鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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感想欄みたら葉蔵くんの味方してくれる人がけっこういてくれた。
嬉しいです。


柱狩り編
第40話


 ある日の夜空、一匹の鬼が飛んでいた。

 誤字にあらず。本当の意味で空中を飛んでいるのだ。

 

 鬼の名は飛口。

 宙に浮く血鬼術を使い、更に蝙蝠のように翼へと変じた腕を羽ばたかせることで飛行を可能とした鬼である。

 

「……ふぅ、何とか逃げ切れたぜ」

 

 上空で飛口は安堵の息をついた。

 先程まで彼は狙われていた。しかも鬼狩りではなく、同族である鬼に。

 一目見て分かった、その鬼が自身よりも強大―――いや、十弐鬼月並の戦闘力だと。

 相手の力量差を理解した途端、飛口は一目散に逃げた。

 飛蝗のように変異した異形の脚と脚力強化の血鬼術で跳び上がり、浮遊の血鬼術で宙を浮き、翼へと変化した腕を羽ばたかせた。

 ここまでやったらもう一安心だ。振り切ったのも同然である。

 

 空は彼にとっての安全圏。

 いくらどんなに強い鬼や鬼狩りも空までは追えない。せいぜい地上の上を少し跳ねる程度であり、空高く舞い上がる自分には届く筈がない。

 飛んでしまえばこっちのもの。どれだけ速かろうが飛行する鳥には追い付けないのと同じように、この鬼に速度で敵わない。

 この鬼はこの特異な血鬼術を使って天敵から逃れてきた。

 鬼狩りや鬼と戦うなんてとんでもない。逃げるが勝ち。どんな手段でも生き残った者が勝者なのだ。

 

 あれから大体半刻程だろうか。

 大体一里ほど離れた今ならばそろそろ陸に降りてもいいだろう。

 そう考えて高度を下げた瞬間………。

 

 

 

 パァンと。飛口の頭に銃弾が決まった。

 

 

 

「………………へ?」

 

 何が起きた。

 そんな単純な思考をする前に飛口は針の餌食となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビンゴ」

 

 木の上で私は安堵の息をついた。

 

 私は別に難しいことはしてない。一里ほど離れたここから―――3㎞先から狙い撃った。ただそれだけだ。

 

 本来、私の戦闘スタイルは狙撃だ。

 剣術や体術も一通り習得してはいるものの、実家でのメインは主に銃、それも狙撃タイプだ。

 人間時だろうと100m先ならスコープ無しでも当てられる。

 むしろ、今までがおかしかったのだ。

 敵と面向かって、よーいドンで戦うなんて、私は侍や騎士にでもなったつもりなのか。

 おかしな話だ。銃とは遠距離武器であるはずなのに、何故わざわざ私は殴り合い同然の距離で戦っていたのであろうか。

 

 

 懐から一本の針を取り出し、煙草のように咥える。

 口に含んだ針の先から数滴ほど露が垂れ、口内にその風味と旨味が拡がった。

 旨い。稀血とはここまで甘露な物なのか。

 一度針を口から離し、私は軽く息を吐いた。

 

 まるで仕事の後の一服のように吸うソレは、実弥くんたちの血を抜いて凝縮したものだ。

 本来ならば鬼をおびき寄せるための餌にしていたのだが、今日はそんな面倒なするつもりもないので自分で楽しむことにした。

 

 なるほど確かに。これほど美味なら鬼たちがコレを求めるのも分かる。

 例えるなら果物酒。熟成させた甘さと気分良く酩酊させるこの感じはまさしく鬼の酒だ。

 本来ならばアルコールなど瞬く間に分解する鬼の肉体が、たった数滴でこのザマなのだから、直で口に含んだら私とて無事では済まないだろう。

 本当に……今まで耐えてよかった。

 

 しかしその我慢も終わりだ。

 今日から私は晴れて自由の身になったのだ。

 これからは自分の都合だけ考えて動き、好き勝手にやれる。

 

 

 さて、気分も入れ替えたしそろそろ移動するか。

 稀血入りの針を仕舞って次の獲物を探しに向かう。

 ここら辺の鬼は粗方狩り尽くしたからそろそろ狩場を移す必要が……。

 

「……なんだ、まだいるのか」

 

 300m程先から、鬼の気配がする。

 おそらく新しくこの地に来た鬼なのだろう。

 

 なかなか強そうな鬼だ。

 姿かたち、どんな血鬼術を使う鬼かは分からない。

 だが、匂いで分かる。

 大分離れているここからでも分かる、高密度な鬼の因子。

 その濃さだけでこの間倒した十二鬼月よりも強いのは一目瞭然だ。

 

 決めた、奴を最期にしてこの狩場を離れよう。

 私は新しいターゲットに指を向ける。

 距離は300m弱。通常ならば届かず、見えない。

 しかし私ならばその常識を覆すことが出来る。

 

