鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第17話

「けっ、なんだよあの女共。あんな怪しい鬼をホイホイ信用しやがって」

 

 葉蔵たちから少し離れて悪態をつくキューティクルヘアーの少年、村田。

 

 苛立っているのは彼だけではなかった。

 ここにいる大半の者たちが葉蔵を疑っている。

 疑心の目を向ける者、奇異の目を向ける者、そして………憎悪の眼を向ける者。

 当然のことであろう。なにせ、鬼殺隊に入る者の動機の大半は鬼への復讐と怒りなのだから。

 故に鬼である葉蔵を信用など出来ない。鬼である時点で彼を信じるという選択肢は彼らから消えていた。

 たとえどれほど人間らしく振舞おうと所詮は鬼。いつかはボロが出る……。

 

「なんで女どもはあんな怪しい鬼を受け入れてんだよ!?」

「そりゃ顔だろ。あんなイケメンなら」

「なんだよあの鬼! 鬼になっても全然顔崩れてない!むしろ紅い目と牙がいい感じにイケメン度上げてるし!」

 

 ……どうやらただ鬼であるだけではないらしい。

 

「けどよぉ、実際どうする?あの鬼めっちゃ強いから殺せねえし……」

「かといって他の鬼を殺そうにも異形ばっかで倒せねえし……」

「あの鬼から離れると異形の鬼に襲われるかもしれねえし……」

 

 現状に不満はあるがソレを解決する手段は持ち合わせている者はいない。

 この山にはそれなりの経験がある鬼殺隊員が相手取るような異形の鬼しかいない。故に、本来の選別のように、雑魚鬼を殺すことで生き延びるという選択肢は既に潰れてしまっている。

 ならばどうするか―――葉蔵に頼るしかない。

 

 結局そういうことだ。

 いくら葉蔵が鬼だからといっても、鬼が憎いからと言っても、葉蔵から離れるのは自殺行為に等しい選択肢なんてそう簡単に選べるはずがない。

 異形の鬼から身を守るにはより強い鬼であり人を食わない葉蔵の傍にいるのが一番。それ以外にこの山の鬼から自身を守る手段など存在しない。

 

「……俺はあんな奴なんかに守ってもらう必要なんてねえ」

 

 だが、彼らはやはり鬼狩りだった。

 

「俺は鬼を殺すために鬼殺隊に入ったんだ! だから俺は鬼なんざに守ってもらう必要はねえ!」

「そうだ! 俺はこの手で父ちゃんと母ちゃんの仇を取る! そのために鬼狩りになったんだ!」

「ああ、俺もそのために戦ってやるぜ! 命なんて惜しくねえ!」

 

 若く、そして自信と熱意に満ちた鬼狩りである。

 

「じゃあ、俺らで鬼を狩ろうぜ!」

「「「おう!」」」

 

 そして、その若さが自身に牙を剥くとは、彼らは想像すらしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終選別最終日の夜。錆兎はそこら中を駆け巡り、鬼を斬っていた。

 どうやら強い鬼は粗方葉蔵とその一味が倒したらしく、彼の戦っている鬼は雑魚鬼に毛が生えたようなものばかりだった。

 しかし、それでも鬼は鬼。やはり彼らは文字通り人間の天敵。並大抵の呼吸と剣術では到底敵わない。

 

 それでも無茶を続行できるのは彼の飛びぬけた実力か、それともその勢い故か。

 選別に参加した者の中で確実に最強に位置し、たとえ今から実戦に導入されても通用するだろう域に達している。 

 

「……大方こんなものか」

 

 ここら周囲の鬼は全て切り捨てた。

 幸いにも葉蔵レベルの鬼や初日で戦ったようなクラスの鬼は存在しない。 

 ならばこのまま無茶を続行出来るはずだ。

 

 負傷し戦えなくなった者のほとんどは藤の花による結界内に待機させている。

 材料は葉蔵の小屋から見つけた竹筒―――葉蔵が藤毒の服用訓練に用いたもの―――を使用している。

 高い純度で抽出されたソレは藤の花をただ置くだけよりも効果があり、ただそこら辺に撒くだけで防護壁としての機能を果たしてくれた。

 

 

 あの日、葉蔵に対して反感を抱いている者は葉蔵の元を去り、自身で鬼を狩るようにした。

 それなりの人数が集まった。中には葉蔵に恩のようなものを感じている者もいるが、それでも葉蔵から離れることを選んだ。

 

 

 

