鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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注意;今回、葉蔵が原作キャラを倒します。殺し増しませんが、押しキャラがオリ主に負けるのが嫌な人は閲覧注意です。


第32話

 鬼殺隊(ヤクザもの)―――天元がその鬼に出会ったのは偶然だった。

 

 

 当初の任務は近頃この付近で人を食らう鬼の討伐だった。

 既に何人もの隊員が犠牲になっており、急きょ(つちのえ)の天元が派遣された。

 

 決して容易な任務ではない。しかし不可能な任務でもなかった。

 なかったはずだった……。 

 

「(こいつ……地味に強いッ!)」

 

 天元は偶然見かけた鬼の強さに驚愕した。

 目的の鬼を食い殺した、また別の鬼。

 その鬼は彼が見て来た鬼の中でもトップレベルの強さを持っていた。

 

 遠近共に優れた血鬼術。

 死角の存在しない超感覚。

 そして何よりも鬼自身の高い戦闘能力。

 どれもこれもが鬼殺隊にとって最悪の武器であり、尚且つ十全に使いこなしている。

 しかし、だからといってやられっぱなしというわけではない。

 

「(……約束しちまったからな)」

 

 この鬼に会う道中、彼は少年と『葉蔵を助ける』という約束をしてしまった。

 葉蔵という男は、鬼から子供たちを逃がすために戦ったという。

 聞く限りただの猟師。そんな男が日輪刀もなしに子供を鬼から守ったのだ。

 だったら、鬼殺隊である自分が負けるわけにはいかない。

 この鬼を倒すことで葉蔵という男の無念を晴らす義務がある!

 

「(それに少しだ……あと少しで譜面が完成するッ!)」

 

 譜面。

 天元の絶対音感と指揮官能力を統合した戦闘計算式。

 鬼の行動動作の律動を読み、音に変換する事で行動パターンを正確に把握し、唄に相の手を入れるが如く反撃を織り込む。

 律動の把握に時間がかかるのが難点だが、相手の鬼は手を抜いている。

 なら今のうちに譜面を完成させれば……!

 

 

「(……なるほど、全集中の呼吸は流派によってここまで違うのか)」

 

 対する葉蔵は余裕そうに相手を観察していた。

 本来倒せる相手だというのに手を抜いている理由は一つ。鬼殺隊のデータを生で取得したいからである。

 

 葉蔵は藤襲山で鬼殺隊の卵たちの呼吸法を見て来た。

 何度か技を見せてもらって学び、組手を交わして経験し、共に鬼を狩って自身の糧へと変えた。

 だがそれだけでは足りない。

 

 彼ら彼女らや、今までの鬼には自身の力は通用した。

 だが、他の鬼殺隊はどうだ。

 

 少なくとも単純な戦闘能力において、柱などの上位鬼殺隊のそれは錆兎や義勇のそれを大きく上回っているのは間違いない。

 

 血鬼術、格闘術、そしてそれらを扱う技術。

 自身の積み重ねた力と、手に入れた力。

 それは、鬼殺隊を倒すに十分か否か。

 試さない道理など存在しない。

 

「…フフフ」

 

 自然と、葉蔵の口元から笑い声が零れる。

 彼は自覚していた。それらを含めて自分は今の状況を楽しんでいることを。

 

 鬼と戦うのと、鬼を食らうのとではまた違う喜び。

 それを今彼は確と味わっていることを。

 

「さあ、もっと私を楽しませ……!!?」

 

 更に攻撃を続けようとした葉蔵だが、その手を途中で止め後ろを振り返る。

 瞬間、彼は反射的に攻撃を再開した。

 

 日輪刀を葉蔵目掛けて投擲する。

 天元の2mを超える肉体から発せられる膂力と、仕込まれた爆薬によって打ち出される刀。

 

 初めて見せた、反撃の隙。

 ソレを見逃すほど天元はお人よしではなかった。

 

 

 

 

「葉蔵さん!」

「!!?」

 

 葉蔵が何故、あんな隙を晒したのか気にするほど……実弥がいるのに気づく程、お人よしではなかった。

 

「(ま、まずい!)」

 

 咄嗟に攻撃を中断しようとするも無駄。

 既に身の丈程もある日輪刀は加速され、葉蔵……いや、その後ろにいる実弥の方へと向かっている。

 なんとかしなくては。その一心で天元は鎖を操って少しでも刀をずらそうとした瞬間……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッガ!?」

「!!?」

 

 葉蔵が咄嗟に実弥を庇った。

 

 

 

 

 

 

 

「(な、何が起こった……?)」

 

 天元は理解出来なかった。

 鬼が人間の子を庇った。

 簡単な文。しかし、彼にとっては意味不明なものであった。

 

 鬼が庇う?

