鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第38話

「ヒヒヒヒ……。やっと、やっと捕まえたぜ!」

 

 襖の扉を開いて、一匹の鬼が現れた。

 みすぼらしく小さな爺。眼は濁っており、人差し指が異様に長くて鉤爪のようになっている。

 すぐに分かった、この鬼が私に血鬼術をかけた鬼だと。

 

「テメエがこの家に入ったときはビビったが、このザマになったら怖がる必要なんざねえ! テメエをぶっ殺してあの稀血を食う! 我慢して稀血を餌にした甲斐があったぜ!!」

 

 ニタニタと、いやらしい目で見下しながらしゃべる鬼。

 不快な声だ。聞いてるだけで癪に障る。

 

「……我慢?」

 

 だけど、私は会話を続けることにした。

 あまり話したくないが、今は時間が欲しい。なので会話を続けて時間を稼ぐ。

 

「ああ、十二鬼月並みの鬼の気配がして警戒して罠を張ったんだ。そしたら簡単に引っかかりやがったぜ!」

「それは、彼を餌にして私を誘い込んだという事かい?」

 

「ああそうだ! 最初このガキが臭い藤の花と鬼の一部を持ってるのを見た瞬間に気付いたぜ! あのガキ共は他の鬼のお手付きだってことにな!」

「(……どうやらあのお守りの針は効果があったようだ)」

 

 冷静に相手の話を聞いて分析を開始する葉蔵。

 

「それで罠を張ったらお前が釣れたんだよ! こんなに早く来るとは思わなかったが、餌を前にしてすぐに食らいつく当たり、オツムの方はあまりよろしくないようだな!!」

「(……クソが!)」

 

 この日、初めて葉蔵は自身の間抜けさを本気で呪った。

 昨日、宇随との戦闘で思い知ったはずだ。

 格下であるはずの人間に、柱でない鬼殺隊に首を斬られかけた。

 反省したはずだ、これからは驕らずに行動しようと。

 だというのにまた同じ間違いをするのか。

 

 ……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 今はこの状況を打破する方法を、あの鬼を倒す方法を考えなくては。

 

「そんじゃあここで死……」

 

 鬼が言葉を続ける前に葉蔵の針が打ち出される。 

 ソレは当たることはなかったものの、鬼の注意を逸らすには十分だった。

 鬼の目が行っている間に逃げる。

 葉蔵は近くの物陰に飛び込んで姿をくらました。

 

「ま、待ちやがれぇぇぇぇl!!!」

 

 鬼は、怒りの形相で葉蔵を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……何処に行きやがった!?)」

 

 鬼―――矮等(わいら)は苛立っていた。

 せっかく稀血の子供を見つけたと思ったら、自身より強い鬼のお手付きだったことに。

 更に、その鬼を罠に嵌めたのに、逃げられてしまったことに。

 

「(クソが、ああいう強い癖に小賢しい部類は面倒臭えんだよ)」

 

 舌打ちしながら矮等は葉蔵を探しに向かう。……出来るだけ注意を払いながら。

 

 矮等は、人間の頃から自身より強い相手を見抜くのが上手かった。

 肉体的な強さ、頭の賢さ、家の財力……ジャンルは問わない。

 兎に角、彼はそんな強い人間を見つけ、取り入るのが上手い人間だった。

 

 

 だが、彼は決して下僕気質というわけではなかった。

 

 彼が強者に取り入るのは、相手が油断した隙を付くため。

 散々自分を見下してきた強者に下剋上し、強者が強者たる由縁を否定するためだった。

 

 今まで彼は強者の強さを汚すために何だってやってきた。

 武闘家を、豪家を、美女を。

 闇討ち、詐欺、睡姦。

 あらゆる手段で、ターゲットに最も相応しいやり方で。

 彼はそうやって満足感を得ていた。

 

 

 昨日まで弱者だと思っていた者に、後ろから刺された瞬間の顔が、堪らなく好きだった。

 怒りと恨み事をまき散らすも良し、プライドを捨てて自分に命乞いするのも良し。

 自分を強いと思っていた人間が、強さを無くした瞬間とその反応。それらが見れるだけで彼は満足していた。

 彼らの強さを汚した時、自分が強いと感じられるから。

 

