鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第30話

 半月の夜。

 疎らに家が立つ町の広場で両者は向かい合う。

 周囲を建物に囲まれ、中央の開けている場で対峙するその様は、さながら決闘場のようであった。

 対戦選手は二人。

 極上の獲物を横取りしようとする同種に怒りを見せるカメレオンのような姿をした鬼、現外。

 対するは日輪刀を装備する美しい青年、葉蔵。

 勝者に与えられるトロフィーの如く離れた位置で両者を見守る実弥とその弟。

 彼らはごくりと生唾を飲んで鬼たちを見ることしか出来なかった。

 

「よ、葉蔵さん!」

「少し待ってろ」

 

 葉蔵は実弥を隠すように鬼の前に立つ。

 

「よ、葉蔵さん?」

「逃げるんだ実弥くん。そして、助けを呼んできてくれ」

「よ、葉蔵さんは?」

「あいつを足止めする」

「!? でも、相手は化け物……」

 

 チャキッと、葉蔵は刀を鳴らしてソレを二人に見せつけた。

 

「安心しろ、私は強い。あんな化け物倒してやるさ。……でも、万が一のために、早く行って、私を助けてくれ」

「~~っ、うん!」

 

 実弥は強く頷くと、町の方へと駆けていった。

 しかし、葉蔵は助けなんて期待していない。

 子どもの足では、すぐにはたどり着けない。なにせ、そんなものなど最初から必要などないのだから。

 

「(……このガキ、嘗めやがって!)」

 

 現外は激怒した。

 いきなり極上の餌を食らおうとしたら、十二鬼月に邪魔された……と、勘違いした。

 よく見てみればただの野良鬼ではないか。

 目に数字は刻まれてない上にまだ若い。こんな鬼を何故精鋭たちと見間違えたのか、彼は自分でも疑問に思う。

 

 第一こんな鬼は、自分たち十二鬼月に見覚えがないではないか。

 

 まあいい。この鬼は勝手に見つけた餌を逃がしやがった。……見逃す道理など存在しない。

 

 真実そう思っていたのか、或いはそう思い込む事で精神の安定を測っていたのか。

 一度格上と認識した相手ではあるというのに、現外の中に逃げるという選択肢は浮かばなかった。

 

「……どういうつもりだ、小僧?」

「見れば分かるだろ、楽しい家族ごっこだ」

「家族? 鬼が人間と? ……ケケケッ、こりゃ滑稽だな。中々面白い見世物だったぜ?」

「そうか、なら次の講演は鬼狩りだ」

 

 刀を捨てたと同時、葉蔵の姿が変化した。

 髪と肌の色素が抜け落ちるかのように白く染まる。

 白目が黒く、瞳が赤く染まり、猫のように細く変化する。

 爪が、牙が、角が。まるで猛獣のように鋭いソレへと変わった。

 これこそ葉蔵の鬼としての姿。藤襲山で鬼たちに恐れられた鬼喰い、針鬼である。

 

「さあ、かかってきな」

「……ざけやがって」

 

 現外はギョロリと、下陸と刻まれた右目を葉蔵に向けた。

 

 瞬間、現外の姿が消えた

 文字通りの意味だ。

 まるで最初からそこにいなかったかのように、気配も匂いも希薄になって姿が見えなくなった。

 対する葉蔵は慌てない。

 己の血鬼術である角を使って敵の位置を読もうと試みる。

 

「(死ねッ!)」

 

 姿が見えないのをいいことに、葉蔵の後ろから斬りかかる。

 鬼殺隊から奪った日輪刀。これでこの鬼の首を斬ってやる!

 

 葉蔵はソレに対処した。

 冷静にその場から移動し、現外を蹴り飛ばす。無論、不死川家の子供たちから遠ざかるように。

 

「消える能力か。大した能力じゃないな」

 

 葉蔵は相手の血鬼術を見切っていた。

 たしかに気配は消えたが、現外が動く際に発生する空気の流れを、葉蔵の角はしっかりと捉えていた。そのおかげで透鬼を見逃すことはなかったのだ。

 

「この……嘗めるな!」

 

 再び地葉蔵に攻撃を仕掛けようとする。

 葉蔵は慌てない。攻撃に備えて構えを取る。

 

「食らえ!」

 