 一体あいつらが何を庇う。

 奴らが庇うのは常に自分。それ以外などありえない。

 

 鬼は嘘ばかりつく。

 自分の保身のため、理性をなくし、むき出しの欲望のままに人を食らう。

 そんな鬼が子供を庇うなんてあり得ない。ありえない筈……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴様」

「……!!?」

 

 途端、天元は強烈な殺気を感じ取った。

 

 来る。

 先程のお遊びでは到底想像出来ないような、大技が来る。

 そう判断したのは忍としての勘か、それとも葉蔵の発する圧からなのか。

 もう天元に先ほどの疑問を抱くことも、子供を巻き込みかけたことを後悔する余裕もない。

 死ぬ気でやらなくてはやられる。ソレを分かっているのだから。

 

 葉蔵の肩から上が変形する。

 まるで風船が破裂したかのように、内部から弾けるかのように異形の腕へと変わった。

 御伽草子にでも出てくるような、典型的な鬼の腕。

 毛深いその腕をよく見ると、毛ではなく針が生えているのが分かる。

 醜くも恐ろしい魔の腕が、そのうちの片方だけが天元に向けられた。

 

 

【針の流法 血杭砲(キャノン)

 

 

「!!?」

 

 腕―――銃口を向けた瞬間、天元は咄嗟に横へ跳んで避ける。

 恐るべき銃口から射出された何かは、天元の左肩付近を視認不可能な速度で突き抜けた。

 

 ほぼ同時に響く破壊音。

 敵の血鬼術の効力を確認しようと、天元は振り返った。

 一見して抉れた地面以外にはなにも見えなかったが、悠長に観察している暇は無い。

 だが、一つだけ理解した。

 

「(ありゃ掠っただけでも派手にヤバいな)」

 

 その威力のヤバさだけは理解出来た。

 

 

【針の流法 血針弾・散雨(ニードルレイン)

 

 

 間髪入れずに次の血鬼術が発動した。

 鬼の両手から雨霰の如く降り注ぐ、無数の赤い針。

 

「(これは響斬無間でも無理だ!)」

 

 天元の反応は速い。

 刀を斜めに構えて弾丸をやり過ごしながら、射程内から逃げ去る。

 だが、それでも全ては防ぎきれない。

 刀の隙間から、そもそも守ってない部分から、針が突き刺さる。

 

 一瞬、全集中の呼吸で対処しようとしたが辞めた。

 あまりにも数が多すぎて弾き切れない。

 しかし弾丸は小さく威力も耐えられる程度。

 ならば多少のダメージは覚悟して受けるのが好手。

 

 

【針の流法 血杭砲・三連(キャノン・トリプル)

 

 

 三発ほぼ同時に、そして正確に発射される砲弾。

 一発だけでも天元を肉塊に変えるのに十分かつ、視認不可の血鬼術。

 故に、天元は全てを避けるのは断念した。

 

 一発目は銃口の位置から弾道を予測し、横へ跳んで避ける。弾丸は後ろの地面を派手に粉砕しながら土煙と石礫をまき散らした。

 二発目は体を無理やり捻って避ける。砲弾が天元の肩を掠め、それだけでその一撃は、棍棒で殴りつけたような衝撃を与えた。

 三発目は自身の技を使って受け止める。

 

 

【音の呼吸 壱ノ型 轟】

 

 

 同時にぶつかる互いの攻撃。

 砲弾と大刀が衝突し、派手に爆発する。

 

「っぐ!?」

 

 競り勝ったのは赤い針。

 爆発の威力を貫通力だけで吹き飛ばしなら砕け散り、天元を空中へ打ち上げた。

 

「(……ヤバッ!)」

 

 今の彼は空中。逃げ場などない。

 もしここで攻撃されたら一たまりもない!

 

 

【針の流法 血杭砲・散弾(スプラッシュキャノン)

 

 

 天元の予想は当たっていた。

 逃げ場のない空中でばら撒かれる散弾。

 それらは、恐るべきスピードと数で天元を制圧せんと襲い掛かる。

 

 

【音の呼吸 肆ノ型 響斬無間】

 

 

 天元はその恐るべき猛攻を剣技だけで防いだ。

 鎖を使って二刀を高速で振り回し、前方に壁の如く斬撃と爆発を発生させる。

 しかし、ここは空中。

 踏ん張りの効かない、半減された剣戟で相殺出来る程葉蔵の攻撃は甘くない。

 

「ッガ!?」

 

