鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第50話

 

「……逃げる、ね」

 

 私、胡蝶カナエは町へ買い出しに向かいながら、あの人の言葉を反芻していた。

 

 あの人の言うことはもっともだ。

 確かに私が鬼殺隊を辞めたら、しのぶがやめる可能性は高い。

 鬼殺隊なんて辛くて苦しい場所にいるよりも、しのぶと一緒に普通の幸せを見つける方がいいに決まっている。

 

 けど、そんなことは私には出来ない。

 

 私は鬼から人々を助けるため、哀れな鬼を救うために鬼殺隊になった。

 だから、彼の話を受けるわけにはいかない。……受けるわけにはいかないのに。

 

 

 けど、そんな私の思いがしのぶを苦しめていたのかもしれない。

 

 

 もし、彼の言う通りだったら?

 私が鬼を救いたいって言ったから、しのぶは鬼殺隊になったとしたら。

 本当は怖いのに、本当は辞めたいのに、鬼殺隊なんてやってるとしたら。

 もし本当なら、私のせいになってしまう。

 

 どうすればいい?

 

 どうすれば私としのぶは幸せに……。

 

「おい胡蝶、何をそんなに悩んでいるんだ?」

「……錆兎くん」

 

 悩んでいると、隣で一緒に荷物を持ってくれている錆兎くんと義勇くんがこちらを心配そうに見ていた。

 

「どうしたんだ胡蝶。さっきから上の空だぞ」

「え?そうかな?」

「ああ、さっきだって義勇が馬鹿なことを言っても無反応だったじゃないか。まあ、あまりに下らなかったから反応に困るものだけどな」

「それどういうことだよ!?」

 

 相変わらず仲がいいわねこの二人。

 

「うん、実は……」

 

 私は二人に事情を説明した。

 彼らは鬼殺隊に入って結構一緒にいるから信用出来る。だから安心してすべて話した。

 

「……難しい話だな」

「……うん、私もそう理解している」

 

 ああ、やっぱりそういう答えになるのね。

 

「お前はどうしたいんだ? 鬼殺隊を続けたいのか?」

「うん、私は鬼に殺される人を一人でも、哀れな鬼を一人でも減らすために鬼殺隊に入ったもの」

「けど、そのせいで妹も鬼殺隊に入ってしまったことをお前は悩んでいる」

 

 ……ええ、そうね。

 

「やはり難しい問題だ。ここでお前の妹が自分と姉を割り切れれば話は別なんだが……」

「それは無理じゃないのか? 誰だって兄弟姉妹が危険な場所に行くって言ったら、止めるか一緒に行くかするって。……俺も、もし姉さんが生きてて鬼殺隊になるって言ったら、どっちか選ぶ」

 

 ……ええ、分かってるわそんなこと。

 

 もし、私がしのぶの立場なら、自分も付いていくって絶対に言うわ。

 だから

 

「……一度」

 

 結局それしかないのだ。

 

 

「それよりも胡蝶、一つ気になることがるんだが……」

 

 錆兎くんが話題を露骨に変えようとした途端……。

 

 

 

 

 

「へ、へへへ…。情報通り獲物が見つかったぜ」

「!!?」

 

 っ!?反射的に声のしたほうから離れる。

 

 足が異様に長く、黄色い肌をした鬼。

 私でもわかるほどの濃い血の匂い。

 明らかに人を食べた数が二人、三人じゃすまない。

 この鬼とは仲良くできない。そう瞬時に判断すると呼吸を整える。

 

 

【花の呼吸 陸ノ型 渦桃】

【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】

【水の呼吸 伍ノ型 干天の慈雨】

 

 

 私達が斬りかかると同時に鬼はその場を跳んでよける。

 速い!

 血鬼術のせいか、それとも鬼本来の速さかは分からない。

 けど、こんなに速い鬼なんて捉えられないわ!

 

「錆兎くん! 君の横にいるわ!!」

「!?」

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 柔軟かつ高速の連撃。しかしそれすらも鬼は避けた。

 

「そ…そんな! あれだけ近かったのに!?」

「し、信じられない! 飛んでいるハエも正確に切れる錆兎の連撃が!?」

 

 速い。

 異様に速い。

 先に動いたのは錆兎くんのはずなのに、なんで鬼の方が速いのよ!?

