鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第56話

 真夜中の通形峠。

 いつもであれば静寂に包まれている筈の峠が今、人々の悲鳴が響き渡っていた。

 この峠を根城とする鬼に、討伐隊がやってきたのだ。

 

 

 この峠には、昔から鬼がいるという噂が流れていた。

 峠を通る旅人を食らい、村に降りては人を食らい、子供を攫っては食らったそうだ。

 無論、周辺の人々は何もしなかったわけではない。

 村の男衆で武器を持って戦おうとしたり、鬼を討伐しようと兵を雇ったが、鬼の血鬼術によって悉く返り討ちに合った。

 その中には鬼殺隊も含まれている。

 

 先日派遣された下位の鬼殺隊員がやられた。

 故に今回は討伐隊を形成。位が上の隊員をメンバーにして派遣した。 

 鎹烏の情報では、件の鬼は少なくとも十二鬼月ではない。ならば高位の鬼殺隊がいれば勝てる筈。そう考えていたのだろうが……。

 

 

「うぐ……うぅ……」

「い、いてぇ……」

「ぁ、ぁぁ……」

 

 ……結果はこの通りである。

 

 

 

 隊は一瞬で崩れた。

 突如現れた鬼が奇襲を仕掛け、討伐隊の隊長―――討伐隊の中で一番最初に一番強い隊員を殺したのだ。

 

 メンバーの中で一番高位である戊(つちのえ)。

 最大戦力であると同時に隊長である人物を失い、鬼の奇襲を受けた。

 士気が下がり混乱が生じるのは当然の事。

 

 隊は混乱に包まれ、モタついている間に鬼は猛攻を続ける……。

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面切り】

 

 

 その中で一人、鬼殺隊員の村田は刀を振るう。

 

 

 

 何故鬼の気配を感じ取れなかった?

 何時鬼はこちらに接近した?

 一体どんな能力を持つ?

 

 そんなことを考えている暇なんてない!!

 

 今は目の前のコイツをどうにかするのが先だ。

 倒すのは無理でも引きはがす、或いは牽制して動きを止める。

 それぐらいなら、平の隊員の俺でも出来る筈だ!!

 

 そう語るかのように村田はまずは鬼へと斬りかかる

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 人間サイズの肉塊など、一撃で容易く切断する斬撃。

 何度も振り下ろし、切り上げられる猛攻を、鬼はニヤニヤしながら全て避けて見せる。

 

 武術の類の動きではない。

 単純に鬼の反応速度と運動性能が人間と比べて格段に上位のため、見てからでも簡単に対処が可能なだけだ。

 

 そもそも、鬼殺隊と鬼の身体能力を比べる事自体がおかしいのだ。

 基礎の身体スペックに限定するなら、雑魚鬼でさえ呼吸の剣士を上回っていることもある。

 鬼殺隊は最初から、格上の敵を相手に戦う事を日常としていると言っても過言ではない。

 

 では常に鬼は勝者なのか―――そうとは言い切れない。

 

 

 村田の剣戟が僅かながらに掠りだす。

 村田が鬼の動きを見切り始めたのだ。

 

 確かに鬼は人間より速く強い。

 しかし、それだけで盤石になる程強者の座は軽くない。

 何の工夫もないワンパターンな獣の動きは、狡猾な人間によって見切られ、反撃する隙を与えてしまう。

 

 これこそ未だに圧倒的優位である筈の鬼が鬼殺隊に狩られる最大の理由であろう。

 強者特有の驕り。

 これこそ、圧倒的不利である人間共が鬼に付け入る隙なのだ。

 

 

 ではそこに付け入れば勝者になれるのか―――そうとは言い切れない。

 

 

【血鬼術 透過】

 

 

「!!?」

 

 遂に村田の刀が鬼の首を刎ねようとした途端、刀が通り過ぎた。

 文字通りの意味である。

 確かに鬼へ当たるはずであったのに、鬼の体が透けて通り過ぎたのだ!!

