鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第19話

「あの鬼……いっ!?」

「無理に体を動かすな。まったく、鱗滝さんから貰った軟膏を全て使っても回復しないか……」

 

 立ち上がろうとした途端、錆兎は全身を駆け巡る激痛に顔を歪めた。

 師である鱗滝の修行でも味わったことすらない強烈な痛みに口から呻き声が漏れる。

 

 錆兎はそれでもどうにか周りだけを視線で確認すれば、藤の花が囲むかのように置かれ、その内側で多数の負傷者が比較的軽傷な者に看病を受けている姿が見えた。

 ここは葉蔵のキャンプ地だと彼は理解した。

 

「ここは……そうか、無事に離脱できたのか」

「ほら、鎮痛剤だ。傷を治すわけでは無いが、痛みは大分和らぐはずだ」

「あ、ああ。ありがとう、義勇……」

 

 辛うじて命は拾えたと錆兎は安堵しつつ、義勇から鎮痛剤入りの水を飲ませてもらいどうにか動けるまでには身体を復帰させる。

 

「義勇、あの鬼はどうなった?」

「……今、葉蔵がアレと戦っている」

「そうか」

 

 義勇の返答を聞いて錆兎は一瞬安堵した。

 あれを今仕留めなければ、次の最終選別でどれだけの被害が齎されるかわからない。

 最善策は鬼殺隊にあの存在を報告して上級隊員に討伐してもらうことなのだが、あの鬼が倒すなら結果は同じ筈。何も自分が危険な目に遭う必要などない……。

 

「……………」

「……錆兎?」

 

 何やら思いつめたような顔で、錆兎は無言で義勇の刀の鞘を掴んで立ち上がった。それを見た義勇は錆兎が何をしようとしているのかを直ぐに察してしまう。

 

「義勇、済まないが少し借りるぞ」

「待て錆兎! まさか行く気か!?」

「ああ。……アイツは俺の、俺たちの兄弟子の仇なんだ。何より鱗滝さんを、俺の一番大切な人を侮辱した……!! その頸を俺の手で断たねば気が済まない!」

「……だったら、俺も行く」

 

 義勇は錆兎の目を見て、何よりも固い決意を抱いていることを理解して説得を諦めた。

 慕っていた兄弟子を殺され、尊敬する師の顔に泥を塗られた。その行為は彼に取って逆鱗を何度も擦られた事に等しいであろう。

 

 故に彼も立つ。

 彼もまた兄弟子を慕い、師匠を敬っているのだから。

 ならば気持ちは同じ。錆兎の怒りは彼の怒りでもあった。

 

 義勇は近くに落ちていた葉蔵の刀を拾う。

 峰が水色に輝く刀。おそらくソレの持ち主は水の呼吸の使い手であったのだろう。

 

「(少しの間だけでいい。……俺に力を貸してくれ!)」

 

 心なしか、義勇は一瞬だけ刀が鼓動したかのような錯覚を覚えた。

 

「行くぞ義勇!」

「ああ、分かっている!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「食らえ針鬼!」

 

 再び繰り出される赤黒い拳。

 それらを全て祖父から教わった軍事格闘技のフットワークで全てよけきって見せた。

 銃撃体勢を保ちながらの回避術。それを応用して拳銃のように構え、赤く染まった指先を向けていつでも撃てる構えを取る。

 

 今度は避けきった先に青白い腕が振るわれた。

 赤黒い拳の間から迫り来る、死角からの攻撃。

 逃げ場など与えんとばかりにそれらは襲い掛かる。

 

 それもまた避けて見せる。今度は体勢を崩して回避に徹底。地面を転がり、時には跳ねて腕を避ける。

 赤と青。白と黒。それぞれの特性を活かした腕の攻撃を次々と避ける。

 そしてついに彼はその隙に辿りついた。

 

 

【針の流法 血針弾・複(マルチニードルバレット)】 

 

 

 葉蔵の指から針が連射された。

 十、二十と、数秒の間に放たれる針の弾丸。それは弾幕となって手鬼の腕に当たり、針の根を拡げようとする。

 

「まだ学習してねえのか!」

 

 手鬼はすぐさま針の刺さった腕を捨てて針を回避する。

 このやり取りはすでに何度もやった。だというのにまだ無駄だと理解出来ないか。そう手鬼は心の中で嗤った。

 

「ああ、学習してるよ」

 

 彼はニィと笑いながら、中指と人差し指が第一関節とその周辺まで赤く染まった指を、腕の無くなった箇所に向けた。

 

 

【針の流法 血針弾・貫(ニードルストライク)

 

 

 指先から勢いよく発射された針。それは回転しながら手鬼の肉体を貫き……。

 

 

「ふぅ~、危なかった」

 

 ……かけたところで赤黒い腕に止められた。

 

「なるほどなァ。無茶苦茶に撃っていたのはこのためか。俺の腕を全て撃ち落とせても、その先がないと俺に思わせ、油断させて最後の一撃を食らわせる。……お前やっぱ頭いいなァ」

「………チッ!」

 

 盛大に舌打ちする葉蔵。

 

 手鬼のいう通り、これは彼の作戦だった。

 何度も腕に針を打ち込んで腕を自切させるも、敢えて追撃せずにまた生やさせる。そうすることで手鬼にこれ以上の手はないと思い込ませ、油断させてその隙を付くつもりだった。

