鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
もう少しロり蜜璃ちゃんと葉蔵を一緒に居させたかったんですけど、急きょ葉蔵さんに会わせたいキャラがいるので。
夜の森。
それはたとえ昼夜問わず光に溢れる平成の世でさえ、恐怖を抱かずにはいられない。
微かな月明かりさえ深い森では遮られ、目を慣らさなければ一寸先すら真っ黒な闇。
そんな暗闇の中、葉蔵は松明もなしに突き進んでいた。
「……ここに鬼がいるのか」
目に頼らず頭から生える角のみで森の中を歩く。
彼の血鬼術の一つ、方針を使えばこの程度など造作もない。
もっとも、これを実戦で試すのは今回が初めてなのだが。
「……ぅ!」
思わず『角』を押さえる。
鬼の臭いの元へ近づけば近づく程、血の刺激臭が強くなってくる。
前方を軽く睨む。
気づけば血の刺激臭と鬼の臭いは最高潮に達していて、更に腐敗臭までしてくるのだから軽く吐き気を覚える。
ソレをこらえて臭いの元に目を……いや、角を向けた。
「――――いた」
見つけた。奴こそが鬼だ。
葉蔵は湖の浅い所でグチャリグチャリと音を立てながら何かを咀嚼している鬼を発見した。
「不味いなァ。やっぱ肉は新鮮なのが美味い。生きたまま踊り食いすんのが最高だ。昨日の奴らは美味かったなぁ。必死に命乞いする奴を生きたまま食うのは心も体も満たされるなァ。特に女の乳房と臀部は柔らかくてとろける程だったぜぇ」
鬼は全身を魚の様な鱗で包み、両腕から刃物のように鋭い鰭のようなものが飛び出ている。
まるで魚を無理やり巨漢の形に押し込めたかのような外見。
そんな鬼が人の手足を爪に刺しながら食っている。
葉蔵の行動は早かった。
まずは様子見。針を軽く投げる。
鬼―――魚鬼は食事中。未だ人肉らしきものを貪っている。
これなら当たるはず……。
「……ッチ。食事中だってのによォ!」
「おぉ」
魚鬼は振り向くと同時に針を鰭で弾いた。
「最初から気づいていたのか」
「俺の感覚は優れものでなぁ、空気の流れを感じて獲物の場所を把握できるんだよ」
自分の攻撃が避けられたというのに葉蔵は動揺しない。
むしろこっちの方が都合がいい。そうとでも言いたげな様子だ。
「……お前が食らってるのは鬼狩りか?」
「おうよ! 俺を殺そうとしたから逆に殺してやったぜ! まさか、鬼の癖に人間を食う何て酷いとか言うのか?」
ニヤニヤと、まるでバカにするかのように笑う魚鬼。
それに対して葉蔵は鼻で笑うかのような態度で返答した。
「まさか、生物が他の生物を食らうのは当然のことだ。ましてや人間のような社会性動物は同種である人間を蹴落とし、時には殺し合う。鬼が人を食らうのは自然なことだ」
「ハッ、分かってるじゃねえか。……だったら何で俺の飯の邪魔をした?」
「別に邪魔をするつもりはないよ。ただ……」
葉蔵は再び針を構える。
「私はお前を食らいたいと思ったんだよ。お前だって人を食らってるのだから何の問題もないだろ?」
「ほざきやがれ若造が!」
虚空目掛けて鰭を振るう魚鬼。
瞬間、鰭が腕から切り離され、まるでブーメランのように葉蔵へ向かってきた。
対する葉蔵は動かない。まるで散歩でも行くかのような足取りで歩きだし……。
「ふん」
腕で払い除け、砕いた。
