鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第55話

 とある町の裏路地。

 ゴミゴミとした不衛生なその場所に葉蔵はいた。

 

「……汚いとこだ」

 

 葉蔵は愚痴りながら路地を通る。

 こんな場所、普段ならば食いたい鬼でもいなければ絶対に近づかない。

 肝心の鬼もいないのに、何故彼はここにいるのか?

 

「お、あったあった」

 

 木材と木材の間にある隙間から一枚の紙を取り出す。

 

「さて、次のターゲットを教えてくれるんだろ。ええ、炎柱の煉獄さん」

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・3日前

 

 

 

 

 

 

 

「君の大切な人は元気か?」

「!!!?」 

 

 わざとらしく微笑みながら、葉蔵は簡単な日本語を吐く。

 するとどうだろうか。たったこれだけで炎柱―――煉獄槇寿郎は面白い程に動揺した。

 ソレを見て葉蔵は思った。『ああ、やはり誰か治したい人がいるのか』と。

 

 何も葉蔵は煉獄の情報を握っていたわけではない。

 葉蔵は煉獄の様子から推理しただけだ。

 

 まず行動がチグハグだ。

 もし仮に討伐命令が出ていたのなら、こんな悠長に話すわけがない。

 鬼殺隊の最上位である柱なら猶更だ。戦闘のプロである彼らがそんな無駄なことをするはずがない。

 しかし実際は仕掛けてこなかった。

 まるで攻撃を躊躇うかのように。

 

 話し方もおかしい。

 討伐を宣告するにしては声が震え、覇気に欠ける。

 これが階位の低い鬼殺隊員なら兎も角、最上位の柱がそんなことするわけがない。

 しかし実際は声に力がなかった。

 まるで本当は攻撃したくないかのように。

 

 そして最後の宣告。というかこれが全てだ。

 あんな分かりやすい脅し文句を言われたら誰だって気づく。

 ああ、こいつは何かをやらせたいのかと。

 

 そこまで気づいたら後は連想ゲームだ。 

 鬼を殺すこと以外で、葉蔵にしか出来ないこと。怨敵である鬼と手を組んでまでしたいこと。

 考えられるとすれば、以前に宇随天元と手を組んで行った鬼殺隊の救出劇。つまり鬼の毒に対する解毒である。

 

 

 そう、煉獄は葉蔵を使って誰かを治療させようとしたのだ。

 

 しかしそれならそうと早く言えばいい。

 天元の場合は葉蔵を利用するという体でやったが、堂々と取り引きを持ちかけた。

 煉獄も同様にすればいいはず。なのに何故しないのか?

 

「(おそらく任務外での出来事、つまり私情(プライベート)によるものだろう)」

 

 鬼殺とは関係のない私情によるもの。

 大方、家族か恋人のどちらかが危篤で、葉蔵の力を使って治してもらおうとしてるのだろう。

 そう考えたら納得がいく。

 

「な、なんで妻の病のことを……!?」

 

 根拠は一切なかった。

 それで試しに突いてみたらどうだ、予想が大当たりではないか。

 

 あまりにも露骨な動揺。

 ソレをみて葉蔵はつい笑いたくなるも、なんとか我慢した。

 

 だめだ、笑ったら失礼じゃないか。

 怨敵である鬼を利用してでも助けたいという気持ちを笑うわけにはいかない。

 

「それならそうと早く言えばいいじゃないか。私ならなんとか出来るかもしれないのに」

「……出来るわけがないだろ!!」

 

 煉獄は叫んだ。

 絞りだすかのような、しかし全体に響くかのような大声。

 慟哭にも子供の癇癪にも取れるような怒鳴り声で煉獄は更に続けた。

 

「俺は柱だ! 鬼殺隊の手本にならなければならない! そんな俺が…俺が……!!」

「(……大変だねぇ)」

 

 しかし葉蔵は冷めた目でそれを見ていた。

 

 別にどうってことはない。

 相手は赤の他人どころか、一度は命を狙った相手。端的に言えば敵だ。

 敵対した人間を助けようと思う程、葉蔵の心は広くない。

 このまま見捨てるのは道理……。

 

 

 

 

「もしかしたら可能かもしれない」 

 

 ……の、はずだった。

 

 下弦の鬼を食ってご機嫌だったからか、それとも何か別の意図があるのか。

 

「ほ…本当か!?」

「ああ。しかし条件がある」

 

 条件。

 その単語を聞いて、少し浮かれていた煉獄は気を引き締める。

 

 何だ、いったい何を要求する。

 内容によっては拒否しなくてはならないが……。

 

「(俺に……出来るのか?)」

 

 妻の命と柱としての矜持。

 本当に自分は後者を選べるのだろうか?

