鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「……針鬼!」
その場から走り離れる。
恨めしそうに全身の目を歪めるも、百目鬼の行動は冷静だった。
殺すための工夫というのなら、この針は本命はないだろう。
受けることすら想定した一手である筈だ。
故に、次の攻撃を警戒して一か所に留まるべきではない。
「そこの君、立てるか?」
「は…はい……」
突然葉蔵に声をかけられた少女は、戸惑いながらふらつく足で立つ。
「ならここは私に任せろ。あそこに皆集まってる」
「……」
少女は何も言わずに葉蔵の指さした方角に向かった。
鬼の言うことが本当かどうかなんて今はどうでもいい。
この鬼があの鬼と戦っていれば、自分が逃げられる時間を稼げるのだから。
「針鬼…貴様、同族食いだけでは飽き足らず、人間の味方、それも鬼殺隊のガキまで助けようというのか!?」
「私は人種や種族で助ける相手を選ばない。助けたいから助ける、殺したいから殺す。ただそれだけだ」
「……いかれてやがる!」
百目鬼が葉蔵に手を向ける。瞬間、鬼の腕から目玉が弾丸のように飛び出た。
速い。人間ではまず視認出来ない速度。
しかし葉蔵は鬼。しかも今まで同族をたらふく食った上に鬼との戦闘経験も比較的多い。
彼は目玉を全て避ける……のは無理なので長針を杖術のように振り回すことで叩き落した。
葉蔵は人差し指を百目鬼に向け針の弾丸を放つ。
銃弾とほぼ同じ速度で放たれる針。通常なら血鬼術も使えない鬼では避けるのは不可能だが……。
「なッ!?」
百目鬼は葉蔵の針を避けやがった!
「へへッ驚いたか! 今の俺ならお前の攻撃だって見切れるんだぜ!」
「(……なるほど、この鬼は高い動体視力や視野といったものが他の鬼よりすぐれているのか。どうやらその無駄にある目は飾りではないようだ)」
再び葉蔵は攻撃に移る。
針を生成して投げつける。一度に何本も同時に投げ、空かさずもう片方の腕で投げる。そうやって針の弾幕を作ろうとするも、百目鬼は全て避けて見せた。
「ハハハハハッ! 数撃ちゃ当たると思ったの……!!?」
百目鬼はあざ笑うも、途中でその声を止める。
葉蔵がいつの間にか急接近してきた。
おそらく先ほどの針は牽制。本命はこうして接近することだ。
「な…なめるな!」
葉蔵と同様に弾幕を張る百目鬼。
量だけに着目すれば、百目鬼の方が上であった。
全身から眼球の弾幕を張ることで少しでも葉蔵を遠ざけようとする。
しかしそのすべてを葉蔵は無理やり突破した!
同時に長針を構える。
突き月の構えを取りながら、踏み込んで飛び交うかのように足の力を解放……。
「キエエエエエエエ!!」
「!?!?!?」
と、同時に奇声を上げながら彼は突きを放った!
示現流と呼ばれる剣術に猿叫というものがある。
猿が叫ぶかのような雄たけびを上げることで自身の身体のリミッターを外すことで強力な一撃を放つ。
この技は他の流派だけでなく外国の者たちも恐れられたといわれ、中にはこの一撃で防御しようと掲げられた刀ごと切り伏せたという逸話まである。
そのような技をまだ齢十三の若造が使っている。それだけでも彼の特異性が、如何に彼が才溢れた子供なのか物語っている。
だが、相手が悪かった。
「ひゃ…ヒャハハハハハ! いきなり叫んだかと思ったら、ただの突きじゃねえか! 驚かせやがって!」
続いて攻撃を続ける葉蔵
突き、蹴り、頭突き、投擲、針の弾丸…。
あらゆる攻撃を、あらゆる角度と位置に移動しながら仕掛けた。
しかし、一向に彼の攻撃は当たる兆しを見せない!
「(なるほど、奴は目だけじゃなくて視覚の情報処理能力も高いのか。眼に専用の脳でもあるのか?)」
視覚というものは人間の感覚の約8割を占める。故に、視覚を極めるという事はスポーツや格闘技だけでなく、あらゆる分野を制すると言ってもいい。
だが、視覚を極めるということは人間には不可能。何故なら、人間の感覚はそんなに便利ではないからだ。
人間の眼というものは視界全てを捉えているわけではない。
眼に入る景色の内、処理されているのはその一部。興味がある者や注意を引くものだ。
だがこの鬼は違う。全身の眼が葉蔵のそれぞれの部位に注目し、全身の動きから攻撃を読んでいる。
百目鬼の動体視力は彼の動きを完全に捉えている!