 

 どれだけ理性的に振舞っても、葉蔵は憎い鬼だ。

 

 

 分かっている、葉蔵に人を食う気など殊更ないことなんてほぼ全員が感じている。

 しかし、それでもやはり。どうしても鬼だけは許せないのだ。

 

 鬼殺隊を志す者は全員が鬼に対して恨みがあるから剣を握っている。

 家族を殺された、恋人を殺された、親友を殺された……。人生を鬼によって奪われ、それしか道を見つけられなかった『亡者たち』が大半だ。

 

 亡者は盲目で蒙昧。

 妄信的に鬼を恨み、鬼を殺し、鬼狩りと化す。

 他にも道があるのに、もっと楽になれる方法があるのに……。

 

 

 

「(今日はこれぐらいでいいだろう)」

 

 錆兎は足を止め、張り詰めていた空気を刀と共に鞘へと収める。

 

 自身の長い活動も終わりか、と思い耽っていた――――瞬間、魚が腐ったような強烈な刺激臭が錆兎の鼻を突き刺し、猛烈に不快感を刺激した

 まるで不意打ちの様なその臭いに顔を歪めながら振り返れば、誰かが悲鳴を上げながらこちらへと走ってきているのが見える。

 

「だっ、誰かぁぁぁぁ!! 助けてくれっ! 鬼がっ、鬼が!!」

「おい、落ち着け! 何があった、何を見た?」

 

 すっかり息を上げ崩れそうな少年の体を受け止めながら、錆兎は彼の走ってきた方を注視する。見えなくともわかる。何か並みならぬ存在がこちらへと近づいてきているのが。

 

「お、大型の、異形の鬼だ!! 話が違う! こんなの聞いていない! あ、あの鬼…あの針使う鬼よりもよっぽど……ひぃぃぃぃぃ!!」

 

 地響きのような足音と共にソレは姿を現した。

 

 緑色の肌を持つ、木々ほどの高さはある巨体。全身から手を生やしてそれを纏う異形の鬼。

 今まで相手にしてきた雑魚共と違う。おそらくあの葉蔵とかいう鬼と同レベルの鬼だと錆兎は理解した。

 

「……ちょうどいいとこにいたな、俺の可愛い狐ェ」

 

 ねっとりとした、不気味な声の鬼。錆兎は息を飲み、すぐさま少年を遠くへと逃がす事を決断した。

 

「おいお前、急いで遠くに逃げろ」

「だ、だけどそれじゃあ君が……!」

「早く行け! 死にたいのか!」

「っ……待っててくれ! 必ず助けを呼ぶ!」

 

 少年は一度は渋ったが、力の差を理解してその場からすぐに離脱した。

 相対する錆兎と異形の鬼――――手鬼。一方は並々ならぬ敵意を、もう一方は嗜虐的な視線を相手に向ける。

 

「狐小僧。今は明治何年だ?」

「言う必要はない。お前はここで何も知らず朽ち果て……!!?」 

 

 咄嗟に跳躍。

 抜いた刀を両手に構えて錆兎は目にも留まらぬ速さで跳び上がり、水の呼吸壱ノ型である水面切りを繰り出した。

 

 

 だが、相手が悪かった。

 

「馬鹿が!!」

「!」 

 

 彼と相対した手鬼は迎撃を開始。巨大な腕を弾けるかのように伸し出す。

 それを間一髪で感じ取った錆兎は身体を捻って手鬼の攻撃を回避。伸ばされた腕を足場に地面へと離脱。すぐさま距離を取る。

 

「ほう、相変わらず強いな。流石鱗滝の弟子だ」

「……何故お前が鱗滝さんの名前を知っている?」

「知ってるさァ! 俺をこんな忌々しい藤の檻にぶち込んでくれたのは他でもない鱗滝だ! 四十……いや、三十九年前のあの時、忘れるものか! 鱗滝め! 鱗滝め!! 鱗滝めェ!!!」

 

 突然出てきた師の名。

 ソレに疑問を覚えた次には、全身の表面から血管を浮き出させながら発狂するように叫び出した。

 鬼の答えに一応の納得がいった。しかし今はどうでもいいことだ。次の攻撃に備えなくては。

 

「絶対に許さんぞ鱗滝めェッ!! 俺をこんな所に閉じ込めてくれた報いだ、精々戻ってこない弟子共に恨み殺されるがいい!!」

「……何? どういう意味だ、それは!」 

 

