鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第33話

「だからぁ、めっちゃカッコいい鬼が汚い鬼を倒して、また別の鬼が俺を殺そうとしたんだよ!」

「はいはい、そんな夢を見たんだね」

「だから違うって! 信じてくれよ葉蔵さん!」

 

 その日の朝、私は朝食を作りながら実弥の戯言を聞いていた。

 

「鬼なんているわけないじゃないか。きっと何かの見間違いだよ」

「本当なんだって! 葉蔵さんも一緒にいたじゃねえか! 俺を庇ってくれたじゃん!」

「ハイハイ、そうなんだね」

「絶対信じてねえだろ!」

 

 私は適当に聞き流しながら味噌汁を作る。

 魚のエキスを針で抜き取り、ソレを味噌汁に混ぜるこれで出汁を取るための手間を省ける。

 この時代、平成ではちょっとしたことで出来ることでもかなり手間がいる。だからこんな風に血鬼術をよく乱用するのだ。

 

「だったら今度一緒に夜の森へ来てくれよ! 葉蔵さんなら鬼なんて倒せるだろ!?」

「はいはい。それより後ろ気にした方がいいよ」

「後ろ……げっ」

 

 実弥くんが振り返る。そこには鬼と化した不死川さんがいた。

 

「ちょっと実弥、どういうことかしら? さっき夜中に森へ行ったって聞こえたんだけど?」

「え、いや…その……」

「また夜に家を抜け出してカブトムシ捕りに行ってたんでしょ!? 何度駄目だと言ったら分かるの!?」

「うわ~! ごめん母ちゃん!」

 

 ふ~、なんとか誤魔化せたね。

 

 

 昨日の出来事は実弥くんが見た夢という事で片づけた。

 私が鬼から実弥くんを庇い、鬼になった私が鬼を倒し、そして鬼殺隊が鬼(わたし)と戦ってた。

 こんな話を誰が信じる?

 

 証拠は何もない。目撃者も一人だけ。そして事件が起きた時刻は子供が眠くなる時間だ。

 平成の世なら写真だのネットだので記録出来るが、今は大正の時代だ。そんな便利な物はない。

 ということで昨日の事は夢ということになってる。

 

 

 けど、鬼殺隊がここまで来てしまったのは事実だ。

 

 

「(……潮時、か)」

 

 ここに私がいると鬼殺隊に知られた以上、ずっと不死川さんのお世話になるわけにはいかない。

 昨日は一人だったが、また別の人間を、それを追い払ってもまた別の鬼殺隊が来るのは目に見えている。

 ギリギリまでここに留まり、鬼殺隊の情報が集まったらさっさと抜け出そう。それが私にとっても不死川家にとっても鬼殺隊にとっても最善の選択だ。

 

「さあ、食事を続けようか」

 

 これが最後になるのかもしれないからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッソ~葉蔵さんなんで惚けるんだよ」

 

 その日、実弥は玄弥と共に森へカブトムシを捕りに行っていた。

 

 思い出すのは昨晩の鬼の事。

 葉蔵が実弥を逃がすために鬼と戦い、葉蔵に似た鬼が実弥を庇った……という夢にされている記憶。

 

「だからぁ! 本当に見たんだって! 葉蔵さんが鬼と」

「分かった分かった、とりあえず落ち着けって兄貴」

 

 自身の兄を宥める玄弥。

 

「本当かどうかは兎も角、葉蔵さんをこれ以上困らせるんはやめようぜ。葉蔵さんだって隠したいことあると思うし」

「け、けどよ……」

「葉蔵さんは訳アリなんだよ。だって、あんなイケメンで育ち良さそうな人が、こんなとこに来るわけねえだろ。何か事情があるんだ」

「……」

 

 そういわれて実弥は黙ってしまった。

 葉蔵には何か言えない事情がある。ソレは家族全員が気づいていたことだ。

 そもそも、何かなければ葉蔵が貧民街になんてくるわけがない。そう彼らは認識していた。

 

「けど、俺、葉蔵さんが……俺を庇ってくれたのを夢にしたくない」

「………」

 

 悲しそうに、俯きながら呟く実弥。

 その言葉は誰に対して向けたものではなかった。

 

 彼にとって鬼どうこうはどうでもよかった。

 襲ってきたのが暴漢でも獣でもいい。ただ、葉蔵が庇ってくれたという事実。それだけは嘘にしてほしくなかった。

 父親という存在がない彼にとって、葉蔵という男が自分のために戦ってくれたことは、何物にも代えがたいモノ。故に、ソレを否定するような真似はしてほしくなかった。

 