とんでもない性能だ。
もしこれで百目鬼が格闘能力も高ければ、もし鬼殺隊ほどの剣術が使えれば、葉蔵に勝ち目はなかったであろう。少なくとも、今の状態では。
だが、何も葉蔵に手がないわけではない。
「(相手の体捌きは素人。なら、そこに付け入れる!)」
「バカめ! 何度やったって同じだ!」
再び始まる葉蔵の連続攻撃と百目鬼の逃走劇ならぬ回避劇。
長針の突き。避ける。
連続突き。これも避ける。
前蹴り。横へ跳んで避ける。
反対の腕の拳。跳んで避ける。
拳の勢いで後ろ回し蹴り。また避けた。
突きのフェイントを入れ針の投擲。ギリ避ける。
今度は足を狙って針を投げる。これもまた飛んで避けた。
同じ攻撃を繰り返しているわけではない。葉蔵の攻撃は段々速くなっている。
フェイントも増え、一瞬たりとも休む隙を与えない。針も拳も蹴りも頭もフルに使って、敵を貫こうとする。
避ける避ける避ける
一瞬たりとも止むことのない葉蔵の猛攻が降り続ける。
百目鬼に余裕はない。むしろ、必死だ。一撃一撃を全力で避ける。
「(く……クソが! 本当にコイツ若造か!?)」
百目鬼は焦った。攻撃が見えてもその攻撃の対処が難しくなっていることに。
次の動作に移行する際の隙が少ない。
葉蔵の一連の動作は流れるかのように次々と繰り出される。
最初はまだよかったが、こうも長引くと不利になるのは目に見えていた。
いくら目がいいといっても、脳がその情報処理に付いていけているとしても。肉体がその動きに付いていけるという保証はない。
相手の攻撃が見えても、それに付いていけないなら意味がない。
葉蔵はそこに賭けた。
葉蔵の蹴りを飛んで避ける。途端、葉蔵が百目鬼に指を向けた。
針が来る。気付いた百目鬼は針を止める構えを空中で取った。
しかし、彼の眼は捉えてしまった。
「(な…なんだあれ?)」
葉蔵の指が第三関節を超えて指元とその周辺まで赤く染まる。
明らかに先ほどの血鬼術―――針の弾丸とは違う様子だ。
だがそれが何だと言うのだ。
また針が飛んでくるなら止めればいいだけの事。やることは何も変わらない……。
【針の
「な…ナニィィィィィィぃ!!?」
突如、葉蔵の指先から針の弾丸が『連射』された!
一発目はなんとか止められた。
二発、三発と。針を必死こいて止める。
四発目が止めたはずの指を通り抜けた。
針が刺さった瞬間、何かが肉体に入り込んでくるのを感じて力を入れる。入り込む感覚は手首までで止まった。
五発目が肩を貫いた。針が急速に伸びて肩だけでなく腕を乗っ取った。腕は動かなくなった。
六発目も命中した。胴体に命中した。へそ辺りで針の根を張り、百目鬼の肉体を蹂躙する。
七発目、頭を貫いた。針は急速に成長して脳をもズタズタにする。数秒も経過せず頭どころか首まで浸食することで鬼の意識を奪い始めた。
「ち…きしょ……」
呆然と、鬼は最期を想う。
ああ、何故こんなことになってしまったんだろう。
俺はただ…ただ母ちゃんを見つけたかっただけなのに……。
「(あれ? 母ちゃんって……誰だっけ?)」
突如。暗闇の中から一筋の光が見える。
「かあ…ちゃ……?」
温かなそちらに目を向けると、少年の体が温かいものに包み込まれた。
気が付いたら、私は鬼の背中を撫でていた。
「…………?」
私は一体何をしている?
何故こんな醜い鬼なんかに私は腕を回している?
母に教えられたではないか。我ら華族は選ばれた存在。故に汚いものに触れてはならないと。
なのにこの腕は何だ?
まさか鬼の過去に同情でもしたのか?
この鬼は人殺しだ。人食いの化け物なのに?