 葉蔵の針に押し負けて、天元は更に打ち上げられた。

 更に針の弾丸がいくらか命中し、ダメージをより与える。

 足、腕、肩、脇腹。

 肉を貫きながらも回転を続け、ただ掠っただけでも肉を抉り。

 天元の身体に更なるダメージを与えた。

 

 

 

【針の流法 血杭砲・収束(スパイキングキャノン)

 

 

 

 無防備の状態の天元に迫る針……いや、最早それは針なんて生易しいものではなかった。

 巨大な砲弾が、先ほどとはけた違いのスピードで襲い掛かる。

 だが、それでも尚、葉蔵の攻撃が当たることはなかった。

 

 天元の背中から爆発が起こる。

 ソレは天元の背を押して恐るべき凶弾から彼を逃した。

 爆発の勢いを利用した回避。

 これもまた音の呼吸の特徴の一つである。

 

 地面へと着地したと同時に、天元は走り出す。

 陸に叩きつけられた威力をそのまま前へ進む力に変換させ、爆薬をばら撒きながら加速する。

 対する葉蔵も既に迎撃の準備を整えている。

 醜い鬼の腕に生えている針を立たせ、それを天元目掛けて放った。

 

 

 

【音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々】

【針の流法 血杭砲・双頭(キャノン・ダブルヘッド)

 

 

 

 同時に発動する互いの技。

 鳴弦奏々。自分の進行方向に爆薬丸を投げ続け刀を振り回し爆発を起こしながら鬼を切り刻む高威力の連撃。

 キャノン・ダブルヘッド。両腕を二つの銃口に見立て、片方で撃っている間に弾を装填し、凄まじい威力で疑似的な連射を可能とする血鬼術。

 

「「オオオォォォォォォォォ!!」」

 

 二人は必死だった。

 天元は葉蔵に近づきながら剣を振るい、首を刎ねんと必死に食らいつく。

 葉蔵は天元から逃げながら砲弾を放ち、迎え撃たんと必死に足止めする。

 

 互いの連撃がぶつかり合う。

 派手な爆発音を立て、恐ろしい衝突音を響かせ。

 一つ発動する度に地面が揺れ、空気が震える。

 

 木々が派手になぎ倒される。

 地面が派手に抉られる。

 岩が派手に砕かれる。

 

「……ック!」

 

 ガキィン。

 まるで金属同士がぶつかる音が響いた。

 遂に一撃が当たったのだ。

 やっと天元は自身の間合いまで近づけた。

 このチャンスを逃すことは絶対にない。

 

「オオオォォォォォォォォ!!」」

 

 山を駆け巡りながら攻防は続く。

 針を弾き、剣を弾き。防御と攻撃が交互に入れ替わり、互いを食らわんとする。

 

 

【音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々】

 

 

 更に加速して刀を振るう天元。

 あまりにも無茶な試み。当然彼の肉体はただでは済まない。

 文字通り限界以上の力と限界を超えた過剰な負荷に、身体中が悲鳴をあげる。

 

 

 

 

【針の流法 血針弾・散雨(ニードルレイン)

 

 

 対する葉蔵も攻撃の熾烈さを増した。

 なりふり構わず弾丸を発する。当たりさえすれば。偶然だろうが何だろうが一撃でも当たりさえすれば、崩せる。

 

 だが相対する敵はその偶然すら起こさない。

 人間とは思えぬほどの異常な集中力と予測。

 まるで葉蔵が次にどう攻撃するのかわかっているかのようだ。

 

 遂に目の前に迫る天元。

 葉蔵は慌てず、むしろ待ってたとばかりに腕を突き出し、殴り飛ばした。

 

「ガハ……!」

 

 葉蔵の針が生えた拳が胸部に命中。

 カウンター。

 天元の行動を予測した葉蔵は、その場に自身の攻撃を置く。

 その結果、天元は自ら突っ込む形になってしまった。

 

 そう、動きを読んでいたのは天元だけではない。

 葉蔵もまた彼を観察し、その行動パターンを理解し、誘導していたのだ!

