鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第47話

 その日、俺は神に出会った。

 

 

 

 

 強く、美しく、残酷な荒神。

 

 彼が現れた途端、悪鬼たちは恐れ慄き、恐怖の悲鳴をあげる。

 

 

 人間では到底敵わない、強大な力を持つ化け物共。

 

 俺たちがどれだけ集まっても、俺たちがどれだけ全力を尽くしても、俺たちがどれだけ努力を積み重ねて手に入れた技術でも。

 鬼共に俺たちの刃が届くことはなく、ただただ狩られるだけだった。

 

 

 

 たくさん努力した。

 

 文字通り血反吐を吐く程、刀を持つ手から血がにじみ出る程の鍛錬を積み重ねてきた。

 

 すべては醜い鬼共を殺し、美しい者となるために!

 

 けど、全然駄目だった。

 

 まるで雑草でも刈り取るかのように、奴らは俺たちの命を奪い取る。

 

 あの時、俺は絶望した。今までの努力は一体何だったんだと。

 

 努力しようが、技術を身に着けようが、知恵を絞ろうが。

 

 どんな手を使っても鬼には勝てない。

 

 もう駄目だ。おしまいだ。

 

 やはり醜い俺は美しい存在にはなれないんだ。

 

 諦めて刀を下ろそうとした瞬間……。

 

 

 

 

『針鬼だ!針鬼が来たぞォォォォ!!』

 

 

 

 

 神―――荒神が現れた。

 

 赤い角が生えた、美しい容姿の鬼。

 

 血に飢えた他の鬼とは違い、その鬼は冷静かつ優雅だった。

 

 俺たちの身を案じる余裕と気品。

 

 その鬼は赤い何かを投げつけ、次々と醜い鬼共を退治していく。

 

 食い終わった団子の串でも捨てるかのように針を投げる。

 

 俺たちでは到底勝てないような悪鬼共を、その鬼は……荒神はたったそれだけで駆除した。

 

 

『ガハ…!』

 

 荒神より二倍も巨大な鬼が拳をふり下ろそうとする。

 荒神はそれが振り下ろされる前に、小さく見える拳を腹に突き刺して鬼を殺した。

 

『ゴフュ!?』

 

 拳が異様に巨大化した鬼が殴りかかる。

 荒神は鬼の腕を受けで止め、その鬼の首目がけて針を突き刺した。

 

『ゲボッ!?』

 

 足が異様に長い鬼が後ろから飛び掛かる。

 荒神はまるで後ろに目が付いているかのように、攻撃の時期を見極めて後ろ蹴りを鬼に当てた。

 その蹴り一つで鬼は息絶えた。

 

 それからも荒神は鬼を退治し続けた。

 向かてくる鬼を殺し、逃げる鬼を殺し、中には恐怖で自滅した鬼もいた。

 

 

 

『ふ…ふふふ! フハハハハハ!!』

 

 

 高らかに笑う荒神。

 

 気品と狂気が両立しているような笑声。

 

 俺にはソレが祝詞にも呪詛にも聞こえた。

 

 

 

『………』

 

 その鬼―――荒神が戦う瞬間を俺はずっと見ていた。

 

 動けなかった。

 

 勝てないと理解したから? 逃げられないと理解したから そもそも生きることを諦めた?

 

 

 ―――どれもこれも違う。

 

 

 

 

 

 俺は荒神に見惚れてしまった。

 

 

 

 

 圧倒的な強さ。

 

 人知を超えた神秘の力。

 

 芸術のような、過剰なほど整った美貌。

 

 同族であるはずの鬼を殺し食らう残酷性。

 

 

 ―――どれもこれもが綺麗だ。

 

 

 羨ましい。

 弱く、醜く、屑な俺とは違う。

 

 知りたい。

 どうやったらあんな風になれるのか。

 

 なりたい。

 俺もあの荒神のように美しくなりたい。

 

 

 

 

 

 

「……針鬼」

 

