鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「……地味にやりやがったな!」
眼前に転がる死体。
どれも酸などで溶かされたかのように溶解しており、凄まじい異臭を放っている。
「天元様、鬼は……! ……う!?」
「な、なんて惨い……!」
「クソ! 鬼め!」
鬼が去るのとほぼ同時、隠たちがやってきてその惨状を目のあたりにする。
死体……かつての仲間たちの死を悼む。
仲間達を埋葬するため、異臭に耐えながら死骸へ近づく。
「触るなッ!」
死体に触れようとした途端、天元が隠たちの手を止めた。
「何するんですか天元さん! そんなに汚れた死体に障るのが嫌ですか!?」
「そうです! いくら臭いからってこのまんまなんてヒドイです!」
「違う、地味に勘違いしてんじゃねえ!」
天元はそう言って死体……の、近くにあった粘液に石を投げる。
当たった石はまるで氷のように溶けてしまった。
「こ…これは!?」
「毒だ。おそらく鬼のな」
そう、天元は何も死体が汚れているから止めたわけではない。
死体とその周囲に散らばる粘液。
それらが毒であり、触れることで効果を発揮すると見抜いたからだ。
「こりゃ派手にやべえな……」
鼻を手で押さえながら頭を悩ませる天元。
ピリつく臭いと僅かな喉の痛み。
おそらくこれは触れるだけでなく、吸うだけでも効果があると天元は推測した。
彼の推測は当たっている。
鬼の血鬼術―――蛇渇の毒粘液は気化した状態でも効果を発揮する
呼吸によって身体強化する鬼殺隊にとっては天敵のような毒である。
「そ、そんな血鬼術にどうすりゃいいんです!?」
「騒ぐな。今考えているところだ」
慌てる隠を宥めて作戦を考える天元。
鬼の血鬼術は毒の粘液。
石を溶かしたのを見るに、日輪刀で受けても溶かす可能性がある。……刀しか武器のない鬼殺隊にとっては最悪の敵だ。
おそらく気化した毒でも可能であるため、その鬼と粘液の周囲の空気を吸わないようにしなくてはならない。……呼吸を力の源にする鬼殺隊にとって最悪の相手だ
もしかしたら全方向に粘液を展開して防御することも出来るかもしれない。……接近戦しか出来ない鬼殺隊にとって最悪の相手だ。
逆を言えば、日輪刀で戦わず、呼吸法を必要とせず、遠距離戦も出来る。
そんな便利な相手がいれば……。
「大変です天元さん! 鬼が人質を取りました!」
「~~~~!次から次へと!」
隠の話をまとめると以下のとおりである。
鬼は血鬼術による毒で隊員たちを返り討ちにした。その毒は溶かす毒とはまた別で、遅効性で死ぬのに猶予がある。効果が現れる前に鬼の血清を接種すれば助かる。だからこちらの要求を飲め。
要約する上記のような感じだ。
「(厄介なことになったぜ、まさか鬼が人質を取るなんてな!)」
どうやってこの状況を打破するか、天元は頭を掻きむしりながら悩む。
これで条件が増えた。
日輪刀で戦わず、呼吸法を必要とせず、遠距離戦も出来て、更に解毒も出来るような人材が必要になった。
「(胡蝶に解毒剤を頼むか……いや、おそらくそこまで猶予はないはずだ。じゃなきゃ人質にならねえ!)」
天元は『どうすりゃいいんだ!?』と、派手に悪態をついた。
彼らしくない言動。
それほど今の天元は追い込まれていた。
このままでは人質を見捨てたうえで、何人かに死ねと命令せざるを得なくなってしまう。
ソレは、命の派手にハッキリと命の順序を決めている天元にとって、許されない行為であった。
もう今の自分はあの頃とは違う。
上の命令に従い、部下を生命の消耗品として扱うような奴らとは違うのだ。
何が何でも部下を守ってみせる。誰も死なせない。
この誓いはたとえ死んでも曲げることは絶対にないッ!!
