鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「あぐぅぅぅぅ!! 痛ええぇぇぇ!」
「急いで鎮痛剤を投与して! 早く!!」
「草が、草が俺の足をォォォォォ!!!!」
「もう大丈夫です! ここに鬼はいません!!」
鬼殺隊士の治療所、花屋敷。
負傷した数多くの鬼殺隊士達が集められ、処置を受けていた。
彼らは儒黙によって返り討ちに合った鬼狩り達である。
隊列を組んで儒黙が拠点とする山に向かったが、大半の隊士は殉職。残った隊士たちもこうして集中治療を受けることになってしまった。
室内のパイプベッドは既に満員。
全員重傷を負っており、中には腕を失ったり足を食いちぎられた者もいる。
地獄絵図と言ってもよい有様だ。
「ひどい……、こんな大勢の隊士たちが鬼に……」
救護班の一人―――胡蝶しのぶは手を動かしながら嘆く。
人手が足りない。
屋敷中の従業員たちを総動員し、怪我が比較的軽い隊士たちも手伝ってくれている。
それでも手が回らない。
通常ならこんなことはない。
いくら怪我人が多くても、なんとかやっていけるほどの人手を確保しているはずだ。
では、なぜ足りないのか。そこには特別な理由があった。
「ダメ姉さん! どれだけやっても解毒出来ない!」
毒である。
彼らは鬼の毒を受けており、解毒のせいで人手を大幅に割かれてしまった。
鬼の毒は特殊だ。
血鬼術から生み出された毒は、科学のルールや物理法則を無視して作用することがある。
そのせいで通常の解毒手段が通じないことが多々あるのだ。
特に毒の回りがひどいのは水柱。
カナエ達を加勢する怪我が比較的軽い隊士達―――錆兎達の部隊を庇った結果である。
「……クソ! 俺があの時鬼の正体に気づいていればッ!!」
壁を殴って怒りを表す錆兎。
錆兎と義勇その他諸々のメンバーで山へ儒黙を討伐しに向かったが結果は返り討ち。部隊は散り散りになり、柱が直々に向かって救助することになった。
そして、水柱は救助する際に隊士を庇って毒を浴びることになってしまった。
「あの時俺はそこにいたはずなんだ! なのに…なのに俺は……!!」
錆兎はその現場を見ていた。
見ていながら止められなかった。
戦うための力がありながら何も出来ず、その場に突っ立ていた。
男にあるまじき失態。
あの時、何が何でも動き、柱と共に助けるべきだった!
足に傷を負っていたとか、刀が折れていたとか、そんな言い訳は通じない。
漢ならば成せるはずだ。真の漢ならばそんなことで折れたりなどしない。
なのに俺は……!!
後悔するも彼に出来ることはない。
薬学の知識もなければ基本的な応急処置しかできない彼では、少し治療を手伝う程度しか出来ない。
「……錆兎、俺らも休憩しようか?」
「義勇か。俺にはそんな権利はない」
「……そういわずにさ」
義勇もまた錆兎と同じ思いだった。
彼も自身の無力さを痛感しており、そのことを悔やんでいた。
もっと鍛錬を積んでおけば、もっと準備を整えておけば、もっと思慮深く行動しておけば。
そうすればあんな罠なんて看破し、誰も犠牲にすることはなかったはずだ。
自分たちを助けてくれたあの鬼みたいに……。
「大変、大変よ冨岡君! 鱗滝くん!」
突如、解毒に専念していたはずのカナエが慌てた様子で部屋に乱入してきた。
「どうした、騒がしいぞ胡蝶姉」
「大変、大変なのよ!」
「だから何が大変なんだ?」
「葉蔵さんが抗毒素製剤を持ってきたのよ!」
「「…………は?」」
「本当によかったわ、葉蔵さんが来てくれて」
とある屋敷で、私は台所に立って料理をしていた。
メニューは豚汁と猪肉のステーキだ。
今日は色々あって疲れた。
アトラクションで思いっきり遊び、炎柱と商談して、抗毒素を生成して。
無限に近い体力を持つ鬼でも気疲れしてしまう。
だから今日はがっつり食べよう。
「それにしても何で抗毒素製剤を持っていたの?」
「ついさっきまで毒を持つ鬼と戦っていてね、鬼殺隊と戦った形跡があったからもしかしたらと思って用意したんだ」
カナエ君に対して私はそう答える。
本当は違うけど。
「そうなのですか! 本当にすごいですね葉蔵さんは! このお礼は必ずします!」
「いいよ別に。一泊させてくれるだけで十分だ」
竈(かまど)に火をつける。
通常なら火打石とか使うが、私はそんな原始的なやり方ではない。
血鬼術で火をおこす。
薪の中に針を放り込み、振動させることで発熱させて発火する。
角から出る電波的な血鬼術で針の振動を調整し、火力の制御も可能。火というよりIHに近い感覚だ。
私はこの方法で料理をしている。無論、不死川さんの家にいた頃も。
「鬼である私は日を遮る宿を提供してもらうだけで大助かりだ」
「けどそれだけでは私の気が済みません! 何かないです?」
肉に塩コショウを振って軽く下味をつける。
「特にないね。あの解毒剤も出来るからした程度だ。私には何の痛手も損失もない」
「け、けどそれでも釣り合ってるとは言えません!」
「それはどうかな?」
加熱したバカでかい日輪刀に猪の背油を乗せる。
「君にとって私に宿を提供するのは大した労力ではないかもしれないが、日を浴びれない私にとっては大きな利益だ。
対し、鬼である私にとって解毒剤を提供するのは大した労力ではないが、血鬼術に対抗できない君にとっては大きな利益だ。
