鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第34話

 カンッと、鐘に硬い何かが当たる音が響く。

 ここから大体300m程離れた鐘楼。そこに私が銃弾を当てた音だ。

 この程度の芸、わざわざ鬼の力を使うまでもない。人間の頃から出来てた。……まあ、あの時は子供の頃だったからせいぜい70mが限度だが。

 

「すっげえ葉蔵さん! こっから三町ぐらい離れた鐘に銃弾当てやがった!」

「どうやったんだよ!?あんな遠くに当てるのか人間技じゃねえ! というか見えねえぞ!」

「……」

 

 私は三発連続で銃弾を撃つ。

 全弾命中。この子たちは見えないだろうが、全弾同じ部分に当てている。

 まあコレはズルしてるけど。

 

 これは決して鬼の力ではない。大庭家に代々伝わる技術、軍式呼吸だ。

 特殊な呼吸により肉体、感覚、精神を安定させ、強化するというトンデモ技術。

 以前までは単なるプラセボ効果、或いは気を落ち着かせるものだと思っていたのだが、鬼となって鬼殺隊と戦った今ならわかる、この技術は本物だと。

 祖父から半ば無理やり教わった時はなんとなくで習っていたが、ここまで有効だとは思わなかった。これならもう少し真剣にやっておくべきだったかもしれない。

 

 そうしたら彼らにもっとすごいものを見せて喜ばせられるのに……。

 

「けどすげえよなこの軍式呼吸っての。最初は全然出来ねえのに、今じゃちょっと視力が良くなったぞ」

 

 そう、軍式呼吸の特徴は比較的に習得しやすいというもの。

 聞く限りでは、鬼殺隊の使う呼吸法は習得が滅茶苦茶難しい上にキツイ。冨岡くん曰く、最初に使った際は耳から血が噴出しかけたという。

 錆兎くんは肺は膨らみすぎて痛み、心臓は壊れる程激しく鼓動し、耳から心臓が出てきそうな感覚だと語っている。

 しかし軍式呼吸は違う。初段だけなら然したる苦痛も努力もなしに習得可能だ。

 この怠け者で意志薄弱な私でさえ初段だけなら習得できたのだ。この子たちが出来ないわけがない。

 

「極めると私みたいなことも出来るぞ」

「「無理」」

 

 二人は同時にそう言った。

 解せぬ。彼是一週間近く教えているというのに。

 

「では、行くとしようか」

 

 見世物はここで終わり。ここからはお仕事の時間だ。

 私たちは山の中を歩く。

 

「ん? これは……」

「どうした葉蔵さん?」

 

 私は二人を呼び止めてしゃがみ、地面を指さす。

 

「何だよ? 何があったんだ?」

「いや、これ見てくれ」

 

 私が指さす黒い何かの粒。

 二人はソレををしげしげと眺めた。

 一見、土を指先で捏ねて丸めたようなものにも見えるが、当然そんなものが落ちているわけはない。

 木の実か何かの種かとでも思ってそうな顔で二人は私を見る。

 

「あ?……んだよこれ。なんかの実か?」

「鹿のフンだ」

「フン? なんでそんなの探すんだよ?」

「鹿の糞があるということは、近くに鹿がいるということだ」

 

 少し歩くと鹿の群れが見つかった。

 獣道を抜けた先にある草原。そこでのんびりと草を食っている。

 しかし相手は獣。人間より数倍も鋭い感覚と高い身体能力を持つ。

 

「さて、ここで復習だ。獣を撃つ際、気をつけることは何かな?」

「風上に立たない。風で匂いが飛ばされ気づかれる可能性があるから。だから回り込むように木や岩とかを隠れ蓑にして近づいて撃つ」

「急所を外さない。鹿とか猪は銃弾をちょっと撃ち込まれた程度じゃ死なねえ。だから心臓や頭を確実に撃つ。あと心臓の位置は大体脇あたり」

 

 二人は即座に答えた。

 いい子たちだ、前に私が教えたことをちゃんと覚えてくれている。

 そんな子にはちゃんとご褒美をやろう。

 

「二人とも正解だ。賞品として金平糖をやろう」

 

 菓子をやると二人ともすんごい笑顔で食いついてきた。

 娯楽も甘味もないこの時代、私にとってはクソ不味い砂糖の塊でも、彼らにとっては最高の食べ物らしい。

 こんなもので喜んでもらえるなら買った甲斐があったというモノだ。

 

「けど私ほどの腕があるなら…」

 

 私は三発連射することで遠くにいた鹿を仕留めた。

 

