鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「修羅転変・羅睺」
黒死牟が血鬼術を発動した途端、その身体に変化が起きた。
既に修羅転変している黒死牟の肉体を、更に巨大な刀剣の繭が包み込む。
先程変化させたソレよりも数段大きく、数段光り輝き、何処か神々しい繭。
荒れ狂う海の中、主人を望む姿へと変貌させる。
「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」
この鬼もまた、黙って見る程甘くない。
もう一度言うが、この世界には変身中に攻撃してはいけないなんてルールは存在しない。
全ての触手の先端に水を圧縮させ、一気に解放。
繭目掛けて放たれた鉄砲水。
ソレらが繭に当たろうとした瞬間……。
ヒュン!!
繭が魚鬼の攻撃をすり抜けた。
瞬間移動。
血鬼術によって放たれた水塊を回避したのだ。
「グおおオオオオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
繭を突き破って獣がその姿を現す。
そこには、一匹の竜がいた。
全身を覆う鱗は刃物のように鋭く、鉄のように光沢を帯びている。
爪や牙は一本一本が重厚な刀のような形状に発達しており、美しい刃紋が刻まれている。
全長の半分程を締める巨大かつ長く発達した尻尾は、業物の名刀のような妖しい美しさを誇っている。
完全な竜としての姿。
伝説上でよく見られる東洋風の龍。
違いと言えば、、六つ目というぐらい。
背中に翼があるため応龍といったところか。
「グオオオおおおおオオオオオオオオオオ!!」
「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」
二体の異形は同時に攻撃を開始する。
水鬼は水を操って波を起こし、黒死牟は全身の鱗から斬撃を飛ばす。
斬撃の一つ一つが黒死牟本来の剣技に匹敵する威力と精度の御業。
ソレが何百、何千と降りかかれば、防戦一方とはいえ三本だけで防げた波など十分切り開ける。
斬撃は荒れ狂う波の壁を突破し、本体である水鬼目掛けて迫り来る……。
「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」
水鬼は己の触手を振り回してソレを迎撃。
次々と月刃をはたき落し、薙ぎ払い、撃ち落とす。
「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」
水鬼が吠えると同時、黒死牟を取り囲むように当たりの水面から流水の刃が発射された。
百や千なんて数ではない。尋常ではない量の刃が、弾丸のような勢いで黒死牟に迫り来る。
【月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月】
黒死牟が爪を振るう。
瞬間、左右それぞれの爪から暴風のような勢いと共に無数の斬撃波が吹き荒れた。
通常時でも斬撃を雨あられの如くふりまかれる技が、桁違いに勢いと数を増し、無数の水の刃を容易く迎撃。
残った刃たちが水鬼の首を刎ねんと勢いを維持したまま襲い掛かる。
「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」
「グオオオおおおおオオオオオオオオオオ!!」
水鬼が口から激流を、黒死牟が口から光線を放つ。
二つはぶつかり合い、派手な爆発を引き起こす。
この部屋一体を吹き飛ばしかねない程の大爆発。
光線により熱せられた大量の水が急に気化したことで、水蒸気爆発が発生したのだ。
爆発の高熱と爆風の中、大量の水蒸気の中。
二体の巨大な鬼達は鱗を傷つけられながら、次の行動へ移る。
【月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面】
黒死牟が身体を立てに前目掛けて一回転する。
途端、彼の翼から凄まじい量と勢いの斬撃が水鬼目掛けて繰り出された。
豪雨の如く注がれる月の刃。
一つ一つが回転しながら、一つ一つが月のように満ち欠けを繰り返しながら、一つ一つが更に小さい無数の月刃を纏いながら。
殺意を以て水鬼に迫り来る。
「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」
水鬼が吠えると同時、辺り地面の水が引いた。
干潮のように中央へと押し寄せ、水鬼を取り囲んだのだ。
渦を巻いて台風のように巻き上がる大量の水は、水鬼を守る渦潮の防壁となり、黒死牟の攻撃を防いだ。
だがそれでいい。
この斬撃は布石。
切り札を使うための時間稼ぎである。
「ホォォォォ………」
息を整えて力を尾に込める。
途端に尻尾の刃部分が赤黒く変化。
血管がドクドクと脈立ち、妖しい光を放つ。
牙にも同様の変化が起こり、鬼の力が尾と牙に集約される。
「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」
触手を拡げ、その中央に集めた水を収束させる。
水は青い光となって圧縮され、強大なエネルギーへと変換。
これらの水も本来は血鬼術。元の鬼因子に戻すのも自由である。
環境の優位性は崩れるが問題はない。この一撃で全てを決めればいいだけ。
相手がどれだけ強かろうが、この必殺技で全てを潰す!
