鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第39話

「あ~あ、小屋が滅茶苦茶だ」

 

 さっきまで小屋だった木片を蹴り飛ばし、辺り一面に転がる木くずを一瞥する。

 

 派手にやった。小屋どころか周囲の木すらも吹っ飛んでしまった。

 しかしそんなことなど気にした様子など微塵も見せない。

 それもそうだろう。なにせ壊したくて壊したのではないのだから。

 

 厳密に言えば、小屋を壊したのは彼を追ってきた鬼殺隊だった。

 矮等を倒したせいで血鬼術が解け、屋敷はただの小屋に戻ってしまった。

 そんな狭い場所で葉蔵が暴れたらどうなるか。……考えるまでもない。

 

「それで、貴様は本当に私と戦う気かい?」

「……」

 

 金髪の鬼殺隊―――煉獄槇寿郎は刀を鞘に納めた。

 

「………あれ?戦わないのか?」

「………お館様から、お前を連れ帰るように命じられている」

「………そうか」

 

 お館様―――産屋敷耀哉はすぐさま決断した、是非会って話がしたいと。

 躊躇など一切なしに即答したらしい。

 虚弱体質とは思えないような胆力である。

 

 鬼狩りの頭領が、宿敵であり天敵でもある鬼に直接会う。

 大きすぎる博打。

 しかし、そんな博打を打ってでも彼は葉蔵……いや、葉蔵の血鬼術というリターンは大きいのだ。

 

 葉蔵の能力は鬼を狩ることに対してあまりにも特化しすぎている。

 鬼の因子を探し当てる探索能力、鬼の因子を食らうことに特化した殺傷能力、その針を様々な手段で飛ばす射撃能力、鬼の血鬼術すら食らう防御能力…。全てにおいて鬼を殺すため仕組みが施されている。

 

 鬼狩りなら喉から手が出る程欲しい能力。

 たとえ宿敵でもこの能力が使えるならば、是が非でも手に入れたい筈であろう。

 ただ、一つ問題を挙げるとするなら……。

 

 

 

 

 

 

「この私が素直に言うことを聞くとでも?」

 

 

 

 この傲慢な鬼が人間ごときの頼みなど聞くはずもないということだ。

 

 

 

 

「……本来ならば鬼である時点で貴様の首を刎ねたい。……だがッ!お館様が貴様の身柄を引き連れろと仰った。あの方の命令を無下には出来ん!」

「そうか、しかし私にはそんな奴の命令を聞く義理も気もない」

「………!!」

 

 ギシリ。

 万力のように、槇寿郎の歯が軋む。

 

「お館様が下劣な鬼のためにわざわざ面会の機を与えてくださったのだぞ! 貴様にはそのありがたみが分からんのか!?」

「知らん。用があるならソッチから来い。何様のつもりだ」

 

 お前が何様のつもりだ。

 鬼殺隊でなかろうとも、上記のようなセリフを言いたくなる。

 書いている人でさえ思うのだから、言われた本人は、お館様に忠義を捧げている者ならどう思うだろうか。

 想像に難しくない。

 

「そうか……」

 

 炎の呼吸のためか、それとも怒りからか。

 ビキビキと、槇寿郎の額やこめかみに血管が浮かぶ。

 そんな様子に反して、体にブレは存在せず、指先も実に正確な動きであった。

 正確な動きを以て……。

 

 

【針の流法 血針弾・連(ラピッドニードル)

 

 

 いきなり発射される血針弾を全て叩き切る。

 血針弾・連。サブマシンガンの如く吐き出される弾丸は、ブレつつも槇寿郎に向かってくる。

 

 対する槇寿郎は慌てない。

 走りながら弾丸を全て刃によって切り伏せ接近した。

 たかが弾丸を一定方向、一定速度で吐き出す銃など柱の脅威ではない……。

 

 

【針の流法 血杭砲・連撃(アサルトキャノン)

【炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天】

 

 

 脅威ではない筈だった。

 

 葉蔵の左腕から、瀑布の如く襲い掛かる弾幕。

 まだ当時はない筈の、ガトリング砲に匹敵する破壊力と数。

 その前に槇寿郎は足を止め、技を行使しざるを得なかった。

 