 今度は右側から襲い掛かる。葉蔵は振り向くことなくソレを避けた。

 

 ひたすら葉蔵は避け続ける。

 避ける避ける避け続ける。

 現外の攻撃を避け、受け止め、受け流すことで攻撃を凌いだ。

 

「(この鬼……まさか俺の位置を正確には把握できてない?)」

 

 内心、現外はほくそ笑んだ。

 これだけ攻撃をしても反撃しないということは、こちらの位置を把握できず、攻撃があてられないということ。なら体力を消耗させて首を刈り取ってやる……。

 

「……もう慣れた(アカスタムド)

「は?何言…へぶしッ!」

 

 突如葉蔵が反撃を開始。

 近くの壁を破壊しながら現外を吹っ飛ばした。

 

「こ…この野郎!」

 

 再び攻撃を仕掛ける現外。

 今度はジグザグに、緩急を付けて接近する。

 偶然とはいえ一発貰ってしまった。なら万が一に備えて相手を翻弄させる。そういった考えで行ったのだが……。

 

「だから慣れたと言ってるだろ」

「ぎゃああああああ!!」

 

 今度は消えた状態でも攻撃を食らわした。

 針の弾丸が地面越しだろうと寸分違わず、減速することなく命中。確実にダメージを与えた。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」

 

 いや、ダメージどころか激痛が走った。

 針から電気が流れる。

 ソレは現外の肉体を蹂躙し、神経をズタズタにした。

 

「(痛い痛い痛い!)」

 

 あまりの痛みに悶える現外。

 鬼になって初めて感じる痛覚。

 しかも、かなりえげつないものを。

 

「(く…クソが!)」

 

 この屈辱を晴らすべく、痛みをこらえて攻撃を仕掛けようと動く。

 

 マグレだ。偶然当たっただけだ。

 こんなヤサオごときに俺が負けるはずがない!

 そう自分を鼓舞して立ち上がろうとするが……。

 

「ぎゃあッ!!」

 

 再び葉蔵の針が命中した。

 

 もし一発ならマグレで済ませられる。二発なら奇跡だ。

 では、三発目は。四は、五は、六は、それ以上は。

 

「(ま、マズい!)」

 

 この鬼、同種との戦いに慣れている。

 恐らくは未知の能力であろう己の血鬼術、明鏡止水に対する冷静な対処。

 そしてほんの少しの時間で的確に処理し、正確に攻撃を当てて来た。

 この鬼、やはり強い。

 そう判断した現外は戦略を変えることにした。

 

「お、やっと姿を見せたか」

「(……なめやがって!)」

 

 再び内心に怒りの火を灯す現外。

 眼前の鬼はその気になればもっと針を刺せるはず。なのにしなかった。

 舐められている。

 お遊び半分でも倒せる、と踏んでいるのか。

 

 だが、それもここまでだ。

 

「なッ!?」

 

 針の弾丸を放つ葉蔵が、驚愕の声を発した。

 なんと、当たると確信した弾丸が外れてしまったのだ。

 

 絶対に命中するはずだった。

 この距離で外すなどありえない。

 相手も回避や防御の素振りすらしていない。

 ちゃんと弾丸は標的を捉えたはずなのだ。なのに当たろうとした瞬間、まるで波紋が立つ水面のように揺れた。

 そう、まるで水面に浮かぶ月に、触れられないかのように。

 

「コイツは偽物か……いや幻か!」

 

 葉蔵は能力の正体に気付いた。

 彼の予想通り、現外の血鬼術は幻術。先程の透明化も能力の一端でしかない。

 

「ヒャハハハハハ! 分身は一つだけじゃねえんだぜ!」

 

 一気に五体もの分身を製造する現外。

 それらは実体のある血鬼術として葉蔵へと襲い掛かる。

 

 分身全てが日輪刀を装備し、それぞれがバラバラで、尚且つ統率のとれた動きで襲い掛かる。

 反撃しても無駄。先程と同じように攻撃してもすり抜けられる。

 だというのに向こうからは攻撃可能。容赦なく日輪刀を振りかざす。

 クソゲーもいいとこである。

 

「……ック!」

 

針の流法(モード) 針塊楯】

 

 攻めあぐねる葉蔵。

 いくら彼とてこの相手は手に余ったのだろう。

 葉蔵は咄嗟に血鬼術を使って両手に針の盾を形成した。

 