 俺は荒神が残した針を袋に納めながら、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花屋敷の離れ。

 隔離されているかのようにひっそりと建てられている小屋の一室に、二人の少年がいた。

 一人は鬼殺隊の少年、伊黒小芭内。

 もう一人は針鬼こと葉蔵である。

 

 鬼殺隊と鬼。

 弱者と強者。

 狩るものと狩られるもの。

 憎むものと憎まれるもの。

 

 本来ならばありえない組み合わせ。

 敵対以外の関係性がないはずの両者が、食う殺す以外の関係で成立しないはずの両者が。

 しかし、ここに例外がいた。

 

「それで、私に話って何だい?」

「………はい、針鬼」

 

 大庭葉蔵。

 針鬼と呼ばれる鬼喰いの鬼は、特定の鬼殺隊員―――藤襲山で救われた隊員達からは鬼でありながら例外的に信頼されている。

 鬼殺隊最高戦力である柱と同等か、それ以上の憧憬を彼らは抱いている。

 それは、伊黒小芭内も同じだった。

 

「俺のこと、覚えてくれてたんですね」

 

 かれこれ数十分、長い沈黙がやっと破られた。

 

「もちろん。一度だけとはいえ仮にも命を預かった身だ。あの時私と一緒に鬼を狩った戦友の名前はちゃんと覚えているよ」

「そ、そうだったんですか!」

 

 嬉しそうに身を乗り出す伊黒。

 一見すると葉蔵が彼らの命を重く捉えているようだが、別にそんなことはない。

 葉蔵の家は軍系の華族であり、英才教育を受けた彼は兵士の扱い方も教わっている。故に癖として彼らの名前を覚えただけである。別に守ってやろうとかそんなのはない。

 

 

「……針鬼にとって、人間とはなんですか?」

「(……これは、質問そのものを答えたらいい問題ではなさそうだ)」

 

 穏やかそうな笑みを浮かべながら、冷静に思案する。

 

 葉蔵自身には伊黒の相談を真面目にするつもりはない。

 ただ面白そうだから。その程度である。

 

「その質問に答える前に、君がそう思うようになった経緯を話してくれないか?」

「………はい」

 

 ゆっくりと伊黒は経緯を話した。

 

 要約すると、伊黒は自身の掲げる鬼殺について疑問を抱くようになった。

 任務の際に鬼よりも残酷な殺し方をする鬼殺隊員、鬼よりも卑劣な人間の所業。

 それらを見て彼は自分が本当に正しい側の人間なのか疑問に思うようになってしまった。

 

 おそらく、原作の彼ならそんなことは露ほども思わないであろう。

 仮に仲間の鬼殺隊が鬼を辱めるような殺し方をしても、汚い鬼なのだからやられて当然だと思うであろう。

 仮に卑劣な人間を見ても、顔を顰めて通り過ぎるだけで、人間を汚いものだとは思わないであろう。

 

 だが、彼は邂逅してしまった。

 汚いと見なしたはずの、彼にとって悪の象徴であるはずの鬼を美しいと思ってしまった。

 この切っ掛けは、途轍もなく大きい。

 

「だから……俺は思うんです。本当に俺たちはキレイな側なのかと。本当に……人間はきれいなものかと」

「………」

 

 少しの沈黙。

 目を瞑って微動だにしない葉蔵。

 話題のせいか、それとも葉蔵の態度のせいうか、或いは両方か。

 重々しい空気が部屋を充満した。

 

「……まず君の答えに答えよう」

 

 長い沈黙

 換算すれば一分ほどであるが、伊黒にとってその時間は何時間にも錯覚するほど長く感じた。

 

「君が見たものは正しい。確かに同じ人間でありながら、鬼さえも唾棄するような鬼畜の所業を行う者はいる」

「………はい」

「おそらく鬼以上に人間を殺し、嬲り、苦しめるのは同種である人間だ」

「………」

「まあ、人間の敵はいつの時代も人間ということだ」

 

