鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「うまうま」
あれから一週間近く過ぎた。
この7日間、私は自身の能力の開発に集中している。
あの鬼を食ってから私の肉体に変化が生じた。十三程で止まっていた筈の肉体が急に成長し、額からはユニコーンのような一本の角が生えている。
能力も少し強化された。前までは25㎝ほどしか伸ばせなかった針が、今では90㎝近く、それに準じた太さにまで形成出来る。
形も融通が利くようになった。先端部に無数の刺を生やしたり、鍵爪や返しを付けたり、より遠くに投げやすい形にすることが可能となった。
よって私はこれらを使いこなす練習をしていた。よりスムーズに、かつ、より質の高い針を作るために。
「ハフハフ…」
これもまた針の修行の一環である。
野生のイノシシを針で作った槍で仕留めるのも。
偶然拾った刀で肉を切り、針を串にして肉を焼くのも。
石をフライパン代わりに、針を箸代わりに使うのも修業の一環である。
ここしばらくの間、私はずっと鬼の血ばかりを口に入れてきた。
鬼の血はうまい。格別に美味い。だが、ずっと液体だけでは飽きが来るのは当然のことだ。
そこで、訓練の序でに肉や魚を確保することにした。
90㎝近くの針を形成し、槍や銛の代用として使う。
結果は御覧の通り。投槍も漁もうまい感じに出来た。
後は食材を拾った刀で解体して食べるだけ。これも初めてやったにしては上手くいったと思う。
仕留めた獲物に針を刺してみたが、鬼のように血の根が拡がることはなかった。
どうやら私の針が効果を発揮する対象は鬼だけらしい。
考えてみれば当然だ。私の針は
「ん?もうないのか」
肉に手を伸ばそうとしたが無くなってしまったので追加を作る。
加熱した平べったい石に脂の塊を加えて溶かす。
脂が溶けて来た所で猪肉を丁寧にフライパンの上に置く。
いい香りだ。肉の焼ける音も食欲を刺激させる。
ステーキを焼く時もバーベキューをするときも。何度も食材をひっくり返すのは論外だ。
ひっくり返すのは1度だけ、それも肉の表面に脂が浮いてきたそのタイミングだ。
焼き加減でレアなのか、ミディアムなのか、ウェルダンなのかを決めるのだが、私にはそこまで見極める技術がない。なのでそこは適当に。
十分焼きあがったところで針をフォーク代わりにしていただく。もちろんナイフなんてものはないのでかぶりつく状態で。
口を大きく開き、限界まで肉を中に入れて頬張る。少々下品な食べ方だが偶にはいいだろう。
今までお坊ちゃまとして礼儀良くしていたのだ。今日ぐらい許してくれ。
がぽ…ぎゅううううううう…ちゅるん。
もにゅもにゅもにゅ。ごっくん。
うん、まずい!
「やはり下処理しなくては美味くないか……」
焼き肉のたれや胡椒どころか、塩すらかけてないのだ。美味いわけがない。
雑味がひどい。臭みもある。血抜きはちゃんとしたというのに、血管に詰まって生臭さを残している。
脂身はあるがそれ以外は落第点だ。こんな状況でなくては食べる気など起きない。
私の舌はかなり肥えている。
前世では大正の世では考えられないような美食を味わい、今世では上流階級の者しか口に出来ない物を味わってきたのだ。
今更こんな不味い肉で満足出来るはずがない。
しかし今の私は猛烈に腹が減っている。食わなくてはやっていけないのだ。
「……見ての通り食事中なのだが?」
火を近くに置いた水桶で消し、空になった桶を投げつける。
カコンと、森中に響く桶が落ちる音。……真っ二つになった状態で。
「食事中悪いがお前と戦いたい。付き合ってくれるか?」
「よく言うよ。それ以外の選択肢なんて用意してないくせに」
口では疑問形に言ってるが、奴の目は拒むことを許さないと言っている。
だがそれでいい。それでこそ鬼というものだ。
「来なよ。食後の運動に付き合ってやる」
足元にあらかじめ用意した針の剣を拾って構える。
机上の実験は終わった。ならば次にやることは決まっている。実戦による実験だ。
キンキンキン。
山奥のとある開けた場所。
そこで金属をぶつけるような摩擦音が響く。
音源は二つ。互いの武器をぶつけ合う二匹の鬼だった。
「死ね!」
指先から小太刀のように伸びる爪を振り下ろし、敵の命を刈り取ろうとする。
いや、それは爪ではなく刀だった。まるで指の一本一本に小太刀が融合しているかのような、歪な爪。
これこそこの鬼、爪鬼の武器である。
対するは葉蔵。剣のように長い針を杖のように振り回して爪鬼の攻撃を防いだ。
今度は葉蔵が攻撃する番。
長針をフェンシングのように構え、踏み込みながら突き出す。
