鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「(……本当に、すごい戦いね)」
木陰に隠れながら、カナエは葉蔵の戦う姿を見ていた。
前々から鬼が、特に葉蔵がどのように戦うのか気になっていた。
強くて綺麗で、人間と仲良くしてくれる鬼。
気にならないわけがない。
痛む体に活を入れ、無理やり向かう。
彼女を心配したしのぶも付いてきてくれた。
悪いとは思いつつも、それでも葉蔵の戦闘を見逃せない。
だから急いで来たのだが……。
「……強くなってる。藤襲山にいた時よりも格段に」
圧倒的。
あの鬼には、この言葉がこれ以上ない程に似合っていた。
血鬼術の威力が格段に上がっている。
藤襲山にいた頃は小さな針を飛ばす程度だったのに、先程は高い精度と速度と威力で鬼を圧倒した。
葉蔵の血鬼術の前では銃も大砲も玩具のようにカナエは思えてしまった。
新しい血鬼術も増えている。
藤襲山にいた頃は血鬼術も限られていたのに、先程は用途や状況に分けて多彩な血鬼術を使いこなしていた。
鬼を殺す弾丸を撃ち出すだけでも強力なのに、網のようにして撃ち出したり、罠を仕掛けて爆破させることも出来る。
葉蔵単体であらゆる戦況に対応可能。鬼殺隊より鬼狩りに近いとカナエは思ってしまった。
葉蔵自身の戦闘力も格段に上がっている。
藤襲山にいた頃はまだ若干素人臭さが残っていたが、先程はその場に合った最善の動きを実行していた。
特にあの動き。後ろどころか、全身全てに目でもあるのかと疑いたくなるような動作。
おそらく何かしらの血鬼術か鬼の力なのだろうが、それでも規格外なことに違いはない。
血鬼術だけでも強いのに、ソレを扱う鬼も強い。
葉蔵はもしや元鬼殺隊ではないのか。そう疑う程であった。
葉蔵自身の戦略性も格段に上がっている。
血鬼術の質も種類も増え、葉蔵自身の戦闘力も知識や経験も増えた。
当然、藤襲山で見せた葉蔵の観察眼や作戦立案能力も上がっているのは想像に難しくない。
ただ、ソレがカナエの想像を遥かに上回っていただけだ。
隊。
あれは単体であらゆる鬼に対応出来る小規模の鬼殺隊だ。
「(……葉蔵さんには悪いけど、彼を野放しには出来ないわね)」
強すぎる。
お館様は接触を禁止した上で放置することを推奨しているようだが、アレは徒に放置していい『力』ではない。
巨大な力はその場にあるだけで良くも悪くも影響を与え、特に管理されてない力は悪い方向へ影響を齎す可能性が高い。
自由気ままにさせるわけにはいかない。徒に葉蔵が暴れてしまえば、それだけで鬼殺隊と鬼の両陣営に混乱が起きてしまう。
少しでもいいからあの力を管理、或いは予見できる可能性があれば。そうすれば鬼殺隊にとって大きな利益が得られるはずだ。
「……どうやったら、皆と仲良くなってくれるかしら?」
葉蔵は人間の味方というわけではない。
彼は自分と親しい人間の味方をすることはあっても、人間という種族そのものに味方するつもりはないのは、カナエ自身よく理解している。
しかし、それではダメなのだ。
鬼殺隊の大半は鬼に対して並々ならぬ憎しみを持っている。
当然だ、なにせ鬼殺隊に入る者の大半は敵討ちや鬼への復讐が目的なのだから。
中には胸の奥に燻る憎悪を制御出来ない狂犬のような隊士だって存在しており、隊律で縛ることによって辛うじて隊士として機能している。
そんな彼らが葉蔵と対峙したらどうなるか……語るまでもない。
別に狂犬とまでいかなくとも、鬼を見つけて見逃すという選択を取る鬼殺隊はまずいない。高確率で戦闘になる。
それでも葉蔵は生かして帰してくれるだろうか。
葉蔵は手加減をしてくれるだろうか。
宇随や炎柱と戦った時のように見逃してくれるだろうか。
相手に気分を害されても同じようにしてくれるだろうか。
もし葉蔵が聖人君主で鬼を憎むような人柄なら話は違っていたが、現実はそう上手くいかない。
葉蔵は鬼である自分を肯定し、力を振るうことに満足している。
人間は襲わないし、出来るなら助け、条件が合えば鬼殺隊とも取引をする。
しかし鬼殺隊に与するつもりはなく、本格的に敵対するなら容赦はしないだろう。
難しい。
葉蔵は鬼殺隊にとってもカナエ個人にとっても面倒な立ち位置にある。
なんとかしなくては……。
「葉蔵さんと争うことになってしまう……」
もし鬼殺隊と葉蔵がぶつかれば、双方共に大きなダメージを負うだろう。
葉蔵は単体で戦局を左右してしまうほどの力を持つ戦鬼。
たとえ柱でも本気でやり合えば無事では済まされない。
