鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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キンキンキン!


第59話

 

 とある峠の近く。

 夜中だというにそこは騒がしく、明るかった。

 暗闇の中に火花が煌めく。

 金属同士の擦過音が響く。

 

【炎の呼吸 伍ノ型 炎虎】

 

【針の流法 血喰砲・貫通】

 

 

 炎の虎を幻視する程の力強く凄まじい一撃。

 ソレを迎え撃つのは紅い砲弾。

 杭は虎を貫き、巨岩が叩きつけられたかような轟音を鳴らす。

 吹き荒れる爆風。

 熱を帯びたソレは、遠く離れている筈の鬼殺隊の肌を灼く。

 

 

【針の流法 血喰砲・散弾】

 

【炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり】

 

 

 雨霰のように散弾が撃ち出される。

 人どころかその周囲すら一掃する量の銃弾。

 迎え撃つはうねる炎が如き連撃。

 炎は弾丸を呑み込み、甲高い金属音を立てて迎撃する。

 輝きだす火花たち。

 辺り一面を昼のように明るく照らし、遠くから観察する鬼殺隊の網膜を灼く。

 

 

【炎の呼吸 壱ノ型 不知火】

 

【針の流法 血喰砲】

 

 

 砲弾と刀がぶつかる。

 派手な衝突音が響き、大きな火花が飛び散る。

 

【―――血喰砲】

 

 

 撃つ。

 

 暗闇の中、砲弾が降り注ぐ。

 

 赤い魔弾が山肌を削り、木々を薙ぎ払う。

 

 

 

 

 

【―――炎の呼吸】

 

 

 斬る。

 

 

 星空の下、刀が振るわれる。

 

 赤い峰の空気を切り裂き、弾丸を防ぐ。

 

 

 

 

 

 余波が周囲を破壊する。

 

 轟音が空気を震わせる。

 

 発生する熱が大気を灼く。

 

 飛び散る火花が夜を照らす。

 

 

 

「おおおおお!!」

 

 遂に煉獄が葉蔵の懐に潜り込んだ。

 その首を斬ろうと刀を掲げる。

 

 ガキィン!

 

 甲高い音と共に彼の斬撃が止められた。

 葉蔵の手には赤い西洋の剣。

 人間なら両手で持つべきソレを、彼は片手で装備していた。

 

「どうした? 剣の素人である私でも切り結べているぞ? そろそろ疲れてきたか?」

「そう思うなら……さっさと帰ってくれ!」

 

 キンキンキン!

 

 峰が赤い刀と、真っ赤な両手剣(バスタードソード)

 鬼の力による叩き斬りと、呼吸の技による斬撃。

 打ちこまれる度に甲高い金属の摩擦音を立てる。

 

 どちらかが攻撃を当てようとすれば防がれ、すぐ様に反撃して防がれる。

 戦闘ではなく、ある種の演舞。

 彼らの戦いを見守る鬼殺隊にはそう見えた。

 

 

【針の流法 血塊楯】

 

 

 勝者は人間の御業。

 赤い剣を弾き、葉蔵にまた別の武器である楯を使わせた。

 

「アッハッハッハッハッハ! 楽しいな、鬼狩り!」

「こっちは……全然だ!」

 

 

【炎の呼吸 弐の型 昇り炎天】

 

 

 切り上げることで楯を弾き飛ばす。

 腕が上がることで出来た隙間。

 そこに入り込もうと煉獄は腰を低く降ろし、刀を引いて入り込もうと……。

 

「!?」

 

 入り込もうとした瞬間、両手剣の石突が振るわれた。

 切り上げられた勢いを利用し、葉蔵が回転したのだ。

 もし煉獄が飛び込んでいれば、あの石突に殴られ、針を刺されていたであろう。

 

「ふざけるなよ……血鬼術も戦闘方法も一個だけにしろ! 遠距離も出来て接近戦も完璧とかズルいだろ! 俺たちは日輪刀しかないんだぞ!!」

「そんなことを言われてもね。私も生きるのに必死なんだ。出来ることは全部させてもらうよ」

「……本当にふざけた鬼だ」

 

 ふざけている。

 鬼とは本当にふざけた存在だ。

 柱という人間の最高峰の存在でさえ、鬼なら彼らの努力の数割程度でその域に到達できるのだから。

 もう一回言う。もし頭無残でなかったら、どれだけ柱クラスの鬼が誕生していたのか。

 

「………」

 

 葉蔵と煉獄の間に重い空気が漂う。

 否、彼らの周囲だけでない。二人を見守る鬼殺隊たちからもだ。

 その空気が臨界点にまで達しようとした途端……。

 

「やめにしよう」

 

 葉蔵は剣と楯を消しながらそう言った。

 