「(な、なんて威力の血鬼術だ……!)」

 

 弾幕の豪雨を刀一本で切り払う。

 一振りする度に押し寄せる衝撃。その重みに槇寿郎は驚愕した。

 並みの鬼では再現不可能な血鬼術。これに比べたら、当時の銃など豆鉄砲である。

 だが、そんな恐るべき攻撃でも、葉蔵にとってはただの一手に過ぎなかった。

 

 

【針の流法 血杭砲・貫通(スパイキングキャノン)

【炎の呼吸 伍ノ型 炎虎】

 

 

 再び同時に繰り出される技と技。

 葉蔵の右手から放たれた砲弾の如き巨大な針。ソレを燃え立つ闘気が猛虎となって砕いた。

 一見すると互角。しかしそれは見た目だけだ。

 

 片や遠距離からの血鬼術、片や刀一本。これだけでどちらが有利なのかは火を見るよりも明らか。

 戦いにおいて、リーチの差は大きな要因となる。

 拳より剣、剣より槍、槍より弓、弓より銃。

 より遠くから、より早く、より強い威力の【武器】が勝つ。

 この理屈はそう簡単には覆らない。剣道三倍という言葉があるように、並大抵の技量では武器の差は埋められないもの……。

 

 

【針の流法 血針雨(ニードルレイン)

【炎の呼吸 壱ノ型 不知火】

 

 

 埋められない筈だった。

 

 槇寿郎は刀一つで針の雨を切り開いて突き進む。

 

 剣道三倍という言葉があるように、並大抵でない技量を持つ者は、時に銃をも凌ぐ剣戟を可能とする。

 それを体現しているのが鬼殺隊の柱である。

 上位種である鬼を幾多も切り捨てた彼らに常識など通用しない。

 

「……うッ!」

 

 しかし、それでも限界はあった。

 いくら非常識の権化である柱でも、葉蔵の針を全て避けるのは不可能。故に最低限の針だけ、その中でも重要器官を狙うものだけ切り捨てる。

 腕や脚に、胴体に針が突き刺さる。針が肉を貫き骨にまで達し、強烈な痛みを与える。

 しかしそれでも槇寿郎は突き進んだ。

 

 腕が貫かれた? 足を射られた?……それがどうした!?

 そういわんばかりに槇寿郎は突き進む。

 

【針の流法 血杭砲・散――(スプラッシュキャ))】

【炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天】

 

 

 葉蔵が血鬼術を発動する前に、彼の腕を切断した。

 ついに懐へもぐりこめた。

 このまま攻め込み、最大力で奴の首を斬る!

 そう宣言するかのように槇寿郎は構えを取る。

 

 

【炎の呼吸 玖ノ型 煉―――】

 

 

 が、しかしながら。その攻撃が来ることはなかった。

 

 

「か…体が………」

 

 動かない。

 糸が切れたかのように力が抜けた体。

 地面に倒れ伏した身体を動かそうと渇を送るも、彼の肉体がソレに応えることはなかった。

 

 一体どういうことだ? あの針の雨以外は食らった覚えはないはずなのだが……。

 そこまで考えて槇寿郎は一つの考えが思い浮かんだ。

 

「貴様……毒を……」

「正解。実は屋敷の中に既に痺れ毒を混ぜ込んだ針を用意していた」

 

 あっさりとしたネタばらし。しかしその軽さとは反面に、槇寿郎にとってはとても重いものであった。

 当時の銃の性能を軽く超える銃撃を行えるだけでなく、弾丸に毒も盛れるとこの鬼は言ったのだ。

 

「そ…そんなことも……で、出来る…のか……」

 

 圧倒的な火力、正確無比な射撃、そして特殊な弾丸。

 柱でさえ対処が難しい火力に、鬼自身の腕も良く、そして一発でも掠ったらアウト。……一体なんだこのクソゲーは。

 

 この鬼はマズい。

 この場は逃げてでも御屋形様に報告し、柱複数でかからないと倒せない。

 だから動いてくれ……!