「(この状況を打破できるような手はねえのか? いや…ありえねえ! この俺でさえ一つでも出来ねえのに、全部を一気に出来るような奴なんて……)」
そこまで考えて天元はある人物を思い出した。
ここ最近で最も再会したくない人物であると同時に、この最悪な状況を最も高い確率でひっくり返せそうな、そんな物語の主人公みたいな鬼を……。
そこまで考えた瞬間、天元は突如何かが来るのを察知した。
【血鬼術 着執粘液】
【肆ノ型 響斬無間】
日輪刀を引き抜き、音の呼吸を用いて迎撃。
続けざまに爆発で加速し、鬼へと接近した。
【壱の型 轟】
天元の日輪刀が鬼目掛けて振るわれる。
仕込まれた火薬による爆発と、大柄である天元の体重と筋力が乗った刀。
岩をも砕くソレは鬼を真っ二つにするかと思われたが……。
【血鬼術 執固凝液】
鬼の発動した血鬼術によって防がれてしまった。
天元は動揺することなく攻撃を続行しようと、一旦後ろに下がる。
血鬼術によって技が防がれるなんて、今まで何度もあった。今更慌てることなんてない。
再び技を出そうと構えたその瞬間……。
「なッ!?」
足に何かがへばりついた。
それは粘液だった。しかし周囲に散らばる粘液とは違い、無味無臭の分かりづらい粘液。
べっとりと足に張り付いて天元を無理やり地面に縫い合わせている。
「(迂闊……!?)」
後悔する間もなく繰り出される鬼の反撃。ソレに対処しようと日輪刀を掲げた瞬間……。
「うぐッ!?」
何者かが……いや、何かが鬼を突き飛ばしたッ!
「遠距離からの血鬼術だと!? ………クソッ!」
鬼はその場から離脱。天元を残して山の中へと消えた。
「………やっぱ、アイツの力を借りなきゃいけねえのか?」
苦虫を潰したような顔をしながら、天元は草履を脱いで粘液の拘束から脱した。
「……なるほど、そういう経緯で私をこの作戦に引き込んだということか」
鬼殺隊―――宇随天元から粗方の事情を聞きながら、私はとある場所に向かっていた。
宇随から聞かされた作戦は以下の通り。
封鎖された地点に鬼をおびき寄せ、そこで私が鬼を撃退する。
「しかしその作戦、要は私をその鬼にぶつけて自分たちは安全圏に避難しようというものじゃないか」
「怒ったか?」
笑いながら宇随が聞いてきた。
「まさか」
私は笑って返した。
「大事な自分の命を優先するため他者を利用するなんて当たり前だ。むしろ、簡単に自分の身を危険に晒す貴様らがおかしい」
「……別に簡単じゃねえけどな」
宇随は特に否定することなく、話を逸らすことにした。
「それで、例の鬼についてお前はどこまで知ってる?」
「毒性のある粘液を出す血鬼術を使う。また粘液は気化しても毒性は存在。むしろ気管をズタズタにされる危険性がある」
「大体俺らの情報と同じだな。他には何かあるか? 例えば、血清があるとか」
「血清?」
私は足を止めて詳しく事情を聴いた。
「我々は鬼の話が嘘だと考えております。故に無視して突撃すべきかと」
「やめておいた方がいい」
私は宇随の後ろにいる女性の話に待ったをかける。
「奴は溶解粘液と神経毒の粘液、二つの毒を使う」
「神経毒?それは初耳だな」
「それもそうだろう。毒素が蔓延する中で手に入れた情報だからな」
あのクソ臭い空気の中、私は必死こいて現場調査をした。
回収した毒の大半は塩酸のように物体をゆっくり溶かすクソ臭い粘液。
しかし、その中にひっそりと、付着している物質を全く溶かさず、臭わない粘液があった。
気になった私はソレを回収し、鼠を捕まえて実験。
結果、その毒が神経毒だと判明した。
「神経毒の粘液は無味無臭。肌に付着するだけで毒の効果を発揮、対象の呼吸を阻害する」
「……お前、いつの間にそんなの調べたんだ?」
「機会があったからね」
敵を調べるのは当然のこと。
一度逃がした相手、しかも偶然ではなく実力で逃げられたのだ。猶更調べる気になる。
「じゃあお前なら毒も分解出来るのか!?」
「そうだね、サンプルさえ入手すれば解毒剤を作れるが……」
私は後ろを振り返る。
「その前に、彼女たちは私がこの作戦に参加することに納得しているのかい?」
「「「………」」」
彼女達―――天元の嫁たちは何も言わずに私を睨むかのような目でこちらに視線を向けた。
「もしそうなら、何故彼女たちはこんなに殺気立っている? 実の所、誰一人私のことを聞かされてないんじゃないのか?」
