鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第35話

「……遅い。まだ戦っているのか」

 

 台所で食材を刻んでいると、活性化した鬼の気配がまだしていた。

 どうやらまだ戦闘は続行しているようだ。

 

 鬼の気配を察知したのは、実弥くんたちとの食事の際中。

 食事中の上に、実弥くんたちが見ている前。更に鬼殺隊の気配もしていたので放置していた。

 何よりも、獲物の横取りなんてはしたない真似はしたくなかった。なので無視していたのだが、未だに鬼の気配がする。

 

「(さて、どうしようか……)」

 

 広大な雲は空を覆い尽くし、夜になろうとも晴れる心配はない。

 距離も十分届く。今から走って速攻に片づけたら、すぐに帰れる。

 ……よし、行ってみるか。

 

 このまま放置して鬼殺隊員が死んでも後味が悪い。ここは一度行って様子を見てみるか。

 もし鬼殺隊が勝ちそうなら放置。両者がどのように戦い、どんな技を使うか観察して帰ろう。

 もし鬼が勝ちそうなら助けようか。私の力がどこまで通用するか確かめ、鬼を食って帰ろう。

 

「不死川さん、少し用事を思い出したから私は席を外させてもらうよ」

「はい、晩御飯前には帰ってくださいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来て正解だった。

 葉蔵は眼前の光景を見てそう思った。

 

 鬼と戦っていた鬼殺隊―――義勇はかなり追い詰められている。

 日輪刀も隊服も本人も。全てがボロボロだ。

 あんな状態では鬼の首を斬るなど不可能。刃を立てようとした瞬間に刀が折れる。

 

「なんだお前? 鬼の癖に儂の食事の邪魔をすんのか?」

「彼は私の知人だ。知っている誰かを助けたいと思うのは人も鬼も関係ないと思うが?」

「……吠えるな若造!」

 

 醜い老婆と蛾の混じった鬼―――唯蛾牢は口から針を噴出した。

 形状からして毒のあるもの。

 葉蔵はそう判断し、ソレを少し体を逸らして回避。同時に針を投げてけん制した筈だが……。

 

「おっと」

 

 投げた針が反射したかのように葉蔵へと帰って来た。

 先程と同じように避ける。

 一瞬摘まんで観察しようとしたが中断。

 もし何かヤバい効果がある危険性を考えて避けることにした。

 

「葉蔵さん! その鬼の血鬼術は特殊な毒鱗粉を出すことだ! ソレに触れたら焼かれ、攻撃しても弾かれる! しかも全方向にばら撒いてるから隙が無い!」

「情報ありがとう。ちゃんと奴の首は取るから休憩してくれ」

 

 そんなものは初めから知ってた。

 葉蔵は遠くから義勇たちのことを観察していた。故に敵の血鬼術の性質を理解し、既に対抗策を編み出している。

 

「ほざけ若造が!」

 

 鬼が口から毒針を吐く。

 葉蔵はソレをしゃがんで避けながら針を投げ、奴の口に命中させた。

 

「ぐげえええええええええ!!? な…何故!!?」

 

 口を押えて転がり回る老婆。

 葉蔵はそんな唯蛾牢を冷めた目で見下し、余裕の態度を示す。

 まるでお前なぞいつでも殺せると言わんばかりに。

 

「キサマは針を発射させる際、口周りに鱗粉がなくなる。そうしないと放った針が帰ってくるからね」

「ち……調子に乗るな!」

 

 鬼は痛みをこらえながら立ち上がって翅を羽ばたかせる。すると鱗粉が私に……ではなく、後ろにいる義勇に向かっていった。

 

「予想はしていた」

 

 

針の流法(モード) 針塊楯】

 

 

 義勇の方に針を投げる。

 瞬間、針は人一人を容易く隠せるほど巨大化し、盾となって鱗粉を遮り、身代わりのように砕けた。

 

「……ック!」

 

 礼を言う前に、その場から退却する義勇。

 今のままでは葉蔵の邪魔になる。故に自分がすべきことは。まず葉蔵の足手まといにならないこと。

 瞬時にそう判断した。

 

 対する老婆は内心ほくそ笑んだ。

 やはりこの鬼は鬼の癖に人間を庇っている。

 だったら、やることは一つ!