「……葉蔵さんが、父ちゃんならいいのに」

「……ああ、俺もそう思う」

 

 葉蔵が来てから不死川家は変わった。

 金銭面では彼に助けられ、母親も兄弟も明るくなった。

 まるで自分たち家族の欠けていた部分が埋まったかのよう。

 だからこれからも一緒に……。

 

「ほら、何してるんだ君たち」

「「よ、葉蔵さん!?」」

 

 いきなり現れた葉蔵に驚く二人。

 

「今日は曇りだからね、一緒に狩りに行く約束、ここで果たそうと思ってね」

 

 葉蔵はそう言って二人に手を差し伸べる。

 

「どうする? 今日行く?」

「「……ああ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ今からチタタプを作ろうか」

 

 水源の傍で火をおこし食事を取り休むことにした。

 そのあたりで採れた食べれる山菜や茸、そして私が仕留めた鹿の肉を材料に使う。

 

「言っとくけど目玉は食わねえからな」

「仕留めた奴の特典とか言うけど、んなゲテモノを食う気はねえよ」

「……残念だ」

 

 私は目玉を捨てて調理にかかった。

 

 鹿の死体に針を刺して血抜きをする。

 針の根が全身に拡がり、中の血を噴水のように噴き出す。

 更に針の根が肉をズタズタにするため、かなり加工しやすくなる。

 

 私の針は武器や捕食器官だけでなく、何かを注いだり、逆に何かを抜いたりすることにも使える。

 ただ、針は相手の鬼の因子を食らうことで成長するため、鬼でない対象に針の根を張る際は予め根を伸ばせるだけの因子を針に与えないといけない。

 まあ、あとで針を吸収できるのだから損はないが。

 

 鹿の死体を加工し、木の板の上に置いた肉と内臓、そして軟骨を刻んでいく。

 

「チタタプチタタプチタタプ……」

 

 そう言いながらトントンと肉を刻み、まとめてまた肉を刻む。

 

「ほら、君たちも」

 

 木の板と包丁を二人に渡す。すると二人は包丁を受け取って肉を刻み始めた。

 

「チタ…タプ…チタ…タプ…チタ…タプ…」

「チタタプチタタプチタタプ……」

 

 実弥は少しやりづらそうに、玄弥はスムーズに包丁でチタタプを作っていく。

 その間に私は火にかけていた飯盒の中の野菜や茸の中に味噌を溶かしいれた。周囲に味噌の香りが漂い始める。

 

「チタタプチタタプ…」

「チタタプ、チタタプ……おい出来たぞ。まだ沸いてないのかよ」

「そう慌てるな。すぐに出来る」

 

 木の板の上のチタタプを一口サイズに丸め、汁の中に投入していく。くつくつと煮える具材の音と香りに二人が喉を鳴らす。

 

「ったく、それじゃぁ後はこれが煮えたらオハウ……鹿肉のつみれ汁の完成だ」

「お、もうかよ」

「なんか早いな」

 

 そりゃそうだ。針を振動させることで熱を発生させ、IHのように使うことで加熱を早めているからね。

 飯盒をうまい具合に傾けて中身を二人に分ける。

 

「それじゃあ食べるか」

「「いただきます」」

 

 二人が出来上がったウサギのチタタプのオハウを口に運ぶ。

 野菜や茸を食べるのを見て杉元もまたウサギのチタタプを口に運ぶ。

 

「うん、美味い。ヒンナヒンナ」

「ああ、ヒンナだな」

「そうそう…ヒンナヒンナ」

 

 二人が顔を綻ばせながら鹿のチタタプを口に運ぶのを、私は微笑んで見守る。

 

「(こういうのも……いいな)」

 

 ああ、こんなまずい飯を美味そうに食べてくれるのは嬉しいものだ。

 あんなつまらない一発芸を披露するだけで、あんなつまらない事を教えるだけで、こんなまずい飯を出すだけで。たったこれだけで彼らは喜んでくれる。

 そして、私自身それが悪くないと思っている。

 出来るなら、もう少しこの茶番を楽しみたい。

 だから、今は『奴ら』のことも無視しよう。

 

「では次はソーセージでも作るか」

「「おう!」」

 

 私は彼らとの人間ごっこをもう少し楽しむことにした。


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