 

「……は? 何が……へぶしッ!!」

 

 呆ける村田に鬼の拳が腹に突き刺さる。

 ただ拳を振り下ろしただけの、素人臭いパンチ。

 ただ当てただけの拳だが、それが鬼の拳となると話が変わる。

 

 まるで木の葉のように吹っ飛ばされ、近くにあった民家の壁に激突。

 壁にバウンドするどこか、民家ごと壁を壊しながら、瓦礫に埋まった。

 

「こ…この!!」

「死ね鬼め!!」

 

 村田の奮闘のおかげか、混乱から立ち直った鬼殺隊が刀を振るう。

 しかしその刀も通り過ぎる。

 

 

【風の呼吸 壱の型 塵旋風・削ぎ】

 

 

 刀が首を捉える―――通り過ぎる。

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面切り】

【炎の呼吸 壱の型 不知火】

 

 

 左右同時に刀が振るわれる―――通り過ぎる。

 

 

【水の呼吸―――】

【炎の呼吸―――】

【水の呼吸―――】

【雷の呼吸―――】

 

 

 あらゆる角度から斬撃が迫りくる―――通り過ぎる!

 

 

「ど、どういうことだ……?」

「なんでだ………なんでだよ!?」

 

 あまりにも奇妙な出来事に、隊士たちの間に再び混乱が生じた。

 

 何だ、何をしたんだこの鬼は?

 鬼は確かにそこにいて、確かに刀が当たるはずだった。

 なのに何故切れない?

 

 気配はする。鬼のドス黒い気配はビンビンに感じられる。

 しかし、攻撃が届かない。それどころか、感触すらない。

 

 おかしい。ありえない。

 そこにいる。確かに鬼はちゃんとそこにいる。

 なのに触れない。

 

 どうなっているんだ?

 一体どんな血鬼術を使った?

 どうすればこんな幽霊みたいな鬼を……。

 

 

【血鬼術 不可視の手】

 

 

 呆けている間に、隊士たちは吹っ飛ばされた。

 

 まるで見えない腕に掴まれたかのように身動きを封じられ、投げ飛ばされた。

 

 

 本当に見えなかった。

 

 何もないはずなのに、何も当たってないはずなのに。

 

 そこにないはずの何かによって隊士たちは投げ飛ばされた。

 

 

「な…なんだ?」

 

 瓦礫の中から出てきた村田は茫然とした様子でその光景を眺める。

 

 何だ、何をしたんだこの鬼は?

 鬼の腕は決して届かず、確かに当たるはずがなかった。

 なのに何故当たった?

 

 何もない。そこには虚空しかないはず。

 しかし、攻撃が届いた。直撃だった。

 

 おかしい。ありえない。

 そこにないのに。確かにそこには何もないのに。

 なのに当たった。

 

 どうなっているんだ?

 一体どんな血鬼術を使った?

 どうすればこんな幽霊みたいな鬼を……。

 

「(これが……鬼と俺らの差なのかよ!?)」

 

 これこそ鬼殺隊が鬼を超えられない理由の一つ、血鬼術の存在である。

 鬼は血鬼術という物理法則を無視した妖術を行使することで、人間では到底再現できない現象を引き起こす。

 

 対する人間はどうか。―――鉄の塊と少々動きをよくする程度の技術である。

 

 

 そもそも、何処かの誰かさんが鬼を楽々殺すので忘れがちだが、鬼をバンバン殺せる存在自体が異常であり稀有なのだ。

 

 

 鬼は人間より上位に位置する捕食者である。

 ごく一部の例外を除いて日光以外では死なない不死性。

 最低でも容易く石壁を砕く程の怪力と、岩より硬い身体。

 短時間で即再生する生物としてはあり得ない生命力と治癒力。

 あらゆる物理法則を完全に無視した超常現象を引き起こす血鬼術。

 それに比べて人間はどうだ?

