鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
しのぶは走る。
姉を誑かした鬼をこの手で討つために。
姉の妨害を無理やり抜け、戸を蹴り飛ばし、障害を越える。
見えた、あの男だ。
鬼の癖に布団の上で寝ようとしている。
それは姉さまの布団だ、お前のじゃない。
「死ね、鬼め!!」
首めがけて藤の毒が塗布された刃を振り下ろす。
せいぜい鬼を弱らせる程度で、藤襲山に居る様な弱い鬼なら殺せるレベル。
これなら首を刎ねられなくとも、弱らせることは可能な筈だ。
相手は動いてない。このままいけば首を貫け―――
ガキンッ
刀が鬼の首に触れた途端、金属音のような音と共に刃は止まった。
「(か…かたい!)」
ソレは鋼鉄のような硬さだった。
柔肌の下に鉄板でもあるかのような感触。
渾身の一撃だった。
助走をつけ、体重をかけ、斬る瞬間に全集中の呼吸を使って全身の筋肉をフル動員させた。
全てを込めた一撃。
だが、この鬼には通じなかった。
「こ…このぉ!!」
今度は彼女の得意な刺突で鬼の首を貫こうとした。
幸い鬼は動かない。
こちらを舐めているのか、それとも疲労のせいか。
どちらにしろ首を切ってやる!
しかしそれも鬼の首を貫くことはなかった。
先程と同じ感触。
刀から伝わるジーンとした感覚。
それでもしのぶは諦めなかった。
「……はあ~、もういいか?」
「!!?」
しのぶは怒りに任せて刀を振るった。
この鬼、完全に自分を……人間を下に見ている。
ふざけるな。
お前たち化け物が……ケダモノが人間を見下すな!
理性の欠片もなく人を食らい、嬲るようなお前たち如きが人間を見くびるな!!
その怒りを刀に込めて、しのぶは刀を振るう。
「……服はやめろ。再生しないんだ」
鬼が手を掲げる。
馬鹿が、そんなので防げるわけが……。
パキンッ
葉蔵が刀を小指で受け止める。
途端、日輪刀が細枝のようにあっさりと折れてしまった。
「………!?」
あっさりと折れた。
唯一鬼に対抗するための牙が、まるで価値がないと嘲笑うかのように。
「なんだ、この程度で私を殺そうとしたのか? こんな爪切り代わりにもならない刀で」
「あ、あぁ………」
へたりと、その場で尻もちをつくしのぶ。
その言葉を聞いた瞬間、しのぶの足腰の力が抜けた。
「(か……勝てない!)」
やっとしのぶは理解した、自分が敵に回した鬼がどれだけヤバいかを。
今のしのぶが相打ち覚悟で向かっても傷一つすら付けられないほどの、圧倒的な力量差。
いくら毒があろうとも、そもそも刃が通らなくては意味がない。
たかが少し毒針を持った羽虫が、巨象に歯向かうのが間違いなのだ。
スッと鬼がしのぶに手を伸ばす。
死を覚悟した。
その気になればいつでもしのぶの命を刈り取れる鬼の手。
花でも摘むかのように、何気ない動作でしのぶの眼前に向けられる。
終わった、逃げられない。
抵抗を諦め、目を閉じて覚悟する……。
「これで分かったろ、私は君の戦力を圧倒している。戦闘は無意味だ」
葉蔵は出来るだけ優しくそう言ったが……。
「なんで……なんであんたなんかにそんなこと言われなくちゃいけないのよ!?」
葉蔵の行った降服勧告。しかし、これが逆にしのぶの逆鱗に触れた!
別に葉蔵自身にしのぶを馬鹿にするつもりはない。
自分は力で圧倒してるのだから戦闘は無意味だ。故にここは非暴力的に話し合う。無論、優先権は力のある己だ。
彼はそう言いたかった。
「自分が強いから……俺の方が強いから俺は偉いんだ、虫けらは抵抗するなって言いたいの!?」
しかし、しのぶにはそう聞こえてしまったのだ。
「違う、そんなつもりならもっと過激な方法で鎮圧している。私は平和的に話をつけたいだけだ」
「信じられるわけないでしょ! 私の両親を残酷に食い殺した鬼の癖に!!」
取り付く島もない状態。
感情的になって相手は聞く耳持たず。これでは話し合いにはならない……。
「可哀そうに。鬼が怖いのに無理やり虚勢を張って」
葉蔵はため息をつくながら言った。
「……は?」
ヒステリックに喚いていたしのぶの思考が、一瞬フリーズする。その隙を逃すほど葉蔵は鈍間ではなかった。
「君は鬼が怖いんだ。その恐怖を誤魔化すために唸り、威嚇して虚勢を張る。まるで無力な子犬のようだ」
「ち…違う!! 勝手なことを言うな鬼!!」
「だったら何故震えている?」
「………!」
葉蔵が指をさして指摘する。
彼の言う通り、彼女の手は震えていた。
「君は気づいてないだろうが、部屋に入った瞬間から恐怖で震えていた。……そんな手で鬼の首を切れると本当に思っているのか?」
「だ……黙れェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
刀を振り上げて
しかし、その特攻が当たることはなかった。
「・・・・・・・・・・・・!!?」
葉蔵が少し圧を向ける。
絶対的な力の差がある強者の圧力に耐えられる程、彼女は強くない。
そして同時に気づいた。この鬼ならば、この屋敷の人間など数刻も経たずに皆殺しに出来ると。
「……あ、あぁ…………」
彼に圧を向けられたしのぶは、激しい後悔の念に塗り潰された。
するべきではなかった。
あんな化け物を相手にまだ隊士でもない自分が挑もうなど、考えるべきではなかったのだ。
だが、全てが遅すぎた。彼と戦うと決めた時点で、全て手遅れだったのだ。こんなことなら、姉の言う通りに胡麻を擦っていれば良かった。
どうして、こんな道を選んでしまった、なんで自分は愚かなんだ。
だがもう遅い。機嫌を損ねたこの鬼はこの屋敷内の人間を皆殺しにする。
なんて愚かなんだ、一時の感情に身を任せて、皆を危険にするなんて……!