「これ以上やれば本当に死人が出る。それは双方にとって不利益だ」

「お前がその気ならこっちも願ったり叶ったりだ。俺もお前とは戦いたくない」

 

 刀を降ろす煉獄。葉蔵はその様子を満足そうに頷き、背中を向けて歩き出した。

「次は私にちょっかいを出さないでね」

「ああ、俺も御免だ」

 

 煉獄もまた葉蔵に背中を向け、動けない隊士たちの方に向かう。

 

「え、炎柱様!? なんで鬼を逃がしてるんですか!?」

「そうですよ!せっかくあの鬼を殺せる絶好の機会だったのに!?」

「……お前ら、本気で言ってるのか!?」

 

 隊士たちによるブーイングの嵐。

 煉獄はソレを全集中の呼吸による踏み鳴らしの音で黙らした。

 

「俺が逃げたんじゃない、あの鬼は逃げてくれたんだ。お前らを人質にしてな」

「「「………?」」」

 

 よく分からないといった様子で炎柱を見る隊士たち。

 

「あの鬼が楯と剣を消しながら、視線はお前たちの方を向けていた。アレはおそらく『私を見逃さないならこいつ等を集中的に狙う』と言いたかったのだろうな」

「し、しかし炎柱様ならば大丈夫なのではないでしょうか?」

「バカ者が。あれはお遊びだ。正々堂々と戦う遊びだ。その気になればもっと効率的に俺を追い詰めることが出来た」

「ど、どういう意味でしょうか……?」

 

 恐る恐ると言った様子で聞く隊士の一人。

 対して煉獄はため息をつきながらゆっくり話しだす。

 

「お前たちに集中砲火することで俺の行動を制限させる、木々を遮蔽物にして遠距離攻撃を仕掛ける、罠を仕掛けて行動を制限させる……やりようは幾らでもあった」

「そ、そんな……」

「あの鬼は強い上に頭が回る。鬼狩りとして最も会いたくない鬼の一つだ」

 

 苦虫を潰したかのような表情で語る煉獄。

 

 彼ら柱にとって、恐ろしい鬼とはただ強い鬼ではない。

 『鬼』の力ではなく、鬼自身が強い鬼だ。

 鬼の能力を万全に使う技術を持つ鬼、相手の情報を集め弱点を見破る目を持つ鬼、作戦や戦略を考え実行する頭を持つ鬼。

 葉蔵全部当てはまるじゃねえか。

 

「しかし幸いなことにあの鬼は人殺しに忌避感を抱いている。憎い相手に殺意を抱くことはあるだろうが、あの冷静さを見る限り、よほどこちらが過激な手を出さない限りないだろう」

「そ…そんな!? では見逃せというのですか!?」

「違う、あの鬼に関わるな。これは俺の命令ではなくお館様の命だ。……奴と接触するときは、万全な準備が整ってからだ」

 

 

「針鬼と接触するな。次はないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日没後の、とある居酒屋。

 賑やかに繁盛しているその場に、一人の来客が戸を開けた。

 

「いらっしゃい、お一人ですか?」

「ああ、熱燗一つ」

 

 煉獄は付け台(カウンター)席に座る。

 木の匂いに酒や料理の臭いが混じった板。

 その上に注文した熱燗が置かれた。

 彼は徳利に酒を注ぎながら、隣の席にいる男へ目を向ける。

 

「随分派手に暴れたな。もう少し自重出来なかったのか?」

 

 平凡な男。

 黒髪黒目の何処にでもいる凡夫。

 とても柱に暴れ過ぎと咎められる人間には見えないのだが……。

 

「先にやってきたのは君たちだよ。私は身を守っただけさ」

 

 そう、この男は他人に化けた針鬼―――葉蔵である。

 

「確かにそうだがお前ならもう少し加減出来ただろ」

「……少し頭に来てしまってね。感情的に暴れてしまった」

「別に怒ってるわけではない。死者も重傷者も出てないのだからな。……すいません、枝豆もらえますか?」

 

 酒のつまみを注文した後、再び話を戻す。

 

「約束は明日だ。きちんと守ってもらうぞ」

「もちろん。こちらも代金は頂いてるし準備も整っている。約束は果たすさ」

「そうか、ならいい」

 

 再び酒を呷る。

 

 約束。

 葉蔵に鬼の情報を渡し、葉蔵と手合わせする代わりに、妻にかけられた鬼の呪いを解呪するというもの。

 既に鬼の情報も幾らか貰い、手合わせも何十回もやった。

 昨夜の戦闘もその手合わせの一つである。

 もっとも、あの場で出会ったのは偶然だが。

 

「しかしそれにしても……昨夜は驚いたぞ。どうやったら派遣された隊士全員と戦う羽目になるんだ」

「やっぱり怒ってるじゃん」

「いや、お前に対してではない。今の隊の在り方だ」

 

