鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
とある月夜、葉蔵と珠代は茶屋の一室でテーブル越しに向かい合っていた。
二人の前にはそれぞれ茶が用意されているが、珠代はソレに手を付ける様子はない。
対し、葉蔵はゆっくりと茶を飲みながら和菓子を食していた。
「……葉蔵さん、こんな状態になっても考えを変える気はないのね」
「ああ、私は今まで通りゲーム……戦いで快楽を得るためにこの力を振るう」
「そう……ですか」
沈黙。
俯く珠代の前で葉蔵は和菓子に手を付ける。
「……ですが葉蔵さん、これ以上の強化は……望めませんよ?」
ピタリと、葉蔵の手が止まった。
「気づいていたのか」
「ええ、貴方にも限界が来ています。いえ、正確には……停滞期と言った方がいいでしょうか」
「どういう意味だい?」
「しらばっくれるのはやめてください。本当は気付いている筈です。……少し休憩をはさむだけで貴方の肉体は完成すると」
珠代の話に興味をもったのか、葉蔵は食事を辞めて聞く態勢に入った。
「貴方の肉体はここ数年で著しく強化されました。その成長速度に身体が付いて来れない状態にあります。ですから、次の強化には休憩が必要なのです」
「ちゃんと休憩しているさ。毎朝の睡眠は欠かしてない」
「いえ、その程度では足りません。もっと長い期間……」
「冗談じゃない」
ぴしゃりと、葉蔵は断った。
自分の命が係わる大きな選択。だというのに、彼はあっさりと決めた。
そのことに対して珠代は眉を顰めながらも説得を続ける。
「ほんの少しの休憩で充分です。戦いを辞めて、身体が血に適応するのを待てば、貴方は生き永らえる事が出来るのです!」
「いや、別にいい。私は長生きするつもりはない。というより、満足できる死なら、今死んでもいい」
「~~~~~~~~!!?」
葉蔵の言葉に珠代の堪忍袋の緒が切れた。
前々から、葉蔵の命に対する扱いが気にくわなかった。
葉蔵は命を軽く捉える。
敵の命は勿論、自分の命まで。
まるで玩具か何かのように、快楽のためなら自分の命を惜しまないその態度が嫌いだった。
だから今日こそハッキリ言う。命を何だと思っているのかと。
怒鳴り声が店中に響き、客や店員の目がこちらに向かうが構わない。
これだけは何が何でも伝えたかったら……。
「死ぬまでの暇つぶしかな?」
葉蔵の答えに珠代は言葉を失った。
「死は怖いよ。生き物だからね。けどもっと怖いのは、意味のない人生を送ることかな?」
「私はね、命とは幸せを手に入れるための参加券だと思っている。幸せや不幸は生きているからこそ感じられる。だから幸せになれないなら……破り捨ててしまえばいい」
破り捨てる。何を?……決まっている、人生そのものをだ。
では、何故そんな簡単に自分の人生を捨てられると言うのか。
その理由を、珠代は知ってしまった……。
「……そう、やっぱりあなたは悲しい鬼ね」
「貴方は……自分の命に関心がないのね」
「命そのものはね。だって参加券って参加して得られる何かに価値があるのものじゃないか」
「……そう。貴方はそう考えているのね」
ゆっくりと席に座り、珠代は俯く。
もう何を言っても無駄だ。
この鬼と自分とでは価値観があまりにも違う。
どれだけ言葉をかけたところで、繋がることはない。
葉蔵には鬼殺隊のような命を捨てる覚悟などない。
彼にとって鬼との戦いとはゲーム。信念や正義といったものは存在せず、あるとしても美学や拘りといったものである。
では、何故彼はあんな命のやり取りに怯えや焦りを覚えず、冷静に淡々と出来るのか。
その答えが先程のやり取りである。
葉蔵の価値観は大分ズレている。
基本になっている前世の『俺』の考えは世間一般から見て多少ズレており、今世の大庭家も華族という特別な家庭環境の中でも特にズレていた。
歪なモノの上に歪なものをくっつけたのだから、当然ズレはより大きくなる。
