鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
荒野の部屋に、巨大な嵐が渦巻いていた。
ビュウビュウと、激しく吹き荒れる颶風。
岩を、山を、地面を。全てを呑み込み巻き上げる。
嵐の内部では暴風の斬撃波が舞い乱れる。
巻き上がった瓦礫を悉く斬り、刻み、削り、粉々の砂へと変える。
これぞ正しく災厄。
天災の前では人など簡単に踏み潰される。
このような災害が起きれば、人間に抗う術などない……。
「アッハッハッハ! 面白いねぇ! まさか嵐の中で戦うことになるとは!」
葉蔵は獣鬼の姿へと変え、空を飛びながら鳥鬼と空中戦を繰り広げていた。
蝙蝠のような翼を羽ばたかせ、暴風を無理やり突破。
岩を吹き飛ばす強風だろうが、獣鬼化した葉蔵の前では扇風機程度である。
砲弾の弾幕を張って風の刃を迎撃。
岩を切断するような鎌鼬だろうが、ランチャーの火力の前では無力である。
ガトリング砲による牽制射撃。
岩よりも巨大な肉体だろうと、毎秒何十発も食らえば十二分に効果はある。
これら三つ全てを平行して葉蔵は空中戦を行っている。
いや、最低でもこの三つが出来なければ、
資格無き者が立てばどうなるか、ソレは砕かれ砂になっている岩たちが証明している。
「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」
甲高い咆哮をあげる鳥鬼。
人一人を簡単に飲み込めるような嘴を開き、何かを吐き出す。
いや、ソレは吐き出すなんて可愛いものではなかった。
嘴から、嵐が吹き荒れた。
極限まで圧縮された竜巻。
この荒野に吹き荒れる暴風とは比にならない威力と速度。
弾丸を、砲弾を、爆弾を。兵器たちを飲み込みながら。
葉蔵というたった一匹の鬼目掛けて放たれる。
【針の流法
迎え撃ちは鬼の爪。
赤い鬼火を纏って飛び出す獣鬼の剛腕。
吹き荒れる暴風を突破し、鎌鼬を押し退け、大気を貫きながら。
キィィィンと、空気を切り裂く音を立てながら、竜巻と真正面から激突した。
ドォォォォォォォォォン!
荒野を満たす暴風が止んだ。
二つの災害がぶつかり合った衝撃の余波が全てを吹き飛ばしたのだ。
【針の流法
すぐさま葉蔵が別の奥義を発動。
鳥鬼目掛けて猛スピードで接近し、手の甲から伸びる宝剣の如き棘を突き刺す。
紅に眩く輝き、激しく熱を帯びる鬼の刀剣。
葉蔵の膨大な鬼因子が集中している証である。
上弦をも超え、無惨にも一矢報いた、葉蔵の本気。
その意味は最早言うまでもない。文字通りの一撃必殺……。
「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」
再び甲高い咆哮をあげる鳥鬼。
全身を風で覆い隠しながら、葉蔵を迎え撃つべく突進した。
赤い砲弾と風の砲弾がぶつかり合った。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」
叫びながら攻撃をぶつけ合う葉蔵と鳥鬼。
葉蔵は性格上、普段なら雄たけびなんて絶対に上げない。
それほど必死なのだ。
あの葉蔵が、獣鬼態までなった葉蔵が。
「ッグ!?」
相打ち。
葉蔵は右腕をズタズタにされ、鳥鬼は纏う暴風を貫かれ。
両者は互いの攻撃によって弾き飛ばされながら、地上へと落下。
しかし寸でのところで方向転換し、再び空へと舞い上がった。
「いい……。いいぞぉ! コレだけでも来た甲斐は十分にある!!」
葉蔵は歓喜していた。
まさか黒死牟以外にも自分とマトモに撃ち合える対戦相手がいるとは。
己の力を存分に振るい、どれだけぶつけても壊れず、反撃する活きのいい獲物が!
絶対にテメエは喰って見せる!!
