鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「ッグ! うう……!」
岩の砲弾が降り注ぐ中、狛治は巨躯を小さく丸めて耐えていた。
蹲るように何かを抱え、大きな背中を盾にして体の下にある何かを守る。
「うわ~ん! 何、何が起こってるの!?」
「大丈夫、大丈夫よ!この神様が助けてくれるわ!」
狛治の下には、女子供がいた。
おそらく母とその子供なのだろう。
恐怖で震える体を互いに抱きしめ合っている。
「(何か……何かないのか!? この状況をなんとかするような策は!?)」
必死に人質たちを抱きしめて守る狛治。
肉弾戦にステータスを全振りしている彼には、こうする以外に防衛の手段がない。
黒死牟のように様々な戦い方の経験があるのなら話は別だろうが、生憎彼の生前は道場の門下生。道場で戦う以外のやり方を知らない。
完全に詰み。
彼に出来るのは、こうして亀のように丸まって猛攻が止むのを祈るのみである。
『随分無様な戦い方をするな』
「!? 針鬼!?」
突如、狛治の背後から声が聞こえた。
目だけ動かして声の主を視界に入れる。
そこには、赤い硬質的な犬がいた。
葉蔵の分身、血針猟犬である。
他の鬼やこの城の地形を捜索する為に葉蔵が派遣した内の一匹がこの部屋に辿り着いたのだ。
この男なら、この状況を打破できるのではないか。ふと、狛治はそう考えた。
葉蔵の血鬼術は強力かつ豊富。威力は上弦の壱と同格であり、種類は上弦の弐を超え、上弦の参であった己を完膚無きまでに圧倒した。この鬼なら何とか出来るのでは……。
「針鬼!お前ならこの状況を何とか出来るのか!?」
『無理だ。本体である私がいないのだからな』
「……そうか」
帰って来たのは冷淡な事実。
さして期待はしてなかったがここまではっきり断言されると少しは落ち込みたくもなる。
しかし次の瞬間、その落胆は払拭されることとなった。
『まあ、手がないわけではないが……』
「!? 本当か!?なら頼む!やってくれ!!」
『……お勧めは出来ないぞ』
『まず一つ目は、お前が人質を見捨て、この血針猟犬と共闘する事だ』
「……………は?」
しかしその提案は先程の返答よりも冷酷なものであった。
『貴様と私で電撃戦を行う。私が牽制を行い、貴様が奴を速攻で倒せ』
『人質は諦めろ。この状況で任務と並行しての防衛は至極困難だ』
『この場において優先すべきは眼前の鬼の討伐だ。そのためには仕方がない』
葉蔵は、決して人間の味方ではない。
彼が今まで鬼から人々を守り、鬼殺隊たちを救ったのは、自分が助けられる力があるから。目の前でソレが起こっているから。ただソレだけである。
率先して人助けをするような真似はしないし、死体になった後は鬼に喰われようとも阻止する事はない。そこまでする理由もやる気も、葉蔵にはない。
なら、その人助けが彼にとって大きな損害を被るようなものなら、自身の掲げる美学に反するような内容ならどうなるか。その答えが先程の返答である。
共闘する者を見捨てる行為は、例え敵であろうとも葉蔵の美学に反する。
故に、狛治の命を人質よりも優先するのは当然といえよう……。
「なら、二つ目は何だ?」
『……』
答えない様子の分身に、狛治は眼を飛ばす。
「お前のことだ。おそらく俺の命よりも」
『……勝算はより低くなるぞ』
「構わん。元より無いも同然の命だ」
『………ハァ~』
観念した様子で、葉蔵は分身越しにその方法を教えた。
狛治にしか聞こえない程の小声で……。
「いいだろう」
『そんなに簡単に了承していいのかい?』
「それしか方法がないのなら何を迷う必要がある? やるぞ針鬼、もう時間がない!」
『……そうか。なら仕方ない。もう話す余裕もなさそうだ』