 

「ヒャハハハハハ!」

 

 怪我で動けない隊士目掛けて、無茶苦茶に鱗粉をばら撒く。

 葉蔵は先ほどと同じように針を投げて針の盾を形成。しかしすぐさま砕け散り、また新しい盾を創り出した。

 そんなことをしながら葉蔵は隊士達と唯蛾牢の間に移動。彼らを庇うかのように立ちはだかる。

 

「それで守ってるつもりか!?」

 

 今度は大量の毒粉を一気にばら撒く。

 これだけの数の毒鱗粉を捌くのは、あんな壁では不可能。故に庇おうと動くはず。

 その隙を見せた瞬間が貴様の最後だ。

 

「……」

 

 赤い盾と剣―――針を圧縮させて創造した―――を、葉蔵は構える。

 それはまるで弱者を悪鬼から守ろうとする騎士のようであった。

 

 バカな鬼だ、人間など所詮は食糧。ただの家畜、或いは玩具。そんなものを後生大事に守るとは。

 鬼でありながら人間性を捨てきれない愚かな奴。そんな若造がどれだけ力を持とうとも生き残れるはずがない!

 そんなに人間が好きなら、一緒にあの世へ送ってやる!

 

「いい加減にしろ婆!」

 

 葉蔵は剣を振るって鱗粉を全て食らった

 

 

「………………は?」

 

 鬼は眼前の光景が理解出来なかった。

 おかしい、ありえない。何故剣で鱗粉が切れる?

 

 この血鬼術は誰にも破れなかった。

 あの鬼の後ろにいる鬼狩りも、これまで食らってきた剣士も。全員がこの毒鱗粉に刃を通すことは出来なかった。

 なのに何故この鬼はそれが出来る。

 これではまるで……まるで……!

 

 

「(いや、そんなはずがない……!)」

 

 その考えが思い浮かんだが、すぐさま否定した。

 それは、違うと思い込むことで自身の精神の安定を測るためか、それとも単にそう思いたくなかっただけだったか。それは当人しか知らぬこと。

 だが、一つだけ確信したことがある。

 それは、自身が狩られる側だということ。

 

 

「(……これ以上はない、か)」

 

 対する葉蔵はあからさまに息を吐いた。

 そのため息に込められたのは落胆か、それとも失望か。

 

 血鬼術は確かに強力。

 反射効果と腐食性を兼ね備えた鱗粉は葉蔵の天敵と成り得る能力だ。

 だが能力を使う鬼がカス。

 ならば用はない。ここで失せろ。

 そう言いたげに葉蔵は剣に力を集中させ、盾を構える。

 この一撃で決める気だ。

 

「……! させん!!」

 

 ソレを見てあからさまに動揺した鬼は、血鬼術の範囲を狭めて一点に鱗粉を集中させた。 

 だが、それがどうした。

 

 

 

 

 

【針の流法 血針弾・連(ニードルバレット・ラピッド)

 

 

 瞬間、葉蔵の剣が機関銃と化した。

 

 

 剣から無数の針が生え、それらを機関銃の如く発射。

 瞬く間に針がなくなったかと思いきや、すぐさま生え変わって連射を続行。

 それらはまるで針自身が意思を以て標的へと向かうかのように、全て命中。

 ありえない角度だろうとも、空中で旋回し。

 毒粉の雨を切り裂き、鬼の肉体を食らい始めた。

 

「……まあ、こんなものか」

 

 残った粉を盾で全て防いだのを確認する。

 もう全てなくなった。これでもう守る必要はない。

 葉蔵は用の無くなった盾を捨て、ゆっくりと塵に還った老婆の鬼へと近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや~、今回の鬼は強敵でしたね。

 

 実際に厄介な能力だ。

 攻撃すれば反射、触れたら腐食するという、攻防共に優れた血鬼術。

 だがその先がなかった。だから私にあっけなく負けた。

 

 奴の血鬼術は鬼殺隊にとっては天敵であるかもしれないが、余りにも応用性に乏しい。

 その上、本鬼も戦う力を鍛えているようにも、使い方に工夫を施しているようでもない。

 先程の戦闘がその証拠だ。ダメージが与えられないのを確認した後も延々同じことを繰り返していた。

 能力が通じなかった、という経験自体が無いからかもしれないが、それでもやりようはもっとあったはずだ。

 鬼の中でも、手に入れた特殊能力に慢心して創意工夫や自己強化を怠った個体だったのか。

 こいつを殺せたからといって、私の力が他の鬼にも通用すると考えるのは早計だ。

 

 もっと戦いたい。

 できれば、鬼の中でも戦いに、格下を殺すのではなく闘争に力を入れている様な個体のものを……。

 

「葉蔵さん、葉蔵さん!」

「怒鳴らなくても分かってるよ義勇くん」

 

 耳を押さえながら私は立ち上がる。

 

「……久しぶりだね、義勇くん」

「……ええ、久しぶりです」

「「・・・」」

 

 気まずい。

 なんだろう、この空気。

 別に喧嘩したわけでもないのに何でこんな風にならなくてはいけないのだろうか。

 というか、そもそも私と義勇くんの関係ってなんだっけ?