【針の流法・奥義
葉蔵は己を曝け出すかのように、無茶苦茶な一斉射撃を開始した。
機関銃、バズーカー、ミサイル、ナパーム弾…。
ありとあらゆる人類が産み出した“災厄”をばら撒いた。
荒波の中、黒死牟は剣を振っていた。
部屋を満たす水達は荒れ狂い、黒死牟を飲み込む。
高波が、渦潮が、鉄砲水が。
水がありとあらゆる災害となって、黒死牟に迫る。
【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】
荒波にもまれながら、黒死牟は技を発動。
迫り来る水の刃を己の刃で相殺させようとする。
「ッグ!」
………押し負けたのは黒死牟だった。
勢いが足りなかった。
力負けした黒死牟は波に吞まれ、身体をバラバラにされるような勢いで流される。
「(息が……出来ん!?)」
呼吸の剣士にとっては力の源である呼吸。
鬼は窒息しないが、呼吸の剣士である黒死牟にとってこの状況は致命的なハンデだった
鰓で呼吸出来るとはいえ、水中ではいくらなんでも空気が少なすぎる。
これでは月の呼吸も弱体化してしまう。
「(そろそろ…使うか……)」
黒死牟が目を閉じる。
途端、彼の肉体に変化が生じた。
全身に刀が生えたのだ。
一本や二本ではない。
何百何千と、それらは黒死牟の肉体を覆い隠す。
もうお分かりいただけるだろう。
コレは繭である。
葉蔵が使う赤い結晶と同じモノ。つまり……。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
刃の繭から黒死牟が飛び出た。
全身を覆う龍のような和製の甲冑。
龍の角、龍の髭、龍の鱗、そして龍の翼と尾。
両腕には三日月と龍の爪を模したエネルギー刃を装備。
顔を守る鎧である面頬には、六つの隙間から爛々と輝く目が覗いている。
修羅転変。
葉蔵に対抗する為、黒死牟が編み出した切り札……の、一つである。
「はあ!!」
尻尾を振るって推進力を付け、翼膜で波の勢いに乗る。
滝を登る鮭のように力強く、嵐の中に舞う枯葉のように優雅に。
龍の鎧で武装した黒死牟は、修羅転変によって強化された身体能力のみで荒波を突破した。
「ホオオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
魚鬼が尾の触手を振るい、水を操る。
途端に起こる巨大な渦潮。
竜巻のように荒れ狂いながら、黒死牟を飲み込まんと迫り来る……。
「ふん!」
力任せに腕を振るう。
瞬間、自身を飲み込もうとしていた荒波を逆に薙ぎ払うことに成功した。
「ホオオオおおオオオオオオオオオ!!!」
魚鬼の口から、激流が吹き出された。
極限まで圧縮された水塊。
この海原で荒れ狂うる激浪とは比にならない威力と速度。
ソレが今、黒死牟というたった一匹の鬼目掛けて放たれる。
【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】
今度は、自身を飲み込もうとしている激流けて斬撃を放つ。
基本技であり、月の呼吸の中ではさして威力のない筈である壱の型。
だというのに、放たれた月刃は、巨大な奔流を一撃で引き裂いてみせた。
いったいどういう事だろうか。
先程まであんなに追い込まれていた黒死牟が少し姿を変えた程度でここまで戦えるとは。
答えは簡単、姿を変えることで、血鬼術の質と使用方法を変化させたのである。
今まで追い込まれていたのは呼吸が上手く出来なかったせいである。
鰓呼吸で辛うじて全集中の呼吸を行っていたが、十全には程遠い。
無論、その状態による剣技でも柱を圧倒する強さなのだが。
しかし、ソレでは無惨の分身体であるこの鬼には勝てない。
そこで黒死牟は変身すると同時、血鬼術の発動条件を呼吸から鬼因子の消費に設定を変化したのだ。
呼吸は酸素が必要だが、鬼因子は自己で完結している。周囲の環境を気にせず使用が可能である。
黒死牟の血鬼術、月の呼吸は剣術ではない。
ベースはあくまで血鬼術であって呼吸はその強化と補助。壱の型以外は血鬼術によって行使される超能力であり、最早剣技ではなくなっている。
全身から刃を生成し、斬撃を任意の方向へノーモーションで放つ事も可能。その気になれば刀すら要らない。現に伍ノ型は斬撃なしで飛ばしているではないか。
そう言う事なのだ。
剣を振るうのはあくまでも血鬼術を使うためのイメージ。血鬼術を発動させるために楽器を鳴らす等と同じ行為である。
月の呼吸は最早剣術ではない。列記とした血鬼術であり、極めることで呼吸も必要としなくなる。むしろソレが正しい形だのだ。
だが、黒死牟はソレを受け入れる事が出来なかった。
彼が目指したのは縁壱である。
縁壱の象徴ともいえる日の呼吸。
ソレに憧れ、何百年も手に入れようと手を伸ばしてきた彼には、呼吸を捨てるという発想すらなかった。
だが、今の彼は違う。
とある会話をきっかけに、縁壱や御家との未練と“呪い”を断ち切った。
彼は解放された。だから何物にも囚われず、自分の思うがままになれる。
黒死牟、お前は自由だ。
己の望むがままに力を振るうがいい!
