鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第61話

 

 満天の星空の下。

 町から少し離れたとある山の中。

 一人の男が木々の間を縫うように走っていた。

 

 人の限界速度を超えるスピード。

 傍から見れば獣か何かが走っているように見えるであろう。

 それほどの速度でその男は走っていた。

 

「(早く……一秒でも早く!)」

 

 男―――煉獄槇寿郎は血気迫る思いで走る。

 

 早く行かねば。

 相手がこちらが接近していることに気づく前に、妻に手を出される前に。

 一刻でも早く妻に血鬼術をかけた鬼を倒さなくては!

 

 

【血鬼術 土隠れ】

 

【血鬼術 紅潔の矢】

 

 

「……?」

 

 ピタリと、急に動きを停めて上を見上げた。

 

 満点の星空。

 雨雲どころか普通の雲すらない。

 代わりにあるのは無数の土くれ。

 上空から土球が雨霰の如く降り注ぐ降り注ぐ。

 

 槇寿郎の反応は速い。

 ジグザグに動いて土くれを回避。

 刀と鞘で避けきれなかった土塊を叩き落した。

 しかし、それは悪手だった。

 

「……ッグ!?」

 

 土くれが土埃と化し、辺り一帯に充満する。

 ソレは煙幕のように槇寿郎の視界を遮った。

 

「(クソ、これが目的だったのか!?)」

 

 心の中で悪態をつく槇寿郎。

 やられた、これが目的だったのか。

 あの土くれの雨は、攻撃のための一手ではない。

 目的は攪乱。この土煙によって目を潰すことだった。

 

 しかしそこは鬼殺隊最高の位にいる柱。

 悔しがりながらも、槇寿郎はすぐさま立ち直る。

 次の攻撃が来る前に、その場から走り離れた。

 

 

【血鬼術 鉄毬】

 

【血鬼術 紅潔の矢】

 

 

 砂煙の中、鉄球が何処かから飛んできた。

 視界は砂の煙幕によって最悪の状態。

 しかも、鉄球の色は砂と同じ色。

 防ぐことは至難の業。

 しかし、彼は代々炎柱を継いできた煉獄家の男、煉獄槇寿郎。

 並みの隊士の常識など通じない。

 槇寿郎は足捌きのみで全て避けきってみせた……。

 

 

 グルンッ!

 

 

「…………な!??」

 

 ……と、思われた。

 

 避けた筈の鉄球が急に方向転換。

 まるで意思があるかのように、鉄球は槇寿郎に向かう。

 

 

【炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり】

 

 

 しかしそこは鬼殺隊最高の位にいる柱。

 動揺しながらも、槇寿郎はすぐさま立ち直る。

 今度は呼吸によって鉄球を破壊した。

 

 剣戟と鉄球によって砂埃が段々晴れ始めた。

 これを機に凶手の姿を目視しようとした途端……。

 

 

【血鬼術 青潔の矢】

 

 

「っぐ!?」

 

 突如、槇寿郎の肉体に見えない負荷が掛かる。

 見えない枷でも付けられたかのような、奇妙な感覚。

 間違いなく血鬼術だ。

 今の自分は鬼に攻撃されている。

 

 

【炎の呼吸 壱の型 不知火】

 

 

 槇寿郎の行動は早かった。

 呼吸で無理矢理動き、負荷の掛かる場所から逃れる。

 一瞬、強烈なGが肉体に掛かったものの、見えない枷から逃れることに成功した。

 

 

【血鬼術 土隠れ】

 

【炎の呼吸 壱の型 不知火】

 

 

 再び発動される血鬼術を、強い踏み込みからなる急加速で避ける。

 土煙の射程から逃れ、土を吹きかけた鬼に目を向ける。

 そこには……。

 

 

「キャハハハハハ! これが柱か!確かに強いのぉ!」

 

 腕が六本ある女の鬼と、

 

 

「お前の血鬼術は嫌いじゃ。土埃が服に付く」

 

 手に目がある痩せた男の鬼と、

 

「黙れ数字なしの鬼が。コイツは俺が殺す」

 

 目に『下弐』と刻まれ、手に口がある大柄の鬼がいた。

 

 

 

 

「(これは……思った以上に不味いぞ)」

 

 額に冷や汗を浮かべる槇寿郎。

 眼前の鬼は十二鬼月並み。しかもそれが三体で連携が取れている。

 

