鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「あの鬼は……うっ!?」
「姉さん、無理に体を動かさないで。まだ半刻も経ってないのよ」
立ち上がろうとした途端、カナエは全身を駆け巡る激痛に顔を歪めた。
ここはどこだろうか、そう思って当たりを見渡す。
木製の室内に、医療用のベッドの上には多数の負傷者が比較的軽傷な者に看病を受けている。
ここは花屋敷だと彼女は理解した。
「ここは……そう、葉蔵さんが助けてくれたのね」
「ほら、鎮痛剤よ。これで痛みは大分和らぐはずだから」
「あ、うん。ありがとうしのぶ……」
助かった。
あのまま葉蔵が来なければ、間違いなく自分は殺されていた。
葉蔵に助けられたことに感謝しつつ、しのぶから鎮痛剤入りの水を受け取る。
「……葉蔵さんはどうしてるの?」
「……今、鬼と戦っている」
「そう」
しのぶの答を聞いてカナエは安堵した。
葉蔵は強い。
あの水柱でさえ撤退を余儀なくされた下弦の参を単体で撃破した。
他にも二対一という不利な状況で下弦の壱を撃退し、炎柱である煉獄も無力化している。
これほどまでに強い鬼が負けるはずなんてない……。
「……………」
「……ねえさん?」
何やら思いつめたような顔で、カナエは無傍にあった日輪刀を掴んで立ち上がった。
「しのぶ、ちょっと行ってくるわ」
「待って姉さん! 今は戦える状態ではないわ! ここはあの鬼に丸投げしましょ!」
「……大丈夫よしのぶ。何も戦いに行くわけじゃないから」
「?」
「どんな風に葉蔵さんが戦うか……あの人の本質を見抜きに行くのよ」
町から離れたとある山間部。
日が沈みきった時間帯で、鬼が争い合っていた。
選手は4人。
一対三のハンディキャップマッチ。
鱗を飛ばす血鬼術を使う鬼、
地震を起こす血鬼術を使う岩のような鬼、
スピードを上げる血鬼術を使う異様に足の長い鬼、
葉蔵と、三体の鬼である。
「……グハ」
追い込まれているのは葉蔵。
三体の鬼によってリンチされていた。
葉蔵の肉体は宙に浮く楯によって削られていく。
振動波に包まれた楯があらゆる方向から襲い掛かり、三体の鬼の血鬼術が少しずつ葉蔵を消耗させる。
【針の流法 血針弾・貫】
やっと見つけた隙を逃さず、葉蔵が反撃する。
鬼とはいえ人間サイズの肉塊を砕くにはオーバーキルな銃弾。
しかし、それが通じることはなかった。
浮遊している楯が数枚に重なって砲弾を防ぐ。
楯は3枚ほどは砕けたが、葉蔵の攻撃を防ぐことに成功した。
「(……クソ、やはり通じないか)」
内心悪態をつく葉蔵。
そう、葉蔵の攻撃は三体の鬼によって悉く防がれてしまったのだ
他の血針弾も高速化と振動殻によって強化された軟甲楯によって防がれてしまう。
攻撃が通じないだけではない。
振動殻を覆う軟甲楯は攻撃にも転じ、振動する刃によって葉蔵の肉体に傷を入れる。
鬼たちも己の血鬼術を使って葉蔵をけん制、攻撃する。
振動波が、地震が、軟化と効果の血鬼術が。
あらゆる血鬼術で葉蔵を苦しめる。
それに、血針弾は鬼にとって脅威だが、弱点も欠点もないわけではない。
葉蔵の弾丸には追尾機能があるが、直角に曲がれるわけではない。
ある程度の角度をつけなければ曲がれない上、葉蔵以外なら鬼の因子に無差別に反応するせいで特定の鬼を狙えるわけではない。
その上、弾丸は一度曲がると速度が落ちてしまうのだ。
【針の流法 血喰砲】
葉蔵の血喰砲が軟甲楯を三枚同時に破壊した。
しかし、それでも戦況は変わらない……。
【血鬼術 軟甲楯】
【血鬼術付与 高速化】
このように、新たな楯を追加されてしまう。この繰り返しなのだ。
「(こいつら、鬼の癖に連携取るの上手すぎだろ)」
葉蔵は苦笑いした。
相手に隙を作らせようとする度に、何か対策を講じる度に潰される。
相手が攻撃する度に対応し、何か企む度に潰す。
