鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第27話

「あ、葉蔵さんだ~」

「おかえりなさい葉蔵さん!」

 

 居候先に戻ると、子供たちが出迎えてくれた。

 まだ時刻は夜明け前。大人でもぐっすり眠っている時間だというのに、本当にかわいい子たちだ。

 

 今の私は人間の姿をしている。

 別に誰かをイメージしているわけではない。鬼としての要素を抜いた状態だ。

 強いて言うなら大庭葉蔵という人間が鬼に成らずに十八まで成長した姿といったところか。

 

 どうやらこの体は姿形をある程度なら変えられるらしく、角や牙や爪を短くして隠す事に成功した。

 目や瞳孔の色も変えることが出来、普通の日本人らしい目に変えることも出来た。

 

「ただいまみんな。今朝はいいカモ肉が手に入った」

「わ~い、今日は鴨鍋だ~!」

「今日もまたお肉が食べられる~!」

 

 喜んで肉を受け取る子供たち。

 そんなことをしていると、家主である女性が私の後ろからやってきた。

 

「おかえりなさい葉蔵さん」

「ただいま戻りました。今日は大体5円ほどの稼ぎです」

 

 私は家賃と雑費込みとして、今日の猟で得た金銭を彼女に払う。

 

「まあこんなに!? すごい稼ぎね!」

「いえいえ、居候の身ですからこれぐらいさせてください」

 

 本当にこれは大した稼ぎではない。

 鬼である私にとって、夜の森で獣を狩るなど造作もない。

 その気になればこの時代では命がけの仕事である鉱山発掘も楽々とこなせる。今度募集があればやってみようか。

 

「でも無理はしないでくださいね」

「そうは言ってられません。だって……」

 

 

「不死川さんは7人も子供がいるのに、女手一つで育てているではありませんか。私にも何かさせてください」

 

 

 

 

 

 猟から帰って来た朝、私は日が出る前に家へ入り、台所に立って料理を開始した。

 この時代、女が料理するものだと思われるが、意外と男も料理するものだ。現に、私の父は料理が好きだった。

 そういえば、よく自分が創作したと言って父上に平成の料理を紹介したな。いくつかは会社で売ったり研究すると仰っていたが、上手くいっているだろうか。ああいったものは実際に平成で生きた私でしか理解出来ないものもあるのだが……。

 

「………よそう」

 

 ああそうだ、今の私は不死川家の居候としているのだ。他所の家など忘れてしまおう。

 そんな下らないことを考えていると、後ろから不死川さんが来た。

 

「まあまあ、男がわざわざ台所に立つことなんてないのに」

「いいんですよ不死川さん。私は居候の身なんですから。これぐらいさせてください」

「いえいえ、葉蔵さんは十分やってくれています。これ以上働かせたら罰があってしまいますよ」

「いいですよ、いきなり押し掛けた私を泊めてくれるのですからこれぐらいはしないと」

 

 私は彼女の制止を振り切って料理を続行した。

 

 前回、私は好き勝手に暴れていた。

 夜や太陽が隠れた日、或いは陰に隠れて鬼を狩り、日が出ている時は自作の小屋の中で技の開発や料理に勤しむ。

 こんなことをすれば普通に怪しまれる。

 いくら大正の世といえど全く人がいないわけではないし、いくら夜の山中でも鬼と戦闘を行えば音などで気付かれる。

 ここはもう藤襲山ではないのだ。あそこのように人目も憚らず行動出来るわけではない。

 

 だから私は人間としての身分を手に入れた。

 鬼殺隊の目を、人々の目を欺くために。

 

「それに私は好きでやっているので。むしろ私の楽しみを取らないでくださいよ」

 

 日が昇ってしまえば、私はやることがなくなってしまう。

 他の鬼と違って眠るとはいっても、たかが四時間寝るだけでは夜など来ないし、かといって山にいた頃のように鬼の力を試すわけにもいかない。

 端的に言えば暇なのだ。そんなときは獣を狩ったり、料理する等して時間を潰していた。

 これもその一つである。だから下民である彼女を気遣ったわけではない。

 

 

「ほらほら座ってください。これから貴方は子供の面倒を見なくてはいけないのですから」

「そうですか、ではお言葉に甘えて」

 

 私は彼女を気遣ってるわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「いただきま~す!」」」

 