 倒すことは出来る。

 下弦の鬼なんて柱になってから何度も狩ってきた。

 たとえ三体相手でも勝てる自信は十分にある。

 しかし、そのためにはかなり時の間と体力、何よりも気力を消費する。

 それではダメだ。この後妻に血鬼術をかけたクソ鬼をぶっ飛ばせなくなる。

 さて、どうしようか……。

 

「貴様ら、柱狩りか?」

 

 柱狩り。

 強い鬼による柱への襲撃事件の俗称である。

 今までは上弦の鬼によってやられたと推測されてきたが、今回は十二鬼月、或いはそれに匹敵する実力の鬼達によってやられた。

 既に4人の犠牲者が出ており、一人は再起不能の重症、二人は殉職してしまった。

 

「そうじゃ、お前を殺せば十二鬼月に入れるとあの方は仰ったのじゃ!」

「そのために儂らはあの『喰戦』に参加して生き残ったのじゃからな」

「(喰戦?)」

 

 聞き覚えのない単語に首をかしげる。

 文脈からして特殊な訓練のようだが……。

 

 

「「「!?」」」」

 

 突然、何の予兆も気配も無く、鬼達は咄嗟にその場から飛び退いた。

 すこしのタイムラグで響く炸裂音。

 一瞬前まで鬼達が居た場所に、赤い砲弾が突き刺さっていた。

 

 鬼達は矢の跳んできた方角を確認する。

 三体の鬼の眼前に映るは、木々の間を抜けて迫る赤い刃。

 その場を跳んで避けるも、その刃は僅かに鬼達の肉を切り裂いた。

 赤い刃の正体は、赤色の両手剣(バスタードソード)

 武器が剣である事を確認しきるよりも早く、音もなく着地した襲撃者は返す刃で斬りかかる。

 剣の軌道上から射出される無数の針。

 

 

【血鬼術 鉄毬】

 

【血鬼術 土隠れ】

 

【血鬼術 紅潔の矢】

 

 

 針を各々の血鬼術で防ぎながら、突如襲い掛かってきた凶手の姿を鬼達は確認する。

 

「……針鬼!」

「葉蔵殿!」

 

 あるものは怒気を含んだ視線を、まあるものは喜色を含んだ声をかける。

 

「やあ煉獄さん、なかなか面白いことになってるね」

 

 凶手―――葉蔵は武器であるバスタードソードを肩に担ぎながら、煉獄を庇うかのように鬼達と向かい合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町に近いとある森林。

 満天の星空、満月の夜。

 四体の鬼が向き合っていた。

 一体目は頭部から赤い針のような角を生やす美しい鬼、針鬼こと葉蔵。

 赤い両手剣と楯で武装し、庇う形で炎柱の前に立つ。

 

「こいつが針鬼……なるほど確かに。強そうな匂いがする」

 

 二体目は口に手のある大柄な鬼、土野

 右目には十二鬼月の証である『下弐』と刻まれている。

 

「だがコイツを倒せばわしらが十二鬼月になれる……!」

 

 三体目は首に数珠を下げ、目を閉じた青年風の鬼、矢琶羽

 瞳孔が矢印の目を掌に持ち、閉じた目の代わりにソレで見ている。

 

「キャハハハ! 柱と針鬼を殺せば十二鬼月……いや、上弦にもなれる!」

 

 四体目は腕を三組生やし、毬を投げて遊ぶ無邪気そうな少女の鬼、朱紗丸

 

 

 どの鬼も強い。 

 十二鬼月並みの鬼が四体。

 今夜は豊作である。

 

「煉獄さん、ここは私に譲ってくれないだろうか?」

「い、いいのか葉蔵殿?」

「ええ、先程の治療で思ったより消耗しましてね、ここで補給したいんですよ」

「……分かった。ないとは思うが気を付けてくれ」

 

 煉獄は葉蔵を壁にして走り去った。

 

「待て! お前を殺して私は……なんだ!?」

 

 逃げる槇寿郎を追おうとする朱紗丸。

 しかし突如、誰かに声をかけられたかのように動きを止めた。

 周囲の者たちは誰も止めようとはしてないはずなのに。

 

「矢琶羽、土野。奴から伝言だ」

「聞こえとる。確実性を優先するため針鬼に焦点をあてるのじゃろ? 臆病な奴じゃ」

「俺は賛成だ。二兎を追う者は一兎をも得ず。ここは奴の言う通りにして……コイツを殺す!!」

 