まるで虫でも振り払うかのように。
「クソッ、たかがこの程度で調子乗るな!」
魚鬼が両手の爪を正面に向けた瞬間、鱗が弾丸のように飛びだした。
しかし、その全てが当たることはなかった。
鱗の弾丸が発射されたと同時、葉蔵の姿が魚鬼の視界から消えたのだ。
何処に行った。そう疑問が浮かぶよりも早く魚鬼の腹部に衝撃。
いつの間にか間合いまで接近していた葉蔵の拳が魚鬼の溝尾に突き刺さっていた。
重く鋭い拳は魚鬼の体を吹っ飛ばし、数本ほどの木々を折り、地面を数mも転がったことでやっと停止した。
「ぐ、ェぇ……」
強い。
それが魚鬼の抱いた感想だった。
だが、攻撃の隙を突かれたからこそ受けた傷だ。奴が自分より強いと決まったわけではない。
本当にそう思っていたのか、そう思い込む事で精神の安定を測っていたのか。
しかし強敵と認めながら魚の中に逃げるという選択肢は浮かばなかった。
途端、魚鬼が口を開いて向けた。
同時、口を向けられた葉蔵が頭を押さえてふらつく。
これこそがこの鬼の血鬼術。超音波による攻撃だ。
この鰭刃でも鱗弾でも倒せない敵だとしても、この超音波を当てれば怯み、隙を晒す。
いや、追撃するまでもなく、この一撃を喰らえば人間は立っていることもできない。
トドメを刺そうと再び鰭刃を投げたが……。
「おっと」
掴み取られた。
渾身の一撃。
本気で殺すつもりで投げたはずの刃。
それがいとも容易く、さっきまでふらついていた鬼に止められてしまった。
「方針の精密性による弊害を突く攻撃の予習ができるとは思わなかった」
ばきん。硬質なものが砕ける音。
葉蔵が摘まんだ指で鰭刃を折ったのだ。
同時、葉蔵が指を向ける。
「ぎゃあああああああああああああああ!!!」
速く鋭い弾丸。
自身の放つソレよりも数段は威力がある。
ソレが魚鬼の肩に命中し、そこから先を吹っ飛ばした。
不味い。
初めて、ここにきて初めて魚鬼は気付く。
これは狩りでも食事でもない。自分こそが狩られる側なのだ。
逃げなくては……逃げなくては殺される!
すう、と、息を大きく吸い込む。
悲鳴を上げるようにして全方位に超音波を撒き散らす事で撹乱する。
方向性を指定して葉蔵のみを攻撃する余裕などない。
みっともなくとも、ただ命を守るために。
「うッ」
葉蔵がよろめいた瞬間に大跳躍。そのまま湖の中へと飛び込んでしまった。
水中。呼吸が極めて制限される特殊な場所。ここならあの鬼も追ってこないはず……。
ドボン。
何かが水に飛び込む音がした。
確認するまでもない、あの鬼だ。
逃げる。
恥も外聞もなく、全速力ならぬ全泳力で逃げる。
水中は彼にとってのホームグラウンド。ここなら誰も自分には追い付けない……。
「(ぎいィィィィィィィィィ!!)」
葉蔵の放った赤い弾丸が、魚鬼の背中を掠めた。
「(あの鬼、あんな距離から撃てるのか!?)」
魚鬼の鱗弾は水中では使えない。
水の抵抗が大きすぎて、攻撃があらぬ方向に行ってしまうためだ。
だから魚鬼は水中で攻撃する際は接近戦のみに留めている。
故に、彼には葉蔵に反撃する手段がないのだ。
バンバン撃たれる血針弾。
どうした、もっと無様に逃げろ。そして私を楽しませろ。まるでそう言ってるかのように、弾丸は次々と放たれる。
魚鬼は泳ぎ、逃げながらソレを耐え、避けて、とにかく逃げる。