 朝食が出来たので、皆で鍋を箸でつつく。

 今回の料理はなかなかの出来栄えとはいかなくとも、それなりに食えるものは出来たと思う。

 まあ、所詮は素人なので味の保証は出来ないが。

 

「おいし~!」

「こんなに美味い肉食ったことねえ!」

 

 やはり誰かと食べる飯は美味い。

 こんなマズい料理でも美味しいと言って、笑ってくれると私も楽しい。

 

「葉蔵さん葉蔵さん! 今日は一緒にカブトムシ捕りに行こ!」

「そうだよ、葉蔵さんも一緒に来ればいいよ!」

 

 子供たちがそう言うと、長男の実弥が茶碗を乱暴に置いて立ち上がった。

 

「馬鹿言うなお前ら! 葉蔵さんは日の光を浴びられねえんだよ! 我儘言ってっと、葉蔵さん出てっちまうぞ!」

「「それだけは嫌!」」

 

 私は皮膚の病のため日の光を浴びられないと言っている。

 実際に指先だけ日に浴びせ、溶け落ちる瞬間を全員に見せた。

 すると全員大騒ぎした。子供たちは泣き出し、不死川さんも慌てふためき、不死川家は大混乱に陥った。

 それからは誰も私を日の光があるうちは外に出さないようにした。

 まあ、時々こうやってあの時の出来事を忘れて私を誘おうとするが、実弥がこうやって怒鳴って止めてくれる。

 

「葉蔵さんはあのクソと違って稼いでくるし遊んでくれる。これ以上贅沢言うな」

「「は~い!」」

 

 元気に返事する子供たち。

 しかしその中で一つだけ、元気ではない声が聞こえた。

 いや、聞こえてしまった。

 

 

 

「………本当に、葉蔵さんが父さんならいいのに」

 

 ―――こういう時だけ、私の無駄に鋭い感覚が恨めしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりのない星空の下、村の外れで二匹の怪物が戦っていた。

 煙の血鬼術を使う、烏賊を人の形に無理やり押し込めたかのような異形の鬼、煙羅。

 頭部から赤い針のような角を生やす美しい鬼、針鬼こと葉蔵。

 

 いや、戦いと言い切るには少し語弊がある。

 それは戦いではなく狩りだった。

 

 明らかに己を殺す気で来ている葉蔵に対し、煙羅は己の血鬼術を行使して逃げていた。

 己の血鬼術である煙をばら撒いて姿を隠す。

 葉蔵の血針弾から逃れようと、煙幕を張り続ける。

 

 そして、煙羅の消極的な動きとは対象的に、葉蔵の動きには一切の迷いがない。

 むしろ甚振る猫のような行動。

 どうした、煙をばら撒くことしか能がないのか。もっと私を楽しませろ。

 そう言ってるかのように針を飛ばして走鬼の反応を見る。

 

「……もうないのか」

 

 どうやら目の前の鬼は本当に煙に巻くことしか出来ないらしい。

 ならば用はない。ここで死ね。

 

 葉蔵の赤い瞳が光り、煙羅を睨みつける。

 獲物を仕留める捕食者の瞳。

 その眼に走鬼の身体が竦む。

 

 バンッ。

 

 発砲。

 十発連続で放たれる弾丸。

 視界が悪いが関係ない。

 このうちの一発だけでも当たれば十分だ……。

 

 

 

 

「かッ……」

「…………!!?」

 

 そのうちの一発が外れ、いきなり木陰から現れた男に命中してしまった。

 

 ほんの些細なミス。

 いや、こんなものはミスにすらならない。

 彼の目的は鬼を食らうことで人助けなどではない。

 むしろ、こんなとこにいた人間の方が悪い。

 特に嘆く必要などない。

 

 葉蔵の鬼としての驚異的な視力が、流れ弾の当たった男の姿を捉える。

 どこからどう見ても貧民。少なくとも、いなくなったところで騒ぎになるような人物ではない。

 この時代、人がいなくなるなどよくあること。それが貧しい者なら猶更だ。

 その上こんな夜遅くで出歩くような人間だ。マトモなわけがない。

 よって気にする必要などないのだが……。

 

「…………」

 

 葉蔵はその死体に近づき、そっと顔に手を翳した。




・煙羅
葉蔵から逃れられた幸運な鬼。
能力は煙幕を張ること。この煙幕はただの煙幕ではなく、相手の血鬼術を攪乱したり、鬼の気配を発することで囮としての役割を果たす。

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