血針猟犬が顎で岩鬼を指す。
目線をそこに向けると、狛治の視界に巨大な岩が映った。
話している間に、特大の岩を用意して投げ放ったのだ。
ガアァンと、派手な音が響き渡る。
巨大な岩の砲弾が砕け、砂粒や礫が飛び散る。
視界が遮られる中、岩鬼が追撃を掛けようと腕を振り上げたその瞬間……。
【血鬼術合成 血喰鎧装】
鋭利な赤い鎧を纏って飛び出した。
「なかなかいい鎧だな」
カチャ。
狛治が手首をバッと振ると、メタリックな音が鳴った。
陸が海のように波打ち、砂粒が霧のように周囲を覆う一室。
狛治は岩鬼と睨み合っていた。
チラリと、狛治は後ろを振り返る。
人質は無事。
血針猟犬が針塊障壁へと変化する事で守っている。
これで思いっきり戦える。いや、ソレだけではない。
『いいか、猗窩座。この鎧は貴様の力を引き上げ、感覚も貴様と繋がっている。だが、使いこなすには慣れがいる。ソレをこの戦闘中で掴むんだ』
鎧から葉蔵の声が響く。
この鎧は血針猟犬から作られたもの。
似たような機能を再現するなど造作もない。
「ああ、わかっている」
カチャッと、硬い音が鳴る。
血のように赤い鎧に、炎のように赤いオーラ。
鋭角なフォルムの赤い鎧を甲殻の上に重ね着し、更に赤いオーラを身に纏っている。
これが狛治と葉蔵の合わせ血鬼術、血喰鎧装である。
狛治の鬼因子を燃料兼原料にすることで、狛治本来以上のスペックを発揮出来るようになった。
「行くぞ!」
「ッ!?」
瞬間、狛治の姿が消えた。
突然消えた敵に驚く岩鬼。
行方を探す為にと辺りを見まわそうとした途端、背後から衝撃が走った。
「グゥオオ!!」
振り返りながら血鬼術を使う。
そこには、離れた場から拳のオーラを飛ばし、岩鬼の血鬼術を砕く狛治の姿があった。
いつの間に。
そんなありきたりな感想を抱く前に、岩鬼は更に血鬼術を行使する。
狛治目掛けて、岩の刃が飛ばされた。大地が隆起し、幾つも先が鈍く尖った刃が向かい来る。
しかし、ソレが当たることはなかった。
「グゥオオ!!」
岩鬼の攻撃が当たる前に、岩鬼の方が吹っ飛ばされた。
何の前ぶりもなく、突然走った強烈な衝撃。
その正体は狛治であった。
瞬間移動でもしたかのように、突如現れた狛治が岩鬼を殴り飛ばしたのだ。
さて、ここまでくれば、狛治のパワーアップがなんなのか分かるであろう。
狛治が血喰鎧装で得た能力は超スピードである。
葉蔵の針によって鬼因子を急激にエネルギーに変換する事で、本来のスペック以上のパフォーマンスを発揮。テレポートでもしているかのようなスピードを出しているのだ。
「ブルルルル…」
そのことに岩鬼も気づいた。
この場一帯を覆う砂嵐は、岩鬼が血鬼術で起こしたもであり、彼の一部でもある。
故に感覚がリンクしており、砂に触れているモノの動きや軌道を察知出来る。そこから狛治の力の正体を見破ったのだ。
そして、狛治がその力を使いこなせてないことも。
最初、背後に回った瞬間。
あの時、上方と後方の砂が過剰に押し退けられていた。
ただ背後を取るだけにしては、過剰に背後の距離を取っていた。
そして開けた距離を詰めて殴りかかっている。
次に、先ほどのパンチ。
あの赤い鎧を使う前よりも弱くなっている。
おそらく鎧のスピードに付いていけず、振り回されて上手く力が発揮出来てないのだろう。
ならば、付け入る隙はある。
「グゥオオ!!」
避けきれない程の大質量をぶつければいい。
早速岩鬼は力を溜め、盛大に派手な血鬼術を行使しようと準備を行う。
途端に赤黒く染まる岩軀。
冷たい印象の岩肌が熱を帯び、蒸気を発し、光を発する。
まるで溶岩のような変貌。
今から放たれる一撃で沈めるつもりなのか……。
「グゥオオ!!?」
血鬼術を発動させる前に、狛治の拳が岩鬼を捉えた!