その女に私は質問を投げかける。
「なあ、そうじゃないか、確か……雛菊だったかな?」
「雛鶴です。……鬼の貴方に言われることではないですが、確かにそうです」
彼女は頷いた。
「正直な話、私達は貴方がこの作戦に参加するのが不安です。いくら貴方が鬼殺隊や一般人を何度も助けたとはいえ、鬼に変わりありませんから」
「今は気まぐれで襲わないだけで、状況が悪くなったり飢餓になると人を襲う可能性だってあるしな」
「現に私たちは一昨日貴方に騙されたし、たくさんの隊員が貴方の攻撃で倒れましたし……」
散々な言い様である。
今まで面倒だとは思いながらも人助けをしてきたというのに、私ちょっとショックである。
あと最後、アレは貴様らが私の邪魔をしたからだ。よりにもよってあのタイミングで来やがって。おかげではしたない様を見せてしまったではないか。
しかし、彼女達の言い分は理解出来る。
「君たちの懸念はある意味正しい。何せ私は自分のために鬼を食らい、自分が後味悪い思いをしないために人を助けているのだからな。誰かのために生きる気など毛頭ない」
「「「……」」」
こらこら、そんな目で私を見るな。
仕方ないじゃないか、実際にそう思って行動しているのだから。
私は自分の行動も意思も曲げるつもりはない。
もし人間が私の道を阻むならば力ずくでも阻止するし、場合によっては命を奪うこともあり得る。
これからも私は自分のために……。
「別にいいんじゃねえの?」
突然、宇随が私たちの会話に入った。
「普通はそんなもんだ。こんな力を手に入れたら、試したいって思うだろうし、自分のために使いたいって思うだろ。むしろ、その力を悪用しないだけでも出来ている奴だと俺は思うけどな」
「て、天元様。それはいくらなんでも褒めすぎなんじゃ……」
「そうか? まきを、前に俺らを雇った金持ちや華族連中と比べてみろよ。成り行きでも人を助ける鬼と、権力 金 女に溺れてカタギを虐げる人間、どっちがマシだ?」
「そ、それはそうですけど……」
まきをと呼ばれた女性はバツが悪そうにこちらを向いた。
「……すい、すいません。貴方は他の隊士や鬼に襲われた人たちを助けてくれたのに」
「いや、いい。序でに助けただけだ。本来私には人間の命なんてどうでもいい」
「ひ、捻くれてるね……」
大きなお世話だ。
実際に私は人助けのためではなく、鬼を食らうために動いたのだ。人助けはオマケどころか、勝手に助かっただけである。
「(しかし意外だな、まさか宇随が私を庇うとは)」
本当に予想外だ。敵である鬼殺隊がこの私を助けようとするとは。
まあ、別に嬉しくも何ともないが。この者たちにどう思われようとも私には何の影響もないし。
「ま、俺もコイツが鬼である時点で信用してねえけどな!」
「なんだそれは。お前はどこに話を持っていきたいんだ」
私は話を中断して
「それよりも鬼の現在地だ。おい宇随、その鬼は一体どこの村から来た?」
「ああ、大体この辺から上って来たらしいぜ。ここら辺は既にやられていた」
「随分遠くから来たな。大体何時頃だ?」
「正式な日にちは分からねえが、大体三日前にやられたって考えるのが妥当だな」
「かなり早いペースだな」
やられた村の地区あたりに小石を置くことで印を付け、次の襲撃地点を予測する。
鬼のペース、移動方向、そして行動パターンから考えるに……いや、待てよ。
「……なあ宇随、その鬼ってもしかして貧しかったり小規模な村ばかり狙ってないか?」
「お、良く気づいたな。だからその辺にあたりをつけて……おいどこ行く気だ!?」
私は宇随の制止を振り切って走り出した。
まずい。非常にまずい!
このままだと奴のターゲットは……!
「実弥くん」
何故こうも彼を鬼がらみの事件に巻き込むのだろうか。
もしこの世に神がいるのならば、ソイツは鰐みたいに冷酷な奴なのだろう。
基本、鬼殺隊は葉蔵君に厳しめです。
というか、鬼である時点で彼らにとっての敵です。
人を一度も襲ってないどころか、人間の味方であり、人間に戻りたいと願う禰 豆子でさえあんな扱いなのです。
他のssでも人間の味方をしている鬼に対する態度は厳しいものが多い。
なので、鬼であることを肯定し、自分の欲求のために戦う葉蔵君が歓迎されるわけがありません。