鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第28話

 昼間、私は隠とやらの服と日傘を用意し、取引先の農家へと出向いた。

 

 どうやら鬼は直射日光にのみ弱く、反射したものや少し遮られた光なら大丈夫のようだ。

 まあ、もし日光そのものがダメなら月光もダメか。日の光を反射して光ってるのだし。

 

「お、葉蔵さん。また悪さした猪撃ってくれたのか?」

「ええ。これで獣害もマシになるかと思います」

「ありがと、これ約束のお野菜」

 

 年配の女が私に野菜の入った籠を渡す。

村で私は害獣駆除のような仕事をしている。

 夜中に山から下りて来た猪や鹿を仕留め、追い払うことで農家の方々から報酬をもらう。

 要するに夜勤警備員だ。夜にのみ行動し、光が見えずとも動ける鬼ならではの職業と言える。

 

「……ん?」

 

 居候先に戻ると、何やら揉めているのが目に入った。

 男二人が不死川さんに詰め寄っている。

 耳を澄ませると『金返せ』だの『あの男の分払え』だの『返せねえなら売りに出すぞ』などの聞くに堪えない汚らしい言葉が不死川さんに浴びせられている。

 なるほど、あの下民共は借金取りか。そして下民共はその金を取り立てに来たと。

 玄弥くんが言った通り、彼女の旦那は本当にどうしようもない男だったらしい。

 仕方ない、ここは私がなんとかしてやろう。

 私は借金取りたちに声をかけた。

 

「あのう、すいません。……不死川さんに何か御用でしょうか?」

「あん、なんだオメエ?」

 

 借金取りが振り返る。

 スキンヘッドの強面と取り巻きらしき陰湿そうな顔つきの男。

 こんな品のない奴なんかに名乗りたくはないが、私は嫌悪感を隠して自己紹介をした。

 

「失礼、私はこの家で世話になっている者です。それで、何か御用でしょうか?」

「あん、じゃあお前この女の新しい夫みてえなもんか?」

「じゃあ金払ってもらってもらうか!」

 

 下民の一人が私の胸倉を掴む。

 反射的に投げ飛ばしそうになったが、なんとか耐える。

 ここで騒ぎを起こしても私に得はない。とやり過ごしてチャンスを待つのが吉だ。

 

「テメエも関係あんなら金払えや金!」

「あの女の夫なら、前の夫の責任取るのは当然だよなぁ!」

 

 うるさい連中だ。猿かキサマらは。

 そんな感想を億尾も出さずに対応する。

 さっさと帰れ、ケダモノ以下のカス共。

 

「わざわざご足労いただいて申し訳ありません。しかし手持ちが今はまだ少し足りなくてね…」

「あ? ふざけてんじゃねえぞ! テメエら貧民の癖に!」

「オメエらみてえな貧乏人が俺らから金借りる時点で贅沢なんだよ!」

 

 ……いや、これは猿の方がまだ上品だな。

 こんなのと比べられたら猿に失礼だ。

 

「こうなったらおめえら売りに出すしかねえな!」

「このガキとか高く売れそうだぜ!」

「ま、待ってください!」

 

 勝手に家の中に入って子供たちに近づこうとする。

 怯えて部屋の隅に逃げる子供たち。それが目に入った瞬間、子供たちの声が聞こえてしまった。

 助けて葉蔵さんという声。

 か細い声だ。鬼の聴力でなければ聞き漏らしてしまいそうな声。

 その声を聴いた途端、私は行動に出てしまった。

 

「すみません、今はこれぐらいしか用意出来ないのですが、また後日用意します!」

 

 私は彼らの間に立ち、懐の中から金をとりだした。

 本当は本でも買って読もうと思ったが、背に腹は代えられない。

 それにこんなもの微々たる量だ。また稼げる。

 

「へへっ。わかりゃいいんだよ」

 

 金を受満足そうにけ取って下民共。

 奴らは金を数えながら、バカみたいに大きな声を出して帰って行った。

 

 大体数分ほどか。それぐらいして立ち直った子供たちや不死川さんが私に抱き着いてきた。

 

「葉蔵さ~ん!」

「こ、怖かったよ~!」

「よしよし、もう大丈夫だ」

 

 小さい子たちから順番に頭をなでて落ち着かせる。

 あんなことがあったのだ、大泣きして当然だ。

 むしろ今までよく耐えたと言ってもいいだろう。

 

「(……しかしあそこまでだったとはな)」

 

 この家の家庭事情は来る前から粗方聞いていた。

 父親が絵に描いたようなろくでなしで不死川さんや子供たちに暴力を振るい、碌に働きもせずに酒ばかり飲んでいると。

 死んだ後も隣人どころか家族にすら悲しまれず、恨みを買って刺されたと噂されている。もうこれだけでこの男が生前どれだけ酷い人間かは理解出来たが、まさかあんな奴らから借金までしていたとは。ここまでベタな糞野郎はなかなかいないぞ。

 傍から見れば逆に感心してしまう。……まあ、対岸の火事という前提での話だが。

 

 この家の者にとってはあの男の存在は死後も忌々しいものとなっている。

 速く何とか手を打たなくては、私も被害を被ることになる。

 そう、私だけのために……。

 

「……すまん、葉蔵さん」

 

 実弥くんが泣きそうな顔で、しかし涙を堪える。

 

「だって、あのくそおやじのせいで葉蔵さんは……葉蔵さんは!」

「気にすることはない。金などまた稼げばいいのだから。だから君が気にすることはないのだよ」

「でも……でも!」

「大丈夫だ、それとも私の言葉が信じられないのか?」

 