二十m程離れた間合いを一瞬、いやそれよりも速く詰める。
今の狛治にとってこの程度の距離、離れたうちに入らない。
なにせ、今の彼にはこの超スピードがあるのだから。
葉蔵によって得たこの鎧が、文字通り命を削って発揮する力が。
「(よし、もう鎧の力の感覚は掴んだ!)」
間髪入れずに、もう一度拳が突き出される。
ソレは、脆いガラスでも割るかのように、岩鬼の腕を軽々と砕いてみせた。
更に、砕けて石と砂になった岩鬼の破片を鎧が吸収した。
葉蔵の針と同じ効力である。
この鎧は葉蔵が作り出したもの。ならば、葉蔵の針と同じ効力があっても何ら不思議ではない。
そして、吸収された鬼因子はこの鎧の使用者である狛治に分配される。ソレすなわち……。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
殴れば殴る程に力が上がる!
繰り出される狛治の連撃。
より強く、より速く、より多く!
殴れば殴る程、砕けば砕く程、喰えば喰う程!
狛治の拳はパワーもスピードも手数も上がっていく!!
「(クソ、硬いな!! さっきは簡単に砕けたのに……この熱のせいか!?)」
だが、それでも岩鬼は砕けない。
先程の変貌の影響か、変化前に殴った際よりも頑強且つ強靭な防御へと変化している。
もし、この鎧なしで殴り合えば、どうなっていたか。いや、今は眼前の敵に集中しよう……。
「う!!?」
突如、狛治が動きを止めた。
反動。
この力を使うためのツケを要求されているのだ。
自身の力以上の力など、自分から出せるわけがない。
あるとすれば何かしらのズルをするか、身を削って代償を払うしかない。
狛治は後者を選んだ。
命を賭けて戦うことを選んだのだ。
『おい何こんな場面で寝ている!?サッサと立て!』
「指揮…官が……慌てるな! ここは……黙って、見てろ!!」
『~~~~! やはり引け! 私が奴を倒すからお前はそこで見て居ろ!!』
歯を食いしばり、痛みと疲弊に耐える。
「(ああそうだ、俺は…負けない!……負けて堪るか……!!)」
狛治には、もう鬼として生き延びるつもりはない。
彼にとってこの百年は、罪を上塗りする生き地獄であった。
記憶を失くしていたとはいえ、何十何百もの人間を殺してきた。
今更許されようとは思ってない。大人しく報いを受けるつもりだ。
いや、むしろ早く潔く死を選んで、解放されたいとすら思っている。
しかし、ソレだけではダメだ。楽に逃げるなんて、彼自身が許せない。
もし、あの世に逝けば、恋雪は狛治を許すだろう。
むしろ謝るはずである、自分のせいで人殺しにさせてすまないと。
その後、地獄だろうが何処だろうが、狛治となら行く覚悟を決める筈である。
だからこそ、成し遂げなければならない。
ここまで罪を重ね、生き恥を晒してきたのだ。
一つぐらい何かやり遂げなくては、狛治は恋雪に顔向けが出来ないではないか。
だから、何が何でもこの鬼だけは倒して見せる。
たとえ身を削り、全てを使い果たしてでも。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
鎧の光が強まる。
狛治の鬼因子を食らい、更に力を発揮している証。
力を振り絞り、肉体を削り、命を燃やして。
彼は今世最大の技を繰り出す。
『!? よせ猗窩座! 本当に死ぬぞ』
……元よりそのつもりだ。
この命、全てを賭けてみせる!!
【
瞬間、幾多の赤い光が岩鬼を囲んだ。
全ての光がドリル状に変形し、一気に岩鬼を貫く!
「ぐ、おおおぉ……あ、ぉぉお……!!」
ボロボロと、岩鬼の肉体が崩れる。
ゴロゴロと、岩石が転がり落ちる。
岩膚が剝れ、黒い灰が崩れ落ちる。
やがて全身が黒い灰となって、完全に風化した。
「この拳……壊すだけの、コレが……守るために、やっと使えた……」
こうして、この場にいた悪鬼は全て喰われた。
狛治さんの最期は前から決めてました。
生まれてからなにも守れず、壊してばかりの拳を、最期誰でもいいから誰かを守りきるために使って欲しかった。
その結果がこれです。