 右上腕に鬼の因子が集中し、赤く染まる。

 右手に持つ銃の形を模る針塊が私の因子を吸収し、射撃の補助と針の生成を開始する。

 剣のように鋭い私の角が赤く染まり、感覚を鋭敏化させる。

 スナイパーのように照準を合わせ、ミリ単位のブレを修正。

 それらすべてを終了したと同時、私は銃モドキの引き金に指をかける。

 

「狙い撃つ!」

 

 銃口が火を噴いた。

 長距離射撃用に形も性質も改良した特別製の針弾。

 針の弾は一切逸れることなく目標へと向かう。

 そのまま外れることなく命中すると思ったのだが……。

 

 

 

 ジュウウ…

 

 

「何?」

 

 なんと、銃弾は当たる直前に消えてしまった。

 おそらく何かしらの血鬼術を使ったのであろう。

 どんな術かは分からないが、レンジ外からの攻撃を無効化するなんて便利な術だ。

 だが、次はそうはいかせん。

 

 銃もどきを放り捨て、新しいものを創る。

 この銃モドキ、一度使うと効力を失うため使い捨てにしなくてはならないという欠点がある。

 地面に落ちると一瞬にして割れるし、私以外は使えないので奪われるリスクはないのだが、いちいち新しく創るのはやはり不便だ。

 それに創る時間も数十秒ほど必要なので真正面からの戦闘には使えない。故にこうして狙撃などの奇襲が主な使い方なのだが……。

 

 

「あ~あ、逃げられちゃった」

 

 失敗すると、このように創る間に逃げられる危険性もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異臭がした。

 鼻を劈く様な、吐き気を催す臭気。

 タッパーに入れた豚肉を生温かい場所に三年保存して腐らせたかのような、そんな匂いだ。 

 

「……派手にやってくれたな」

 

 私は鼻を抑えて周りを……村の家々を見渡す。

 

 その村には誰もいなかった。

 外はもちろん、家らしき建物の中からも人の気配も声もしない。

 家の一部は何やら老朽化しており、酷い物では壁が若干溶けているのもある。

 もしここでこの村が廃村と言えば納得するであろう。

 しかし、実際は違う。

 

 あちらこちらに飛びついた血の跡。

 夥しい量の固まった血とあちらこちらに散らばる肉と骨の欠片。

 それがこの村で何かが起こったのを告げている。

 

 鬼だ。

 私が仕留めそこなった鬼がこの村を襲い村人を食らったのだ。

 

「……本当に臭いな」

 

 マジで臭い。

 藤襲山の臭い以上の臭さだ。

 村一つ滅んだというのに、この臭さのせいで憐憫や哀愁が全部吹き飛んでしまう。

 

 こんな悪い空気にあたりすぎたせいだろうか。

 空気を吸い込む度に、焼かれるような痛みが気管を襲う。

 心なしか、肌も何かかぶれているような気がした。

 

「………」

 

 私は匂いの元……壁に張り付いている『毒性の粘液』に針を投げた。

 針は粘液内に含まれる因子を吸収して針の根を生成、限界まで伸び切ると同時に爆発した。

 いくら私とてこんな臭い物質から取り出した因子を食らおうとは思わない。故に爆破処分だ。

 まあ、その気になれば鬼の毒だろうが解毒可能だが。

 

 早く出よう。

 敵の情報は粗方掴んだ。もうここに用はない。

 第一、病に縁のない鬼でもこんな場所にいたら病気になりそうだ。

 というわけで私は後処理を開始した。

 

 この村ごと燃やして処分する。

 粘液の観察と実験も粗方終わったし、もうこの臭い粘液には用はない。

 むしろこのまま放置する方が害悪だ。

 

 一軒一軒に熱を発生させる針を刺す。

 幸いどの家も木造だからすぐに火が付き、風も強くないので少しすれば燃えてくれた。

 このまま放置してもば村に溜まっている瘴気を一つ残らず償却してくれるだろう。

 

 

 

 

「……随分と派手な焚火してるじゃねえか」

「!!!?」

 

 

 突如、背後から感じた気配。

 私は突然のことで動揺し、反射的に声の主から距離を取る。

 

「ハハハハ! やっぱ鬼でも後ろから声かけられたら驚くのか!」

「何の用だ……鬼狩り」

 

 

 

 

 

「取引だ。俺らが派手に協力する代わりに鬼を殺せ」

 

 

 

 




前々から言ってますが、葉蔵は決して人間の味方ではありません。
もし仮に彼が本当に人間を守ろうと思うのなら、たとえ村が異臭に包まれようとも、村の惨状を見て鬼への怒りを覚えるはずです。
しかし彼は冷静に相手の血鬼術の痕跡を調べ、次会えばどうやって倒すかを考えました。
決して鬼を倒すことで人々を助けようなんて気は毛頭ありません。

自分を鬼であると肯定し、自分のために鬼の力を使い、自分のために他者を食らう。
それがねずこと彼との差です。

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