そうやって、悔恨にうちひしがれるしのぶに、葉蔵はゆっくり近づく。
「……っひ!」
小さな嗚咽がしのぶの口から洩れる。
今の彼女を支配しているのは、後悔なんて生易しい感情ではない。
もっと原始的かつ暴力的なもの。
恐怖によって、先程までの後悔は流されてしまった。
圧倒的な力で虚勢を剥ぎ取られた。
圧倒的な力で恐怖を引き出された。
圧倒的な力で全てを否定された。
もう彼女には何もない。
そうなった人間の末路はただ一つ……。
「あ…ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ただ、子供のようにかんしゃくを起こすだけだ。
「……やっちまった」
私は己の不器用さを呪った。
彼女の戦意を喪失させたまではいい。
力ずくで黙らせても後々が面倒だ。故に平和的な解決が望ましい。
しかし、私はその方法を誤ってしまい、彼女はヒステリーを起こして暴れだしたのだ。
考えずとも当たり前のことだ。
彼女がこうなってしまったのは、恐らく私が返り討ちにしたこと、そして先程の圧力。
そりゃ心が折れるわ。
私は闘争心だけを折り、私が譲歩してやる体で話し合いをしたかった。
もし都合が悪くなれば武力をちらつかせることで、話し合いを優位にする。
それが私の考えだった。
強者は弱者から搾り取れる限度を決めなくてはならない。
欲張って相手の利権を損害し過ぎたり、面倒くさがって厄介ごとを全部押し付けたり、徒に傷付けるなど言語道断だ。
そんなことをしてしまえば、後がなくなった弱者が自棄を起こして何をしでかすか分からなくなってしまう。
支配者にとって真に怖いのは、後先考えない馬鹿と後先のない弱者なのだから。
そして、私は限度を超えてしまった。
「……これは私の責任だな」
先程電気針で気絶させた少女を横たわらせる。
すやすやと気持ちよさそうに寝ている。さっきまで暴れていたのがウソのようだ。
「……いつまでそうしているつもりだ」
戸の方に振り替える。するとそこからバツの悪そうな顔をした胡蝶くんがひょっこり顔を出した。
「あれ?バレちゃったかしら?」
「私の角は空気の流れや体温を感知する機能がある。」
「ほ、本当に鬼って規格外ね……」
胡蝶くんは部屋に入って倒れている少女にそっと触れる。
「……彼女、君の妹かい?」
「ええ、そうよ」
「…………………すまなかった」
私は彼女に頭を下げて謝った。
いくら襲い掛かったのが向こうとはいえ、私は手を出してしまった。
しかも、ここは鬼殺隊の拠点。私の正体がバレたら襲撃するのは目に見えている。
なのに私は疲れを理由に人化もせずボケーとしていた。これは私の責任だ。
「いいのよ。しのぶは気絶してても怪我してないし、私もちゃんと説明出来なかったし」
「……胡蝶くん」
いい子だな、彼女は。ひねくれている私とは大違いだ。
ただ一つ問題を挙げるなら……
「しかし、説得で私が女だって嘘つくのは無理あると思うぞ」
「……うっ!」
彼女は少し天然だという点か。
「……ねえ、葉蔵さん。どうすればしのぶは鬼殺隊なんてやめてくれるかな?」
「ん?」
突然話し出す胡蝶くんに少し私は面食らった。
なんでいきなりそんなことを他人である私に聞くのかな?