「こんな風に仕留めることが出来る」

「「そんなのズルッこだ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲が青空を覆い隠す昼間。

 日中でありながら太陽光のないこの日は鬼にとって絶好の散歩日和。

 そして今日、ぶらりと歩く鬼が一匹。

 

「ヒャハハハハハ! どうした鬼狩り、もう終わりか!?」

 

 ………今日は少しニュアンスは違うが。

 

 

 

「(この鬼、強い!)」

 

 鬼殺隊―――義勇は鬼の強さに驚きを隠せなかった。

 

 老婆に蛾の特徴を無理やり押し込めたかのような鬼。名を唯蛾牢という。

 使用する血鬼術は毒性の鱗粉の生成及び散布。

 対象物を腐食或いは燃焼させるほか、相手の攻撃を弾き返すバリアの効果も持っている。

 毒鱗粉は翅によって周囲にまき散らされるため、死角は存在しない。

 攻撃と防御を兼ね備え、尚且つ隙の無い血鬼術。

 少なくとも、まだ壬である彼が戦うべき相手ではない。

 

「お…のれ!」

 

 鞘を杖にして、ボロボロになった肉体に鞭を打って立ち上がる。

 

「おやおや、そんなズタボロになってまで立ち上がるのかい? いい加減諦めたらどうだ?」

「黙れ! 敵に頭を下げるほど俺は男を捨てていない! ……生殺与奪の権限を、自ら放棄してなるものか!」

 

 刀を構えながら吠える義勇。

 まるで自分に言い聞かせ、渇を言えるかのように。

 

「(しかしどうする? どうやってあの粉を突破する!?)」

 

 だが、威勢の良さとは対照的に、内心彼はかなり焦っていた。

 

 敵の血鬼術は攻撃防御共に完璧。

 斬れば衝撃が跳ね返り、かといって何もしなければ体を焼かれる。

 ならばダメージ覚悟で無理やり突破するか。……それも不可能だ。

 

 ボロボロなのは義勇本人だけではない。刀も服も同様だった。

 隊服は毒鱗粉によって所々焦げ、金属部は既に錆びついている。

 日輪刀も同様。澄んだ水のように青く輝いているはずの峰が錆色に染まり、光を反射する刃も所々欠けている。

 これでは義勇より先に刀と服の方が持たない。

 

 敵わないならば撤退すればいい。

 いくら鬼殺隊がブラック企業とはいえ、敵わないなら可能な限り情報を持ち帰って逃げることも許される。

 鬼殺隊は鬼を殺し人々を救う事だけが仕事ではない。生きて帰って情報を伝えるのも仕事の一つだ。

 だが、今回ばかりはそうするわけにはいかなかった。

 

 ふと義勇が後ろを振り返る。

 

「……う、うぅ」

「い、痛ぇよ……」

 

 そこには、重傷で動けない鬼殺隊員たちがいた。

 彼らは眼前の鬼によってリタイアされた、彼の先輩方。

 集団で向かった途端、血鬼術によって返り討ちにあったのだ。

 

 もし義勇が逃げれば、彼らが犠牲になるのは目に見えている。故に彼はこの場から逃げることが出来なかった。

 

「(どうすれば……どうすればいい!!?)」

 

 もし、彼が一年でも長く戦っていれば話は別だったであろう。

 5年ほど鬼殺隊を続けていれば、新たな型を生み出し、この忌々しい鱗粉を悉く薙ぎ払えたであろう。

 しかしそんな仮の話など無意味。今ある事実はただ一つ、義勇はこの鬼への対抗手段がないということである、

 だが、それでも彼は諦めない。

 彼は刀を握る手に力を入れ、戦意を示す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えらく苦戦しているじゃないか、義勇くん」

 

 そんな彼に神が……鬼神が微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな形でまた会うとは思わなかったよ」

 

 この声を彼は知っている。

 

「もう少し話したいことがあるけど今はそれどころじゃなさそうだね」

 

 優しそうな、しかし何処か冷たい声。

 

「選手交代だ。君の代わりに私があの鬼を狩る」

 

 葉蔵。かつて彼を救ってくれた鬼の名である。




葉蔵さんは間違いを言ってます。
軍式呼吸は他の呼吸より比較的習得可能というだけで、習得はかなり難しいです。彼がなんとなくで使えるのは、葉蔵がおかしいからです。
実弥たちも教えてもらってますが、その効力は初段の域にすら達してません、せいぜい日常生活(大正限定)で便利な程度です。

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