鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「す、すげぇ……」
獪岳は、眼前の光景に見惚れていた。
圧倒的な力のぶつかり合い。
剣と銃が、月刃と血針弾が。
武器は違うとはいえ極限まで高められた二つの力。
それらが演武のように交互に繰り出される様子に、獪岳は目を奪われた。
「………」
気が付けば、演武は終わっていた。
一晩中か、それとも三分ほどで終わったのか。
時を忘れて魅入っていた獪岳には分からない。
「……あ」
気が付けば足を動かしていた。
意識したわではないのに、目的地は分かる。
あの鬼だ。
「………針鬼」
鬼でありながら人を喰わず、鬼のみを狙うハグレ者。
人の味方とは断言出来ないが、鬼に襲われた者を積極的に助け、中には鬼殺隊も彼に救われたという。
中には向かってくる鬼殺隊もいたが全て撃退。圧倒的な力で心をへし折り、殺すことなく追い返したという。
強さもけた違いだ。
上弦の鬼にも届き、噂では無惨を撃退したともいわれている。
更に金持ちでもあるらしい。
人を使って鬼の情報を集め、鬼殺隊よりも早く鬼を食べ歩きしているという。
巷では鬼神様とも呼ばれているらしい。
悪鬼から救った一般市民や鬼殺隊が正義の鬼と持ち上げ、神格化しているそうだ。
自由、実力、そして金と権力。人望だってある。
針鬼は鬼でありながら全てを持っている。
みじめな自分とは違って………。
「……」
無言で獪岳は走る。
話したい。
一目見て何か話したい。
何を話すか、見てどうなるかなんて頭にはなかった。
気付けば体は動き出し、葉蔵の元へと向かう。
殺されるかもしれない。
噂では鬼神様だの無惨を殺すために神が産み落とした救世主だの言われているが、所詮は鬼。
少しでも気に障れば殺されるかもしれない。
何なら気まぐれで殺すかもしれない。
しかし、そう頭に思っていても、足を止めることはなかった。
それにもう遅い……。
「ん?なんだい君は?」
既に目的地に着いた。
後はどうとでもなれと祈るしかない。
「あの……少し、話を……」
恐る恐ると言った様子で獪岳は葉蔵に話しかける。
どうなる、どう反応する?
無視するならまだいい。ソレなら諦めて帰ればいいだけだから。
けど、もし気に障って何かされたら……。
「うん、いいよ」
獪岳の心配とは裏腹に、葉蔵は気軽にOKを出した。
それから獪岳は話しだした。
内容は自身の生い立ち。
孤児であること、孤児院にあたる寺で犯した罪、盗みで生計を立てた事、鬼殺隊に入った事、そして、弟弟子である善逸を憎んでいる事…。
何故、在って間もないような赤の他人に、人ですらない葉蔵にこんなことを話したか。ソレは獪岳自身良く分かってない。
ただ、漠然とした期待があった。
鬼でありながら鬼らしくない彼なら、人とは違う生物である彼なら、鬼とも人とも違う考えを持つ彼なら、何か違う答えを出してくれると。
「う~ん、確かに君のやったことは世間でいう悪事だ」
「……」
獪岳は俯いた。
ああ、この鬼も同じなのかと。
しかし次の瞬間、ソレは覆ることになる。
「だが、私は君が完全な悪というつもりはないよ」
「………え?」
俯いた顔が、起き上がった。
「確かに君は生きて行く中で他者を騙し、他者から奪い、他者を蹴落としてきた。社会では君を悪とするのは仕方のない事。だが、君がそうしたのも仕方のない事だと私は思う。
強いて言うなら、間が悪かったといったところか」
「どういう……意味ですか?」
「例えば寺から金を奪った際、普通なら罪悪感を感じて戻るか、後で寺の子たちが迎えに来て、その後に謝って一件落着する筈だ。しかし、そこで君は鬼と会ってしまった。ソレが歯車が狂いだした原因だと思う」
「………」
ソレは獪岳も考えたことがある。
もし、あの時盗んでいなければこうはならなかっただろう。もし、あの時鬼と会わなければこうはならなかっただろう。
あいつらが余計なことをしなければ……!