その上で鬼化したのだ。鬼に成り、鬼の力を振るい、同種である鬼と戦い、鬼を喰う。常人どころか鬼でもありえない経験は、更にズレを大きく、人間としての価値観を大きく変える。
そしてもう一つ。葉蔵は既定の価値観を壊すような体験をしている。
転生である。
本来命とは一つ。一度きりのチャンス……の、筈だった。
しかし葉蔵は転生という在り得ない現象を体感し、第二の人生を手に入れてしまった。
唯一の筈であった物を、無くした物を手に入れた者の行動パターンは大きく分けて二つ。
失くした物の大きさに気づき二度と無くさないよう努力するパターンと、まだチャンスがあると思ってしまうパターン。
葉蔵は後者に近い。
一つだった命が、もう一度手に入ってしまった。
唯一という絶対条件が否定されたのだ。
前世の自分と今世の自分は同一人物ではない。しかしそれでも思ってしまう。
ああ、己はもう一度の人生を歩む権利を手に入れたのだな、と。
この考えが根底にある限り、歪みが消えることはない。
前世で明確な死の体験をしなかたのも大きい。
もし、死の恐怖を覚えていたのなら、自分という存在の喪失を実感していれば。
彼はもっと自分の命を大切に出来たであろう。
いや、もしかしたら……。
「もし、もっと早くにあなたに大切な人が出来ていたら………自分以外の命を愛おしく思えたら、こうはならなかったのかしらね?」
「さあね」
案外、些細な切っ掛けでこの歪みは直っていたのかもしれない。
「(結局、私は元から壊れているのかもな……)」
無限城の門前、私はふと珠代との会話を思い出した。
あの時、珠代さんはハッキリ言わなかったが、その意図は十分理解している。
お前はイカレている。命を粗末にするような男は嫌いだと。
ああ、自分でもそんなことはとっくに気付いている。
こんなイカレ、そう簡単に見つからないだろう。
だが、ソレが何だというのか。
もう、私はマトモな生き方をするつもりはない。
鬼として生き、同種と戦い、殺し食らう。
これが私の選んだ道。私が生きる意味だ。
今更変えるつもりはない。
「(たとえその道が破滅に続いても……ん?)」
門を開けようとした途端、鬼の気配がした。
数は二体。両方とも上弦並の気配だが、何処か様子がおかしい。
上手く表現できない。なんていうか、安定してないような……。
「「ぐるあああああああああああああああああああああ!!!」」
そんなことを考えているウチに、鬼たちは左右からそれぞれ門を破って出て来た。
赤鬼と白鬼だ。
大体二階建ての家程の身長に、筋骨隆々の体格。
毛むくじゃらの身体に角の生えた頭部。絵本に出てくる典型的な鬼の姿だ。
突然、赤鬼と白鬼が光る。
おそらく血鬼術を使うのだろう。鬼因子が活発化しているのが分かる。
赤鬼は炎のようなオーラを纏い、白鬼は霧のようにオーラが霧散して周囲にばら撒かれる。
大方、赤鬼の方は自身に掛けるタイプで、白鬼は周囲或いは私にかけるタイプだろう。
となると、赤鬼はバフ効果で白鬼はデバフかな?
「グルぁ!!」
どうやら当たりらしい。
赤鬼はオーラを纏い、巨体でありながら凄まじい速度で接近し、拳のラッシュを繰り出す。
なるほど、変異前の猗窩座レベルのパワーとスピードだ。
人間相手なら、一発で仕留めるだけでなく、お釣りが返ってくる勢いだ。
「しかしソレだけで私を……ん?」
拳を打ち落とそうとするが、どうも体が鈍い。
鈍さは大したことはないのだが、何かにエネルギーを吸われているような……ああ、あれか。
「なるほど、白鬼の能力は相手の鬼因子を吸い取る事か」
超感覚で鬼因子の変動が確認出来る。
赤いオーラを出している赤鬼は鬼因子が増え、白いオーラに触れた途端に私の鬼因子が白鬼に流れた。
どうやら本当にバフとデバフらしい。
「……面白い」
なかなか強力な血鬼術だ。
こういった単純かつ応用力の高い術が一番強い。
猗窩座然り、童磨然り、黒死牟然り、そして私然り。
「グルゥア!!」
うわッ! コイツいきなりビーム撃ってきたぞ!