 鬼に成ってからも変わらない。

 自分以外の鬼を、鬼殺隊を。

 身に着けた血鬼術で強さを否定し、泥を塗り続けた。

 

「お前はどんな風に反応してくれるかな……」

 

 ニタァと、歪な笑みを浮かべる。

 

 見たところ、彼にとって葉蔵はかなりの強者だ。

 強く、顔も良く、そしておそらく育ちも良い。

 そんな鬼が格下と思っていた鬼の罠に嵌り、血鬼術に掛かかった。

 血鬼術の効果で弱体化し、自身より弱い鬼から逃げる羽目に陥った。

 強いはずなのに、その強さを否定されて弱者へと転落した。

 

 ああ、奴は今、どんな気分で逃げているのだろうか。

 突然の理不尽に煮えたぎるような怒りを必死に抑えて逃げているのか、それとも絶望のあまり泣きそうになりながら逃げているのか。

 

 見てみたい。

 早く無力になった強い鬼を見下したい。

 そしてどんな顔で絶望しているの早く見たい!

 

「……っと、ここは慎重に動かねえとな」

 

 逸る気持ちを抑えて、葉蔵を探し出した。

 

 矮等の血鬼術を食らったものは、大きさだけでなく血鬼術や呼吸法なども封じられる。

 完全とは言い難いが、それでも元の大きさのソレと比べたらかなり制限されている。

 以上の事から反撃など恐れるに足りないのだが、万が一ということもある。

 矮等は葉蔵の行動に用心しながら散策した。

 

 襖を開いて部屋の中に入る。

 中は相当荒れており、踏み場もない状態だった。

 おそらく葉蔵が散らかしたのだろう。

 物を散乱させることで隠れる場所を確保し、反撃のチャンスを窺っているのだろうか

 

 小癪な。

 無駄な努力などしても逆に絶望するだけだというのに。

 だが、そっちの方が都合がいい。

 いや、むしろそうしてくれた方が面白い!

 矮等は散乱した物をどかしながら、下卑た笑みを浮かべた。

 

 散らばっている物なんか気にせず部屋の中に入る。

 瞬間、矮等は更に顔を歪めた。

 点々と付けられた足跡。

 物が散らばって見えにくいが、それは確実に床へと刻まれ、持ち主の居場所を示していた。

 

 これもまた矮等の仕掛けた罠の一つ。

 気付きにくいが、この屋敷の床は踏むと少しだけ足が沈み、足跡が付きやすい構造になっている。

 もし万が一小さくした獲物が逃げても気づきやすくするためだ。

 

 バカな奴だ。

 ここは俺の拠点。ならば地の利は俺にあり、色々仕掛けているに決まっているだろうが!

 どれ、ここは軽く脅してどんな反応をするか楽しむか。

 

 そんなことを考えながらまた一歩踏み出した瞬間……。

 

 

 

 

 ズキュウ――――ン!

 

 

 

 矮等の額に何か……葉蔵の血杭砲が命中した。

 

 

 一体何が起きた。

 反撃を警戒して足跡の先には注意したはず。

 なのになぜ攻撃が見当違いの方角から飛んできた!?

 

 攻撃が飛んできた方角に目をやる。そこには、見下したような笑みを浮かべている葉蔵がいた。

 

「…こ、このヤロォォォォォォォォ!!!」

 

 爪を立てて襲い掛かる矮等。

 

 何故足跡の先にいなかったのか。

 いつの間にそこへ移動したのか。

 先ほどの攻撃は何だったのか。

 そんな事はどうでもいい!

 

 既に俺の血鬼術に掛かった分際で、何反撃してやがる!?

 お前はもう強者じゃねえ。無力なチビ鬼なんだよ!!

 その癖に俺を騙した挙句、こんな傷をつけやがって……!

 もういい、貴様の泣き叫ぶ顔など要らぬ!

 一刻も早くお前をぶち殺し、地獄へ連れて行く!