 

 身体能力は鬼より格段に劣る。

 呼吸で強化しようが焼け石に水であり、身体スペックは柱でさえ雑魚鬼を下回ることだってある。

 

 生命力と不死性は比べるのが烏滸がましい。

 傷の治りは遅く、腕も欠けたら生えることはない。

 

 日輪刀? 全集中の呼吸?

 ちょっと肉体を強化して鉄塊をブンブン振り回す程度が、鬼の神通力―――血鬼術と対等だと言うつもりか?

 

 

 もう一度言う。

 人間は獲物で鬼は圧倒的上位の捕食者である。

 この関係は呼吸の剣士とて例外ではない。

 

 では、鬼殺隊も鬼の餌になるしかないのか?

 抵抗むなしく食われるしかないのか?

 そうとも言い切れない。

 

 もし、この世界の神がワニのような冷血動物ならそうなったであろう。

 後に駆け付けた鬼殺隊員が食い散らかされた仲間の死体に心痛め、その命と思いを背負うシーンになっていたであろう。

 

 しかし安心して欲しい。

 この世界ではそのようなことはない。

 

 何故なら、この世界の神はご都合が大好きなのだから!

 

 

 

 パァーーーーーーーーーン!

 

 

 銃声が響き渡る。

 放たれる赤い弾丸が、吸い込まれるように鬼の眉間に命中したのだ。

 

 

「~~~~~~~~~~~~~! 何もんだ!?」

 

 鬼は激高した様子で銃弾が飛んできた方角に目を向ける。

 傷はすぐ再生したが、だからといって痛みを感じないわけではない。

 何もよりも、食事の邪魔をされて怒らない鬼はまずいない。

 

 何処の誰だ? 同族か?

 どっちでもいいか。とりあえず見つけ次第殺してやる。

 そう言いたげに殺気に漲る目を向ける。

 

 しかし、そんな強気でいられるのも今のうちだ。

 

 

 銃弾が飛んできた方角。

 人間の目では遠すぎて、暗すぎてよく見えない。

 しかし鬼の眼はしかと視認した。

 

 木々の狭い間をすり抜け、迫る赤い針。

 血鬼術ですり抜けようと、しかし僅かに弾丸が速かった。

 今度は心臓部分に命中する。

 

 三発目。

 再び血鬼術を発動。

 針をすり抜けながら、襲撃者の姿を確認する。

 

 雪のように白い肌。

 額から延びる宝剣のような赤い角。

 闇を溶かし込んだかのように黒い目に、血のように紅く輝く瞳。

 

 

「針鬼ッ!」

 

 怒りによるもの? 

 否、それは歓喜の声。

 

 針鬼。

 あの方から討伐命令を下された裏切り者。

 もし殺せば報酬として血を頂ける恰好の獲物だ。

 

 もう鬼狩り共に用はない。

 消えるなり何なり好きにしろ。

 特段美味くもない肉を食らうより、あの方から血を頂く方がよほど有益だから。

 

「………」

「待ちやがれ針鬼!」

 

 通形峠の鬼は背を向けて山頂に向かう針鬼を追った。

 

 




え~、今回書きたかったのは、一般鬼殺隊と鬼の力関係でした。

柱だの主役だのが鬼をバッタバッタ倒すから忘れがちですが、本来鬼は人間より生物的に上位の存在です。
だから劇中みたいに鬼を倒すことよりも、鬼殺隊の方が負けることが多いはずです。
おそらく、鬼の中には今回出てきた通形峠の鬼のように、通常の手段では首を切れない鬼だっているでしょう。集団で向かっても返り討ちに何度もあったでしょう。

この回ではその力関係を改めて認識しよう。そう思って鬼殺隊がぼろ負けするシーンを付けました。

まあ、最後はアイツが全部かっさらっちゃうんですけどね!

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