって血鬼術を封じ、どうやって出し抜くか、技術を磨きながら研究してきた。
その経験を応用することで、血鬼術で相手を追い詰める戦略も立てられる。
童磨は学習に余念がない。
自身の血鬼術の特性や限界を学び、最大限に活かす方法を学んできた。
その結果、彼は若輩ながら上弦に到達した、
葉蔵は言うまでもない。
今更説明するもの馬鹿らしく感じる程に。
書くのも面倒なので割愛する。
猗窩座にはそういったものがない。
鍛錬に力は入れるが、戦い方や状況作りには無頓着。むしろ受け身なところがある。
ソレでは勝てない。
勝機とは来るものではなく、自身で作るもの。
戦いとは己のしたいことを押し付ける者が勝つものだ。
ただ相手の攻撃を捌き、反撃するだけでは勝利はない。
その場に座って対処するような、そんな消極的な姿勢では勝機はつかめない。
去勢されてその場に座る役立たずな狛犬では、自由に駆け回る魔獣に勝てない。
「ッグ!?」
突如、猗窩座の肉体に痛みが走った。
葉蔵の針だ。
いくら血針弾を防げるといっても、ずっと受ければ亀裂が生まれ、大きくなってやがて割れる。
葉蔵はテキトーに撃っているのではなく、大体同じ個所を撃ち続けて部分破壊を狙っていたのだ。
だが、甲殻も体の一部である以上、上弦ならすぐ治る。強化された今なら猶更だ。
割れた瞬間に当たった弾丸も少数。この程度ではせいぜい一瞬止まる程度である。
ほんの、ほんの一瞬だけ動きを止めた程度で終わる。
だが、その一瞬が勝敗を決する。
【針の流法
【血針弾・貫】
「ぐあああああああああああああああああああああああああ!!!?」
一瞬で合成された血鬼術が、猗窩座の鎧を粉砕。
一秒以内に砕かれ露出した箇所に血針弾を撃ち込まれ、瞬く間に針の根を伸ばす。
だが、これも時間稼ぎ。すぐ振り払われることは分かり切っている。
現に、猗窩座の鎧は再生を完了し、防御力を取り戻した。
全ては布石。必殺技へと繋げるための手である。
「行くぞ、猗窩座」
上空から一気に急降下。
重力と自身の速度により勢いを付け、瞬く間に猗窩座の眼前へと迫り……。
【
ドリル状の赤い光を足に纏わせながら、猗窩座を貫いた!
「ぐ、おおおぉ……あ、あああああああ……!!」
蹴りによって装甲を砕かれ、罅が鎧全体に入る。
遅れて黒い塵となり、パラパラと剥がれていった。
肩から生えた腕も同様に散り、元の姿へと戻った……いや、戻された。
勝負あり。
殻を奪われた獲物がたどる道は決まっている。
今から捕食の時間である。
葉蔵は己の捕食器官を猗窩座に向け……途中で止まった。
「……前から思っていたのだけど、君って戦いに消極的だね。受け身な戦法をしている割にその先を考えてない。……まるで守るものがはっきりしてない防衛戦だ」
「な、なにを言っている……?」
「一応聞くけど、なんで君は力を求める? 私や童磨のように成長を楽しむわけでも、黒死牟のように何かに執着している様子もない。正直に言って、ちぐはぐだ。まるで何か大事なものが欠落しているように見える。
……ああ、そういえば鬼に成った者の大半は記憶が欠如するんだったね。………なら、そういうこともあり得るか」
「だから……何を言っていると言うのだ!?」
「ああ、そうか。そういうことか……」
一人ウンウンと頷く葉蔵。
猗窩座は力の入らない肉体を気合だけで動かして葉蔵を睨みつける。
猗窩座は力の入らない肉体を気合だけで動かして葉蔵を睨みつける。
彼は、葉蔵のこういったところが前から気にくわなかった。
まるで見透かしたかのように一人で納得し、ベラベラとしゃべり、答える前に何処かへと消えていく。
勝手にも程がある。
童磨も大概だが、葉蔵はより内部に入り込み、かき乱す。おかげでない筈の記憶にどれだけ苦しめられたことか……。
「君は……空っぽなんだね」
「!?」
その言葉を聞いた瞬間、猗窩座の気合は途切れた。
「空っぽだから強者との戦いを楽しむフリをして、空っぽだから誰かの真似をしている。けど、人間の記憶がない君はソレが誰だか知らないし、存在すら忘れている。だからそんなことをしても君が満たされることはない」
「それほどの腕を見るに、本来はとても崇高な目的や理想を抱いていたのだろう。だけど、今の君にはソレがない。立派な器はあっても中身はとうの昔になくなっている。……まるで去勢された猛犬だ」
「いくら牙があっても振るう意思がなければただの重し。………役立たずの犬に興味はないね」
言いたいことを言って背を向ける葉蔵。
猗窩座は再び気合を入れて身体を動かす。
「ま…待て! 俺にトドメを刺さす逃がすというのか!?」
「刺す必要はない。君への興味が失せた。食う気にもならない。……どうしても死にたければ後ろに頼め」