 

 葉蔵の弾丸は悪鬼の脳天を撃ち抜き、針の根を張って尚、一撃で命を奪うほどの深手にまでは到達できなかった。

 出力不足でありながら、針の根は既に頭の半分を侵略している。

 しかしそれでも鬼の常軌を逸した生命力は死を寄せつけなかった。

 

「死ねええェぇェぇェぇェぇぇ!!」

 

 矮等の爪が葉蔵に当たろうとした途端……。

 

「ぐげえ!?」

 

 突如、矮等の周辺から針の散弾が飛んできた。

 何が起こった。その思考が浮かぶよりも早く、矮等の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんなものか」

 

 奴の血鬼術が解け、元の大きさに戻った。

 しかし油断は出来ない。

 なにせ私を一度罠に嵌めた鬼だ。もしかしたらまた罠の可能性もある。

 試しに血針弾を撃つ。

 うん、元の威力に戻っている。

 周囲の気配も探ってみたが、鬼の反応はない。今度こそ私の勝利だ。

 

 

 今回、私は2つの罠を用意した。

 

 一つはバックトラック。

 この床がわざと足跡が付きやすい構造になっているのはすぐに気づいた。

 土などを踏んだ感触はないのに、後ろを振り返ると足跡があったのを見て焦ったが、なんてことはない。むしろ私はすぐさま利用してやろうと考えた。

 自らの足跡を踏みながら後退し、その途中で物の上に飛び移り隠れる。

 そして騙されて足跡の先に移動した奴に弾丸を食らわせる。

 しかし、それだけでは心もとない。

 今の私は血鬼術を制限されており、一発で奴を仕留める自信がなかったので、別の罠を用意した。

 いや、正確に言えば、予め仕掛けた罠を利用したといったとこかな。

 

 二つ目の罠、それは予めばら撒いた私の針だ。

 私の針はたとえ体外でも簡単な操作なら可能であり、鬼喰いの機能も健在。

 ばら撒いた針を鬼が来たと同時に爆破させたり、刺さったと同時に鬼を食らうなんて造作もない。

 要は地雷だ。私の針は鬼喰い機能付きマキビシにもなるし、爆弾にもなる。

 ただ飛ばしたり、振り回すだけが私の針ではない。このように罠としても利用できるのだ。

 

「(初めて罠として利用したが……これはかなり使えるな)」

 

 私は攻撃を外したことが殆どない。

 早撃ちでも十中八九当たり、避けられたとしてもその動作を計算に入れて追撃を与え、連射することで誘導して獲物を仕留めて来た。

 藤襲山にいた頃は何度か見逃したが、あれは労力と見返りの計算をした上で逃がしただけだ。その気になればいつでも殺せた。

 

 

 だが、藤山から出た今では、そんなわけにはいかない。

 

 

 狙った以上は確実に仕留める義務がある。

 さもなくば、逃した鬼が人々を襲い、犠牲になった人とその周囲の幸せを壊すことになる。

 私が壊したも同然だ。

 私にはその鬼を倒す力があり、自分でちょっかいをかけておきながら、面倒だからと逃がした。その結果誰かが犠牲になる。……こんな無責任な話を許せていいだろうか。

 ふざけている。自分で標的を倒すと決めたならやり遂げろ。中途半端な思いと無責任な思い付きで中断すれば、その罪の一旦を背負うことになる。

 

 もう獲物は逃がさない、誰も巻き込まない。……確実に仕留める。

 

「……っと、実弥くんを探さなくては」

 

 私は実弥くん達のことを思い出して彼らを投げた地点に向かう。

 投げた際は木をクッションになるよう注意したが、それでもかなり荒いやり方だ。

 咄嗟にやってしまったからちゃんと力加減したか怪しい。本当に怪我しているかもしれない。

 早くいかねば、そして一緒に帰ろう。

 

 長居する必要はないし、することも出来無さそうだ。

 あの鬼を倒したせいで血鬼術が解けかけており、屋敷が妙な音を立てている。

 おそらく元の小さな小屋に戻ろうとしているのだろう。

 

 このままここにいれば何が起きるか分かったモノではない。

 さっさと出よう。そう思った瞬間……。

 

「おっと」

 

 突如、私目掛けて赤い刃が襲い掛かった。

 

「……何者だ?」

「炎柱、煉獄槇寿郎」

 

 鬼喰いの鬼と、鬼狩りの柱が、対峙した。

 

 

 

 


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