鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第37話

「……遅い!」

 

 夕飯の支度をしながら、私は怒鳴った。

 

 実弥と玄弥くんの帰りが遅い。

 他の子たちはもう家で手伝いをしているというのに、長男と次男が遊んでいるとは何事か。

 これは連れ帰ってでも説教しなくてはいけないな。

 

 そんなことを考えていると、外から誰かがこの家に近づいて来る気配がした。

 ドンドンドンと、戸が叩かれる音。どうやらこの家のお客さんが来たようだ。

 

「ごめんくださ~い! 隣村の事件について聞いていまして」

 

 お、遂に来たか。さて、鬼殺隊か憲兵が来るか。

 声からして女性だが、一体どっちだ?

 

「すみません、私は雛鶴といいます。昨夜失踪してしまった人達について聞いていまして」

 

 戸を開けると、そこには美しい女性がいた。

 涼しげな美人といったところか。一見すると憲兵とも鬼殺隊とも無縁にみられる。

 しかし、ソレは見た目だけだ。

 

 

 感じるんだよ、私に対する殺意を。

 

 殺意を向けているのは四人。

 この女と玄関の近くにいる別の二人、そして昨日私に襲い掛かったヤクザ者だ。

 おそらく何かしらの情報を聞きつけてここにたどり着いたのだろう。

 まあ、考えるまでもないか。いきなり父親が行方不明となり、入れ替わるかのように新しい男が入ってきて、しかもその男はあまりにも不審なのだから。

 しかし私は気配を完全に遮断している。故に決定打がないからこうして突いてきたのだろう。

 

 いいだろう、乗ってやる。

 

「それで、聞きたいこととは?」

「実は私、亡くなられた5人の方を知っている方を探していたところ、貴方と話していたと聞きました。それで何か知っているかと思ってお訪ねさせて頂きました。何か、こう、怪しい人だったり、鬼的な何かがいた噂とか知っていませんか?」

「………鬼?」

 

 首を傾げて『大丈夫かコイツ?』みたいな感じで返す。

 もちろん演技だ。しかし、もし自分が鬼でないただの一般人ならという仮定を信じたうえでの演技だ。

 演技のコツは予め作った設定で自分を騙し、その設定が演技する間だけ真実だと思う事。要は役に成りきるということだ。

 

「え、ええ。一家を丸ごと殺すなんて惨い真似、鬼畜の所業ですよ。鬼としか思えません」

「お嬢さん、ソレは違いますよ」

 

 

 

「すべては人間の所業です。なにせ、鬼とは人間の心の中にいるものですから」

 

 

 

 私は、自分でも分かる程、胡散臭い笑みを浮かべて言った。

 

 

「………そ、そうですね。へ、変なことを聞いてすいませんでした」

 

 少し引いた様子で立ち去ろうとする

 お、意外と効いたね。わざと関わりにくい人を演じてみたけど、ここまで効果があるとは思わなかった。

 さて、この女と監視が消えたらあの子たちを探しに……。

 

 

 

 

 突如、私は鬼の気配を察知した。

 

 

 

 私の角からではなく、実弥くんに渡した針越しから感じられる。

 距離はここから三里ほど。かなり近場だというのに何故私はその気配を見過ごした!?

 ……いや、そんなことはどうでもいい。

 

「あ、あの……どうしましたか?」

「……」

 

 私は客人を無視して家の奥へと行き、日中行動用の服へと手をかける。

 

「そ…それは隠の服!? 何故貴方が!?」

「……」

 

 後ろで何か言ってるが、今は一秒でも時間が惜しい。関わってる暇などない。

 本当なら、こんな面倒なことせず、今すぐ家を飛び出したい。

 こんな服を着なくては外にも出歩けないこの体質が、今は恨めしい。

 

「天元様、やはりこの男…」

「もう派手に気づいている!」

 

 ああ、もう本当に……。

 

 

【針の流法 血杭砲・散】

 

 

 

 私は、本気で血鬼術を人間目掛けて放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、昼間だというのに鬼が暴れていた。