 

 この鬼の移動速度は私達の反応速度を大きく超えてる。

 今の状況を続けていたら私達の方が倒れてしまう。

 あの鬼を倒すには、もう頸を斬りに行くしかない。

 

「錆兎!」

「義勇!」

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】×2

 

 

 二人同時に繰り出される斬撃。

 本来なら同時の連撃なんてありえないけど、息の合った二人だからこそ出来る御業。

 まるで刃の壁のように鬼へ立ちはだかる。

 けど……。

 

「ハッハッハッハァ! 遅い遅い!」

 

 それすらも鬼は高速で避けきった。

 

「なんて、速さだ!? 単純だからどこに行くのかは分かるが、反応出来ねえ!」

「そうだ、それこそが俺の血鬼術!」

 

 

「俺の血鬼術は韋駄天! 誰よりも速く動ける血鬼術だ!」

 

 鬼は高らかに己の血鬼術を説明する。

 

 血鬼術は鬼にとって一つの優位性だ。

 どんな血鬼術を使うのか、どんな風に使うのか知ってるかどうかでは生死の境を大きく分けることになる。

 けど、この鬼はその優位性を下げた。

 それは、この鬼が私達を舐めているということ。

 お前らごときが俺を捉えるなんて無理だ、この鬼は間接的にそういっている。

 

「舐めるな!」

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 錆兎くんが連撃を放つもそれもよけられる。

 けど、それでいい!

 

「この!」

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面切り】

 

 

 逃げた先で義勇君が刀を振り落とす。

 どれだけ早く動いても、次に動く場所を予想すれば勝ち目はある。

 私も次の場所に移動して構えを……。

 

 

 

「強いけど、甘いなぁ」

「!!?」

 

 

 脇腹に衝撃が走る。

 や…やっぱり速い! 気づけない

 

 私の体が地面の上で跳ね上がり、ゴロゴロ転がる。

 気を抜くな、刀を離すな。絶対に生きて帰るんだ!

 体を起こせ、痛みなんて今は耐えろ。呼吸を整えて迎撃をっ!

 

「「胡蝶!?」」

 

 痛い。やられた脇腹も、地面に打ち付けられた背中も痛い。

 でも、まだ勝ち目はある。私達のことを舐めているなら付け入る隙は必ず―――

 

 

 

 

 

【血鬼術 地震】

【血鬼術 鱗刃飛弾】

 

 

 突然、地面が柔らかくなって動きづらくなり、何かが飛んできた。

 まずい、なんとかして防がないと!

 

 

 

【水の呼吸 拾ノ型 流流舞い】×3

 

 

 私たちは同時に流流舞いで攻撃を避ける。

 

 地面がぬかるんで動きにくい。

 無数の刃が飛んできて動きにくい!

 

 血の気が引く。これはまずい。

 こんな動きにくい状況であの鬼が来たら……。

 

 

 

【血鬼術 滑走強襲】

 

 

 

「「「カハ……!」」」

 

 突如、腹を蹴られた。

 

 熱い!

 苦しい!

 息が出来ない!?

 

 内臓を潰されたかのような痛み。

 溢れた血のせいで息が出来ず、眩暈もしてきた。

 

 

 

「おい、いつまで遊んでいる?」

「さっさと片付けて合流しろ」

 

 それを見た途端、私たちは一斉に絶望した。

 

 鬼が二体。

 気配からして今戦っている鬼と同格。

 今でも一杯一杯どころか全滅しかけなのに、まだ追加しようというの!?

 

「あ、あぁ……」

 

 自然と、口から絶望が漏れる。

 だめだ、おしまいだ……。

 ごめんねしのぶ。姉さん、だめだったよ。

 

 

 

 

 

 

 

「随分賑やかだね」

 

「「「!!?」」」

 

 

 おそらく、この場にいる者は鬼も人も関係なく固まったと思う。

 

 

 

「帰りが遅いから心配したよ」

 

 私たちにとっては希望であり……

 

 

「それが今回の障害だね?」

 

 彼らにとっては絶望……

 

 

「さて、食事にしようか」

 

 獰猛な鬼の将が、歯向かう愚かな鬼に牙を向けた。

 

 





前回、葉蔵さんの言うことを要約すれば『別に逃げてもよくね? お前の人生だから誰にも指図する権利はないわけだし。ま、好きにしてね』ということです。
別に彼はカナエを思っていったわけではありません。ただなんとなくといった感じの発言です。
だって本気で想ってるなら『お前の分まで戦ってやる!』て言いますから。葉蔵にはその力も余裕もありますし。
けど、彼はそんなことはしません。だって面倒だから。他人に縛られるなんてまっぴら御免だ。そう思ってるんですよ。
要は少しアドバイスする程度の感覚です。

しかし、軽い感じなのは葉蔵にとってであり、カナエにとっては違います。

人の言葉をどう受け止めるのは人によって違います。当人は何気なく言ったことが言われた人にとっては大きかったりすることが多々あります。
それもまた立場や価値観の違いからくるものでしょう。

鬼殺隊や鬼滅の刃のキャラとは違う考えと立場。それを書きたかったんです。
……ちゃんと書けましたかね?

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