赤鬼は口から、白鬼は手からビームを撃ち出した。
コレは私も予想していなかった。
まさかこんなドラゴンボールみたいにザ・バトル漫画の王道みたいな技を大正の時代で見れるとは!
なら、私もその流儀に合わせなければ無作法……と言いたいところだが、今は先を急がなくてはいけない。
さっさと行かないと、あの臆病者は逃げかねないからね。
「程々に楽しませてもらうよ」
とはいっても折角の前哨戦だ。
時間の許す限りは暴れさせてもらおうか。
「ということで君たちには消えてもらう」
先ずは赤い方。腕を振り上げて殴りかかろうとしている。
「グルゥア!!」
腕を振り下ろす赤鬼。
ソレを半歩右に移動して避け、同時に前進しながら相手の腕を受け流す。
同時、腕を掴んでグルンと捻り、殴る衝撃をそのまま返した。
「グゥゥゥぅッ!」
途端にあがる悲鳴。
関節構造を無視するような動きに耐えきれず、肩から腕までがだらんと垂れ下がっている。
私は一切力を入れてない。
相手の力を利用して肘と肩の間接を外し、靭帯をねじ切ったのだ。
続いて腕を掴んだままそっと持ち上げ、そのまま投げ飛ばす。
掴んだ右腕を身体に抱え、力ずくで持ち上げ、赤鬼の身体が地面に倒れ伏す。
【針の流法
そして、右足を瞬時に獣鬼のソレへと変化させ、倒れている赤鬼目掛けて貫いた。
瞬く間に針の根を拡げ、内部の鬼因子を一気に食らう……。
「グルゥあ!!」
その途中で、白鬼がビームを撃つ為に力を掌に集中させた。
足で赤鬼の鬼因子を吸収している今、私は歩けない。なるほど、いいタイミングを狙ったな。
もっとも、本人ならぬ本鬼は何も考えてなさそうなのだが。
けど、撃ち合いで貴様らのような雑魚に負ける気はないね。
【針の流法
私は振り向くことなく血鬼術を発動。
ビームを撃とうとしている右腕に砲弾を命中させた。
チャージされている力を利用して、更に針の根の成長速度を強化。
瞬く間に針の根は白鬼の右半分を侵食してみせた。
「「グルルルル…………!!」」
私の針の根を防ぐためか、鬼達は血鬼術を行使する。
赤鬼は自身の力を引き上げるために赤い炎のオーラを身に纏い、白鬼は私から鬼因子を奪おうと白い風のオーラを出す……。
「……その力、利用させてもらおう」
【針の流法
エネルギー体の針を伸ばす。
針は鬼達のオーラを伝って、同時に食らいながら急成長。
肉体にまで根を伸ばす事で更に勢いを増し、瞬く間に鬼達を侵食した。
「「ぐ…あ……ぁぁ………」」
鬼の因子を絞り尽くされた二体の鬼は、黒い灰となって消えた。
コレにて前哨戦は終了。
次だ次。早く急がねば。
葉蔵が限界を突破できる方法は実に簡単。葉蔵自身が死にたくないと望めばよかったのです。
ですが、彼は死を恐れませんでした。
生物的な恐怖はありますが、無意識の何処かで「また死んでもいいか」という思いがあります。そのせいで葉蔵は大した覚悟がなくても命を投げ捨てるような行動をとってきました。
無論、この思いを捨て去ることは出来ますし、その機会も十分にありました。
しかし、彼はソレに気づくことなく、ぼんやりと分かっても無視して修羅道を選んだ。
もう彼が元の道に戻ることはありません。足が止まる日まで果てのない道を進みます。