 

「……一体、最後の攻撃は何だったんだ?」

「あれは私の血鬼術の効果だ。私の針が敵の血鬼術に刺さった途端、鬼の血に含まれる因子を食らうことで血鬼術を無効化する」

「……なんだその鬼の天敵みたいな力は」

「刺さればの話だ。物質的でないものや刺さらないものに効果はない」

 

 実際にそういった敵と戦ったことがないので分からないが、私の針がそこまで万能だとは思わない。

 

「……最近、鬼殺隊以外で鬼を狩っているという噂がある」

「ああ、間違いなく私だね」

「……お館様は、その人物を見つけたら友好的に接するよう言っている」

「それは相手が人物、つまり人間だと思っているからだろ? なら私は例外だ」

「……もしかしたら、気づいているかもしれない。その時は鬼殺隊に入隊出来るかもしれない」

「するつもりはない」

「……何故だ!?」

 

 突然、義勇くんが怒鳴った。

 

「葉蔵さんの血鬼術もあんた自身の戦闘能力も、指揮能力も! 全てが鬼を殺すためにあるといっても過言ではない!

 その力があればより多くの隊士の命を守れる! より多くの人たちを救える! なのになぜその力を使おうとしない!?」

 

 刀を私に向けながらそう怒鳴る義勇くん。

 

 彼の気持ちは理解できる。

 たしかに私が一人いるだけで鬼殺隊の在り方も、鬼による被害もグンと減るだろう。

 鬼を事前に察知し、鬼の血鬼術を防ぎ、鬼を討つ。更に殺した鬼は私の糧になることでより強くなり、より多くの鬼を殺し、隊士の殉死の可能性を低減させられる。

 まさしく鬼殺の連鎖。私を確保すれば、鬼殺隊は大きく変わる。

 しかし、それは叶わぬ夢だ。

 

「だが私もまた鬼だぞ? 鬼である私を受け入れてくれるのか?」

「お館様」

「では下の者たちはどうだ?」

「そ、それは……」

 

 そういうことだ。

 鬼殺隊の大半は鬼を憎んでおり、その憎しみを動力源として命を懸けて戦っている。要するに彼らは文字通りの復讐鬼だ。

 藤襲山の件で充分理解した。命を救ったはずの彼らでさえ私を嫌悪し、一部を除けば最後まで分かり合えなかった。

 

 それに第一、面倒じゃないか。

 

「そういうことだ。私は君たちと共に戦うつもりはない。それに……」

 

 私は【これから来るであろう得物】目掛けて剣を振るい、攻撃を防いだ。

 

 ガキャンと、金属同士が激しくぶつかる音が響く。

 身の丈程の刀。それが二つも同時に投げられた。

 犯人など考えるまでもない。あの男だ。

 

「これまでだな」

 

 最も早く見切りをつけたのは、この私。足を翻して体を反転させ、離脱を計る。

 

「ここまでされて逃がすと思うか!」

 

 あの男の怒声に私は反論しなかった。その代わり、ズダンとわざとらしく音を立てて地面に針を刺す。

 そこは、先程の鬼によって痛めつけられて寝込んでいる鬼殺隊の、丁度中間だ。

 

「くっ!」

 

 悔しげなうめきが聞こえる。どうやら私の言いたいことが伝わったらしい。

 まだ戦うならば、けが人を集中的に狙う。

 ただでさえ遠距離攻撃が出来て、探知能力もある。それに加えて、怪我人を守るために足を止めながら戦うのでは、勝負にならない。

 

「じゃあね」

 

 私はいつでも撃てる体勢をしながら、その場を後にした。

 

 

 ……というかあの男、昨日はあれだけ痛めつけたのに何故もう回復している?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……逃げた、か」

 

 いや、正確には引いてくれたか。

 もしあのまま戦っていれば、負けていたのは自分。

 天元は冷静に相手との戦力を分析し、舌打ちした。

 

 あの鬼は強い。

 昨日だって死ぬ気でやり合ったのに、あの鬼はまだ底が見えない。

 遠近も攻防も優れた血鬼術、鬼自身の高い戦闘能力、そして敵の行動の先を読む何か。

 もしあの鬼が少しでも遊ぶのをやめたなら、もしあの鬼が怪我人を集中して狙っていたなら。……考えただけでもゾッとする。

 第一、まだ昨日のダメージは完全に治ってないのだ。

 肋骨は痛むし、肉体の疲弊も完全に回復してない。……本当に戦わずにすんでよかった。

 