 聞き捨てならない言葉。

 錆兎は咄嗟に問うも、手鬼は無視して何やら指を折り何かを数えている。その口にしている数を聞く度に錆兎は背筋に怖気が走り、憎悪にも似た感情が腹の底から溢れ出す。

 そんなもの、考えるまでもなかった。 

 

「十、十一……お前で十二人目だ」

「……何がだ」

 

 ―――よせ、聞くな。

 

 聞かずとも分かっている。わざわざ付き合う必要などない。

 

「俺が食った鱗滝の弟子の数さ! アイツの弟子は皆俺が食ってやった。その狐の面が目印だ。……厄除の面とか言ったか? それを付けてるせいでみんな死んだ。みんな俺の腹の中だ」

 

 錆兎の頭の中で、何かが切れた。

 

 ―――ああ、だから聞かなければよかったのに。

 

「馬鹿な奴だ、鱗滝め。滑稽な善意が大切に育てた弟子共を食い殺す目印になるなんてなァ。全員あいつが殺したようなもんだ。ヒヒヒヒッ」

 

 

 クスクスと嘲笑する鬼。瞬間、切れた何かから憎悪と憤怒が混ざり合い、爆発した。

 

 

「貴様アァァァァァァァァアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 

 

 今までのどんな感情よりも激しい、感じたことのない怒り。

 自身を育て、生きる術と道をくれた恩人を侮辱され。その弟子である兄弟子たちを嬲り殺しにされた事実を自慢げに話す鬼を見て、激怒しないほど腰抜けではない。

 

 血が滲む程の力で刀の柄を握り、足裏の地面が爆ぜる勢いで錆兎は駆け出す。

 一秒でも早く、一瞬でも早くこの悪鬼を葬り去りたい。その一心で突撃する。

 

 ニヤリと、手鬼が嗤いを零した。

 狙い通り挑発に乗った。ならば水の呼吸独特の動きはなくなり単調になる。そうなれば勝利は近い。

 手鬼は全身から数本ほどの手を生やして錆兎へと襲い掛かるも、その全てを錆兎は回避することで手鬼の懐まで入り込まれてしまった。

 

「地獄に落ちろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「クソッ!……なんてな」 

 

 全力で繰り出される斬撃。その威力によって―――錆兎の刀は折れた。

 

 

 

 

 余りにも予想外の出来事に錆兎は茫然とした。

 手鬼はニィッと顔を歪ませ、同時にデコピンで錆兎を吹っ飛ばした。

 

 たかがデコピン一発。しかしそれだけで錆兎の肉体に無視できないダメージを与えた。

 

「硬いだろぅ、俺の新しい腕―――金剛腕は」

 

 首周りの腕だけが、黒く染まっていた。

 これこそ手鬼が同種を食い続けることで得た葉蔵を殺す手段の一つ。 

 

「針鬼対策に硬くしたんだがここまで有効だったとは思わなかったぜ。まさか、刀が折れる程なんてなァ」

「………ック!」

「さて、お遊戯の時間は終了だ。ここからはお前を殺しにいく」

 

 手鬼は最初から本気など出していなかった。

 自身がどれだけ戦えるかの予行演習として錆兎を選んだだけで、その気になればいつでも殺せた。

 用事が済んだ今、もう手を抜く意味などない。……全力でやる。

 

「死ねェ! 鱗滝の弟子!!」

「あ」

 

 錆兎の脳裏で大量に流れる走馬灯。

 今までの思い出が一瞬で過ぎ去り、目が覚めれば目の前には鬼の魔の手。

 

「鱗滝さん――――義勇――――すまない……!!」

 

 

 一時の感情によって確定する結末。

 錆兎は己の無力感に胸がはち切れんばかりの後悔を抱き、そして――――

 

 

 

 

「血針弾」

 

 

 

 

 

 鬼の手が錆兎の頭に届く寸前、彼の眼前で赤い閃光が瞬いた。

 気が付けば眼前いっぱいにあった手は全てなくなっている。

 

 

 

 

「葉、蔵……?」

「ああ、間に合ったようだ」

 

 

 それは、錆兎が今誰よりも会いたくない鬼だった。

下弦の伍の塁でアレなのだから、下弦の鬼ってめっちゃ強いよね?

  • いや、下弦など雑魚だ
  • うん、塁がもっと真剣なら義勇にも勝てた
  • いや、塁が強いだけで下弦は雑魚だ
  • 分からない、下弦自体強さにバラつきがある

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