 

【血鬼術 土隠れ】

 

 

 土野の手の口から、土煙が噴出される。

 あっという間に完成する土煙の煙幕。

 土の煙幕によって三体の姿は完全に隠されてしまった。

 無論、葉蔵は慌てない。

 彼の角には鬼の因子を探知する機能がある、これを以てすれば……。

 

「(なるほど、見えないな)」

 

 探知出来なかった。

 

 原因は既に分かっている。

 この土煙は血鬼術によって編み出されたもの。故に鬼因子の匂いがするのは当然の事。

 しかも、匂いが濃いせいで三体の鬼の匂いも紛れてしまっているのだ。

 だから葉蔵は別の方法で探知することにした。

 

 

【血鬼術 鉄毬】

 

【血鬼術 紅潔の矢】

 

 

 視界の悪い砂の中、繰り出される血鬼術をノールックで避ける。

 鉄球が通り過ぎたと同時、ソレもまた視線を向けず、血針弾を命中させて破壊した。

 続けて血針弾を鬼共に命中させる。

 

「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」

 

 慌てて針を抜く三匹。

 刺さった箇所の肉ごと無理やり引き千切って針から逃れる。

 葉蔵の攻撃は不発に終わったが、問題はない。

 いや、むしろこれでいいのだ。

 

「(コイツ……まさか見えているのか!?)」

 

 そう、先程の攻撃は葉蔵からのメッセージ。

 お前たちの動きなんて手に取るようにわかるぞ。

 葉蔵はそう伝えたかったのだ!

 

 最初から葉蔵は見えていた。

 葉蔵の角には空気の流れや振動を感知する機能がある。

 この機能を使えば、水の中だろうが砂嵐の中だろうが、ちゃんと戦える。

 むしろ、視覚以上によく見える。最近では色を楽しんだり本を読む以外では殆ど目を使わなくなった程だ。

 

 話を戻す。

 葉蔵の角を以てすれば、この砂嵐でも―――いや、普段以上に敵を探知……。

 

 

 

【針の流法 血針弾・連(ラピッドニードル)

 

【針の流法 血針弾・複(マルチニードル)

 

 

【血鬼術合成 血針弾・連砲(ブラッド・ガトリング)

 

 

 楯と剣を合わせ、歪な銃に造り変える。

 銃口から吐き出される大量の銃弾。

 それはまさしくガトリング。

 本来の対象だけでなく、周囲にまで破壊の跡を刻み込む。

 

 

【血鬼術 鉄毬の壁】

 

【血鬼術 土壁】

 

 

 ガトリング砲をそれぞれの血鬼術で防ぐ。

 三つの血鬼術を上手く組み合わせ、強力なガトリング砲を精一杯対処した。

 

「(よし、砂の中でもうまく機能してくれている)」

 

 砂煙の中でも通常通りに作動する血針弾と感覚。

 そのことに満足しながら葉蔵は弾丸越しに感じる感触から敵の分析を開始した。

 

「(敵は三体。一体目は土を出して操る、二体目は鉄球を作り操る、三体目は……力のベクトルか?

  三体目がよく分からない。因子が物質化しているのとしてないとでここまで差があるのか……。

 よし、ここは他の二体を片付け、アイツを練習台にしてみるか)」

 

 ガトリング砲を捨て、敵を見据える。

 余裕の笑みを浮かべ、戦闘のプラン……いや、遊びの予定を立てながら。

 

 

 正直、このままガトリング砲を連射していれば勝てるのだ。

 

 葉蔵は力押しの戦法を嫌う。

 相手が何も出来ずに決着が付いてしまうせいで、狩りが楽しめなくなるからだ。

 何も学べず、何も楽しめないゲームをする程、彼はマゾヒストではない。

 より楽しく、より充実したハンティングゲームにするため、彼は工夫と努力を怠らない。

 では、次はどう動こうか……。

 

 

【血鬼術 砂人蝕】

 

 

「ガハ……!」

 

 突如、葉蔵の体に激痛が走った。

 肺の中を何かが食い破っているかのような感覚。

 その痛みに葉蔵は怯んでしまった。

 

 

【針の流法 血針の霧(ブラッディ・ミスト)

 

 

 自身の肺の中を血鬼術の霧で満たす。

 極細の針たちは体内に侵入した鬼の因子を食らい、痛みを食い止めた。

 

