鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第16話

「囲め囲め! 鬼はお前たちよりも強いんだ! 肉体的にも生物的にも劣る人間は数と技と知恵で覆せ!」

 

 やあ皆、大庭葉蔵だよ。

 私は今、子供たちに戦闘の指導をしている。

 

 

 本来、この選別と呼ばれる儀式では、子供たちは雑魚鬼たちが蔓延るこの山で一週間だけ生き残ることで自身が鬼殺隊として生きていけることを証明するものらしい。

 しかし、現在この山に雑魚鬼はいない。全部異形種か血鬼術―――私が流法と呼ぶ術を使う鬼ばかりである。

 そのせいで彼らは本来の選別を行えない。しかしだからといって今更選別から降りることも出来ない。だから私が彼らを守ってやることにした。……ここまではいい。

 

 

 

 問題は、私がいるせいでこの山の鬼たちは強くなっているということだ。

 

 

 

 薄々気づいていた、この山の雑魚鬼共が私に対抗して共食いしていることに。

 私はソレを放置した。より強く、よりおいしくなるなら大歓迎だ。続けてくれ。ここ最近ずっと鬼を食わなかったのもそれが理由である。

 しかし、本来の持ち主である鬼殺隊にとっては大迷惑もいいとこだろう。教育用の鬼の大半を食われただけでなく、スライムレベルに設定していた鬼たちがオーガレベルまで成長してしまったのだから。

 ということで私はその責任を果たすべくこうして指導しているのだ。

 

 私はこの山で何度か鬼を殺してきたのだ。奴らの動きはよく読める。

 指示も問題ない。軍人の家系である私はそれなりに戦略の知識を叩き込まれているからね。

 それに、私には血鬼術による探知能力、方針がある。これで鬼の位置と強さを測り、彼女たちでも対処できる鬼のみ狩りに向かわせている。

 とまあ、私は全力で彼らのサポートをしているのだが……。

 

「葉蔵さん、次はどんな鬼を倒しますか?」

「あ、ああ。そ、そうだね……」

 

 何故か私との共同狩猟に参加してくれているのは女の子だけなんだよね……。

 

「しかしこれでこの山の鬼は大分片付いたはずだ」

「そう、ですか……。やっと終わった……」

 

 少女はそう言って寝転がる。

 あれだけ鬼を必死こいて倒そうとしたのだ。疲れて当然だろう。……私にとっては雑魚鬼なんだけど。

 

「それにしてもすごい数の鬼がいたんですね。この山には五十匹ぐらいの鬼がいると聞いてたんですけど……あれだけの鬼がお互いに共食いするって五十じゃ足りませんよね?」

「五十? それって私が食らった鬼の数じゃないか」

 

 何気なくそう言う私、すると少女はガバッと立ち上がった。

 

「そ、そんなに鬼を倒したんですか!?」

「正確には39匹だ。そのうち半数ほどは血鬼術も異形化もしてない雑魚鬼ばかりだけど」

「そ、それでもかなりの数ですよ……」

「これでもけっこうの鬼をわざと逃がしたりしたのだけど……」

 

 私は興味のない鬼は逃がすことにしている。

 なんていうか、面倒くさい。

 だって山の中でたった一人でサバイバル生活するんだよ? やることいっぱいあるんだよ。

 小屋の用意したり、火をマッチどころか火打石もなしで起こしたり、食料の調達だってある。

 あとは技の開発とか。というかコレが鬼狩りを辞める理由のほぼ半分だろうか。

 

「(……そういえば何匹か逃げられた獲物がいたな)」

 

 ふと私は仕留め損ねた鬼を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(………怖い)」

 

 とある洞窟の中、一匹の鬼―――手は震えていた。

 思い出すのはあの鬼のこと。恐ろしく強く、冷酷で、美しい鬼。

 

