鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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冬終わる氷の味は恋の味

「やっぱり、ダメだったか……」

 

 完全に凍りついた炎鬼の背の上。

 童磨はそこで横になり、ゆっくりと朽ちかけていた。

 

 首から下は氷と化し、指先から徐々に崩れ落ちる。

 落下した氷は地面に到達する前に溶け、黒い塵となって消えていく。

 春の雪解けのように、少しずつゆっくりと。

 

 

 冬尽きの抱擁。

 葉蔵のクリムゾンスマッシュを参考に開発した対葉蔵用の血鬼術であり、己の肉体を構成する鬼因子までも使って発動するという、文字通り全身全霊の血鬼術である。

 自身の命をも賭けたその一撃は他の血鬼術を遥かに越える。

 

 また、この技は命を賭けた技だが、決して自爆技ではない。

 発動の際は肉体までも血鬼術に分解するが、何も全てを消費するわけではないのだ。

 現に、葉蔵はクリムゾンスマッシュの発動後は残った鬼因子で肉体を何事もなかったかのように再構成している。

 大変リスクの高い血鬼術でも使いこなせるなら何の問題もない……筈だった。

 

「(俺は……針鬼のよう……に、いかなかった、か…)」

 

 童磨は未だこの技を使いこなしておらず、技自体も未完成のまま。故に、童磨はこの技の使用を今まで封印していた。

 葉蔵は難なく使いこなしていたが、彼はそのレベルに到達出来ていなかったのだ。

 いや、到達する力はあったが、大事なピースが欠けている。

 そのことは本人が一番理解していた。

 

「(ああ、やっぱり俺は……彼らとは違うんだな……)」

 

 最初からこうなるとは薄々気づいていた。

 彼には勝利に対する執念も、戦闘に対する熱意もない。

 何処までも空虚な童磨では、その先のには辿り着けない。

 

 

 上弦の弐は……氷鬼こと童磨はここで死ぬ。

 

 知っていた。知って尚、自分の意志で使うと決めた。だから後悔などない。

 

 

 死への恐怖はない。こうなると覚悟していたから。

 敗北の悔恨もない。勝てないと分かっていたから。

 

 自分は死ぬ。

 恐怖も無念もなく。

 最期まで人間の感情は自分にとって夢幻に過ぎなかったと皮肉気に微笑みながら。

 

「(ずっと、こうだったな……)」

 

 ゆっくりと目を閉じる。

 途端に浮かぶ走馬灯。

 信者の女性に見境なく手を出す色狂いの父親と、嫉妬で父を殺して半狂乱になりながら服毒自殺した母親。

 しかし、童磨は何も感じなかった。

 血で汚れたことに対する不快感のみ。

 あの時から彼は感情のない人間なんだと思い知った。

 

 二十歳で鬼になり、百年近く生きた。

 沢山の信者が救いを求め、不幸話を聞いて、喰らう事で救ってきた。

 けど、その中で何かを感じたことは一度もない。

 あるのは頭の弱い信者たちを救わねばという使命感のみ。

 その使命感すら感情によるものではなく、親に言われて(インプットされて)きたもの。

 結局、彼は最後まで空っぽのままだった……。

 

 そんな中、一人の女性に会った。

 

 嘴平琴葉。

 夫と姑からの虐待に苦しみ、赤ん坊を守るため救いを求めた女性。

 雪降る夜に、裸足のまま息子を抱えて家を飛び出して来た。

 当時の彼女の顔は原形も留めぬほど腫れ、片目は失明していた。

 一目見てかわいそうな弱者だと童磨は“分類”して、保護することにした。

 

 頭は残念だけど心は綺麗な子だった。

 心が綺麗な人がそばにいると心地が良い。

 童磨は彼女の寿命までそばに置いて人食いは先送りするつもりだった。

 

 よく子守唄を歌っていた。

 今でも歌詞も歌の抑揚を覚えている。

 

 よく笑っていた。

 あんなに辛い事があったというのに、とても幸せそうな笑顔だった。

 いまでの彼女の微笑みを思い出せる……。

 

「(……あれ、なんで俺は……)」

 

 

 

 なんで彼女に分かってもらおうと考えた?