こう考えると労力的に釣り合ってるだろ?」
脂が溶けて来た所で猪肉の塊を日輪刀の上に乗せて焼く。
じゅーじゅー。
肉の焼ける音と匂いが食欲を刺激する。
「そ、そういうものですか?」
「そういうものだ。価値基準は当人の能力や環境の相違で大きく変わる。鬼と人なら猶更だ」
肉を見つめ、ひっくり返すタイミングを覗う。
「……やっぱり鬼と人が仲良くなるのは難しいのかしら?」
「当然だ。鬼にとって人間は捕食対象。猪と狼が同居するようなものだ」
それから少しの間カナエ君と鬼についての話をした。
カナエ君曰く、鬼とは哀れな存在らしい。
腹を痛めて生んだ子供であろうとも、どれだけ深く愛していても、人肉への飢餓には勝てない。
どうしようもない本能を抑えるのはどれだけ苦しいことか。
そんな苦しみの連鎖を断ち切るために彼女は鬼狩りとなった。
「(……確かにそういった者たちは哀れだね)」
鬼が哀れであることは同意する。
彼らの中には望まず鬼と化し、人間だった頃の記憶を失うことで『人としての自分』を奪われ、鬼としての本能を押し付けられることで『別の存在』へと書き換えられた者もいる。
そういった鬼は私も哀れに思う。
記憶を消された上で別の何かで精神を上書きされるなんて、まるで洗脳ではないか。
そういった彼らは被害者である。故に私も責めるつもりはない。
しかし、大半の鬼たちはそんなキレイな奴ではない。
私の会った鬼の傾向が偏っているのだろうか、それとも私自身がそういった鬼を引き寄せる体質なのだろうか。
鬼の大半は元から碌でもない人間であり、鬼の力を悪用して人間の頃よりも派手に悪事を働いているクズだ。
そういった輩には私も容赦しない。遠慮なく楽しませてもらう。
「(……いや、むしろそれが普通じゃないのか?)」
鬼の力は劇薬だ。
人知を超越した力を手に入れた人間は、己を律する法や倫理から解放され自由になる権利もセットで手に入れる。
その瞬間は、当人が内に秘めた欲望を解き放つ瞬間でもある。
叶えるための力がないから、リスクが高いから出来ないと、醜い欲望を諦めて普通の暮らしをしている人間がどれだけいる。
そんな人間が、社会や集団に縛られてるだけの人間が鬼の力に目覚めたならどうなるか。
「(……お、考えている間に肉が焼けてきたな)」
ひっくり返してじっくり焼く。
牛ならミディアムでもいいが今回は猪だ。ちゃんと中まで火を通さなくては。
「……葉蔵さん、随分美味しそうなものを作ってますわね」
「ん?」
ふと、カナエ君が私のトンテキならぬイノテキをジ~と見つめてきた。
「美味しそうですね、そのお肉」
「………そうか」
私は無視して料理を続ける。
この肉は決してやらんぞ!
「絶妙な焼き加減ですね。血鬼術のおかげですか?」
「お料理上手ですね。このお肉もすごいいい匂いがするわ」
「針を飛ばせるだけじゃなくて熱を出す血鬼術も使えるんですね。いい感じにお肉が焼けてるわ」
集中出来ない!
何? そんなに私のお肉食べたいの? 別の作るからそこで待ってなさい!
「お、すげーいい匂い。肉焼いてるのか?」
「あ、葉蔵さんが料理してる。俺らにも作ってー」
……面倒くさッ!
「……結局全員分作らされた」
早朝、私は屋敷の離れで寝転がっていた。
あの後、私は冨岡君たちの分まで作らされた。
別にそこはいい。
数人増えた程度では負担にならないからね。
ただ全員分となると話は別だ。
文字通り全員分だ。
この屋敷内の従業員、怪我している隊士全員分を作らされた。
流石にその人数分のステーキは作れないのでメニューを豚汁に変更。
味噌と野菜はこの屋敷の物を使ってみんなに分けた。
「……疲れた」
いや、本当に疲れた。
肉体的な疲労を感じない鬼の肉体がクタクタだ。
まったく、何でこの私がこんな重労働をしなくてはいけないのか。
「それじゃあ私は寝る。だからしばらく起こさないでくれ」
「はい、おやすみなさい」
布団を引いて横になる。
久々の人間らしい寝床だ。不死川さん家の布団は藁だったからな……。
「……ん?」
ふと、人の気配がした。
離れの廊下の入り口辺りで何やら言い争っている。
数は二人……いや、三人か。
カナエ君と十代ほどの女の子が何やら揉めて、あと一人が二人の間をすり抜けてこちらに向かっている。
「(狙いは私か?)」
離れには私のいる部屋以外何もない。だから、離れに向かう=この部屋に用があるということになる。
この部屋は女子部屋だと言いふらすようカナエ君達に言っておいた。だから用もなく近づかないはず。
十中八九私に用があると見て間違いないだろう。……いや、もしかしたら聞いてない可能性もあるな。
「……誰だい?」
敢えて私から声をかける。
ただの空き部屋だと思ってるなら『誰かいるのか?』と反応するだろうし、聞いてるなら『何で女子部屋から男の声が?』と疑問に思うだろう。
そして、特に驚くことがなければ私に用がある可能性大だ。
「……入っていいか」
「どうぞ」
声の主は特に慌てることなく襖の戸を開ける。
「ああ、君は……」
声の主は私の知り合いだった。
「お久しぶりです、針鬼」
「うん、久しぶりだね。伊黒くん」
いきなり場面が飛んで混乱している方もいらっしゃるかと思いますが、理由はちゃんとあります。
ですのでどうかもう暫くお待ちください。
その時に葉蔵の本性が出ます