鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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今回出てくる白やくざのモデルは原作で登場したあの人です。
このssではまだ柱ではない上、鬼に対する憎悪もないので急遽用意しました。


第58話

 

 峠を越えた山頂。

 無数の鬼殺隊の中に、針鬼こと葉蔵が佇む。

 葉蔵は囲まれているというのに、一切の動揺を見せない。

 むしろ周囲の鬼殺隊を挑発するかのような態度を見せている。

 

「どうした? 来ないのか?」

 

 葉蔵はその中でも一番日輪刀の色が濃い剣士―――白髪の傷だらけの男に目を向ける。

 そう、葉蔵を藤襲山に叩き込んだ男であり、藤襲山から出た葉蔵によってコテンパンにされた男である。

 

「このクソ鬼が、調子に乗りやがって」

 

 葉蔵に恨みがましい目を向ける男。

 事実、鬼ではなく葉蔵本人に彼は恨みがある。

 

 彼は葉蔵が自身の捕まえた鬼であることは気づいていた。

 仲間にはバレてないが、もし知られてしまえば自分の居場所はなくなる。

 そして何より、葉蔵は鬼である。それだけで彼を駆り立てるのには十分だった。

 

「「「・・・」」」

 

 そして、他の者も同じ思いだった。

 鬼殺隊に属する人間の多くが縁者を鬼に喰い殺され、鬼に対して並みならぬ憎悪を抱いている。

 目の前に鬼がいる。それだけで殺すには十分すぎる理由だ。

 

「おいおい、私と戦う気か? あの雑魚鬼すら倒せなかった君たちが?」

 

 馬鹿にしたように笑う葉蔵。それがまた彼らの怒りを駆り立てる。

 そんなことは分かっているのだ。だからこそ、余計に腸が煮えかえる。

 

 鬼は人間より強い。鬼には不死性がある。鬼には血鬼術がある。

 鍛錬を積み重ねてやっと手に入れた力を、鬼は鬼に成った瞬間から持っている。

 それでも尚鍛錬を続けて磨き上げた力を、鬼は人を少し食うだけで持っている。

 

 鬼は最初から強い。まるで努力する自分たちを嘲笑うかのように、努力など無駄だと馬鹿にしているかのように。

 だから余計に鬼が嫌いになるのだ。

 

「「「………」」」

 

 葉蔵を取り囲む剣士達。憎悪に滾る目を向け、斬りかかるタイミングを今か今かと待つ。

 対する葉蔵は動かない。さあどうぞお好きにと言わんばかりの態度で腕を組んでいる。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 瞬間、一人の剣士の姿が消えた。

 呼吸によって強化した肉体で、一気に突っ込んだのだ。

 その速さはまさしく弾丸。そこらの雑魚鬼ならば反応すら出来ずに首を刎ねられていたであろう。

 

 周囲の鬼殺隊は思った。これで終わりだ、と。

 

「おっと」

 

 ギィンと金属音が響くまでは。

 鬼殺隊員の刀を、左手で受け止めた音だ。

 一瞬動揺するも、すぐに別のものが斬りかかる。

 

 

【炎の呼吸 壱の型 不知火】

 

 

 しかしまたも受け止める葉蔵。

 今度は反対の手を変化させて受け止めた。

 

「あの呪文いらねえのかよ!?」

「あんなの演出に決まってるじゃないか」

 

 その場のノリ、強いて言うなら鬼と手で連想しただけのお遊びである。

 特に意味はない。

 

 

【水の呼吸 捌ノ型 滝壷】

 

【炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり】

 

【風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹】

 

 

 一合一合、剣がぶつかり合うたびにギィンギィンという音が響き渡る。

 呼吸の剣士にとって、一太刀一太刀が一撃必殺。並みの人間には反応も出来ない速さ。それを全て葉蔵は受け止めた。

 

 一人二人と、己の全力を込めて斬りかかる。―――受け止められる。

 三人四人と、連携して斬りかかる―――避けられる。

 五人六人と、一気に斬りかかる―――流される。

 