 腕を軽く覆える盾。

 まるで鱗のように針が鑢のように生えており、少し触るだけで相手をズタズタにする。

 それで敵の攻撃を防ぐ。

 

「ヒャハハハハハ! どうしたどうした? さっきの威勢はどこ行ったんだよああん!!?」

 

 調子に乗って分身たちと共に斬りかかる現外。

 大体、小半刻ほどだろうか。

 葉蔵はひたすら鬼の攻撃を耐えた。

 

 どうやらさっきのは勘違いだったようだ。

 この鬼には十二鬼月のような強さなどない!

 このまま数で潰して……。

 

「……もう慣れた(アカスタムド)

「は?何言…へぶしッ!」

 

 再び葉蔵が反撃を開始。

 軽く殴って現外を吹っ飛ばした。

 

「こ…この!」

 

【血鬼術 虚実混交】

【血鬼術 鏡花水月】

 

 今度は血鬼術を同時使用。

 実体はあるが己の姿しか出来ない幻影―――鏡花水月。

 実体はないが変幻自在の幻影―――虚実混交。

 この二つの術を用いて敵を攪乱させる。

 

 偶然とはいえ一発貰ってしまった。なら万が一に備えて相手を翻弄させる。そういった考えで行ったのだが……。

 

「だから慣れたと言ってるだろ」

「ぎゃああああああ!!」

 

 今度は消えた状態でも攻撃を食らわした。

 針の弾丸が地面越しだろうと寸分違わず、減速することなく命中。確実にダメージを与えた。

 

 

「なるほど、実体のある血鬼術は一定以上の因子の濃さを感じられる。また良い勉強になった」

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」

 

 再び走る激痛。

 何か言いながら投げるその針は、現外の肩に見事命中した。

 

「(く…クソッ!)」

 

 恥も外聞もなく背を向けて走り出した現外。

 

 生まれて初めて、現外は心の底から焦った。

 不味い、これは稀血どころではない。それよりもこの場から……アイツから逃げねえとマジで殺される!

 もうあのガキなんて知ったことか! ガキは後で食う! だからさっさと逃げねえと!

 

 

【血鬼術 虚実混交】

【血鬼術 鏡花水月】

 

 再び使用する血鬼術。

 鏡花水月で十体もの分身を作る。いつもならば五体が限度だが、必死こいてるおかげか、初めて一気にこれだけの分身を製造することに成功した。

 虚実混交でその場一面に幻影を創り出す。いつもならせいぜい同じような幻を描く程度だが、今回だけは様々な幻影を描き、各々が自律で動くようになった。

 

 相手は凄まじい探知系の血鬼術を使うらしいが、数で補えば……!

 

「だから慣れたと言っているだろ?」

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 葉蔵は正確に針の弾丸を現外に当てた。

 

「(なんで……なんでこんなことに……!?)」

 

 現外は後悔した。

 何故目の前で血鬼術を使ってしまったのか。あんなことをしなければ自身の血鬼術がバレることなんてなかったはずなのに。

 

 彼は理解していた。

 自身の使える血鬼術はほぼ全てが幻影系。初見殺しに特化している。故に、自身の能力が知られることは弱点を知られるのと同意義なのだ。

 そのことを現外自身理解していた。

 理解していながらやらなかった。

 そんなことをしなくても勝てると、相手は若造だと思ったから。

 

 油断。たった一回の油断がこの事態を招くことになってしまった。

 

「クソ…クソクソクソクソクソ!!」

 

 

【血鬼術 変幻自在】

【血鬼術 虚実混交】

【血鬼術 鏡花水月】

【血鬼術 明鏡止水】

 

 

 がむしゃらに血鬼術を使う。

 悲鳴を上げるようにして全方位に血鬼術を撒き散らす事で撹乱する。

 もう幻影を調整する余裕など、操るための冷静さもない。

 みっともなくとも、ただ命を守るために。

 

 

 

 

「(来るな)」

 

 

 無意味。

 姿を変えようとも、気配を変えようとも。

 葉蔵の角は凄まじい精度で鬼の気配を探知し、彼の血鬼術を看破する。

 

 

 

「(―――来るな)」

 

 徒労。

 

 

 幻影など既に見切っていると言わんばかりに針を本体へ当て、鏡花水月を針で食らった。

 

 

 

「(―――来るな!)」

 

 

 

 無益。

 もう見飽きたと言わんばかりに幻影を無視し、針を本体へ当てる。虚実混交を通り過ぎた瞬間、無意識に幻影を針が食らった。

 

 

 

「(―――来るなァァァァァァァ!!!)」

 

 

 

 無駄ァ!

