鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「………見知った天井だ」
翌日、目を覚ますと私は自作の小屋の中にいた。
おそらく誰かが私を運んでくれたのだろう。
起きて外に出る。
既に日は沈んでいるのを見るあたり、どうやら私は丸一日寝ていたらしい。
ふと周囲を確認する。すると、後ろから見知った少年―――錆兎くんが自身の小屋から現れた。
「もう起きていいのか?」
「ああ、問題はない」
「本当か?丸一日ずっと寝てたぞ?」
「大丈夫だ。鬼になりたての頃はよく寝ていた」
むしろ体はすこぶる快調だ。
あの鬼かなり不細工だが味は極上だった。おかげで昨日の私より数段強くなった気がする。
「……まさかこうして鬼を心配する日が来るとはな」
「普通ならあり得ないだろう。まさか私もまたこうして人間と話が出来るとは思ってもいなかった」
「フフッ、やはりお前は変わってるな」
「自覚はある」
「………」
そこで会話が途切れる。
大体十分ほどであろうか。その間ずっと沈黙が続いた。
私は早く戻りたいのだが、何やら話したそうにしているのでそうもいかない。だからずっと待っているのだが、なかなか話そうとしてこないのだ。
まあ、大方話の予想は出来ているのだが……。
「なあ、お前は何で戦う?」
ああ、やはりその話か。
「何故わざわざ鬼を食う? 強くなりたいのなら俺たちを食った方が楽だろ? なのに何故あんな痛い思いをしてまで力を手に入れようとする?」
「簡単だよ、私は満たされたいのさ」
「……満たされる? たったそれだけのためにお前は命をかけるのか?」
「そうだよ。そもそも、満たされるために動くことが生きるということだよ」
「………は?」
分からなそうに首を傾げる錆兎くん。
仕方ない、ここはもっとわかりやすく話そうか。
「人だろうが鬼だろうが、生物は満たされないものを満たそうとする。
腹が減れば何かを食って腹を満たそうとし、懐が足りなければ金を稼いで満たそうとし、寂しければ誰かと心を通わして心を満たそうとする。そうやって生物は満たされることで生きようとするんだ」
人とは贅沢な生き物だ。
飽食の時代となり、飢えることがなくなっても満たされることはない。
今度は物欲を満たされようとして物を求め、その次は承認欲求を満たそうとする。
しかしソレが健全なのだろう。何かを求め、そのために努力する。そして努力していることにも熱中して楽しむ。
それが生きることだと私は考えている。
「……その足りないものは、あんな苦痛を受けてでも満たすべきことなのか?」
「……きっと、君と大体同じなんだろう」
「……?」
私の返答に錆兎くんは訝し気な表情を向けた。
「なんで君達は自身とは全く関係ない鬼まで憎み、殉職する可能性がこんなにも高い鬼狩りになろうとする? その先に君は何を求める?」
「……」
答えにくそうな顔をする錆兎くん。しかし心の何処かで私の言いたいことを理解してるような表情だ。
「君だって何かを満たすために鬼狩りになろうとしてるはずだ。けど、君自身は何を求め、何をどうすれば満たされるのか分からない。だから私に聞くことで答えを出したいんじゃないのか?」
「なんでとか、どうしてとか。他人に納得してもらえるような答えを持ってる奴は幸せだ。
その上で何故ソレを求め、どうやれば自分は満たされ、そのための手段を持つ者は猶更だ。」
「普通はそうじゃない。皆誰もが自分の欲しいものが、どうやればみたされるのか分からない迷子だ。
それは君もじゃないのか? 他人が納得できるような答えを持ってないのは君も同じだろ?」
「……」
正直な話、私自身何故鬼を食らうことでしか満たされないのかよく理解出来てない。
生きる意味を見出したいのならもっと他にも手段がある。両親に習った格闘術を極めたり、前世の知識を活かして商売を始めたり。やり方なんて腐る程あるのだ。
なのに私は今までそれらにやる意味を見出せず、鬼になって初めて自身の力を伸ばしたいと願った。……ここが未だに理解出来ない、
何故鬼の力を伸ばそうとは思ったのに、武術や他の分野―――人間だった頃はダメだった?
私はMでもないし、戦闘狂でもない。なのに何故鬼同士の食い合いにはここまでやる気になる?……私自身理解出来ない。
しかしそれでも私はこうすることでしか満たされない。その原因は私自身分からない……。
「けど君と私は違う。……だって目的を同じとする仲間がいるだろ?」
「……」
君たち……鬼殺隊は違う。
君たちには似たような悩みを持つ者が絶対にいる。そういった者と共に答えを探すことが出来る。
「誰かと同じ悩みを共有し、一緒に考えて答えを探せるのもまた幸せだよ」
「……そうだよな。誰かに納得してもらえるような答えを持っていたら、誰だって苦しんだりなんかしないだろうな」
錆兎くんはそう言って自分の小屋に戻っていった。
まったく、自分で振っておいて自分で勝手に話を終わらせるとは。君あまりコミュニケーション取れないタイプだな?