「(クソ、まさかあの砂にこんな効果もあるなんて……!)」

 

 葉蔵は痛みの正体にすぐ気付いた。

 砂だ。

 体内に砂が侵入して葉蔵の内器官に傷を付けたのだ。

 

 考えてみればあり得る話だ。

 この砂は血鬼術によって形成されたもの。

 ならば、手足のように動かせても不思議ではない。

 現に、先程葉蔵は針を瑠火の体内で操ることで治療を行ったではないか。

 

 想定できるはずだった。

 考えたらちゃんと対策出来るはずだった。

 自分が出来るのだから相手も出来る可能性があると気付くべきだった。

 これは相手を侮った葉蔵のミスである。

 

「(しかし助かった、体内の方がより血針を作りやすい体質で。もしそういった機能がなかったら今頃私は痛みで転がりまわっていただろうね……)」

 

 体内の砂を極細極小の血針で除去しながら、葉蔵は自身を嘲笑するかのように苦笑いをする。

 

 葉蔵が最も血針を形成しやすい箇所。

 それは体内、もっと言えば血である。

 第44話を思い出してほしい。葉蔵が十二鬼月の一体である羅戦を倒した決定打は出血で製造した針だった。

 このように、葉蔵はダメージを負っても、攻撃手段次第では葉蔵にとってチャンスに成り得るのだ。

 もっとも、こういった使い方をするときは予めダメージを受ける覚悟をしなくてはいけないが。でないと痛みで怯んでタイミングを逃してしまう。

 意外と葉蔵は撃たれ弱いのだ。

 

 

【血鬼術 鉄毬散弾】

 

【針の流法 血塊楯】

 

 

 葉蔵の行動は速い。

 突如飛んできた鉄球を楯で咄嗟に防ぐ。

 だが、僅かにタイムラグはあり、葉蔵の体に鉄球が命中。

 当たると同時に爆発することで、僅かながらも葉蔵にダメージを与える。

 

「(私の血鬼術と似ている……いや、真似ているのか?)」

 

 生来からの性分からか、敵の血鬼術を無意識に観察する葉蔵。

 

 彼は反射レベルで観察と分析を行ってしまう。

 より楽しむために、より経験値を積むために、より美しく勝つために。

 現に敵の攻撃や動作を観察することで、彼は状況を打破するヒントを拾ってきた。

 

 

 しかし、今回はその癖が仇となった。

 

 

【血鬼術 青潔の矢】

 

 

「っぐ!?」

 

 突如、葉蔵の肉体に見えない負荷が掛かる。

 集中すれば、葉蔵の足に掛かる血鬼術。

 砂の鬼因子に紛れて感じる、鬼の匂い。

 そう、これこそ槇寿郎の動きを封じた血鬼術の正体である。

 

 青い光を、砂と鉄球に紛れさせ、対象の足元の地面に当てる。

 光は地面の上を魔法陣のように展開することで効果発動。地面の上の対象を不可視の力で縛り付ける。

 しかし展開は視覚では確認出来ず、気配も砂嵐内の鬼因子によって消される。

 巧妙に隠された罠によって、葉蔵は捉えられたのだ。

 

「……ック!」

 

 鬼の力で無理矢理その場を突破する。

 今まで散々他の鬼から無惨の血を奪い、その中には下弦とはいえ十二鬼月も含まれる。

 力を抑えているとはいえ、これぐらいは可能だ。

 

 

【血鬼術 線香鉄毬】

 

 

 突如、葉蔵の脳内を大音量のノイズによって侵略された。

 

 

「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 痛む箇所―――角を押さえて転がりまわる葉蔵。

 今まで体験したことのないような痛み。

 脳を直接揺さぶられるかのような酔いと不快感。

 初めて感じるソレに、葉蔵は耐えられなかった。

 

 

【針の流法 針塊着装】

 

 

 葉蔵は血針を鎧のように纏う。

 楯を作るのと同じ要領で、ソレを複数造って自身の肉体を覆う。

 殻だ。貝殻のような血針の鎧。

 葉蔵はソレに亀のように籠った。

 

 

【血鬼術 巨大鉄毬】

 

【血鬼術 紅潔の矢】

 

【血鬼術 土撃】

 

 

 鬼達は亀のように引きこもる葉蔵に総攻撃をかけた。

 

 

 


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