 はぁ~とため息を付く煉獄。

 

「本来、お前と接触するのは禁じられている。柱並みの隊士でないと瞬殺されるのは目に見えている」

「だから余計な手出しをして甚大な被害が出るのを防ぐため、針鬼と関わらずに撤退しろと?」

「概ねそんな感じだ。危険ではあるが人を襲わず害獣を食ってくれる。山犬や狼みたいなものだ」

「なるほど。しかし現実は私にも恨みを向けているらしいが?」

「そこなんだ」

 

 指をさす煉獄。

 

「隊士たちの気持ちは分かる。しかし、ここでお前を失ってしまえばお前の存在によって抑えられている鬼が活性化してしまう」

「ハハハ、大変だねえ」

「その大変の元がお前なんだ」

 

 再びため息をつく煉獄。

 

「まあいい、これは俺たち鬼殺隊の問題だ。それより昨日の話だ」

「あれ、あのことは怒ってないんじゃないのか?」

「隊士たちと戦った話じゃない。俺に使った血鬼術だ」

「あれ、何か危ない技使ったっけ?」

「思いっきりやっただろ」

 

 カツンと音を立てて徳利を置く。

 

「なんだあの技は。俺じゃなきゃ死んでいたぞ」

「貴方だからやったんだ。あれぐらいの戦闘はいつもやってるじゃないか」

「いや、あれは死にかけたぞ。いつもはもっと加減してくれただろ」

「下手に加減したらそれこそ疑われてしまう。ああいった場面は派手に激戦を演じた方がいいのさ。アレで誰も私が貴方と繋がっているとは思わないだろう」

「それはそうだが……お前まさか、あれを機会に俺がどうやってお前の本気の血鬼術に対処するか観察していたのか?」

「あ、バレちゃいました?」

「……この鬼め」

 

 昨日の戦いで隊士たちは演武のようという感想を抱いたが、真実は演武のようではない。

 実際に予め決まっていたのである。

 

 煉獄槇寿郎は何度も葉蔵と手会わせをしている。

 ある時は密会のように人目も鎹烏も巻いて、試合形式で互いの技を披露し、ぶつけ合い。

 又ある時は偶然を装って出会い、渋々戦闘になったという体で実戦形式で手合わせを行う。

 予めどう戦うか約束組手をした状態で……。

 

「しかしこの針……一体何なんだ?」

「血鬼術で作った携帯連絡針。何回も説明したじゃないか」

「そういう問題じゃない。これ……便利すぎるだろ」

 

 煉獄が差し出したのは赤い針。

 葉蔵が新たな血鬼術で創り出した針、携帯連絡針である。

 

 約束組手をする以上、予めどう戦うかミーティングする必要がある。

 特に、前回のような偶然を装って戦う際には綿密にどう動くか決めておかなくてはならない。

 アドリブでその場の場でいい感じにやれとか、どこぞのブラック組織でも命令しないはずだ。……しないよね?

 その問題を解決したのがこの連絡用針である。

 

 葉蔵の血鬼術の一つに、GPS機能に似た針がある。

 彼の鬼の気配を探知する角の機能があってこそ成り立つ血鬼術だ。

 そして、葉蔵の角には針には命令する血鬼術と、音波を送受信する機能があり、針にも似たものがある。

 ソレを応用して作ったのがこの携帯連絡針である。

 

 仕組みは以下の通り。

 針を声で振動させると、針は声を血鬼術の震えに変換して葉蔵の角に伝達する。

 葉蔵の角は伝達した震えを声に変換して脳に送るといったものだ。

 早い話が携帯電話である。

 

 葉蔵の前世では普通にあった日常を象徴するアイテム。

 こんな便利なアイテムを、前世の知識を持つ彼が実践しないわけがない。

 なにせ、彼は人間の頃から前世の知識を使って生活を豊かにしてきたのだから。

 

「懐に入れられる程小さい、扱いも簡単、声限定だが多くの情報を直接やり取りできる。……これがあれば俺たちの任務が3倍ぐらい効率的になる」

「やらないよ」

「……分かっている」

 

 渋々と言った様子でため息をつく煉獄。

 

 この針はあくまでも葉蔵の血鬼術。故に、葉蔵を介してでないと効果を発揮できないのだ。

 葉蔵を仲介しないとやり取りが出来ず、更に葉蔵から離れすぎるとタダの針に成り下がる。

 鬼殺隊として、導入することは不可能だ。

 

「それじゃあ約束は果たしてもらうぞ」

「安心してくれていい。ちゃんとするさ」

 

 





葉蔵が煉獄父と手合わせしたのは、単に戦いを楽しみたいだけではありません。他にも企みがあります。
ではソレが何なのかは、近いうちに出します。

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