何かないか、葉蔵を味方に引き込めるような何か……。
「……まずは情報ね」
方針は決まった。
まずは情報を集め、必要な交渉材料を探す。
そしてあの強大な力を手に入れて見せる。
何が何でも捕まえて見せる。そう彼女は意気込んだ。
「す、すごい……」
木陰に隠れながら、しのぶは葉蔵の戦う姿を見ていた。
本当は嫌だった。
あんなヤバそうな鬼共の戦闘なんて、いつ巻き込まれるか分かったものではない。
しかし、彼女の姉であるカナエが何がなんでも見に行きたいと駄々を捏ねてしまった。
無論止めたが聞く耳持たず、無理やり葉蔵の戦場に向かう姉。
流石に重症の姉一人であんな危険地帯に向かわせるわけにはいかないと判断し、渋々付いていった。
それに、鬼の戦いに興味がないわけではない。
どんな風に戦い、どんな攻撃が有効でどうやって相手の攻撃を防ぐか。どんな駆け引きがあるのか等々、気になる箇所はいくらでもある。
もしかしたら鬼を殺す毒の手がかりもあるかもしれない。
そう考えて向かったのだが……。
「何よ、あの化け物。……反則じゃない」
結果は想像以上だった。
なんだあの鬼……いや、化物は。
攻撃が全く見えなかった。
音が聞こえたと思ったら攻撃は完了していた。
散弾のようなものに、マキシム機関銃のような銃撃に、砲弾のような攻撃まで。
それがどのタイミングで繰り出され、どんな風に敵に影響したのか全く理解できない。
それほどまでに葉蔵の攻撃は速かった。
行動が全く読めなかった。
三対一という不利な状況でありながら、あの鬼は互角に立ち回った。
どうやって相手の攻撃を読み、防いだのか全く理解出来ない。
それほどまでに葉蔵と鬼の攻防は凄まじかった。
策を全く見破れなかった。
ほんの一瞬であの鬼は不利な状況を逆転させた。
何をしたのかは全くわからない。何かが爆発したと思った矢先に、瞬く間に鬼は倒されてしまった。
それほどまでに葉蔵の行動は早かった。
「あれ、針鬼なんかじゃなくて、銃鬼って改名するべきでしょ」
しのぶは思った。名前詐欺にも程があると。
あれが針? ……ふざけるな。
針があんなに速く飛ぶか?
針があんなに連射出来るか?
針があんな大きな訳あるか?
ふざけるな。
あれは針なんて生易しいものではない。
あれは銃だ。
単体で一つの部隊の火器を持ち歩く銃の鬼。
「銃……刀の天敵ね」
しのぶは銃についての知識は軍人ほどあるわけではないが、それでも威力と脅威は知識として知っている。
マキシム機関銃、大砲、村田銃……。どれも日輪刀なんかよりも武器としてはずっと上だ。
刀は銃によってそのシェアを奪われた。
銃は剣よりも強い。近代戦の主兵装は銃火器であり剣刀類は廃れつつあるのがその証拠である。
そのうち軍刀も無くなり、銃を持つようになるだろう。
刀より銃。
日輪刀より血針弾……。
それはつまり、血針弾を手に入れたら、日輪刀よりも鬼を殺せる力を手に入れられるということだ。
「……欲しい」
手に入れたい。
鬼を容易く殺せるあの弾丸が。
たった一発で、何処に撃っても鬼を殺せるあの必殺の銃が!
あれを手に入れたら、鬼の首を刎ねる力がなくても鬼を殺せる。
こんな小さく非力な身体でも鬼を殺せる。
毒なんてなくても鬼を殺せる!!
ほしい
是が非でも手に入れたい。
アレが手に入るなら鬼になっても……!
「しのぶ!」
ふと、彼女は我に返った。
「な…何? 姉さん?」
「ああよかった。急にボ~としだすからびっくりしちゃったわ」
「そう、心配かけてごめんなさい」
しのぶは冷静になって先程の考えを振り払う。
一体私は何を考えている?
鬼を殺すために鬼になる?
どうかしている。
鬼はいてはいけない。
己の保身のために嘘ばかり言い、むき出しの本能のままに人を貪り食らう。
理性を捨て、人間性を捨てた末路。
ソレが鬼だ。
第一、あの鬼だってそうじゃないか。
鬼は鬼。人食いの化け物だ。だからあの鬼も同じ。ただ殺す対象が人から鬼に変わっただけ。
少し理性的なだけで、本質は他の鬼とまるで変わらない……筈だ。
「ん?」
ふと、しのぶは道端に何かを見つけた。
彼女はソッと物体に近づく。
「どうしたのしのぶ?」
「……ううん、なんでもない」
しのぶは土の上に落ちてあった物体―――葉蔵の落とした藤の花成分入り罠針を懐に入れながら、カナエの方に向かった。
カナエ「葉蔵さん性格的に鬼殺隊といつかケンカしそう。なんとかせな」
しのぶ「何あの血鬼術ズルすぎ。私も欲しい……」
さて、どうやって原作に持ち込もうか……。