上下左右をジグザグに泳いで弾丸を避け、弾丸が掠って肉が抉れても耐えて。
そんなことが何十回程続いた頃だろうか。弾丸が急に飛んでこなくなった。
魚鬼は思った。やった、遂に逃げられた……。
「(ぐぎいィィィィィィィィィ!!)」
……と、思った瞬間。魚鬼の全身から激痛が走った。
一体何が。そう思う前に鬼の意識は水底へ沈んでいった。
今回はなかなか有意義な結果が出た。
まさか私の血鬼術である方針がここまで役に立つとは、私自身思いもしなかった。
藤襲山にいた際、私は方針を鬼の大まかな位置を探す程度に使っていた。
方角と距離を測り、行ける位置なら向かって食らう。そんな感じだ。
しかしこの針、ただ鬼を探すだけには留まらないらしい。
この針は鬼の臭いだけでなく周囲の音や臭い、更には光なども感知することも出来る。故に全ての感覚をこの角で賄うことも可能なのだ。
私は藤襲山にいた際、この能力を伸ばすためにわざと目を瞑って山を歩いたり、猪や兎などの獲物を探していた。
まだ鍛錬不足なので使いこなせてないが、この超感覚はまだ先がある、故に鍛錬次第で伸ばそうと思う。
それだけではない、この針はその気になれば水流や空気の流れまで読めるのだ。
気づいたのは魚鬼が逃げた際、一緒に私も湖に飛び込んだ時だ。
あの鬼が自分の感覚を自慢した際、私も同じことが出来ないかと思ったら出来てしまった。
精度は低く、今では使い物にはならない。しかしこれも鍛錬次第で伸ばせると私は考えている。
更に更に。この針は鬼の正確な位置も探知できるらしい。
どうやら視覚情報に変換するらしく、三次元的な座標と相手の強さを正確に把握することが出来た。
これはかなり使える能力だ。これを極めることでより鬼狩りを優位かつ効率的に出来るかもしれない。
よし、この能力を中心的に方針の能力を高めようか。
ここまで感覚が鋭いと仇になりそうだが、そこも防ぐことが出来た。
どうやらON/OFFが可能なようであり、ほぼ反射的に感覚を遮断することが出来た。
これで超音波や強烈な激臭によるダメージを心配する必要はなさそうだ。
本当に便利な能力を得た。
これでより多くの鬼を食らい、私の力にすることが出来る。
そうすれば私は……。
「………」
ふと、私は先ほどまで食われていた人間の死体に目を向けた。
鬼が人を喰っているところを初めて見た。
今までは情報として知っていたし、私自身どちらかというとソレを肯定もしていたはずだった。
しかし、今日初めて経験として理解出来た。
これはひどい。ひどすぎる。
鬼はただ食らうのではない。冒涜し、侮辱し、踏み躙った上で食らう。
家族を鬼に殺された人間が鬼に怯えて生きるのではなく、鬼狩りになる理由が分かった気がする。
鬼の行為が鬼への恐怖を越える怒りを生み出し、人を突き動かすのだろう。
まあ、私には関係ない話だけど。
死体を土に埋めて埋葬する。
別に間に合わなくてすまないとか、そんな下らない感情はない。
確かに哀れだと思うし同情もする。しかしそれだけだ。それ以上に思うことも、的外れな責任感も抱くつもりはない。
私の目的はあくまで食事と己の力量を把握すること。別に人助けをしたいわけではない。
慈善行動は鬼狩りがしてくれる。私がする必要などない。
しかし何故だ? 何故こうも胸糞悪く感じる?