 人を食う鬼は悪か? 否。それならば獣を食らう人とて悪だ。

 人を貶める鬼は悪か? 否。人が人を貶めることとて星の数ほどあるだろう。

 分かり易い直接的な暴力を見せる鬼を極悪非道と言うが、人間だってそういった側面を持つのだ。

 むしろ、そういった側面を前面に出した存在を鬼と呼んでいるのかもしれない。

 

「所詮は敵対関係と捕食関係にある連鎖が並んでいるにすぎない。……ま、人間のように多面的で多様性のある生物を一括りに纏めようとすること自体がおかしいけど」

「………」

 

 納得のいかなそうな、歯に何かが挟まったかのような顔をする伊黒。ソレを見て葉蔵はクスリと笑った。

 

「まあ、こんな薬にも毒にもならない一般論を言われてもしっくり来ないだろうね。おそらく、君の悩みはそんな軽いものではないはずだ」

「………はい、実は俺は…「いや、話さなくてもいいよ」…はい?」

 

 手を挙げて伊黒の発言を遮る葉蔵。

 

「わざわざ辛い過去を他人に明かす苦行をする必要はない。そんなことしなくても君の悩みの解決策は出ている」

「ほ…本当ですか!?」

 

 身を乗り出して聞く井黒に対し、葉蔵は落ち着いた様子で話を続ける。

 

「ああ、君が悩んでいるのはおそらく、君の中の価値観が大きく変わっている証拠だ」

「価値観……ですか?」

 

 重々しく聞く伊黒に対し、葉蔵は笑顔で答える。

 

「そうだ、君は外に出て様々な知識を吸収し、様々な体験を通すことで変わろうとしている」

「……変わる?」

「そうだ。かくいう私もそうなんだ。この力を手に入れてから、私は外の世界に出た。そこで様々なことに触れ……『変化』してきた」

「………!!!」

 

 変わる、変化する。

 その言葉を聞いた途端、伊黒は心臓の高まりを感じた。

 

 己の血を汚れていると蔑み、自分自身を屑だと言い張る伊黒。

 彼は願っていた、汚れた己が『いいもの』へと変わることを。

 表では否定しても、心の奥底では変わることを望んでいた。

 

 もしかして自分も変れるのではないか。

 汚い自分が、この鬼のように綺麗なものに……!

 

 

 

 

「私は変わった。鬼の力を手に入れることで『生まれ変わった』。君もまた、全集中の呼吸と日輪刀という力を手に入れたことで変わるための手段を手に入れたんじゃないのか?」

 

 ドクンッ。

 

 心臓が痛い。

 脈打っているのが伊黒自身にも分かる。

 

 

 

「私もかつては縛られていた。振り向けば家族や親族たちがしがみついていた。まるで私を何処にも行かせないように。『役目を押し付ける』かのようにいた」

 

「しかし私は力を手に入れることで己を縛る鎖から解放されたんだ。この力で私を束縛する鎖を引きちぎったんだ。だから力を持つ君も私と同じことが出来るはずだ」

 

 

 

「君が望めば変われるはずだ。なにせ君は既に変化するための力を手に入れている。その力を伸ばせば、その過程でほしいものが見つかるはずだ」

 

 

 

 

 ドクン!!

 

 鼓動は更に強まり、ただでさえ痛い彼の胸を更に強く締める。

 

 高揚。

 今まで感じたこのない胸の高まりだった。

 

 

 

 

「今はただやりたいことをひたすら行え。その先に君を縛る何かを断ち切る方法があるはずだ」

 

 

 安堵感。

 まるで音楽でも聴いてるかのように心地よい声が、伊黒をこれ以上ないほど安心させる。

 その声は水のように伊黒の脳へ染み渡り……。

 

 

「そのためには力が必要だ。君がもし私を素晴らしいものだと思っているなら、それは私が強く自由な存在だからだ」

 

 