 そしてその読み合いの結果、彼は負けた……とは言い切れない。

 

「(取った!)」

 

 拳から伝わる骨を折った感触。

 肋骨を折ってやった。これで肋骨が肺に刺さってマトモに呼吸は出来ない筈。

 その上、肺にもダメージを与えたので一時的に肺が縮んだはず。

 ならこのままトドメをさす。

 続けて針を発射しようとした途端……。

 

「……なっ!?」

 

 針を発射させようと構えた右腕を、天元の刀が切り落とした。血飛沫をあげながら腕が宙に舞う。

 なんという執念だろうか。

 肋骨をへし折られ、肺を潰すかのような一撃を食らって尚も食らいつこうと刃を振るう。

 

 続けて首を刎ねようと刀を振るう。だが、それが届くことはなかった。

 葉蔵の脚が天元の刀の鎖を踏んで、攻撃の軌道を逸らしたのだ。

 刀は葉蔵の頬の肉をほんの少し抉る程度で通り過ぎる。

 

「こ……!!?」

 

 突如、天元の肉体に痺れと激痛が同時に走る。

 一体何が、そう思う前に天元はその場に倒れた。

 

「電気針だ。少し痺れるがすぐ直る」

 

 倒れた天元を見下すかのように葉蔵が言う。

 そう、先ほど殴った瞬間、葉蔵は拳から針を出したのだ。

 刺さって数秒後ほどで電気が流れる仕様になっており、相手が油断した状態で追撃をかける。

 

「(動…け……)」

 

 ピクリとも動かない体。指一本すら満足に動かせず、呼吸も最低限すら出来ない。

 これは電気針だけの効果ではない。本来電撃を使えない葉蔵には、将来柱に成れる逸材を麻痺させられる程の電気など生成出来るはずがないのだから。

 

 肉体を酷使しすぎた。

 葉蔵の弾丸を食らい、無理に爆薬を使い、反動を度外視して呼吸を乱用した。

 そのツケが、葉蔵が電気針を刺した瞬間、強制的に払わされてしまったのだ。

 そこまで葉蔵が考えて電気針という選択肢を選んだのか、それともただの偶然か。それは葉蔵しか知らない。

 しかし、一つだけ確かなことがある。

 

「貴様はここで眠れ」

 

 この戦いの勝者は葉蔵である、ただそれだけだ。

 

「じゃあね」

「待……!」

 

 葉蔵は気絶している実弥を抱え、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……撒いたか」

 

 あのヤクザ者が周囲にいないことを確認してから、帰路へとつく。

 もし後を付けられて場所が割れたら面倒だからね。こういったことは徹底しないと。

 

「しかし強かった……」

 

 あの男、私が戦ってきたどんな鬼よりも強かった。

 まさか、初めて異形化した姿を一部とはいえ晒す相手が人間になるとは、私自身も予想していなかった。

 

「(甘く見ていた……)」

 

 私は心のどこかで人間を見下していた。

 あの山から出て、既に五十体以上の鬼を食らった。藤襲山の鬼を足せは百を超えている。

 血鬼術を使う鬼も、十mを超すような異形の鬼も、そして十二鬼月とやらも倒した。

 だから油断していたのだ、人間など鬼殺隊の幹部である柱を除けば敵ではないと。

 しかし今回の闘いはどうだ。

 柱でもない鬼殺隊に圧倒され、一部だけとはいえ本性を晒すなんて惨めな戦い方をした。

 接近を許し、腕を斬られ、首を斬れる可能性を与えてしまった。

 情けない。実に情けない。

 これは帰ったら反省会だ。次にあの男に出会ったらどう倒すかじっくり考え、今後このようなことがないように鍛えなくてはならない。

 ……と、その前にやるべきことがあった。

 

 

 

 ふと、私は気絶している実弥くんを見下ろす。

 すやすやと気持ちよさそう寝ている。傷も何処にもない。血の匂いや妙な音も聞こえない。

 完全に健康体だ。無理して庇いながら戦った甲斐があったというものだ。

 

「(……待て、私は何を考えている)」

 

 足を止めて思い返す。

 なんだ? この大庭葉蔵、ひょっとしてホッとしたのか? 実弥くんが怪我しなかったことに。

 なんだこの気持ちは?

 まさか、この私が他人、しかも貧民の子供を心配するなど。

 ……いや違う。

 もしこの子が死ねば、鬼殺隊に嗅ぎ付けられて面倒になる。だから心配したのだ。

 決してこの子を大切に思ってなんかいない。……ただ、それだけだ。

 

「……帰ろう」

 

 夜明けはまだ先だが、もう鬼を狩る気力がない。

 この子を帰したら私も寝よう。

 

 




やっと出せました葉蔵の本気。
藤襲山編が終わってからは、舐めプか無双しかしませんでしたが、ようやく本気を出して対等の闘いをかけた気がします。
しかもその最初の相手が鬼ではなく人間っていう皮肉……。


あと、この時の天元はまだ柱になってないという設定で進めてます。
天元がいつから鬼殺隊になったのか、音の呼吸がいつ完成したのか、天元がこの時代でどれほどの強さかはわかりません。全部独自解釈です。
まあ、さすがに原作開始まで5年以上も前なので、もう既に柱になってるということだけはありえないでしょう。……ありえないよね?

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