 通常の鬼、血鬼術を使える鬼でも既に10回首を刎ねている筈。

 そんな攻撃を葉蔵は涼しそうな顔で受け流した。

 

 無論、同じ剣戟を繰り返しているわけではない。

 鬼殺隊の刀は段々速くなり、連携も上手くなっていく。

 囮役や奇襲役などの戦略も増え、一瞬たりとも休む隙を与えない。

 皆が全身をフルに使って、敵を斬り殺さんとする。

 だというのに鬼は倒れない。

 

 ここまで長く、速く、必死に刀を振るったことはないであろう。

 まぎれもなく皆本気だ。

 そして本気を出しても未だ一太刀も浴びせられていないのが、この鬼。

 化け物め、それが全員の感想だ。

 

 受ける、避ける、流す。

 一瞬たりとも止むことのない剣撃が葉蔵へと襲い掛かる。

 受ける、避ける、流す。

 そろそろ葉蔵に余裕がなくなった。

 受ける、避ける、流す

 速く、もっと速く。一秒でも、一瞬でも速く。

 全身全霊でこの鬼の首を斬らなくては。

 

 もう終わりは近い。鬼殺隊員は遠目に見てもかなり疲弊しており、汗を滝のように流している。

 対する葉蔵は余裕こそ消えているものの、限界には遠かった。

 

 そしてその差は、すぐ表れた。

 

 百数十回目となる刀と刀のぶつかり合い。そこで隊士の一人がぐらついた。

 たたらを踏んでなんとか踏みとどまる。だが、姿勢を崩している。

 限界が来たのだろう。もちろん、ちゃんと葉蔵はソレに気づいた。

 すぐさま鬼の手が隊士に向かう……。

 

「………もういいか」

 

 向かうことはなかった。

 

 パチンと、指を鳴らす。

 瞬間、無数の弾丸が隊士たちに命中し、彼らを動けなくした。

 

 血針弾。

 実はこの血鬼術、いちいち相手に指を向ける必要はない。

 意識すれば背中だろうが空中からだろうが好きな方角から撃てるのだ。

 ただその際は命中率が下がるが、葉蔵の射撃センスと超感覚によって補うことは容易い。

 少なくとも、血鬼術も使えず、柱程の身体能力もない人間共を駆逐するには十分だ。

 

 

「私と戦っているつもりだった? 残念、アレはただのお遊びだ」

 

 

「これが私と君たちの差だ。君たちが幾多の鍛錬を重ねてやっと強さを得る間に、私は少し鬼を食らった程度で強くなれる。……違うんだよ、元々の性能も成長速度も」

 

 

「私は君たちより強い。それも絶望的な程の差だ。だというに喧嘩を売るなんて……理解に苦しむ」

 

 

 そう、これこそ鬼と人間の本来ある力量差である。

 人間は並らなぬ努力を重ねることでようやく鬼を超える。

 文字通り血反吐を吐くような、地獄のような鍛錬を積むことで、ようやく鬼を倒せるのだ。

 

 

 ならば、鬼が努力したらどうなる?

 

 

 鬼が武術などの鍛錬を積んだらどうなる?

 鬼が自身の血鬼術を使いこなしたらどうなる?

 鬼が己の戦い方を見直し、反省し、今後に活かしたどうなる?

 

 間違いなくその鬼は柱を超える。

 

 努力も工夫もしない、ただ人間を食うだけの鬼ですら下弦入り出来るのだ。

 真っ当に実力を身に着け、知恵を働かせている鬼が出来ないわけがない。

 

 スタート地点でその後の成長スピードでも鬼は人間をこえる。

 頭領がちゃんと鬼を育成し、統率すれば、鬼殺隊なんてとっくの昔に絶滅させられたのだ。

 頭無残じゃなかったら……!

 

「ふ、ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 白やくざが葉蔵に切りかかる。

 

「君のすべきことは私にかみつくことではない。命乞いをしてでも撤退することで情報を持ち帰り、上に報告して今後の糧にすることだ」

「だまれだまれだまれ!」

「……ッチ、話の通じない狂犬が」

 

 刀をよけながら舌打ちをする葉蔵。

 

「俺は俺は俺は!ここまでやってきた!何度も死ぬ思いして、父さん母さんの仇を討つために!!