 その鬼―――葉蔵と出会ったのは一週間前。餌を求めて山の中を歩いていた頃だ。

 腹が減って仕方なかった。彼が楽しみにしている狐狩りにはまだ日がある。なので、口慰めとして他の鬼を食おうとしていた。

 鬼にとって同種である鬼の肉は美味いどころかヘドロにも劣る味である。

 

 しかし、あの鬼からはいい匂いがした。

 

 他の鬼が蛆湧く程腐った果物だとすれば、葉蔵は熟した果実。それほど違いがあった。

 手鬼は手を伸ばした。美味そうな果実をもぐために……。

 だが、その果実は猛毒の刺が付いていた。

 

 思い出すだけでも恐ろしい。

 奴の針が刺さった瞬間、その部位は針の根によって食われ、動かなくなった。

 

 触れたら針によって食われ、離れても針の弾丸を撃ってくる。

 死角から攻撃しても、手数のごり押しも奴は対処した。

 針で出来た剣で受け流し、針の剣による刺突、針の投擲、針の弾丸。あらゆる方法で追い込んだ。

 

 徐々に食われる腕と体。再生させようにも針が血を吸い取るせいで治らない。

 腕を増やそうとするも、針が刺さった腕が邪魔で新しく生やせない。

 

 そうやってゆっくりじっくりと、弱火でコトコト煮込むかのように追い込まれる。

 瞬間、手鬼は葉蔵の顔が視界に入った。……いや、見てしまった。

 

 

 葉蔵はニタリと笑っていた。

 

 不味い。

 手鬼は気付いてしまった。

 これは狩猟でも食事でもない。自分こそが狩られる側なのだと。

 逃げなければならない。でないと俺が食われる!

 

「う…うわあああああああああああああああ!!!!」

 

 手鬼は崖の上から飛び降りた。

 崖の下がどうなっているかは知らない。どれほど深いのか、また戻ってこられるのか、そもそも日光を避けられる場所があるのか、そんなことすらも手鬼は知らなかった。

 しかしこれ以外に逃れる術などない。

 今はただ葉蔵から―――あの捕食者から逃れたい! その一心で崖へと逃げ込んだ。

 

 結果としては、運よく手鬼は逃れた。

 手鬼は知らなかったが、夜明けが近かったせいで葉蔵は手鬼を追えなかったのだ。

 

 

 葉蔵は格下の鬼を殺す際、遊ぶ癖がある。

 これからの戦闘に生かすため、相手の手札すべてを出し切らせる。或いは、戦闘を楽しむために本気をすぐには出さない。

 要は相手を下に見てしまう悪癖があるのだ。

 その結果手鬼を逃がしてしまった。彼らしい失敗である。

 

 

「クソォッ! クソォォォッ!! 針鬼めェェェ……俺を此処まで虚仮にしやがってッ! 絶対に許さんンン! 許さァァァん!!」

 

 地団駄を踏みながら、上り路を少しずつ歩みを進める。

 

 肉体が再生したせいか、それとも崖から飛び降りて脳細胞が飛び散ったせいか。手鬼は葉蔵への恐怖を完全に忘れていた。

 今彼の頭の中にあるのは葉蔵への復讐。こんな狭い場所に自分を追い込み、好き勝手に針を刺しまくり、自身を食らおうとしたヤサオへの仕返しである。

 

 手鬼も針鬼のことは知っていた。

 最近この山に来たばかりの鬼で、他の鬼を食って急激に力を伸ばしている生意気な新入りだと。

 そんな新参者が江戸時代からこの山にいるこの俺に喧嘩を売りやがった。

 許せない、ふざけてやがる、同じ苦痛を味合わせてやらねば気が済まない!

 

「……クソッ!なんて動き辛い体だ!?」

 

 しかし、そのためには力がいる。

 あの針を防ぎ、それなりに動ける肉体が欲しい。……あの若造をぶっとばせる強い肉体が欲しい!!