 この鬼の要求を拒否するということは、妻を見捨てるということ。

 そんな真似が自分に出来るのか?……自信がない。

 

 

「私の要求は2つ。一つは鬼の情報。強い鬼の情報を優先的に私に寄越せ。二つは柱との模擬戦。君と模擬戦がしたい」

 

 

 

 しかしその内容は、拍子抜けするほど軽い物だった。

 

「そ、それだけか……?」

「ああ、それだけだ」

「……」

 

 煉獄の葛藤を知っての言動か、それとも本当にそれだけなのか。葉蔵は淡々と話す。

 

「私はより良質な鬼を食いたいのだが、この身一つでは入手できる情報には限りがある。

 対する君たちは隠とかいう隠密部隊から全国の鬼の情報を持っているのだろ? それをくれと私は言っているんだ。私が代わりに倒してやる」

「……」

 

 葉蔵の言葉に煉獄は再び沈黙した。

 

 話が出来過ぎている。

 鬼の情報を教えたら妻を助け出し、尚且つ鬼を倒してくれる? こちらに利益しかないじゃないか。

 だからこそ余計に混乱する。

 こんな取引にもならないような、こちら側しか得しないような内容を提示するか?……いや、得ならあるか。

 

 葉蔵の目的と行動理由は既に鬼殺隊も知っている。

 他の鬼を食らってより強い鬼になることだ。

 

「(どうする? この要求を呑むか? 一見すれば俺たちに損はない。しかし……!)」

 

 鬼を食う事自体はよい。むしろ歓迎しよう。

 鬼が減れば犠牲者も減り、鬼殺隊の殉職率も減る。良いこと尽くめだ。

 だが、葉蔵が相手だと話は変わる。

 

 

 おそらくこの鬼は将来的に鬼殺隊……いや、人類の潜在的な脅威になる。

 

 目の前の鬼は強い。

 その気になれば、一夜で近くにある町の人間を皆殺しに出来るであろう。

 そんな強大な力が何の縛りもなくそこら辺を歩いているのだ。

 

 この鬼には、鬼殺隊と違って大義も隊律もない。

 行動を縛るための法も、次の行動を予測する手がかりもないのだ。

 全てはこの鬼の気分次第。葉蔵の内にある善悪観念や価値観に任せるしかないのだ。

 

 

 もし何かしら逆鱗に触れてしまったらどうなる? 怒りに身を任せて関係する者を皆殺しにしないと言い切れるのか?

 

 もし何か欲しいものを見つけたらどうする? 欲望に身を任せて暴力によって人々を傷つけないと言い切れるのか?

 

 もし何か気まぐれを起こしたらどうする? 戯れに力を振るい、無関係な人々を巻き込まないと言い切れるのか?

 

 

 危険すぎる。

 葉蔵の行動を信用するにはあまりにも彼のことを知らず、葉蔵の善性を信頼するにも彼は聖人君子とは程遠い。

 

 

「(これ以上……この鬼が強くなったらどうなる?)」

 

 鬼の強さは人を食らった数、或いは無惨の血の量に比例する。

 この鬼は人を食わない代わりに、他の鬼を食うことで無惨の血の量を増やしてきた。

 おそらく人間の血肉を食うより、無惨の血の方が鬼はより強くなるのであろう。

 でなければ、藤襲山に放り込まれたような雑魚鬼が、一年も経過せずにここまで強くなるはずがない。

 

 もし、十二鬼月を食らえば、或いはソレに匹敵する鬼を食えば、葉蔵は今よりも格段に強くなるであろう。

 今の状態でも脅威だというのに、その手伝いを自分にさせようとしている。

 

「(受ける……べきか?)」

 

 将来の脅威という曖昧とはいえ、決して無視できない大きな脅威。

 私情とはいえ、妻の命という何物にも代え難い代償。

 柱として……煉獄槇寿郎としてどちらを選ぶべきか。

 

「柱になるまで、柱になってから君は幾多の鬼を討伐してきた。ならその中で楽な戦いってあった?」

 