「話を変えるけど、君は何故鬼殺隊なんてやっているんだい?」
「……え?」
唐突な、意図の分からない質問をされて獪岳は戸惑った。
葉蔵はそんな獪岳に構わず話を続ける。
「隊員になった君は既に自由だ。いつ辞めてもいいし、新しい何かを始めるための金もある。修行と鬼狩りで鍛えた肉体があればどんな過酷な仕事も出来るはずだ。なのに何故鬼殺隊なんて命懸けの割に合わない仕事なんて続ける?」
「そ、それは……」
ソレは考えたことがなかった。
確かに、獪岳には鬼殺隊にいるメリットがない。
金は十分貰ったし、全集中の呼吸で頑丈になった彼の肉体なら力仕事で食っていける。
危険も恐怖も多く、自分より優秀な奴の多い鬼殺隊でやるよりも、さっさと別の仕事をした方がいいに決まっている。
なのに何故鬼殺隊に拘る?
桑島への恩?
ありえない。そんなことを気にするような性格でないことは獪岳自身よく理解している。
善逸への対抗心?
ありえない。あんなカスごときに拘るような性格でないことは獪岳自身よく理解している。
鬼に対する義憤?
ありえない。そんな下らない正義感なんて無縁の性格であることは獪岳自身よく理解している。
何でだ、何で自分は鬼殺隊なんかにいる?
ああ、そういえば何で雷の呼吸なんかに拘っているんだ?
出来ないなら別の呼吸にすればいいのに、何で雷の呼吸を続ける?
分からない。
自分の事なのに全然分からない。
一体、自分は何のために雷の呼吸を、鬼殺隊を続けている?
「おそらく君は、罪悪感を抱いているんじゃないか?」
「!!?」
ポツリと葉蔵が呟く。
普段通りのトーン。何気なく零した言葉だが、何故か獪岳の脳内に浸透した。
「私が思うに、君が努力しても達成感を得られないのは、自己肯定感が低いせいなんだろうね。だから周囲の評価で埋めようとする。そして自己肯定の穴の原因が罪悪感だ」
「罪、悪感……?」
震えながら獪岳は呟く。
「もし仮に、君が何も感じてないなら、そこまで気にしてない筈なんだ。例えば鬼は喰った人間の数なんて覚えてないし、君もいちいち潰した蚊の数なんて覚えてないだろ?」
「……」
サラッとえげつないことを言葉にする葉蔵に引きながらも、獪岳は内容に対しては納得した。
「しかし君は例の事件を引きずっている。ソレは君が心の何処かでは悪いと思っているんからじゃないか?」
「そ、そんなことねえ! 俺を追い出したアイツらさえいなければ……!」
「そこだよ」
葉蔵が獪岳の話を遮り、指をさす。
「もし仮に何とも思わなければ、怒りよりも疑問が先立つ。なのにそうしない。……君の怒りは自己防衛なんだよ」
「自己……防衛?」
「そう。君は罪悪感から解放されたい。しかし罪悪感はソレを許さず君を罰し続ける」
「拭えない罪悪感は地獄だ。亡霊のように心の中へ取り憑き、呪いのように蝕み苦しめる」
「祓うには君自身が亡霊と……罪悪感と向き合うしかない。しかし己の心の負の部分を見つめるのは勇気がいる。君はソレが怖かったんじゃなないのか」
「その気持ちは私にも分かる。私もかつては逃げて来たからね。だが、心の亡霊は決して他人には祓えない。自分の意思で見つめ、正体を見極め、自分なりのやり方を見つけるしかないんだ」
「亡霊を祓った時こそ君が解放されるときだ。そうすれば君の穴を埋めて亡霊から自分を取り戻せる。その時こそ君の人生が始まるときだ」
「………」
気が付けば、針鬼はいなくなっていた。
真面目に講義を聞く学生のように、ずっと話を聞いていた。
「俺も……亡霊を祓えるかな?」
獪岳は合流地点まで戻りながら、ポツリと零した。
「訃報! 訃報! 獪岳、上弦の肆により死亡!」
「………そうか、獪岳が………」
家の縁側で桑島慈悟郎は俯いた。
手にした手紙をクシャクシャに、涙で文面を濡らす。
「獪岳……お前は役目を果たしたのだな……」
弟子の本性を知らない桑島。
彼は鬼殺隊として勇敢に戦った獪岳の死を純粋に悲しんだ。
「………そっか、死んじまったのか……獪岳」
鎹烏から渡された手紙。
そこには、獪岳は重傷を負いながらも勇敢に戦い、鬼に一矢報いた立派な最期と書かれていた。
「あの獪岳が、そんな立派なことをするわけないじゃん!」
善逸は叫びながら手紙をクシャクシャにした。
破り捨てないだけまだマシといったところか……。
「口も性格も悪い人間の屑! すぐ殴るし物投げるし! 口を開けばカスだの愚図だのと罵倒しか吐かない!