 

「けど肉が足りない……! クソッ、まだ人間を食える時期じゃないし…… どこかに良い飯はないのか!?」

 

 鬼は人を食えば食うほど強くなり、肉体を変化させることができる。逆に言えば何も食えなければ何も変えられないという事でもあった。

 しかしここは藤襲山。選別の日以外に人間が来ることはまずない。故に肉を食うことは出来ない。

 ただ一つ、あの肉を除いて。

 

「ちきしょうちきしょう!………あん?」

 

 何やら咀嚼が聞こえる。

 間違いない、これは鬼が肉を食う音だ。

 一体何の肉を食っている? 選別はもう少し先。人間が来ることなんてあり得ない。ならば獣の肉か?

 気になった手鬼はこっそりその場を覗いてみた。

 

「……へぇ。共食いか」

 

 そこにあったのは、鬼が鬼を食らう光景だった。

 両手が蟷螂の腕みたいになった鬼が、蜘蛛のような老婆の鬼を食っている。

 共食いは何度も見たし、異形化した鬼もここ十数年で何匹か見た。しかし、同時に見るのは今回が初めてだ。

 

「(……もしかして、最近鬼を見かけないのは、針鬼以外の鬼も共食いをしてるせいか?)」

 

 最近山が騒がしくなった。

 何処かから鬼同士が争い合う音で、恐怖の悲鳴やら殺意の籠った怒号でうるさい夜が続いている。

 毎夜毎夜一体何をしているのだと思っていたのだが、この瞬間ようやく理解した。

 

「なるほどなァ……。あれを見たら誰だって思うよなァ……。じゃあ、俺もそうするかぁ……!」

 

 鬼が食い終わったのを見た瞬間、手鬼は手を伸ばして鬼の頭を握り潰さんばかりの力で捕まえた。

 食後で油断していたあのであろう。異形の鬼にしてはあっさりと捕まえられた。

 

「や、やめろ!!折角同族食って……」

「そうかそうか。同族食いが流行っているのか。なら俺も流行に乗らねばなァ………」

「い、嫌、ぎゃごゅっ」 

 

 グチャリ、グチャリと頭から食われる蟷螂鬼。 

 

 不味い。やはり同族の肉は糞不味い。

 まるで馬糞でも食らっているかのような臭みと感触。いや、これならまだ糞の方がマシかもしれない。

 しかし、確かに力が……あの方の血が全身を駆け巡ってくるのは理解出来た。

 

 あの時……初めて鬼を食らった時とは比べ物にならないほどの全能感。

 まだ体も小さく、力も弱く、手も二本しかなかった時に食らったソレ。

 あのクソマズい肉よりも数段に自身の力を上げる感覚を確かに感じた。

 

「ヒャ、ヒャヒャヒャ……ヒャハハハハハハハハハハハハハ!! いいぞォ! この調子で力を付けて針鬼をぶっ殺してやる!

 いや、奴だけじゃねえ! こんな所に閉じ込めた鱗滝を殺してやるッ!!」

 

 醜い鬼の笑い声が崖から漏れ、夜空にまで木霊する。

 全てはあの鬼……針鬼を食らうためにッ!!




葉蔵は格下の相手には手を抜いたり、興味のない獲物は逃がす癖があります。遠くから見られても面倒くさくて放置します。
簡単に言うとなめプです。
そのせいで葉蔵の情報が山中に拡がり、葉蔵対策に共食いが始まり、葉蔵対策の血鬼術や異形化が起きました。
前回の髪鬼たちの襲撃、百目鬼との戦闘もそれが原因です。そしてこの失態のしっぺ返しはもう少し続きます。

あと、葉蔵が鬼になって藤襲山に入り、鬼を喰うようになった期間は、大体1ヶ月ぐらいです。

下弦の伍の塁でアレなのだから、下弦の鬼ってめっちゃ強いよね?

  • いや、下弦など雑魚だ
  • うん、塁がもっと真剣なら義勇にも勝てた
  • いや、塁が強いだけで下弦は雑魚だ
  • 分からない、下弦自体強さにバラつきがある

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