 姿が消えても空気の流れで位置を掴んでいる。

 今度は正確に、現外の角に命中させた。

 まるでお前の血鬼術など無意味、既にいつでも殺せるぞと言わんばかりに。

 

 

 

 

「く…クソがァァァァァァぁぁぁ!!!」

 

 

【血鬼術 透翅陽炎】

 

 

 現外は切り札を使った。

 その血鬼術はあらゆる攻撃を無力化する、彼にとって最強の血鬼術。

 これを使えばこの恐ろしい鬼の弾丸も……!

 

「………な!?」

 

 今まで圧倒的な優位性を保ってきた葉蔵が、初めて動揺を見せた。

 葉蔵の血針弾が現外に当たろうとした瞬間、まるでその場にいないかのようにすり抜けたのだ。

 再び放たれる血針弾。

 しかしどれも当たることなく現外の身体を通り抜けてしまった。

 

「……厄介な!」

 

 ギシリ。

 葉蔵が悔しそうに顔を歪め、攻撃を止めた。

 しかし追跡をやめることはなく、一定の距離を保つ。

 

 それを見て現外は内心ニヤリとほくそ笑む。

 なるほど、この鬼でも自身の血鬼術を破れないのか。

 いや、もしかしたら本当はそれほど大した鬼ではないかもしれない。

 ここは一旦退却し、あの稀血を食って力を付けてから再戦しよう……。

 

 

 

 

 そう考えた瞬間、口の中に銃弾が突き刺さっていた。

 

 何が起きた。その思考が浮かぶよりも早く、現外の頭部がはじけ飛んだ。

 

「……なるほど、息をするため口や鼻はすり抜けられないのか。無駄だと思ってやってみたが試してみるものだね」

「………!!?」

 

 頭部を再生させながら、現外は慌てだす。

 まずい、見破られた。

 葉蔵の予測通り、息をする為に口の周りには血鬼術が張り巡らされていない。

 今まで誰にも見抜かれたことのない弱点。

 それが最悪の相手に、しかも最悪のタイミングで露見されてしまった!

 

「じゃあ、次は地面に付いている部分はどうだ? もし血鬼術を発動しているなら地面も透過してる筈だ。

 それとも何十発か連続で放って休む時間を潰すか? もし何の条件もなしに使えるのなら最初から使っているはずだ。ここまで追い込まれてやっと使ったところを見るに、使う際は大きく消耗するのか、或いは持続時間に問題があるのか、それとも両方か。

 全部試してみる価値はありそうだ」

 

 次々と見破られる自身の血鬼術の弱点。

 

 なんだ、なんなんだこの鬼は。

 何故一度見た程度でそこまで予測出来る。

 何故戦いながらだというのにこうも正確に分析出来る。

 何故こんなに強い癖に己の力に驕ることなく行動出来る!?

 

 まずい、この鬼はマジでヤバい!

 何が若造だ、何が見掛け倒しのヤサオだ!?

 本当に十二鬼月並の戦闘力と知能を持っているではないか!

 一体数刻前の自分は何でこんなにヤバい鬼を舐めてかかっていたのだ!?

 あの時早く逃げていれば、あの時本気でやっていればこんなことにならなかったというのに……!

 

「う、うえああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 現外は血鬼術を発動させた。

 なんでもいい! この鬼から逃げられるのならなんでもする! どんな代償でも払う! だから…だからこの鬼から逃がしてくれッ!!

 

 

 

 

 

 

【血鬼術 酔眼朦朧】

 

 

 

 

 

 

 

「………う!?」

 

 その血鬼術を現外が使った瞬間、葉蔵はその鬼の姿を見失った。

 





さあ、登場しました下弦の陸。
無惨の精鋭である十二鬼月の一角に葉蔵は勝てるのだろうか!?
まあ、既に結果は出てますが。

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