 恍惚感。

 心地よい声に、伊黒の意識が(もや)が生じ始める。

 昨夜の疲れか、葉蔵の声による安堵感からか、或いは両方か。

 葉蔵の声は伊黒を夢心地へと誘う。

 浸み込んだ言葉は全身を駆け巡り、奥底へと潜っていく……。

 

 

 

「外の世界は広い。己を縛る鎖を切るための術や情報が、束縛を弱めてくれる体験がいくらでもある。それらを吸収するんだ」

 

 

 陶酔感。

 夢でもみているかのような酩酊感。

 祝詞にも、呪詛にも聞こえる声で。

 潜った葉蔵の声が、湖の水面を揺らめく波のように伊黒の全身から心へと流れる。

 

 

 

 

「力を手に入れろ。その先に自由はあるはずだ」

 

 

 

 

 

 目が覚めると、伊黒は用意された病室に戻っていた。

 帰った記憶はない。気が付いたらここにいた。

 しかし不安は存在しない。

 

 

 

『君は変われる。生まれ変われるんだ』

 

 

 

 

 

「………」

 

 葉蔵の言葉を思い出しながら、伊黒は後ろを見る。

 伊黒の体にしがみ付く腐った手と五十人の恨めしい眼。

 もう何度も見慣れている幻覚だ。

 すでに死んでいる筈なのに、未だに伊黒の心と体を掴んで離さない過去の亡霊(トラウマ)

 何度も夢の中に出てきては苦しめられ、起きていても白昼夢として現れる。

 『いいもの』である間だけどこかへ行ってくれる。だから鬼狩りになっていいものへとなろうとしたのだが……。

 

「ふん」

 

 軽く腕を振るうと、それらの影が消えた。

 

 いつもならばもっと必死にならなければ消えない亡霊たち。

 藻掻けばもがくほど、意識すればするほどに亡霊の影は大きくなり、より強く伊黒を締め付ける。

 何度も恨み言を聴いた。何度も憎しみの視線を向けられた。何度も憎悪の気を浴びせられた。

 一体それらに伊黒はどれだけ苦渋を受けてきたか……。

 

 しかし今は、簡単に消す事ができた。

 

 

 影が弱くなった。

 恨み言の声量が、向けられる視線が、浴びせる憎悪が。

 全てが依然よりも格段に弱体化していた。

 

 あの方のおかげだ。

 あの方が声をかけてくれたから、悪霊共は力が弱まったんだ。

 会ってみてよかった、話してみてよかった!

 

 実際に効果があったのか、単なる思い込みなのかはハッキリしないが、少なくとも伊黒は葉蔵のおかげだと判断した。

 

 

「このままいけば俺も………!」

 

 まだ悪霊は消えたわけじゃない。

 存在感(チカラ)が弱くなっただけで、ちゃんと伊黒の(ナカ)にいるのだ。

 完全に除去し、駆逐しなければ伊黒は悪霊共(トラウマ)除霊(克服)したことにはならない。

 

 

「そのためには力がいる……!」

 

 

 あの方の言う通り、力をつけよう。

 

 あの方の言う通り、様々なことを経験しよう。

 

 あの方の言う通り、自分のやりたいことをしよう。

 

 あの方の言う通り、自由を……!

 

 

 

 

「そうすれば、俺は生まれ変われる!!」

 

 伊黒は『葉蔵のように』真っ赤な瞳で決意した。

 

 




私の中で伊黒というキャラは過去のトラウマに縛られ、そこから解放されたがっているキャラクターに見えました。
従姉妹の言葉によって自分が価値のない人間だと思い込むようになり、ソレを否定するために、自分が価値のある正しい側の人間だと思えるために鬼殺隊に入った。
美しい存在になりたい、いいものになりたい。屑の血統に生まれた汚い自分を否定したい。
彼が甘露寺を好きになったのも、美しいものへの憧れがあったのが原因の一つだと私は愚考しております。
そこを彼は葉蔵に血鬼術で付け込まれました。まあ、葉蔵は無意識ですが。
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