鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第6話

「うまうま」

 

 あれから一週間近く過ぎた。

 

 この7日間、私は自身の能力の開発に集中している。

 あの鬼を食ってから私の肉体に変化が生じた。十三程で止まっていた筈の肉体が急に成長し、額からはユニコーンのような一本の角が生えている。

 能力も少し強化された。前までは25㎝ほどしか伸ばせなかった針が、今では90㎝近く、それに準じた太さにまで形成出来る。

 形も融通が利くようになった。先端部に無数の刺を生やしたり、鍵爪や返しを付けたり、より遠くに投げやすい形にすることが可能となった。

 よって私はこれらを使いこなす練習をしていた。よりスムーズに、かつ、より質の高い針を作るために。

 

 

「ハフハフ…」

 

 これもまた針の修行の一環である。

 野生のイノシシを針で作った槍で仕留めるのも。

 偶然拾った刀で肉を切り、針を串にして肉を焼くのも。

 石をフライパン代わりに、針を箸代わりに使うのも修業の一環である。

 

 

 ここしばらくの間、私はずっと鬼の血ばかりを口に入れてきた。

 鬼の血はうまい。格別に美味い。だが、ずっと液体だけでは飽きが来るのは当然のことだ。

 そこで、訓練の序でに肉や魚を確保することにした。

 

 90㎝近くの針を形成し、槍や銛の代用として使う。

 結果は御覧の通り。投槍も漁もうまい感じに出来た。

 後は食材を拾った刀で解体して食べるだけ。これも初めてやったにしては上手くいったと思う。

 

 仕留めた獲物に針を刺してみたが、鬼のように血の根が拡がることはなかった。

 どうやら私の針が効果を発揮する対象は鬼だけらしい。

 考えてみれば当然だ。私の針は鬼に含まれる(・・・・・・)因子と結合することで成長する。ならば、因子の無いものに打ち込んでも変化するはずがない。なにせ周囲に材料(・・)がないのだから。

 

「ん?もうないのか」

 

 肉に手を伸ばそうとしたが無くなってしまったので追加を作る。

 

 加熱した平べったい石に脂の塊を加えて溶かす。

 脂が溶けて来た所で猪肉を丁寧にフライパンの上に置く。

 いい香りだ。肉の焼ける音も食欲を刺激させる。

 

 ステーキを焼く時もバーベキューをするときも。何度も食材をひっくり返すのは論外だ。

 ひっくり返すのは1度だけ、それも肉の表面に脂が浮いてきたそのタイミングだ。

 焼き加減でレアなのか、ミディアムなのか、ウェルダンなのかを決めるのだが、私にはそこまで見極める技術がない。なのでそこは適当に。

 

 十分焼きあがったところで針をフォーク代わりにしていただく。もちろんナイフなんてものはないのでかぶりつく状態で。

 口を大きく開き、限界まで肉を中に入れて頬張る。少々下品な食べ方だが偶にはいいだろう。

 今までお坊ちゃまとして礼儀良くしていたのだ。今日ぐらい許してくれ。

 

 

 がぽ…ぎゅううううううう…ちゅるん。

 もにゅもにゅもにゅ。ごっくん。

 

 うん、まずい!

 

 

「やはり下処理しなくては美味くないか……」

 

 焼き肉のたれや胡椒どころか、塩すらかけてないのだ。美味いわけがない。

 雑味がひどい。臭みもある。血抜きはちゃんとしたというのに、血管に詰まって生臭さを残している。

 脂身はあるがそれ以外は落第点だ。こんな状況でなくては食べる気など起きない。

 

 私の舌はかなり肥えている。

 前世では大正の世では考えられないような美食を味わい、今世では上流階級の者しか口に出来ない物を味わってきたのだ。

 今更こんな不味い肉で満足出来るはずがない。

 

 しかし今の私は猛烈に腹が減っている。食わなくてはやっていけないのだ。

 

「……見ての通り食事中なのだが?」

 

 火を近くに置いた水桶で消し、空になった桶を投げつける。

 カコンと、森中に響く桶が落ちる音。……真っ二つになった状態で。

 

「食事中悪いがお前と戦いたい。付き合ってくれるか?」

「よく言うよ。それ以外の選択肢なんて用意してないくせに」

 

 口では疑問形に言ってるが、奴の目は拒むことを許さないと言っている。

 だがそれでいい。それでこそ鬼というものだ。

 

「来なよ。食後の運動に付き合ってやる」

 

 足元にあらかじめ用意した針の剣を拾って構える。

 

 机上の実験は終わった。ならば次にやることは決まっている。実戦による実験だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キンキンキン。

 山奥のとある開けた場所。

 そこで金属をぶつけるような摩擦音が響く。

 音源は二つ。互いの武器をぶつけ合う二匹の鬼だった。

 

「死ね!」

 

 指先から小太刀のように伸びる爪を振り下ろし、敵の命を刈り取ろうとする。

 いや、それは爪ではなく刀だった。まるで指の一本一本に小太刀が融合しているかのような、歪な爪。

 これこそこの鬼、爪鬼の武器である。

 

 対するは葉蔵。剣のように長い針を杖のように振り回して爪鬼の攻撃を防いだ。

 