 鬼共を皆殺しにして! 生きた事を後悔する程痛めつけて! この世から消してやる!!

 お前も例外じゃねえ……針鬼ィィィィィ!!」

 

「……ップ」

「何がおかしい!?」

 

 刀を我武者羅に振り回す白やくざの攻撃をよけながら、葉蔵が笑う。

 それを侮蔑と見たのか、白やくざは余計に怒りを見せた。

 

 

 

 

「貴様の方が鬼みたいな面してるぞ」

 

 

 その言葉を吐いた途端、白やくざは動きを止めた。

 

 

「な、なに……? ど、どういう意味だ!?」

「言葉通りだ。私にはキサマの方が私より内面性において鬼に近いように思える」

 

 一呼吸おいて、しかし反論も口を挟む余地も出さないように葉蔵は話を続ける。

 

 

「キサマは隊員の命を優先せず、任務にないはずの私の討伐を命じ、部下を送るべきでない死地に送り込んだ。

 当然だ、キサマの目的は鬼を殺すこと。そのためなら部下の命などカスにも劣るのだからな。去ろうとした私に憎しみを向け、部下を扇動したのがその証拠だ」

 

 

 違う、そんなつもりはない。

 そう白やくざは言おうとしたが口が動かない。……何故だ。

 

 

「どっちが鬼だ? 鬼を切り刻むことしか頭にないような貴様が。職務を全うせず己の欲望を優先するような貴様が。貴様の行動は本当に人間として正しいと言えるのか?」

 

 違う! 俺はそんな人間じゃない。

 否定しようとするも口元が震えてうまく言えない。……何故だ?

 

 

「鬼を斬ることで快感を得ているのだろ?鬼を殺すことで達成感を得ているんだろ。

鬼を殺すことで過去の自分を、無力だった自分を否定したいのだろ」

 

 違う! 俺はそんなこと思っちゃいない!

 眼前の鬼を切ることで否定しようとするも、体が震えて出来ない。……何故だ!?

 

 

「鬼とどう違う?鬼が人を食らうことで快感を得ているのと、鬼を狩って達成感を得ているのとどう違う? やっていることはほぼ同じように私には見えるのだけど?」

 

 違う! お前らなんかと一緒にするな!!

 全力で否定しようとするも、金縛りにもかけられたかのように動けない。……何故なんだ!!?

 

 

 

 

「もう一度聞く。お前と私、どちらが鬼に相応しい?」

 

 

 

 動けない。

 話せない。

 否定できない。

 

 彼の内側から何かが這い出る。

 角を生やした、血の匂いがする影。

 それが彼の後ろでガッチリと彼を抱える。

 

 

 

「(ま、こんなものか)」

 

 ニヤリと笑う葉蔵。

 彼は針を取り出して白やくざに突き刺そうと……。

 

 

 

【炎の呼吸 弐の型 昇り炎天】

 

 

「……っぐ!? 何者だ!?」

 

 突如、葉蔵の視覚から斬撃が飛んできた。

 辛うじて避ける葉蔵。

 そのまま下がりながら、葉蔵は凶手に目を向ける。

 

「暴れ過ぎだ、針鬼」

 

 炎柱、煉獄槇寿郎。

 彼は日輪刀を構えて葉蔵と対峙した。





前回私は鬼殺隊について懐疑的な後書きを書きました。
そして、これが私なりの意見です。

鬼殺隊は鬼を狩る鬼になった集団。
無論、全員がそんなのとは思いませんが、そうなった者もいると私は考えております。
例えば原作の白やくざ。
柱合会議で彼は無抵抗のねずこを三度も刺しました。しかも、炭治郎に見せびらかすように。
あれを見た私は『コイツの方がねずこより鬼の顔をしてるな』と思いました。
無論、全員がそうとは言いませんが、鬼殺隊の手本である柱にもいるのならその下にはけっこういるのではないのか。
なら鬼殺隊ってなんだ? 本当に正義のヒーローなのか?
私なりで考えた結果が今回のお話です。

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