「グルルルル……」
黒死牟は自らの尾に喰らい付いた。
ギャリギャリと音を立てながら、尾刀を牙で研ぐように構える。
いや、どちらかといえば、居合の構えに近い。
今から放つものは最強の一撃。
己の全てを賭けた、全身全霊の技。
長い年月をかけ、ようやく到達した領域である。
私の必殺を防げるものなら防いでみろ!! その時は私の負けだ!!
「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」
圧縮された水のオーラが撃ち出された。
限界まで収束され、練り上げられた必殺の一撃。
天上の星が落ちてきたかと錯覚するほどの、圧倒的な質量。
コレを食らえば、どんな鬼でも一溜りもない。文字通りの必殺技である。
【月の呼吸 終ノ型 朔夜・蝕日】
一閃。
居合のように牙から尻尾振り抜いた。
己の肉体を回転させ、全身で斬撃を繰り出す。
その様は龍化した黒死牟の肉体そのものが一つの刀になったかのようであった。
文字通り自身の身体全てを武器にした抜刀。
文字通り自身の肉体全てを駆使した居合。
文字通り自身の全身全霊を込めた一撃。
「ホ……お、おオ…………!!?」
一刀両断。
龍の刀は、全てを切り裂いた。
水鬼の必殺技を、水鬼そのものを。
射線上にあるもの全てを空間ごと切断。
間合いも距離も無視して、物理法則を捻じ曲げて。
人の剣技を超えた龍の剣は、文字通り全てを切り裂いてみせたのだ。
しかし残念なことに、日輪刀ではないこの刃に鬼を殺す力はない。
強力すぎて鬼殺しの力も併用出来ず、空間ごと切断する以外はただの斬撃でしかないのだ。
よって、次の手を打つ必要がある。
【血鬼術 奥義 冥道送り】
龍化した黒死牟の大顎から黒い玉のようなものが吐き出される。
ソレは空間の刃の軌道上に命中し、空間の切り口を黒く染め上げ……。
その範囲にあるものを吸い込んだ。
回転しながら、空間の切れ目の上にあるものを全て呑み込む。
戻りかけた水も、再生しかけた水鬼の肉体も。
黒い球体は全てを吸収していった。
ブラックホール。
空間の歪みを利用して周囲の物体を吸収する血鬼術。
朔夜・蝕日とセットすることで発動される最強の技である。
「ぱくり」
その巨大な大顎で黒死牟は鬼を飲み込んだ黒い球体を食べた。
@
「なとか…勝てた…な」
水鬼との戦闘後、黒死牟は龍化を解いてその場に寝ころんだ。
疲れた。
本来疲労を感じない筈の鬼の肉体が休息を求めている。
数百年近く無縁だった筈の感覚に戸惑いながらも、何処かなつかしさを覚えた。
「この私が…鬼狩り…か。何時ぶり…だろうか」
鬼である自分が悪鬼を倒した。
人を守りながら剣を振るった。
もっとも、その姿は夢見た剣士としての姿ではないが。
だが、それでいい。
己は黒死牟。継国縁壱ではないのだから。
自分のやり方で、自分が望む最強の剣士になってみせる。
「あ、鬼圧が一つ消えた」
無惨を探して屋敷を歩いていると、鬼の大きな気配の一つが消えた。
その近くに黒死牟の気配があったので、おそらく彼とその鬼が戦い、黒死牟が勝利したのだろう。
「(どうやら、ちゃんと無惨の呪いから解放されたようだね)」
私の目論見通り、彼は自由になった。
呪いから解放され、序でに用意したもう一つのおまじないも効いている筈だ。