膠着状態だ。
「(しかし……本当にこの鬼共は連携がうまいな)」
違和感。
葉蔵は漠然とした疑問を抱いた
鬼は連携を想定されてない。故に、使用する血鬼術も鬼本人のみが使うものばかりだ。
しかし相手はどうだ、まるで彼の前世でよく見るRPGのパーティみたいに使用しているではないか。
役割分担を行い、連携を取り、血鬼術をバフとして使っている。
おかしい。
何かひっかっかる。
そんなことを考えてると、針がおかしな動きをした。
まるで生きているかのように不規則な動きをするも、ちゃんと目的の部分に命中。一瞬ではあるが、敵を動揺させることに成功した。
むしろ、妙な動きをしたおかげで当たったようだ。
「(……この技、使えるかも)」
葉蔵はニヤリと笑った。
前提条件として、葉蔵は鬼の中でもそれなりに強い。
鬼を探知する特殊な角。
鬼の因子を食らう特殊な弾丸。
血鬼術を無効化する特殊な血鬼術。
どれか一つでも鬼の天敵に成り得るというのに、葉蔵という鬼は全てを所有している。
また、葉蔵の成長速度も凄まじく速い。
無惨の因子を食らうという特性上、飛躍的に強くなるのは当然のことだ。
藤襲山ではせいぜい当時の拳銃程度の血針弾が、今では平成のライフルレベルに達している。
そのうち戦車クラス、それからミサイルクラス、最後はもっとヤバい兵器クラスへと到達するであろう。
今でも十二分に強いのに、彼には将来性がある。
もう一度言う、葉蔵は強い
だから、この状況をひっくり返す手段を当然持っている。
「(……そろそろか)」
狡兎は葉蔵にとどめを刺す算段を立てていた。
そろそろだ、そろそろあの鬼の首を日輪刀で刎ねる。
与えられた情報通りにやれば、俺らでもあの鬼を倒せる!
「(そうだ、俺が奴を殺すんだ! 奴を殺して……俺が十二鬼月になるんだ!)」
そう考えた瞬間、突如弾丸が急におかしな動きで襲ってきた。
狡兎は一瞬焦るも、すぐ冷静になって避ける。
相手は十二鬼月を倒した鬼だ。
下弦の壱、しかも二人掛りで挑んだというのに返り討ちしたという。
そんな鬼なのだから、隠し技の一つや二つ持って当たり前だ。
油断は出来ない、全力でこの鬼を潰す!
そんなことを考えてると、撃ち出された針がおかしな動きをして襲い掛かった。
狡兎達は慌てない。
不規則に飛んできた針に対して難なく対処する。
狡兎は跳んで避け、震童は振動波で針を壊し、臆奸は楯で防ぐ。
先程か何度か見てきた技だ、問題ない。せいぜい少し動いた程度……。
パチンと、何かが弾ける音がした。すると、狡兎達の背後が爆発した。
「ぐげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇl!!!」
爆発した何かから針が飛び出し、無防備な鬼達の背中に命中した!!
「(な……何故だ!? 何故針が……一体俺らに何が……!!?)」
理解出来なかった。
なんだ、いったい何が起こった?
何故俺に針が刺さっている?
周囲には血鬼術で加速し、血鬼術によって包み込まれた高周波振動の殻で防御力が上がっている頑強な楯が自動的に弾丸を防ぐようになっている。
更に自分たちにも同じ血鬼術が掛けられている。
いくら十二鬼月を二人も倒した強敵とはいえ、生半可な攻撃が通じるはずがない。
あの鬼の行動は大技を使った様子はなかった。
なのに何故刺さっている?
あの半端な攻撃は通じないはずなのに、何故針が刺さっている!?
突如針が刺さったことに驚きながらも、その部分を無理やり切り落としながら後ろに目をやる。
そこには、針の塊のようなものがあった。
「(ま…まさか!?)」
そこまで来て狡兎は最悪の事態を想像してしまった……。
「(まさかアイツ……そんなことまで出来るのか!?)」
ふざけてやがる。
同じ鬼で、あちらが断然若いはずなのに。
なのに何故、ここまで差がある!?