 鬼殺隊の裏方である隠の服を着用し、赤い弾丸を放つ鬼。

 顔は隠れて見えないが、その声からして鬼の形相であることには違いない。

 

「どけや人間共ッ!!」

 

 その鬼の名は葉蔵。

 常に冷静さと優雅さを保っていたはずの鬼である。

 

 

【針の流法 血杭砲・爆散(ブラッディ・フラスター)

 

 

 放たれる赤い砲弾。

 ソレは空中へと打ち上げられ、一定の高さになると分裂。

 回転しながらばら撒かれた無数の針は、対象物にあたると同時に爆発した。

 

 

【肆ノ型 響斬無間】

 

 

 対する鬼殺隊の班長―――宇随天元は鎖を使って二刀を高速で振り回し、前方に壁の如く斬撃と爆発を発生させる。

 針と刀がぶつかると同時に爆発が発生。爆発と爆発はぶつかり合い、互いに威力を相殺した。

 

「…ッグ!」

 

 速く重く、そして鋭い。

 刀越しに感じる、杭のばら撒く速度と針の貫通力、そして爆発の威力。

 どちらか一つならまだいいだろう。しかし、二つ同時なると話は違う。

 ただでさえ遠距離攻撃が出来るだけで厄介なのに、広範囲攻撃でここまでの威力、しかも爆発付きとは。

 

「(これが奴の本気……いや違う! これは囮だ!)」

 

 天元は自身の甘い考えをすぐさま否定した。

 これは牽制。ただの足止めだ。

 次に本気が来る。こんな玩具なんてメじゃない程の派手な攻撃が!

 

 爆破によって発生した煙の中、天元は構えなおして次の攻撃に備える。

 あの鬼はどんなに視界が悪くても正確に攻撃を当てられる何かがある。

 油断は一切出来ない。死ぬ気でかかる!

 

「……また逃げられちまったか」

 

 土煙が止む。

 そこには葉蔵の姿はなく、周囲には呻いている隊士しかいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある森の中、私は右腕がなくなった肩を抑えながお守り(GPS)の発信する気配をたどって行った。

 

「……痛い」

 

 久々に感じる痛み。

 まさか鬼や鬼殺隊にではなく、自身の血鬼術によってダメージを与えられるとは、露程も思わなかった。

 

 

 私の血鬼術、血杭砲・爆散(ブラッディ・フラスター)はまだ未完成だ。

 威力も火力も攻撃範囲も。私が現在使える血鬼術の中でもトップクラス。

 しかし反動が大きい上に、安定性も低い。そのせいでコレを放つと、腕一本を犠牲にしてしまうのだ。

 

 ただ腕が吹っ飛ぶくらいならまだいい。鬼ならすぐさま再生するのだから。

 しかしこの技。燃費も悪いのだ。吹っ飛ばした分の血だけでは足りず、再生する分の血まで食らう。

 相手が鬼なら、被弾して因子を取り込めるのだが、今回は人間だ。因子は取り込めない。

 おかげで再生する分の因子を回収出来ず、こうして痛い思いをしている。

 

 まあ、鬼だから別に死なないし。この分は今回の下手人ならぬ下手鬼の因子を食らって手打ちにしよう。

 

「……ここか」

 

 発信源は森の入り口にひっそりと建っている小屋。

 角からでは鬼の気配は感じないし、見たところ気配もない。

 しかし、発信源はここからだ。

 

 

 私は剣を創り出し、ソレを小屋目掛けて振るう。

 普通なら剣から放たれる針によって小屋が無茶苦茶になるのだが、この小屋は違った。

 

「……やはりか」

 

 針が小屋に当たろうとした途端、虚空が水面のように揺らめいて針を止めた。

 数秒ほどの拮抗の後、針は虚空へと突き刺さり、針の根を形成。成長しながら何かを壊した。

 同時に匂う濃厚な鬼の臭い。どうやらこれは血鬼術で作られた結界のようだ。

 これで鬼の気配を完全に遮断し、私の目を欺いてきたらしい。

 

「……ふざけやがって!」

 

 ああ、認めよう。

 貴様の血鬼術で作られた結界は完璧だ。私は気配の鱗片すらも掴めなかった。

 もし、何もなければ私は貴様を見つけるどころか、気づくことなくこの周辺の鬼を食いつくしたと勘違いしたであろう。

 

 だが、貴様はあの子に手を出した。

 その報いだけはキッチリ受けてもらうぞ……!