「でやあ!!」
【月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾】
巨大な刃が魚鬼の触手を叩き切った。
身体を回転させながら、右腕、尻尾、左腕の三刀流による斬撃。
各々の部位の刀が月のオーラを纏い、巨大な刃を生成。三本の月龍輪尾凄まじい切れ味を発揮し、魚鬼の丸太よりも太い触手を五本まとめて切断した。
しかし、魚鬼はさして慌てなかった。
この鬼は無惨の分身体。
明確な自我はないが、上弦を圧倒するフィジカルと、自然災害のような血鬼術を持つ。
そして無論、無惨の肉体である以上、基本能力である再生力も上弦とはけた違い。
たとえ大木のような触手が根本から切られても、瞬く間に再生……。
「ホオオオおお……?」
再生しなかった。
傷口に鬼因子を送り込んで治りを強化しようとするも、何かが再生を阻害している。
切り口を何かが多い、侵食し、内部の鬼因子を破壊している。
一体なんだコレは? どういう事だ? 何が起きている!?
「(どうやら…ちゃんと効くようだな……)」
鬼殺しの刃。
黒死牟が葉蔵を殺すために開発した新たな血鬼術。
簡単に言えば、鬼の力を切り裂く刀を生成する能力である。
この刃に斬られた箇所は、鬼でも再生が困難になりダメージが残る。
本来は葉蔵対策として編み出したものだが、鬼である以上魚鬼にも効く。
そして当然、その生みの親である無惨にも……。
「では、コレでトドメだ!!」
「!?」
いつの間にか目と鼻の先まで接近した黒死牟。
彼は魚鬼目掛け、両腕のエネルギー刃を振るう。
狙いは首。日輪刀でなくても、鬼殺しの力があるこの刀爪ならいける……。
刀が首を通り過ぎる。
しかし、刎ねた感触はない。
まるで水でも切っているかのように、無抵抗に刀が通る……。
いや、本当に水を切っているのだ。
「!? ……そんなことも…出来るのか!?」
液化能力。
自身の肉体を液状にすることで物理攻撃を無効化する。
刀しか武器がない鬼殺隊に散って悪夢のような血鬼術である。
「(縁壱なら…易々と切り捨てるのだろうな……)」
ふと、黒死牟はそんな他愛のない事を思い出した。
神々の寵愛を一身に受けた己の弟。
人格者であり、多大な才を持つ弟。
ソレでいながら自分を誇れず、検挙どころか卑下していた弟。
いつも無表情を通り超えてつまらなさそうな顔をしていた弟。
「(……ああそうか。お前は……つまらなかったのだな……)」
縁壱は全てを持っていた。故に知らないのだ……この昂りを。
全てを持っていたから、何かを得る楽しみがない。だからいつもあんなつまらなさそうな顔をしていたのだ。
「(……いや、まずは集中……目の前の敵を…倒す事を考えねば……)」
魚鬼に目を向ける。
既に触手は生え変わっていた。
おそらく、傷口の再生を諦め、別の個所から触手を生やしたのだろう。
まあ、また生えてもまた切ればいいので問題ないのだが。
「……いくぞ!」
再び爪のような刀を構え、突撃する。
荒れ狂う波を翼で利用し、水の壁を尻尾による推進力で突破しながら。
【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】
単純であり基本的な壱の型。
だが、この鬼の場合、その一撃すら必殺技となる。
「ホオオオおおオオオオオオオオオ!!?」
黒死牟の刃が、液化した魚鬼を切り裂いた!
鬼殺しの因子は高濃度に高める事で実体のない鬼にダメージを与える事も出来る。
原理は葉蔵のマイクロブラッディミストと同じ。
力の源である鬼因子を直接叩かれたら、完全に非物質にでもならない限り防御は不可能である。
「さあ、まだ戦いは始まったばかりだぞ!!」
黒死牟は鎧の下で笑みを浮かべながら、刀を振るい続けた。
黒死牟の剣技への渇望は義務感から来ているのではないでしょうか。
武家社会で世継ぎとしてそういった教育をされ、侍になりたいという願望ではなく、侍にならなくてはならないという義務感を持ってたように私には見えました。
そのために剣技が必要であり、自分よりも侍に相応しい縁壱に嫉妬した。
兄として縁壱に接しようとするも、既に自分の手助けを必要とするどころか、体の一部がマヒしている母を助ける強さを見せた。
継国家の世継ぎとしての責務も、兄としても義務も、縁壱の方がふさわしかった。
そりゃ苦しみますわ。
ですので拙作ではこの義務感からの解放を目指して黒死牟を書いております。