「お前ら大丈……夫じゃなさそうだな」

 

 振り返って隊士たちの怪我の具合を見てみる。

 ひどい傷だ。見たところ命に別状はないが、早く戻って手当と処置をしないと、鬼殺隊として致命的になってしまう。

 

「あ、あの鬼が……助けて、くれました……」

「俺たちを庇って……戦って……鬼を……」

「わ、私たちの代わりに……戦って、くれました」

 

 ボロボロの状態でありながら状況を説明する隊士たち。しかしその報告の内容は、隊士たちの頭を疑いたくなるようなものだった。

 

「……そうか」

 

 そう通常なら。

 天元は彼らのいう事を否定することなく手当の準備をする。

 

「話は後で聞く。だから今は派手に隠達に運ばれろ」

「ですから…」

 

 後から来た隠たちが負傷した隊士たちへ手際よく手当てを施し、担架に担ぐ。

 流石はプロといったところか、それとも抵抗されることに慣れているおかげか。

 隊士たちは天元に反論する暇も与えられず運ばれていった。

 

「……で、お前は平気なのか?」

「……見ての通りだ」

 

 御覧の通りボロボロだった。

 先程の隊士ほどではないが重傷。普通なら立っているのも精いっぱいのはずだ。

 

「お前もあの鬼に助けられたとか言うのか」

「……」

 

 義勇は何も言わない。

 嘘を言ってもバレるし、本当のことを言っても信じてもらうどころか、全部ゲロって隊律違反になりかねないから。

 最近はそれぐらいは理解できるほど成長しているのだ。

 

「あれがお前たちのいっていた藤襲山でお前らを助けた鬼か?」

「……!!?」

 

 だが、忍者のカマかけを避けられるほどではなかった。

 

「……ハア~」

 

 派手にため息をつく天元。

 ソレに込められているのは、一体どんな感情なのか。

 

「確かにあの鬼が他人を庇ってるのは間違いない。この周辺を調査した結果、あの鬼に救われたっていう話がいくつもある」

「だったら…!」

「ダメだ」

 

 ぴしりと、天元は否定する。

 

「あの鬼が人間の味方だってのは限らない。ただ出来るからしただけで、少し状況が悪くなれば鬼の本性を現す可能性がある」

「けど俺を二度も助けてくれた! ただ出来るだけでここまですると思うか!?」

「知ってる。昨日も俺がこの目であの鬼が子供を助けるのを確認した」

 

 天元は昨日の出来事を思い出し、またもや舌打ちする。

 それは、無関係な命を巻き込んだことによる自責からか、それとも敵である鬼に救われた屈辱からか。

 あの時、もし鬼があの子を庇わなければ、もしあの鬼より先に気付いたら。こんな思いなどしなくてもよかったであろう。

 

「(……あの鬼、もしかしたら……いや、そんなことはありえない)」

 

 一瞬、例の鬼が人間の味方であってくれたならと考えるも、すぐさま天元はその考えを否定した。

 強くて美しい鬼が、無償で人間のために戦ってくれる。……一体どこのおとぎ話だ。

 それならまだ現代に桃太郎が復活し、上弦の鬼を倒したと言ってくれた方がまだ信用できる。

 ありえない。不可能だ。そんな棚ぼた展開など起きるはずがない。

 

 しかしそこは元忍。すぐさま思考のスイッチを入れ替え、今に目を向ける。

 

「だが今回は異例中の異例だ。地味だがキッチリと派手に調査する必要がある」

「だったら俺も!」

「ダメだ。お前は地味に戻ってけがを治せ」

「お…おい待て! 俺はそれほど怪我しちゃいない!」

 

 義勇も隠たちによって無理やり運ばれていった。

 ……暴れられないように縄で縛られて。

 

「……ちょっくら調査してみるか」

 

 天元は二枚の紙を取り出す。

 一枚には【近隣住民が鬼をかくまっている可能性あり】と書かれ、もう一枚には【十二鬼月討伐のために炎柱を向かわせる】と書かれていた。




・唯蛾牢
醜い老婆と蛾を無理やり合体させたような鬼。
翅から散布する毒鱗粉は対象物を瞬時に腐食・燃焼させるほか、相手の攻撃を弾き返すバリアの効果も持っている。これが鬼の血鬼術。
一言で表すなら汚いモスアンデッド。

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