 

 私は食らった因子で肉体を回復させて腕を再生。

 更に剣と盾を形成させ、結界の内部―――鬼の本拠地へと足を踏み入れた。

 

 

 やはりというか、そこは不気味な所だった。

 外側から見ればただの小屋だというのに、内部は全くの別物。

 どこまでも続く長い廊下に、幾多もある部屋。

 最早これは小屋ではない、屋敷だ。

 

 臭い屋敷だ。

 ありとあらゆる方向から漂う鬼の臭い。

 おそらく血鬼術で創られた結果、こうなったのだろう。

 あまり長居したくない場所だ。さっさと二人を見つけて帰ろう。

 

 私は目を閉じて角に感覚を集中させ、匂いをたどる。

 血鬼術によって作られた異空間のためか、上手くいかない。しかし大まかな位置は理解出来た。

 

「……!」

 

 戸を開き締めた瞬間、鬼の気配を感じた。

 

 突如現れた気配に驚きながらも、私は瞬時に判断を下す。

 盾を掲げながら突進(シールドバッシュ)。その後、気配の元に剣を刺突。

 ドスっと、標的を貫いた感覚が剣越しに伝わる。

 

「ぎゃあああああああああ!!!」

 

 途端に上がる悲鳴。

 針は目標の血を食らって成長し、瞬く間に全身を侵略した。

 あっけないものだ。けどまあこんなものだろう。

 こういった隠匿系の術を使うということは、正面からの戦闘を苦手とするということ。

 ならば、幾多の鬼を食らい、鬼殺隊とも戦ってきた私の敵ではない。

 

 大人しくこの屋敷に引きこもっていれば長生きできたものを……。

 あの子たちに手を出した己の愚かさを呪いながら死ぬがいい。

 

「あ、ああ……」

 

 黒い塵となって消えていく鬼。それが完全に無へ還ったのを見届けてから、私は実弥くんたちの方へと向かった

 

「実弥くん! 玄弥くん!」

 

 走りながら彼らが本当に本人なのか、角で確かめる。もしかしたら鬼が化けているかもしれないからね。

 だが、その心配もないらしい。鬼と血鬼術の匂いが付着しているが、ちゃんと本人だ。鬼や血鬼術ではない。

 序でに周囲も確認した。鬼の気配はどこにもなく、この空間も若干綻びのようなものを感じる。

 おそらく本体を倒したことでこの空間が崩れかかっているのだろう。

 早く脱出せねば。

 

「よ…葉蔵さん?」

「助けに来てくれたのか!?」

 

 私に抱き着いてくる二人を受け入れ、強く抱きしめる。

 二人とも無事だ。怪我一つない。なら後はここを脱出……。

 

「……!!?」

 

 突如感じる血鬼術の気配。

 咄嗟に私は二人を窓へ放り投げ、外へ逃がした。

 あの周囲は草木に覆われていた。なら植物がクッションとなって無事のはずだ。……そう信じよう。

 

「ッグ!」

 

 遅れて来る血鬼術の攻撃。

 それは私の背中に傷をつけ、人間なら致命傷になるレベルの血が吹き上がる。

 しかし私は鬼。この程度の傷……。

 

「な…何ィぃィィィィィ!!?」

 

 その時、初めて私は鬼との戦いでピンチというものを感じた。

 

 今まで鬼の攻撃を受けたことは何度かある。

 しかし、どれもこれもさして深刻なものではなかった。

 ヤバいものは事前に察知して防ぎ、或いは避けて来た。

 だから、私は天狗になってしまったのだろう。

 

 それが命取りと知りながらも。

 

 

「ヒャハハハハハ!」

「………ック!」

 

 私は、人形サイズまで縮んだ身体で、突如現れた鬼を睨んだ。

 

 


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