 今度は葉蔵が攻撃する番。

 長針をフェンシングのように構え、踏み込みながら突き出す。

 狙いは当たりやすい胴体。紅の軌跡を、爪鬼はギリギリまで引きつけ、両手の爪で弾いた。

 

 

 仕切り直し。葉蔵は即座に爪鬼の間合いから飛び退いて、フェンシングの構えを取る。

 爪鬼は爪を向けて正眼に構える。

 

 それが再開の合図だった。再び放たれる葉蔵の一撃。爪鬼は迫る針を両手で切り払った。

 鬼の怪力による剣戟に葉蔵は一歩も退かない。彼もまた鬼の怪力で対抗。針の速度が徐々に上がってきている。

 

「ぐあっ」

 

 剣戟で勝利したのは葉蔵。彼の針が徐々に爪鬼の体を掠め、遂に一撃が当たった。

 追撃しようと腕を引いて突きの構えを取る。瞬間、爪鬼は地面を引っかき、土を掬い上げた。

 

「ぐッ」

 

 葉蔵の目に砂が掛かる。砂による目くらましだ。

 鬼の肉体がいくら頑強とはいえ、基本的な構造は変わらない。

 鬼とて斧や鉈で切断可能なのだ。人間ほどではないものの、砂が目に入れば怯む。

 

 接近する爪鬼。葉蔵は咄嗟に針を投げてけん制した。

 だがそのいずれも爪鬼は爪で防ぎながら前進してくる。

 しかしそれでいい。ほんの僅かだが回復する時間を稼げた。

 コンマ一秒にも満たない隙。しかし鬼同士の戦いではソレが生死を分けることになる。

 

 振り下ろされる小太刀の爪。しかしそれを構えた針で受け止める。キンッという鈍い音と散る火花。

 今度は連続で切りつける。しかし全て葉蔵に防がれた。

 

 爪を振るう。半歩下がって避ける。

 返しの手で引っかく。腕を弾いて防ぐ。

 反対の手で爪を突き刺す。体を捻って避ける。

 

 避ける。防ぐ。弾く。そして反撃。

 立て続けに襲い来る攻撃を一つも洩らすことなく防いでいき、時に切り返す余裕も見せる。

 戦闘のペースは葉蔵が支配している。彼は爪鬼の動きを読んでいた。

 

 懐に深く潜り込みながら、地に足が付く前に伸びる爪。これを葉蔵は半歩下がって避ける。

 にやりと内心ほくそ笑む爪鬼。

 斬撃は囮。本命は踏み込むと同時に繰り出した踏みつけ。これで足を潰し、動きを止める。

 

 しかしこれも葉蔵に読まれていた。

 スッと足を引いて爪鬼の踏みつけを避ける。それと同時に繰り出される膝蹴り。

 爪鬼の進む力(ベクトル)と蹴りのタイミングがうまい具合にかみ合い、肋骨を何本か折った。

 

「ぐえッ」

 

 吹っ飛ぶ爪鬼。追撃をしようと向かう。

 

「待て…!?」

 

 しかし何故か途中で中断。何もない箇所目掛けて長針を振るう。

 一体何故そんな一見無駄に思える行動をしたのか。そんなことは爪鬼にとってはどうでもいいことだ。

 大事なことはただ一つ、葉蔵が隙を晒したという一点のみ。

 

「死ね!」

 

 懐に入り込み爪を振りかざす。

 背後からの奇襲。狙うは首筋。

 決まった。これで勝った。

 

 コイツを食らえば更なる力を手に入れられる。

 

 勝利を確信したが故か、現実を認識するのが遅れる。 

 肉を斬る感触がない。

 

 彼が過ちに気付いたのは景色が反転してからだ。

 次いで走る激痛。

 体中を蟲か何かが食い破って侵入し、暴れているかのような感覚。

 

 何故、何があった。

 疑問が爪鬼の思考を埋め尽くす。

 

 だが、実際に起きたことは単純だ。

 

 

 首狙いの一撃を、葉蔵は身体を左に逸しながら前進。

 がち、と。爪鬼の腕を左に抱えるようにして掴んだ。

 ぐるん、と。爪鬼の腕を持ち上げ回し、地面に叩き付ける。所謂背負い投げである。

 空かさず針を振り下ろす。

 どすりと刺さった針は爪鬼の肉体に根を張り、内部をズタズタにした。

 

「こんな、バカな……俺は……強いのに……」

 

 因子を奪われることで再生能力を失い、雑魚鬼以上の頑強さのせいでなかなか死ねない痛み。山から脱出する事が不可能になった絶望に呻く。

 

「違う、俺は……。俺は、何人も……何人も殺した……人間の…頃から……斬ってきた……」

「あっそう」

 

 葉蔵は長針を拾い、作業のように爪鬼の体へ突き刺した。




・大正コソコソ噂話その1
葉蔵の家は武家から華族になったタイプであり、元武家の家族として大庭家の男子は全員武術を習得している。
中でも葉蔵は武術の才能があるらしく、両親は彼に期待したらしい。

下弦の伍の塁でアレなのだから、下弦の鬼ってめっちゃ強いよね?

  • いや、下弦など雑魚だ
  • うん、塁がもっと真剣なら義勇にも勝てた
  • いや、塁が強いだけで下弦は雑魚だ
  • 分からない、下弦自体強さにバラつきがある

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