 未だに迷う煉獄に対し、葉蔵は質問する。

 単なる好奇心によるものなのか、特に抑揚のない声。

 しかし何処かバカにしているように煉獄は感じた。

 

 

 

「柱って鬼殺隊の中で一番強いんだね? なら雑魚鬼なんて楽に殺せるだろ? いや、血鬼術を使う並の鬼も柱の敵じゃないはずだ」

 

「いや~、楽に鬼を倒したらその日は幸せだね。なにせお金をたんまり貰った上に、周囲に英雄視されてチヤホヤされる。その上自分の力も示せるのだから」

 

「私も入りたいな、鬼殺隊に。私の力なら鬼なんて楽々殺せるから柱なんてすぐに成れるだろう」

 

 

 

「楽な鬼狩りなんてあるわけがないだろ!!」

 

 煉獄は怒鳴った。

 腹の底から絞り出すような、何処か震えた声で。

 

 鬼は理不尽な存在だ。

 野生動物すら圧倒する脅威的な身体スペック。

 日光か日輪刀で首を刎ねる以外では殺せない不死性。

 血鬼術という物理法則を超えるインチキ染みた神通力。

 こんな化物相手に楽なんて言葉があるはずがない。

 

 

「俺はいつだって命掛けだった! 怖くて逃げだしたくなった事なんて数えきれない!! けど、それでも俺は戦ってきた!!」

 

「弱きものを救うことは強き者の責務! 俺はその義務を全うするため、逃げることなんて許されない!」

 

 

 

 

 

「それで? 君はその結果何を得た? 妻一人守れない身の君が」

 

 ドスッと、煉獄の胸に葉蔵の言葉が刺さった。

 

 

 

 

「文字通り命を懸け、何度も恐怖を押し殺し、必死に戦ってきた。そんな君が何故本当に守るべきものを守る機会を放棄しなくてはならない? 柱の責任は家族の命より大事か?」

 

「何故そこまで柱という地位に己を縛られなくてはならない? 君は柱として幾多の弱者を救ってきたなら、その分報われるべきではないか?」

 

「なのに本当に欲しいものを手に入れられず、むしろ制限されるなんて間違っている。君はもっと自由に生きていいはずだ」

 

 

 最後に葉蔵は煉獄に手を伸ばし……。

 

 

 

 

「私の手を取れ。これは貴方が受けるべき正当な報酬だ」

 

 

 彼の手を恐る恐るといった様子で触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……次は千葉か)」

 

 先程狩った鬼の因子の塊を針でストローのように吸いながら、壱枚の紙に目を通す。

 

 

 あれから、煉獄は全てを語ってくれた。

 鬼殺隊にリストアップされている鬼の情報、十二鬼月らしき鬼の情報、鬼が関与していると思われる事件の情報、地方に伝わる人食い鬼の伝説等々。

 柱が手に入れられる鬼の情報を全て吐いてくれた。

 

「お、他にもいるのか。……数は三体程。それなりだな」

 

 葉蔵一人では夜中に鬼を三匹も狩れたら多い方。一匹も釣れない日もざらにある。

 しかし、そんな生活もしばらくおさばら。

 やはり取引を持ち掛けて正解だった。

 個人でフラフラ散策しながら鬼を探すのとは大分違う。

 

「それじゃあ、行くか」

 

 パサリと、上着を脱ぐ。

 

 メキメキと、腕が軋む。

 

 葉蔵の影が、大きくなった。

 

 

 

「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!」

 

 獣が吠える声が響くと同時に、月夜の町に風が拭き渡った。

 




え~、今回は柱の弱さというか、本音を書いてみました。
というのも、私は今回の話で鬼殺隊の悪鬼滅殺に対するアンチを書きたかったんですよ。

おそらく中には『煉獄槇寿郎はこんなこと言わない!』って言う方もいらっしゃるでしょうが、敢えて私はこう書きました。

もし、妻の病を治してくれるかもしれない鬼が現れたら、槇寿郎は柱としての責務を果たせるでしょうか? 妻を助けられる可能性を捨ててまで鬼を倒そうとするでしょうか?

鬼殺隊の唱える悪鬼滅殺が、鬼殺隊にとって己の大事なものを犠牲にしてまで成し遂げるものなのか。
そういった意味も込めてみましたが……私は書けたでしょうか?


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