 頭の悪い琴葉が自身の考えを理解出来る筈がないと分かり切っているのに。だというのに何でこんな無駄なことをしたのだろうか。

 

 なんで彼女を手元に置こうと考えた?

 女の肉は一定の年齢を過ぎれば栄養も味も格段に落ちる。だというのに心地がいいという理由だけで寿命が尽きるまで生かそうと考えたのか。

 

 なんでここまで彼女に拘る?

 代わりの女なんていくらでもいる。その気になれば同じ条件の女を探し出せたはずだ。だというのに何故彼女だけに拘り、それ以外には執着しなかった。

 

 

 分からない。

 いつもならすぐに結論を出せる頭脳が上手く機能しない。

 一体、自分は彼女に何を求めていたんだ……?

 

 

 ドクンッ。

 

 

「………あ」

 

 突如、何かが鼓動した。

 

 心臓ではない。

 既に体は崩れ、内臓は脳を除けば全て消えた。

 ならば、一体何が脈打っているというのか。

 

 暖かい。

 温度を感じるための身体なんて無い筈なのに、なぜかとても暖かい。

 もうすぐ死ぬというのに、恐怖どころか心地よさを童磨は覚えた。

 

 

“ああ、俺は本当は……”

 

 

 その先を呟く前に、童磨は崩れて逝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……また一つ、いや二つ消えたか」

 

 巨大な鬼の気配が消えた。

 童磨とその対戦相手だろう。

 二つの気配が消えたタイミングから考えて相打ち。

 大方、童磨が大技を使って勝つも、事切れて倒れたといったところか。

 あの効率と理しか見てないようなサイボーグ教祖サマがそんな危ない手段を使うとは到底思えないが……。

 

「どうやら私のおまじないはちゃんと効いたらしいな」

 

 私が童磨にかけたおまじないは二つ。

 呪いの解除と感情を司る部位の活性化である。

 

 私は童磨をサイコパスだと考えていた。

 他人への共感性が低く、感情的になることもない。経験によるものではなく先天的なものだと。

 しかし、話を聞く限りではそうとは限らないのではないかと最近思うようになった。

 

 童磨の家庭環境は私以上に歪だ。

 新興宗教を華族で運営するというだけでも特殊だというのに、生まれつきの特殊な容姿で神の子として祀り上げられ、両親も片や色狂いと片や情緒不安定といった欠陥人間。

 スリーアウトもいいところだ。どれか一つだけでも人格形成においてデリケートだというのに、三つも揃って全部が最悪な方面に進んでいる。これでマトモな人間に育つ筈がない。

 よって私はこう思った。童磨は先天的な素質もあったが、やはり一番は環境によるものではないかと。

 

 極度のストレスに適応するために脳の機能を一部制限するなんて話はよくある。

 まだ幼く分別もつかななかった童磨は、ソレがストレスだと認識出来ないまま、その機能を捨てたのではないかと。

 なら、その機能を無理やり起こせば感情を取り戻せるのではないか。そう私は考え、実践してみた。

 

「(まあ、感情を取り戻せないならソレで問題はないけどね)」

 

 私は別に童磨を救いたいわけではないし、彼が感情を取り戻したところでそんなに興味もない。

 ただ出来るからやった。ココをこうたらどうなるかなと、思いつきで試した程度。特に深い意味はない。

 

 そもそも、感情なんてそんないいものでもない。大半は負の感情だろうし、なによりも生物最初の感情は恐怖といわれている。

 感情なんて進んで手に入れようとするものではない。皆、切り離せないからせめて楽しめるように工夫しているだけ。仕方なく向き合ってる厄介モノだと私は考えている。

 

 けどまあ、やっちゃったものはやっちゃったんだし、せめて初めて感じる感情はイイものを感じてほしいものだ。

 

「……ここか」

 

 そんなことを考えているウチに、私はその会場らしき場に着いた。

 少し広めの部屋といった感じだが、鬼の残り香と戦闘の跡が刻まれている。

 おそらく、この場の主が消えたせいで本来の部屋に戻ったのだろう。

 

「で、君たちが被害者かい?」

「「「………」」」

 