まあいい。これであの時つい口が滑って妙なことを言った罪悪感も減る。
ああ言ってやった方が君もやる気が出るだろ?
「う、ぅん……」
「起きたのか、錆兎」
「此処は……」
目を開くと、隣に義勇の頭が合った。
どうやら俺はあの日から爆睡したらしく、あのままずっと寝てしまったらしい。
「……あの鬼は、どうなった」
「いなくなった。置き手紙ならぬ置き看板を残してな」
「置き看板?」
義勇の指さした方角に目を向ける。そこには「外に出ます。探さないでください」と削られた一枚の立て札があった。
「なんだこれ?」
「さあ?もしかして本当に山から下りようとしてるんじゃないか?」
「ハハハ、まさか」
この山の麓は藤の花の結界によって鬼を完全に封じている。故に鬼は決してこの山から出られない。
それは葉蔵とて同じ。でなければ、アイツはこんなところにずっといるわけがない。
「(……できれば礼を言いたかったのだが……)」
認めたくはないが、あの鬼がいなくては俺たちは生き残ることが出来なかった。
見ず知らずの俺たちを全員助け、住居と食料を与え、そして兄弟子たちの仇を共に討ってくれた。……感謝してもしきれない。
鬼に感謝するのは本当に癪だが、あの鬼は……葉蔵は別だ。
あいつとならいつかは……。
「では行こうか義勇」
「……ああ」
しかし俺は葉蔵を探すことはしなかった。
あいつならいつか本当にこの山を出るかもしれない。その時に会おう。
目だけで辺りを見れば、比較的軽傷の者たちが怪我人に肩や背を貸して山を下りている。空を見れば、微かにではあるが日が顔を出し始めていた。
夜明けが来る。
俺たちは時間をかけて試験開始時に皆が集まっていた広場へと戻った。そこには初日目と同じように、産屋敷あまね様と、少々の差異として護衛なのか複数の隊員が隣に付いている。
そして予想外すぎる数が目の前に現れたせいか、彼らはあからさまに目を見開いた。
前代未聞の全員生還だ。奇跡とも呼べる光景に、言葉を失っているのだろう。
「…………皆さま、お帰りなさいませ。全員ご無事で生還したようで何よりです。そして、まずは謝罪を」
あまね様はそう言いながら、深く頭を下げる。
一瞬疑問に思ったが、すぐに理由はわかった。あの鬼の存在を何かしらの手段で知ったのだ。恐らく、全て終わった後から。
「六日目の夜、参加者の手に余る鬼の存在を確認しました。その鬼は藤の花の結界を突破し、入り口で待機していた上級鬼殺隊を圧倒する程の実力を持っていました。幸い死者は出ませんでしたが、あのような鬼を野放しにしたことで皆さんに本来以上の脅威に晒してしまい、深い悲しみを抱いております。……故に、今回は鬼殺隊の入隊を諦める者であってもある程度の被害の保証を無償ですることを約束いたします。勿論、入隊を希望する者にはそれ以上のものを約束いたしましょう」
俺は冷や汗をダラダラと流した。おそらく、他の者たちも……。
「(めちゃくちゃ心当たりがある!)」
その鬼絶対葉蔵だろ!
「その鬼は堂々とこの参道を通り、鬼殺隊の制止を振り切って『私は税金をお前たち以上に払ってるからこの道を通る権利がある』とほざいて行きました。幸い死者はおりませんが、剣士様方の大半を戦闘不能にした上、隠の服やその他諸々の物資を奪われました。……お労しい限りです」
……あの鬼、本当にここから出やがった上に滅茶苦茶やってる!
そういえばなんか何処ぞの華族か財閥の息子とか言ってたな。あの時は聞き流したがまさか本当のことでアイツ自身もそんな性格だったとは……。
今思えばなんか見下したような目をしていたな。……今度会ったら殴るか。
「大変心苦しいのですが、あの鬼について知っていることを話してほしいのです」
「「知りません!」」
その後、俺と義勇は即座に尋問された。……何故嘘が即バレたんだ?
葉蔵の言動や態度を鵜呑みにしないでください。彼は彼自身が思ってるほど冷たくも無感情でもありません。さっきは悟ってるような言葉をほざいてましたげど、あれも何処まで本当やら。
本当に満たされず、満足を望んでるのは誰なんでしょうかね。
下弦の伍の塁でアレなのだから、下弦の鬼ってめっちゃ強いよね?
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いや、下弦など雑魚だ
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うん、塁がもっと真剣なら義勇にも勝てた
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いや、塁が強いだけで下弦は雑魚だ
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分からない、下弦自体強さにバラつきがある