「…………誰かと、話がしたい」
会いたい。誰かと会って話がしたい。
今日の成果の話、今日何を食べたか。そんな話を誰かとしたい。
ふと空を見上げると、空が少しだけ白んできた。
夜明けが近い。
日が昇り、鬼の時間が終わる。
早く戻らねば。でないと私が終わってしまう。
しかしあれだな。今から夜明けだというのに……。
「……蜜璃くん」
次の日没が、待ち遠しい。
「昨日は良い結果が出た」
曇天の夕暮れ時。
日が雲に隠れている間に私は狩りに向かい、終わると同時にベースへ帰った。
今回はかなり良い結果が出た。
どうやら私の血針弾は精度も威力も格段に上がっているらしい。
それを実感したのは水中での射撃。通常なら水中抵抗で当たらなくなるはずが、今回はほぼ私の狙い通りに命中した。
最初は少しズレたが、少し練習するだけで命中してくれた。今後も少し訓練すれば使い物になるはずだ。
とまあ、私の鬼狩り生活はこのように充実している。そう、満たされているのだ。
私は満たされている。満たされているはずなんだ……。
「葉蔵さん!」
ベースの中で調達した食糧を加工していると、蜜璃くんが酷く慌てた様子で駆け付けた。
汗だくで息が切れており、服も乱れている。
おそらく身だしなみなど気を遣う余裕がないほど急いでたのだろう。一体何があった?
「どうしたんだい蜜璃くん、そんなに急いで」
「葉蔵さんが言っていた鬼狩りの方が来たんです! 葉蔵さんが鬼を倒すところを他の人たちが偶然見てて、この小屋のこともバレているそうです!」
ああ、遂に来たか。
鬼殺隊が私を追ってくるのは予想していた。
なにせ山では堂々と暴れ、ここでも鬼を食いまくったのだ。そりゃ近いうちに追手が向かう。
「葉蔵さんは逃げてください! このままじゃ葉蔵さんのことがバレて殺されちゃいます!」
自分の事などお構いなしで、蜜璃くんは私の身を案じてくる。
優しい子だ。
私よりもずっと幼く、ずっと弱いくせに。
なのに彼女は自分のことなんてお構いなしに私を助けようとしている。
だったら、年上の私がプライドを優先して暴れるなんて、許されるはずがないな。
「……わかった。素直に逃げることにするよ」
私は軽く別れの挨拶をすると、急いでその場から立ち去る。
「葉蔵さん……! また……!」
後ろで蜜璃くんが何やら叫んでいたが、風を切る音でもうほとんど聞こえない。
こうして俺は、楽しかった日常に別れを告げその場から見事に逃げおおせるのだった。
けど、出来るのなら……。
「(もっと……彼女と話したかったな)」
そんな下らない感情を抱きながら、私は山の中を走り抜けた。
・拳鬼
けっこう強いはずだった鬼。
退治に来た鬼殺隊を何人も殺した実績を持つ。
水の呼吸の使い手を受けた刀ごと血鬼術で潰し、炎の呼吸の使い手の攻撃を積鬼術で防いだ後に拳で潰した。
能力は身体強化の効果がある鎧を纏う事。この鎧は筋肉として働くことでパワードスーツのような役割を果たすだけでなく、更に血鬼術の効果としてスピードやパワーが強化される。
また、殴る瞬間に拳の重さや体重が増加したり、拳から衝撃波が出たり、走る瞬間に足の裏からインパクトが生じるなど、様々な効果が発生する。
もし自分の血鬼術をちゃんと把握していればワンチャンあったかもしれない。
・魚鬼
それなりに強いはずの鬼。
向かってきた鬼殺隊を一人返り討ちにした実績を持つ。
・縁断(えんだん)
八倍娘編の鬼の中で一番強いはずの鬼。
既に何十人もの鬼殺隊を殺した実績を見込まれて無惨から、下弦のお誘いを受け、血戦にむけて力をつけようとしたとこを葉蔵にやられた。もし葉蔵に見つからなかったら今頃下弦の仲間入りしていたはず。
能力は自身の血を刃にすること。自身の肉体や武器に血を纏わせることで切断能力を付与、或いは高めることが出来る。
また、血を飛ばすことで斬撃波のようなものを出したり、硬質化させた血を撓らせることで切断力のある鞭としても使用できる。
必殺技の居合はたとえ鱗滝先生でも受け流すことは出来ず、日輪刀ごと真っ二つに出来る。当たればの話だが。
もう少し自分の血鬼術の使うタイミングを考えたり戦術を練っていればワンチャンあったかもしれない。