 

「うわっ、まだ動けるのか。貴様本当に人間か?」

 

 しかし、その鬼は冷酷にもとどめを刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなかいい結果が出たな」

 

 この麻酔針は使えるではないか。

 

 今までは鬼相手がメインだったのでスタン銃や麻酔銃などの面倒な針は使ってこなかったが、これなら人間相手でも戦える。

 

 私の血針弾は、人間相手だとタダの弾丸に成り下がる。

 鬼にとっては一撃必殺に成りうるが、鬼の因子を持たない人間相手だとその効果は発揮できないのだ。

 無論、針に予め私が自身の因子を組み込むことで、標的に当たったと同時に針の根を広げることは出来る。しかしそのやり方だと殺してしまうから面倒だ。

 ……まあ、今回はそれ以上に……。

 

「あれが柱…か」

 

 規格外の一言だ。

 人間とは思えないような動きに、人間技とは思えないような剣技。

 あの大男といい先程戦った柱といい。鬼殺隊とは人外の集まりなのか?

 むしろ奴らこそ鬼を狩る鬼ではないのだろうか。

 とまあ愚痴るのはこの辺にしておいて真面目に考えるか。

 

 

 あの大男と炎柱は闘い方がまるで違う。

 大男は爆発で誤魔化していたが、スピードタイプの闘い方だ。

 しかも爆発の衝撃を利用するなんて荒業を使ってるせいで反動が大きく、連戦には向いてない。

 要するにゲテモノだ。あんな無茶苦茶な戦い方をしたら、普通の人間なんて即病院送り。参考にはまずならないだろう。

 あんな剣術を使ってるのはあの男だけ……だと信じたい。

 

 対するあの男は実にバランスが良い。

 脚を止めてからの強い踏み込みから繰り出される強力かつ苛烈な攻撃が特徴で、防御の動きすらも攻撃へと繋げていく攻撃力に重視を置いたフォーム。

 攻撃寄りの万能タイプといったところだろうか。

 とまあこんな感じに正統派オーソドックスな相手、しかもその中でも一級品と相手出来た体験は大きい。

 

 この感覚は得難いものであり、熱とは冷めやすいもの。

 一旦休みを入れてから修練を行えば、あの死合いで体験した奴の技を忘れてしまう。

 鉄は熱いうちに叩く。当然のことだ。

 

 

「……その前にやることがあるけど」

 

 ちらりと後ろに目を向ける。そこには実弥くんがいた。

 

「よ…葉蔵……さん?」

 

 戸惑った様子でこちらを見る実弥くん。

 

「や、やっぱ葉蔵さんだよな!? やっぱあの鬼の正体は葉蔵だったんだ!な、な~んだ、やっぱ俺の言った通りじゃねえか! なんで嘘ついたんだよ!?

「………」

 

 震えた声。

 なんとか心を冷静にさせて、さも嬉しそうに言っているが、言葉の端々から漏れる動揺と恐怖。

 やはりこの子はいい子だ。

 鬼である私を本能的に怖がりながらも、葉蔵という影を必死に気遣っている。

 

 動揺するのは当たり前。いきなり転がり込んできた居候が人食いの鬼なのだから。

 恐怖するのは自然の摂理。私は人間の上位種であり、元来は人を食らう天敵なのだから。

 そう、私は鬼なのだ。だから……。

 

 

 

 

 

「……実弥くん、私はもう、あの家にはいられない」

「…………え?」

 

 それを知られたからには、もうここにはいられない。

 

 

 

 

「そ、そんな!? じゃあ母ちゃんはどうすんだよ!?」

「…私は鬼だ。本来ならば共にいるべきではない」

 

 私は鬼だ。そして私自身鬼として生きていくと決めた。

 

 

 

 

「じゃあ今度一緒に狩りをするっていう約束は……!?」

「……すまない」

「そんな……そんな……!」

 

 なのに、なのに何故だ……?

 

 

 

「俺……もっと葉蔵さんと一緒に居たかった!!」

「……ああ」

 

 どうしてこうも………。

 

 

 

 

 

「私も、君たちともっと居たかったよ」

 

 今の私は、どんな顔をしているのだろうか……。

 

 

 


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