「私はしのぶに、隊員では無く隊員の支援に回って欲しかった。それが、しのぶのためにもなると思ったから」
「正論だね」
治療部隊や諜報部隊などはかなり重要だ。
実際に、彼女のおかげで助かった命があるだろう。
刀を振るえない程の傷を負った隊員が、戦線に復帰している。蝶屋敷の存在は鬼殺隊にとって、かけがえのないものになっているはずだ。
「そう? これでもけっこう妥協しているほうなの。……本当は、鬼殺隊から足を洗ってほしいのよ」
「………」
「しのぶが死んだお父さんとお母さんの仇を打つために、鬼に襲われるかもしれない顔も知らない誰かのために頑張っているのはよくわかってるわ。しのぶのその優しさは、姉として誇りに思う限りです。けど……」
「しのぶには普通の幸せを掴んでほしいの。普通の女の子の様におめかしをして、素敵な殿方と恋をして、可愛い子供をたくさん産んで、お婆ちゃんになるまでしっかり生きて欲しい。」
「こんな辛く苦しいことをするのは、私だけで十分。無理なことをして苦しんでほしくないの」
「(……まあ、当然の思いか)」
私は黙って彼女の話を聞きながら、話の整理をした。
胡蝶くんの思いは正当だ。
真っ当な神経をしているのなら、こんな処刑場の囚人みたいな職場なんてやめてほしいというはずだ。
「しのぶが苦しんでることは、知っていたの。けど私は諦めてもらうために見ないふりをした。でも、葉蔵さんなら……」
「断る」
彼女が言い終える前に、私は拒絶の意を示す。
私は自由と充実を求めてここにいるのだ。そんな面倒で縛られたくはない。
「私は鬼殺隊に組した覚えも、君たちの仲間になった覚えもない。私は私の意思で動く」
「……うん、それでいいの。その先にきっと私たちが仲良くなれる未来があるから」
「……」
だめだこの子。人の話を聞いてない。
「……彼女に鬼殺隊を辞めさせる方法がないわけではない」
「え? ほ……本当!?」
グイっと身を寄せる。私はそんな彼女から少し距離を取りながら話す。
私だって男だ、反応してしまう。
「確実性はないが、可能性はある。……君が鬼殺隊をやめることだ」
「………え?」
「彼女は君に負い目がある。姉が命がけで戦っていながら、自分は安全地帯でのうのうと生きている。その罪悪感が彼女を苦しめている」
「…そ、そんなことは………」
ないとは、言えなかった。
「ただ辞めるだけではない。そんなことをすれば、彼女は自分のせいで君が戦えなくなったと更に自分を責めて逆効果になる。故に、君が折れる体で話を進めるほうがいい」
「……折れる?」
こてんと首をかしげる胡蝶くん。
かわいいじゃないか。そんなことをされたら、今から勧める『最低な方法』を教えづらくなってしまう。
「そうだ。『鬼が怖くて戦えなくなった』とか『鬼の強さを目のあたりにして心が折れた』とか。そういった体で鬼殺隊を抜け、一緒にやめようと勧めるんだ。そうすれば彼女は自分もやめると言うだろう」
「……そんなにうまくいくかしら?」
「葛藤はあるだろうね。おそらく『なんで簡単にやめるの?』とか『姉さんなら大丈夫!』とか言って励ますだろう。けど、それが無理だという態度を示せば、彼女も無理強いはしないはずだ」
「………」
私が一通り話すと、彼女は俯きだした。
「あまりお勧め出来る方法ではない。君の信念や決意を汚すような、ひどい方法であるのは承知している。しかし心にとどめてほしい」
「逃げるのは悪でも恥でもない。君たちが鬼殺隊でなくてはならない義務などないし、逃げようが誰にも君を責める権利などないのだから」
「ちゃんと考えてほしい。一時の感情でその場限りの選択をせず、ちゃんと考えた上で結論を出してほしい。じゃないと君は絶対に後悔する」
その場のノリや感情で流されると痛い目を見る。
ソースは前世の私―――『俺』だ。
俺はずっと流されて生きてきた。
自分の意見も碌に言えず、面倒なことは避け、自分の人生から目を背けて生きてきた。
その結果どうなったか……言うまでもない。
今の私は鬼になったことで暴力と自由を得られた。しかしそれは棚ぼたのようなものであり、私が何か行動して手に入れたものではない。
もしこの力を手にしなければ、私は『俺』と同じ結末を迎えていたであろう。
しかし彼女たちは違う。
今まで考える余裕と時間がなかっただけで、機会があればちゃんと自分で考え、自分で選択出来るのだ。
彼女たちは私とは違って、強い人間なのだから。
「どうするかは君自身で考えなさい。どちらを選んでも後悔することになるかもしれないけど、自分で考えた上での選択なら、その後悔はぐっと減るはずだ」
「……」
私がそういうと、彼女は妹を抱えて部屋から出て行った。
主人公の意見が一貫してないと感想でありました。……正解です!
鬼殺隊には余裕なんてありません。くだらないことでクヨクヨしたり、どうでもいいことで悩んでいたら、心に隙が出てしまい、そうなった隊士は鬼に殺されてしまいます。
しかし葉蔵は余裕があります。いくらでもよそ見したり、寄り道出来ます。
第一、彼には鬼殺隊みたいに己を貫く信念も決意もありません。
鬼殺隊とは正反対の鬼なんですよ。
正反対の立場と、鬼殺隊とは違う考えや視点をぶっこみたい。
それがこのssを書き始めた理由の一つです。
原作とは違う意見を持つキャラを出すことで、また別の視点を楽しむ。
それがオリ主系のssの楽しみ方の一つではないでしょうか。