しかし、解放して早々に元主の手駒の一つを潰しにかかるとは、どれだけ部下からの忠心がないんだ。
私が黒死牟にかけたおまじない。
ソレは呪いの解除と記憶の活性化だ。
呪いは鬼の脳内に寄生虫のようにへばり付いており、これを切除するために私は彼らの脳ごと血針弾でぶち抜いた。
そして頭が再生する際に、ちょっと手を加えたのだ。脳の一部を活性化させるおまじないをかけたのである。
黒死牟には昔の記憶が甦るようにしておいた。
昔の自分や周囲の人間関係を思い出してもらうために。
黒死牟はカイン・コンプレックスに陥っている。
自身より強い弟に対する嫉妬。
弟を神々の寵愛を一身に受けた太陽のような子と持ち上げ、自分はその陰に隠れる月だと自虐している。
しかし、本当にそうなのか。
人間の目は感情に左右されやすい。
冷静になれば見える筈のものが見えなくなり、本当はさして大したことないものでも大きく見えてしまうことがある。
コンプレックスに陥っている彼は自分の弟を過大評価しすぎているのではないか?
過去を顧みれば何かしらコンプレックスから解放される手がかりがあるかもしれない。
そして、彼自身の光にも気づくかもしれない。
黒死牟は天才だ。
彼は縁壱に嫉妬しているようだが、他の人間から見たら彼もまた恵まれた部類。
おそらく、彼の才能や剣技を羨み、妬んだ者も一人や二人ではない。そのことで何かしらの話題なりイベントが過去に起きた筈だ。
私はそういった過去を思い出し、振り返ってほしかった。
人は自分よりも恵まれた者や、自分の持ってない者を持つ者に憧れる。
平穏で何の苦労もない世界で生きていた『俺』はスリルやロマンに満ち溢れた異世界モノに憧れ、私は日々戦いに身を置く戦士のような生活に憧れを抱いていた。
では、このことをこの時代の庶民や鬼殺隊に話したらどうなるか。十中八九彼は『ふざけるな!』と私を罵倒するだろう。
治安が良くて社会保障も福利厚生もしっかりとして、日銭以上の金と安全を保証されている平成の人間が『俺、この時代に不満があるんだ』なんて明治の人間が聞いたらブチ切れる筈だ。
家族がいて、家があって、稼ぎも未来も安定して、華族という地位がある私が『私はこんな退屈な生活より、鬼狩りの方が楽しい』なんて言ったら鬼殺隊達がブチ切れる筈だ。
そういう事である。
人間は自分にないものを、今より上の物を求める。
既に持っているものはどんなに恵まれた状態であろうとも幸福とは思えない。
周囲を見渡し、違いを知ることで『ああ、自分はこういった点に関しては恵まれているんだな』と気づく。
私の場合は知るかと言って無視するが、黒死牟の場合は……どうだろうか。
おそらく、彼の場合は何かしら考えるだろう。
私と違って彼には協調性があり、他人への関心も鬼にしては十分ある。
昔の関係を顧みて、何か思う事があるかもしれない。
別に人間関係だけとは限らない。
過去の自分では気づかなかった事でも、振り返ってみれば何でもなかったり、逆に大事な何かに気づくかもしれない。
まあ、あくまでかもしれないだけなのだが。
もし解放されなくても私の責任はない。
失敗したらその時はその時。私が楽にしてやろう。
葉蔵に続いて黒死牟も巨大化。
戦場が無限城でマジでよかった。