狙いは当たりやすい胴体。紅の軌跡を、爪鬼はギリギリまで引きつけ、両手の爪で弾いた。
仕切り直し。葉蔵は即座に爪鬼の間合いから飛び退いて、フェンシングの構えを取る。
爪鬼は爪を向けて正眼に構える。
それが再開の合図だった。再び放たれる葉蔵の一撃。爪鬼は迫る針を両手で切り払った。
鬼の怪力による剣戟に葉蔵は一歩も退かない。彼もまた鬼の怪力で対抗。針の速度が徐々に上がってきている。
「ぐあっ」
剣戟で勝利したのは葉蔵。彼の針が徐々に爪鬼の体を掠め、遂に一撃が当たった。
追撃しようと腕を引いて突きの構えを取る。瞬間、爪鬼は地面を引っかき、土を掬い上げた。
「ぐッ」
葉蔵の目に砂が掛かる。砂による目くらましだ。
鬼の肉体がいくら頑強とはいえ、基本的な構造は変わらない。
鬼とて斧や鉈で切断可能なのだ。人間ほどではないものの、砂が目に入れば怯む。
接近する爪鬼。葉蔵は咄嗟に針を投げてけん制した。
だがそのいずれも爪鬼は爪で防ぎながら前進してくる。
しかしそれでいい。ほんの僅かだが回復する時間を稼げた。
コンマ一秒にも満たない隙。しかし鬼同士の戦いではソレが生死を分けることになる。
振り下ろされる小太刀の爪。しかしそれを構えた針で受け止める。キンッという鈍い音と散る火花。
今度は連続で切りつける。しかし全て葉蔵に防がれた。
爪を振るう。半歩下がって避ける。
返しの手で引っかく。腕を弾いて防ぐ。
反対の手で爪を突き刺す。体を捻って避ける。
避ける。防ぐ。弾く。そして反撃。
立て続けに襲い来る攻撃を一つも洩らすことなく防いでいき、時に切り返す余裕も見せる。
戦闘のペースは葉蔵が支配している。彼は爪鬼の動きを読んでいた。
懐に深く潜り込みながら、地に足が付く前に伸びる爪。これを葉蔵は半歩下がって避ける。
にやりと内心ほくそ笑む爪鬼。
斬撃は囮。本命は踏み込むと同時に繰り出した踏みつけ。これで足を潰し、動きを止める。
しかしこれも葉蔵に読まれていた。
スッと足を引いて爪鬼の踏みつけを避ける。それと同時に繰り出される膝蹴り。
爪鬼の進む力(ベクトル)と蹴りのタイミングがうまい具合にかみ合い、肋骨を何本か折った。
「ぐえッ」
吹っ飛ぶ爪鬼。追撃をしようと向かう。
「待て…!?」
しかし何故か途中で中断。何もない箇所目掛けて長針を振るう。
一体何故そんな一見無駄に思える行動をしたのか。そんなことは爪鬼にとってはどうでもいいことだ。
大事なことはただ一つ、葉蔵が隙を晒したという一点のみ。
「死ね!」
懐に入り込み爪を振りかざす。
背後からの奇襲。狙うは首筋。
決まった。これで勝った。
コイツを食らえば更なる力を手に入れられる。
勝利を確信したが故か、現実を認識するのが遅れる。
肉を斬る感触がない。
彼が過ちに気付いたのは景色が反転してからだ。
次いで走る激痛。
体中を蟲か何かが食い破って侵入し、暴れているかのような感覚。
何故、何があった。
疑問が爪鬼の思考を埋め尽くす。
だが、実際に起きたことは単純だ。
首狙いの一撃を、葉蔵は身体を左に逸しながら前進。
がち、と。爪鬼の腕を左に抱えるようにして掴んだ。
ぐるん、と。爪鬼の腕を持ち上げ回し、地面に叩き付ける。所謂背負い投げである。
空かさず針を振り下ろす。
どすりと刺さった針は爪鬼の肉体に根を張り、内部をズタズタにした。
「こんな、バカな……俺は……強いのに……」
因子を奪われることで再生能力を失い、雑魚鬼以上の頑強さのせいでなかなか死ねない痛み。山から脱出する事が不可能になった絶望に呻く。
「違う、俺は……。俺は、何人も……何人も殺した……人間の…頃から……斬ってきた……」
「あっそう」
葉蔵は長針を拾い、作業のように爪鬼の体へ突き刺した。
・大正コソコソ噂話その1
葉蔵の家は武家から華族になったタイプであり、元武家の家族として大庭家の男子は全員武術を習得している。
中でも葉蔵は武術の才能があるらしく、両親は彼に期待したらしい。
下弦の伍の塁でアレなのだから、下弦の鬼ってめっちゃ強いよね?
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いや、下弦など雑魚だ
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うん、塁がもっと真剣なら義勇にも勝てた
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いや、塁が強いだけで下弦は雑魚だ
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分からない、下弦自体強さにバラつきがある