 私は部屋の隅に縮こまっている男女に目を向けた。

 

「何があった?」

「……神様が…私達をま、守ってくれたのです」

「神様?」

「はい…と、とっても…奇麗な男の人でした……」

 

 震えながら若い女性が答える。

 おそらく、その神様とやらは童磨だろう。

 どういうつもりかは知らないが、私の時と同じように転移された人質を守ったのだろう。

 死を救済とみなしているあの男が人質を守るなんて意外だが、もしかして私のかけたおまじないの成果だろうか。

 

「それで、その神様はどうなったんだい?」

「……知らない。わたしたち……私達を…守ってた氷の結界が壊れたら……何もなくなったの」

 

 氷の結界。

 おそらく私の針塊障壁(シェルターニードル)と同じような血鬼術で彼女たちを守ったのだろう。

 血鬼術の大半は術者が死ぬ等の術を維持出来なくなる状況になることで強制的に解除される。

 たぶん、そういうことなだろうね。

 しかしそれにしても……。

 

「(神様…か。宗教家にとったら誉れじゃない?)」

 

 鬼であり、神も仏も信じない筈の童磨が神様だと思われながら死ぬなんて、教祖としてはかなり名誉な死に方だね。

 どれ、私からも何かお祝いをしてやろうか。

 

「……君たち、ここは危険だ。この中に入ってなさい」

「え、何を……え!?」

 

 

針塊障壁(シェルターニードル)

 

 

「こ、これってあの氷の仏様と同じやつじゃ……!?」

「も、もしかしてあなたも神様なのですか!?」

「な、ならば私達を助けてください!」

 

 私の血鬼術を見て童磨と“同類”だと気づいた人たちが縋り付く。

 鬱陶しいそれらを払いのけ、私は彼女たちを無理やりシェルターの中に問答無用で彼女たちを放り投げた。

 

「悪いね。私はまだ鬼退治が残っているんだ。だからこの中にいなさい」

「は…はい!ありがとうございます!」

 

 適当なことを言ってその場を切り抜け、先を急ぐ。……いや、鬼退治というのは合っているか。じゃあ悪い鬼を討伐しに行きますか。別に人々の期待に応えるわけじゃないけど。

 

「(しかしそれにしても……神様、ねぇ)」

 

 まさか、鬼である私が神様だと思われるとは。

 けどまあ、考えたらそうか。鬼も神も人間から見たら同じものだろうね。

 どちらも超常的な力を持ち、ある程度のコミュニケーションも取れる。接し方次第では神にも鬼にも成れるだろう。

 まして、この時代は天災が起これば神に生贄を捧げる文化が残っているのだ。人肉を代価に何かしらの恵みをくれてやれば神になれるじゃないのか?

 

「(……そういうのも面白そうだね)」

 

 もし無惨を倒してゲームをクリア出来たら、神様ごっこでもしようかな?

 そんなことを考えながら、私は巨大な氷像に近づく。

 おそらく、これが童磨の対戦相手だったんだろう。

 凍てついたソレは完全に活動を停止してる。

 私の針で完全に侵食されたのと似た状態だ。

 

 

【針の流法 突き穿つ血鬼の爪(デッドリィ・スティング)

 

 

 氷像を貫き、内部の鬼因子を吸収する。

 通常の血針では取り込み切れないので、腕を獣鬼化させて食らった。

 

 美味い。初めて食べた味だ。

 ほろ苦くて、少し甘ったるい味。

 しつこい程に濃厚で、凍っているというに温かい。

 けど、何だろう…。美味しいのは美味しいのだけど、私に合うような味じゃないんだよな……。

 まあ、かなり貴重で高密度のエネルギーだし、こんな味もいい経験になるので残すつもりはないが。

 

「ごちそうさま」

 

 喰いきったと同時に、氷は役目を終えたかのように砕け散った。

 

 




童磨の最期は葉蔵に討ち取られる予定でしたが急遽変更して誰かを『救済』するために散ってもらいました。
せめて最期くらい彼なりの救済で誰かを救ってやって欲しい。そして笑って逝って欲しい。
最期まで無意味に散るなんてあんまりじゃないですか。
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