 

 ニードルストライクが当たるかどうかは賭けだった。

 敢えて針を腕に打ち込み、自切させ、腕が生える前に弾丸を撃ち込む。

 そのためには半端に腕が生えても貫通し、胴体に命中させる必要がある。故に通常の血針弾ではなく血針弾・貫を選択した。

 しかし、ニードルストライクはその威力故に反動があり、銃身がブレて外れる可能性があるのだ。

 そんな弾丸を腕の無くなった、限られた範囲に当てるのは葉蔵でも難しい。しかも、じっくり照準を合わせる時間もない。

 外れやすい、的が狭い、時間がない。……こんな状況の悪い賭けだったのだ。

 

 そしてその賭けに葉蔵は負けた。

 

「油断も隙もねえなァ。これは夜明けまでとことんやる必要があるなぁ」

 

 もう手鬼は油断してくれない。

 一度手札を見せた以上、次も切らせてくれる筈などないし、他の手札も疑う。

 葉蔵は賭けに負けたのだ。当然の結果である。

 

「ぐ……うぅ……」

 

 葉蔵は膝を付いて呻いた。

 

 もう一時間程であろうか。葉蔵はジワジワと手鬼によって追い込まれていった。

 いくら無尽蔵の生命力と体力があるとはいえ、鬼は元人間。精神的な疲労は溜まる。

 更に一つ、葉蔵には枷が存在した。

 

「(ね、眠気が……)」

 

 葉蔵にはタイムリミットが存在する。

 一日4時間以上の睡眠。これは葉蔵にしかない制限である。

 

「(これは……なんとかしないとね)」

 

 珍しく焦る葉蔵。

 なんとかしなくては、早くなんとかしなくてはタイムリミットが来てしまう。

 仕方ない、ここは……。

 

「(ここはリミッターを外そうか。あの姿は不細工だからあまりなりたくないが……)」

 

 思い出すのは醜い異形の鬼としての自身の姿。

 鬼を食らい続けることで手に入れた肉体だが、あまり好みではないのですぐ元に戻った。

 しかし、異形になれば倍以上の力も出るので手札としては数えている。 

 

「これで終わりだ、針鬼!」

「!!?」

 

 突如、手鬼の背後から巨大な手が飛び出した。

 民家一軒ほどの巨体はある手鬼の肉体の半分ほどはある巨大な掌。

 

 無論ソレを見て葉蔵は咄嗟にその場を跳ぼうとする。だが、脚を何かに掴まれてしまった。

 

「何!?」

 

 再び焦る葉蔵。

 おかしい、あの攻撃を食らってからは地面からの手にも警戒しているはずなのに。なのに何故気づかなかった。

 

 そんな疑問を抱くも、その答えを知る前に巨大な拳が彼の眼前に現れた。

 

「あ、やば……」

 

 拳が眼前に拡がった瞬間……。

 

 

 

【壱ノ型・水面切り】

 

 巨大な腕は、何者かによって切り落とされた。

 

 ほぼ同時に軽くなる体。また別の者が葉蔵を拘束する何かを切り裂いたからだ。

 

「(……まさかこの私が助けられるとはね)」

 

 葉蔵の鬼としての視力がその光景を見逃すことなく捉えた。

 拳を切り落とし、更に自身を拘束していた腕を切り落とした二人組。

 水の呼吸を使う剣士、錆兎と義勇である。

 

「……取引だ、針鬼」

「何?」

 

 開口一番、予想だにしなかった言葉に若干動揺する葉蔵。

 

「俺達はあの鬼の首が欲しい。お前はあの鬼の血が欲しい。……分け合えるとは思えないか?」

 

 ニタリと、悪い笑みを浮かべながら言う錆兎。ソレに釣られ、葉蔵もまた悪い笑みを浮かべた。

 

「鬼相手に取引か……面白い!」

 

 

「商談成立だ。足を引っ張るなら後ろから撃つ」

「その台詞そっくりそのまま返してやる」

「俺も忘れるな!」

 




鬼滅のメインは肉体的にも能力的にも圧倒的な強者である鬼に対して、弱者である人間が絶望的な状況をひっくり返すトコです。
人間側はほぼ何もない。鬼のように強靭な肉体も、不死に近い再生力も、血鬼術のような特殊な能力もない。
あるのは鉄の塊と呼吸による少しの身体強化。それらを駆使して人類のために、大切な人のために、己の信念のために戦う。
なら主人公はその逆をいこう。
鬼と対等の存在であり、鬼を簡単に殺せる血鬼術を持つ鬼の天敵。苦戦こそするものの、よほどの格上でもない限り絶望的な状況には陥らない。
強大な力と戦闘能力、そしてそれらを使う才能と経験を持ちながら、大した信念や覚悟はない。ただ己の欲求を満たすために戦う。
その癖して中身はハッキリしない今どきの若者風で、あっちにふらひらこっちにふらふらして何か道に迷い、その中で何かを必死に探しているような主役を描きたい。
そんな異物を放り込むことでキメツの魅力を別の視点で出したいと思います。

下弦の伍の塁でアレなのだから、下弦の鬼ってめっちゃ強いよね?

  • いや、下弦など雑魚だ
  • うん、塁がもっと真剣なら義勇にも勝てた
  • いや、塁が強いだけで下弦は雑魚だ
  • 分からない、下弦自体強さにバラつきがある

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