「ふざ……ふざけるな! 弱者に……弱者ごときに……!!」
「……何故、君は弱者をそこまで嫌う?」
「知るか! 弱者は目に入るだけで苛つく!」
「……ッフ」
葉蔵は鼻で笑いながら振り返る。
「強者と自負するものにとって、弱者は搾取する対象か、或いは取るに足らない存在と認識するのが大半だ。嫌うとしても見かけ次第殺す程ではない。……君の弱者嫌いは異常だ」
「もしかして、弱者を嫌うのは他にも理由があるんじゃないか? 空っぽになって忘れているだけじゃない?」
「訳の…分からないことを……!!」
猗窩座は、最後の力を振り絞って立ち上がろうとする。
先程の蹴りによって、鎧を作り直す分の鬼因子は奪われた。
対する葉蔵は獣鬼態に変化したにも拘わらず、大した消耗をしていない。
勝ち目なんて最初からない。
だから葉蔵は相手にしない。
興味がないから。
「それじゃ、私はこの辺で」
「~~~~~~~~!!!」
猗窩座に背を向けて、その場をゆっくり去る。
その態度に逆鱗をDJされた猗窩座は、後ろから拳を振り上げ、奇襲する……。
【針の流法 血針弾】
ノーモーションどころか振り向く事すらせず、破壊殺・羅針で察知するよりも速く。
撃ちだされた弾丸が猗窩座の眉間に命中し、内部で針の根を形成。
脳みそをグチャグチャに掻き回した。
「まったく、私たちがどれだけやり合ったと思っている? 君の行動何て予測出来るさ」
「き……さま!」
「弾丸にはあるおまじないを掛けておいた。次は君を縛るものがないことを願うよ」
べべんッ。
突如、三味線のような音が聞こえ、猗窩座の姿が掻き消える。
おそらく鳴女の血鬼術だろう。勝機なしと無惨が判断し、連れ帰ったようだ。
気づけば日も昇り始めている。日光に当たれない葉蔵も帰ることにした。
【針の流法
葉蔵は血鬼術によって文字通りその場から消えた。
途端に拡がる沈黙。
先程まで人外同士が殺し合ったとは思えない静けさである。
残るのは破壊の跡。
余波によって抉れた地面や、草木の燃え跡。
あちこちに刻まれた戦闘の爪痕が、人外共の狂騒が夢ではないと証明していた。
「ぐ、ぁぁあああああああああ!」
無限城の一室。
部屋一体に男の悲痛な叫びが響き渡った。
声の主は上弦の参の猗窩座。
鳴女の血鬼術により連れ戻された彼は、無惨によるパワハラを受けていた。
「猗窩座、私の望みは鬼殺隊の殲滅だ。針鬼ではない。なのに何故針鬼と戦った? なぁ猗窩座、答えろ猗窩座! 猗窩座!!」
理不尽なまでの責め苦が猗窩座を襲う。
そもそも、あの場では葉蔵と戦う以外の選択肢がなかった。
ソコまで言うのならお前が出ろと言いたくない。
だが、支配の枷がある鬼達はそんなこと言えない。
彼らは無惨の飼い犬以下の存在なのだから。
「ぐ、ぅぅううううううううううう!!?」
理不尽なまでの体罰。
無惨の支配により体を痛めつけられ、細胞に直接痛みを送られる。
「貴様なら容易く柱など屠れると思いあそこへと遣わせたのだが、大いに期待外れだ。だから新参である童磨などに取って代わられ参などに落ちるのだ」
その後も無惨のパワハラが続くが、大体十分程で解放される。
葉蔵による苦渋はもう舐め慣れたのか、パワハラの時間は最近縮んでいる。
まあ、ソレならいちいち癇癪起こすなと言いたいが。
「~~~~! ハァ…ハァ…ハァ……」
無惨がその場を去ったのを確認してから、息を整える。
パワハラはもう慣れている。葉蔵に撃退される度に受けてきたのだから。
後は息を整えて……。
「っ!」
突如、脳裏に浮かぶ記憶にない筈の、女の顔。
もう、何度目だろうか……。
葉蔵と戦う内の何回か。
時折、その女の顔が脳裏に浮かび上がるのだ。
何度も自問するが、答えが返ってきたことは一度もない。
いつも酷く悲し気な表情を浮かべ、何かを訴えかけたがっている。
ソレが何なのかは未だに分からない……。
「まただ……。何だこのなつかしさは!? 何故懐かしいんだ!?」
その女の顔を見ていると、何故か鬼にはないような感情が湧き出る。
同時に来るひどく切ない気持ち。
ソレが鬱陶しくて堪らない。
「……クソ、鬱陶しい! 俺の頭から離れろ!」
頭を振り自身の脳内に浮かぶ謎の女の顔を振り払う。
こうすればいつも女の顔は消えた。
同時に感情も消える。
いつもそうやって……。
「ぐ、あ、が……あ、頭が割れそうだ……。くそ、誰だ……俺の頭の中に居るのは……」
だが、今回はそうはいかなかった。
葉蔵のおまじない。
どういった効力かは知らないが、おそらくそれのせいだろう。
「やめろ……! そんな目で俺を見るな……俺は……俺は……恋……っ」
猗窩座はその場で蹲り、腹の底から叫んだ。
猗窩座が無惨を裏切るまであと少し