確かに俺は情けない弟弟子だけどさ! 修行でもすぐ泣いちゃうダメ弟子だけどさ! でもいくらなんでもあんまりじゃない!?
ちょっとぐらいは余裕持てよ! 兄弟子だろうが! 俺より強いんだろうが! 大嫌いだ、あんな兄弟子ぃぃぃ!!」
善逸の兄弟子に対する評価は、クソ底辺だった。
早口でまくし立てるように兄弟子への不満をぶちまける。
大声で、騒がしく、汚い高音で。
今は周囲に誰もいないからいいものの、もし蝶屋敷内だったら確実にしのぶやアオイからお叱りを受けている。
「………あ~スッキリした」
しばらく陸に打ち上げられた魚みたいに跳ねながら叫び、急に落ち着いた。
傍から見れば情緒不安定。
まあ、善逸を知るものが見ればいつもの光景だと割り切るのだが。
「あんたは、爺ちゃんや俺にとって、特別で大切な人だったんだな……」
楽しい思い出なんてなかった。
ぶっちゃけ、いじめられたり、罵倒されていた記憶が圧倒的に多い。
しかし、それでも善逸は獪岳を嫌いにはなれなかった。
「俺……確かにお前のこと嫌いだった。けど、尊敬してたんだぜ? いつお前の背中を見てたからな」
いけ好かないと思いながらも、自分とは違って努力を重ね、厳しい修行から一度も逃げなかった獪岳。
善逸はその姿勢を尊敬していた。
そして、獪岳の異常性も知っている。
幸せを入れる箱に穴が空いている。
彼を一言で例えるならコレだった。
いつも何かが足りない。満ちかけてもすぐに漏れる。どんな時も不満の音がしていた。
そのことを理解していながらどうしようもできなかった。
「そんな、自分の事が大事で大事で、それ以外はどうでもいいて思ってるようなお前が……何で自分の命よりも誇りを優先して死ぬんだよ。……似合わなさすぎだろ」
嫌いだと言いながらも、善逸には彼の死を悼む気持ちが確かにあった。
「なあ、最期にはお前の中にある箱に……幸せはちゃんと詰まっていたのか?」
ソレを確かめる方法はない。
死んだ以上はもう何も出来ない。
せいぜい、そうあってほしいと祈るぐらいである。
え~、私が獪岳の幸せを入れる箱が空いた原因は、罪悪感からだと私は思っております。
寺小屋での一件で無意識に自分は幸せになれるような人間でないと責めるも、獪岳の弱い精神はソレを認められず、意識的な部分では、自分は悪くないと言い続けてきた。結果、目を逸らした罪悪感が彼の幸せを入れる箱に穴を空けてしまった。
他の誰でもない、彼自身が幸せを入れる箱に穴を空けたと私は考えております。
獪岳は弱い人間です。良い言い方をすれば、覚悟ガンギマリの異常者の中で、彼は人間臭い感じがします。
自身の非や弱さを指摘されたら、さも開き直ってソレが当たり前のように振舞い、自身の闇から眼を逸らそうとしているように私には見えました。
こういう人、けっこういます。というか、大半の人間は自分の闇と対面して耐えられる程、メンタル強くないと私は決めつけてます。
箱の穴を埋めるには獪岳が自身の闇と向き合い、本当は何がしたいのか、本当は何を思っているのかをきっちり答えを出す必要がある。
その機会に獪岳は恵まれなかった。
皆さんはどう考えます?