しかし、そんなことを考える暇など彼にはない。
【針の流法
【針の流法
葉蔵の手が赤く染まり血鬼術が発動。
左手に大きな針の弾丸が、右手に振動する針が形成された。
【血鬼術合成
彼は両手を合わせることで新しい血鬼術を創造した。
出来上がったのは高速に振動しながら回転する弾丸。
新しい血針弾はドリルのように回転しながら震童へと向かっていった。
「!? おい、楯!!」
震童は臆奸に楯を要求し、自身を守らせようとする。
そして彼自身も念のため纏う振動波を強化させ、耐えようとした。
大丈夫だ、この楯は針鬼の最大攻撃であろう弾丸を止められた。
これも大丈夫なはず……。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
弾丸は楯を貫通し、振動波の殻ごと震童に減り込んだ!!
血針弾・貫でも数枚重ねられたら、破壊不可能の楯。
葉蔵でさえ一時間近く苦戦していた最大の難関。
十二鬼月並の鬼による三人重ねの血鬼術。
それがたった一発の弾丸であっさりと突破された!!
針は瞬く間に震童の体内にある因子を食らい、因子の結晶へと変えていく。
震童は血鬼術の振動波で針を破壊しようとするがもう遅い。
血針弾が当たった時点で震童の死は決定したのだ!!
「あ、ぁぁ…」
パラパラと、黒い灰と化して散って逝く。
残っているのは、鬼の因子を圧縮した針のみ。
こうして震童は消滅した。
「(ま…まずい!!)」
狡兎は焦った。
震童が死んだということは、彼の血鬼術が消えるということ。
つまり、今まで葉蔵の針を防いでくれた振動殻が無くなるということだ。
この戦いは、三対一でやっと成立している。
本来ならば絶対にしないはずの、血鬼術による連携と三重重ね。
そこまでして膠着状態に留められた。
しかし、それが崩れた今、葉蔵を縛る鎖はもうない。
ここからは彼の時間だ。
【血鬼術
【針の流法
【血鬼術合成
再び繰り出される血鬼術合成。
新たに作られた弾丸は臆奸へと襲い掛かる。
「(ま…まずい!)」
【血鬼術 極限軟化】
臆奸は血鬼術で己を限界まで柔らかくした。
どれだけ硬くなっても無駄だということは先程の戦闘で嫌という程見た。
ならば、逆に柔らかくなることで攻撃を受け流してやる!
そう考えて硬化ではなく軟化を選択したのだが……。
「ぐべべべべべべべべべべべべっべ!!!」
…………その作戦は不発に終わった。
飛んできた血針弾は臆奸の眼前で急に展開。中から網が飛び出し、地面へ貼り付ける形で拘束した。
それと同時に流れる電流。ソレによってマヒした臆奸は血鬼術を維持出来なかった。
結果、無防備になった臆奸に、網の棘が刺さる。
「あ、ぁぁ…」
徐々に針の根が伸びる。
臆奸の意識は沈んでいき、身体が動かなくなった。
最初から、葉蔵は臆奸の思惑など見透かしていた。
軟化も使えるのなら、身体を柔らかくして血針弾を往なす選択肢もある。なら、網で地面に縫い付け、動けなくした後で【変身】して潰す。
そうすれば獲物が何しようが関係なく食える。
もっとも、葉蔵の思惑も杞憂に終わってしまったが。
「(そ、そんな……たった、たった少しの時間であっさりと……!?)」
狡兎は戦慄した。
先程まで膠着状態……いや、こちらが有利だったはず。
なのに、少しの隙を見つけてあっさりと形勢逆転させた。
ありえない。
少し隙を晒した程度で有利な状況を、数の差をひっくり返された。
たった数秒で相手への対抗策を立案し、ソレをミスなく完遂した。
おかしい、異常だ。
少なくとも自分が同じ立場なら出来ない。出来るはずがない。
一応言っておくが、狡兎達は鬼の中でも強い部類だ。
三体とも使い勝手がよく、強力な血鬼術を持ち、他の鬼達よりも使いこなしている。
何十人も食い殺し、位の高い鬼殺隊員を何人も殺してきた。
実力は十二鬼月に匹敵し、協力すれば柱も狩れるかもしれない。
しかし、それでも葉蔵には勝てない。
「……化け物め!!」
忌々しそうに、顔を歪める狡兎。
なんだこの鬼は。
数字もない野良の鬼でありながら、何故強い。
人間に肩入れし、あの方に逆らう愚か者でありながら、何故ここまで戦える!?
この圧倒的な戦闘力、冷静沈着な戦い方。
嫌でもあの鬼を連想してしまう……!!
「さて、一騎打ちだ」
「………」
針によって形成した軍刀を掲げて構える。
それがまた、あの鬼―――黒死牟を幻視した。