私と違ってこの鬼は人を食らった。だからこんな醜い怪物になった。
そんな鬼なんかに何故私は同情する必要がある。
私はそう思っている。思っているはずなのに……。
「あ…あの~………」
「!?!?!?」
突如後ろから声をかけられて驚く私。
マジでびっくりした。ここまで驚いたのは鬼になって初めてだ。あの歯を飛ばす鬼にやられた時でさえマシに……感じないな。
落ち着け私。いかなる状況でも優雅たれと教育されてきたはずだろう。ならばさっさと心を整え、彼らと話をせねば。
「お前らこんなところで何をしている!? ここは化け物の巣窟だ! 早く出て行け!!」
……私の口から出たのは怒鳴り声だった。
おかしい。心は落ち着かせたはずだ。
私は感情をコントロール出来るように教育されていたし、動物の様に激しく喚く連中を単純に馬鹿だとすら感じている。
無論、感情がないわけではない。ただ感情の切り替えが早く、その感情をどう処理すれば不快にならないようになるかを心得ているだけだ。
今回もそのようにやっているのだがうまくいかない。まさか、それほどまでに先ほどの経験は動揺するものだったのか。
「スゥゥゥゥ………ッフ!」
一度呼吸を整える。
叔父から教わった特別な呼吸法。
これでやっと精神が安定して元の私に戻った。
「……すまないね、急に怒鳴ったりして。ここは危険だから早く去るんだ」
心を落ち着かせて笑顔を作る。
相手を安心させて話す技術は母上に叩き込まれている。問題はないはずだ。
ほら、現に何人かは黙って私の話を聞いている。
「あ…あの!助けてくれてありがとうございます!」
「お、おいやめろ! 相手は鬼だぞ!?」
礼を言う女の子とそれを止めようとする中学生ぐらいの男子。
一体どうしたんだ、この子はただお礼を言おうと私に近づいただけなのに。
「さっきのを見たろ、あの鬼は並大抵じゃない血鬼術を使う鬼だ!」
ああなるほど。この子は鬼である私が無償で人間に味方するのが不気味で怖いのか。
「交換条件だ。向こうに食事と私の住居がある。そこで君たちの事や外の事を教えてほしい。これで貸し借りはチャラだ」
「へッ、信用できるか! 調子いいこと言って俺らを騙す気だろ!?」
「そんなことをして何になる。その気になれば君たちなど一分足らずで殺せる。そんな相手に罠なんて仕掛けると思うかい?」
「……」
よし、私に反論できずに口ぐもっている。ならば今のうちに畳みかけよう。
「脅す気はないが、先ほどの鬼たちはこの山でも雑魚に値する。その雑魚たち相手に消耗した君たちでは更に強い鬼たちと戦うのは現実的ではない筈だ」
「おそらく強い鬼たちは騒ぐと私が来ると思って遠くから様子を見ていたのだろう。もし私が来なければ君たちを食うつもりでね」
「そして今度は私が君たちから離れる瞬間を狙っている。その時が来ればすぐさま強襲出来る距離で、尚且つ私が追っても逃げられる距離で」
全体を見渡しながら私は話す。
個人だけでなく全体を説得させるにはこうして全員を少しだけ見渡さなくてはならない。
しつこ過ぎずさりげなく。演劇風に話すことが大事だ。
まあ、今回は突っかかってきた反対意見の子がいたおかげでそれほど気を使わずにいけたけど。
「では聞こう。こんな状況で私なしでどうやってこの山から脱出する?」
「「「「………」」」」
よしよし、いい感じの空気になってきた。ではトドメの一言を。
「では端的に聞く。……人に慣れて腹も満たされている鬼と、飢えて飢えて今にも人を食おうとする鬼、どっちと一緒にいたい?」
さりげなく選択肢を与えて質問する。
人間は会話の中で選択肢を与えると、自然にその中から答えを出そうとする。よくあるセールスマンが使う方法だ。
更に、私は先ほどお礼を言ってきた女の子に目を向ける。
分かってるよねと言い聞かせるように。
「わ…私……私、だけでもこの鬼に付いていきます」
「お、俺も行く!」
「ずるい!僕も僕も!」
よっしゃ釣れた! では蒸し返される前に話を切り上げるか。
「では付いてきてくれ。遅れてくる者たちも目印は残しておく」
・百目鬼
全身に百個の目を持つ異業の鬼。
全ての目が優れた視力と動体視力を持ち、情報を処理する機能が目そのものについている。
また作中では出なかったが透視などの見ることに関する血鬼術を使える。
純粋な戦闘能力は手鬼を超えており、互いに日輪刀や葉蔵の針などの鬼を殺す道具を持っても手鬼を殺せるほどの実力がある。
下弦の伍の塁でアレなのだから、下弦の鬼ってめっちゃ強いよね?
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いや、下弦など雑魚だ
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うん、塁がもっと真剣なら義勇にも勝てた
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いや、塁が強いだけで下弦は雑魚だ
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分からない、下弦自体強さにバラつきがある