 君は何も心配することはない。だから泣き止んでおくれ。

 長男である君がしっかりしなくては私がガキ共の面倒を見なくてはいけないではないか。

 

「今は私が君たちの父親のようなものなんだだから子供の前でカッコいいことをさせてくれ」

「よ、葉蔵さん!」

 

 

 

 大丈夫、この件はすぐに片が付くのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 稀血。

 それは、鬼にとって最高のご馳走である。

 

 基本的に、鬼の主食は人間の或いは血液だ。

 ただ、肉と一言で言っても、A5和牛から大安売りのクソマズい肉まであるように、人肉にもランクがある。

 場合によっては、栄養価の高い人間一人を食すことで人間を何十人、或いは百人近く摂取したのと同じ力を得られるらしい。

 そのような栄養価の高い人間の血や、その人間そのものを稀血と呼ぶ。

 

 不死川家はその稀血の中でも特に濃度の高い稀血を持っており、その匂いを求めて鬼がよく集まってくる。

 数ある居候先でここを選んだ理由の一つ。

 要するに誘蛾灯だ。

 

 

 話は変わるが、私の針はかなり融通が効き、私が強くなるにつれてその引き出しも多くなってきた。

 今では空気抵抗を極限まで減らす鋭利な針の弾丸、注射のように人間相手でも採血出来る針、逆に私の体液を注げる針、中には電気を流せる糸付きの針まで出せるようになった。

 その中の一つ、採血機能のある針で不死川家の全員が寝ている間に血を採取して利用している。

 

 おかげで大漁だ。

 ちょっと血を針で採取し、鬼の気配が近くにする場所で針を割ってぶちまける。それだけで鬼が集まって入れ食い状態だ。

 今まで鬼の気配を感じ取って走り回っていたのがバカのようだ。

 鬼を粗方食ったら採血して狩場を変える。そんな毎日を過ごしていた。

 

 

 

「た、たすけ……もう、許して……」

「黙れ」

 

 そして今は小屋の中で拷問をしている。

 まだ鬼の時間にはもう少し早いからね。こうして暇を潰している。

 

 この小屋は万が一のために作った借りの基地(ベース)だ。

 本来なら夜明け前に家へ帰れなかった際の仮住まいにする予定だったのだが、まさかこうして拷問用に使うとは思わなかった。

 

「お、俺らが悪かった……。もうガキを売ろうなんてしねえ。だから、許してくれ……」

「元本はもう払ってもらいました。だから、だからもういいです!」

 

 天井からぶら下がっている全裸の男二人が、必死に命乞いをする。

 私がこいつ等を攫って剥いて、針糸でつるし上げたのだ。

 全裸の男を拘束して痛めつける趣味などないが、これも今後のために必要なことなのだ。

 よって痛めつける序でに我が能力の実験をしている。

 

「信じられると思うか? 聞けば貴様ら、トイチで金を貸し付け、返せないなら女子供を花街へ売りに出す商売をしているらしいな」

「ソレの何が……い、いえいえ! 貴方からはもう取り立てません! あの家にも近づきません!」

「金輪際近づきません! 貴方には逆らいません! 取り立てた元本以上の金は返します! だから助け…ぐげえええええええええ!!?」

 

 私は耳障りな鳴き声を発する虫を痛めつける。

 男二人の背中に刺さっている針。そこから電気を流すことで痛みを与えた。

 

「電気針の電流も微調整可能。いや、元から電流が弱いのか?」

 

 電気針。

 注射のように細い針で、大した殺傷力はない。

 この針の用途は相手に苦痛を与えること。刺した箇所から電気を流すことで相手に痛みを与える。

 藤襲山でお遊び半分で開発した技だが、まさか使う日が来るとは思わなかった。

 この針を鬼相手に試したことはあったが、人間相手は今日が初めてだ。だからこうして『死んでいいカス』にのみ使っている。

 けどまあこうしてデータも得られたのでいい傾向だと私は思っている。

 

「た、助けてくれ! 二度とガキを売ったりなんかしない! せこい商売からは足を洗ってちゃんと真面目に働く!」

「もう借金をカタに女をヤろうとはしません! 赤ん坊を売ったりしません! だから助けて!」

 

 必死に命乞いをする下民共。よほど私の拷問が怖いらしい。

 ここまで必死にやられると逆に説得力がなくなるな。

 よし、あと2時間ほど痛めつけるか。しゃべられるうちは余裕があると思えと母上も言ってたし。

 

 ではどんな拷問兼実験をしようか。

 針を振動させることで熱を発生させて火傷をさせた、毒を分泌する針を刺した、電気はさっき試した。

 血を抜く針や疑似的針の根も体験させたし、残りはもう跡がハッキリ残るような拷問しかない。

 仕方ない、じゃあ殺すか。出来るだけデータを取って殺そう。

 

「あ、そうだ」

 

 どうせ殺すならこいつ等を生餌に使おうか。




今更ですが言っておきます。
葉蔵は決して人間の味方ではありません。
今は人間を殺すと面倒なことになりそうだから殺さないだけで、別に不殺を誓っているとか、人間を守りたいとか、そんな崇高なものは一切ないです。
むしろ華族として育てられた彼は人間を無意識に見下しており、自身と同列に扱ないことがある上に、今は鬼なので人間とは違う価値観で人間を見ています。
邪魔なら人間でも殺す……かもしれません。

葉蔵さんのしてることは鬼ですか

  • 鬼の所業。やはり所詮は鬼か
  • 違う。当たり前のことをしただけ
  • 気持ちはわかるけどやりすぎ
  • やりすぎだと思うが仕方ないとも思う
  • 鬼どうこうより、華族だからじゃない?

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