鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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半天狗編
半天狗の企み


 

 鬱蒼とした山の中。

 木々に隠れて葉蔵と鬼達の戦闘を観察していた鬼がいた。

 

「腹立たしい腹立たしい。なんだあの鬼は」

 

 鬼の名は積怒。

 上弦の鬼である半天狗………の、分身の一体である。

 

「あの強さを見る度に思い出すなぁ……。腹立たしい腹立たしい」

 

 彼の本体は鬼の頭領である無惨からとある鬼を殺すよう命令されていた。

 

 最初は普通にやるつもりだった。

 いくら強いといっても相手は数字を持たない鬼。

 しかも、まだ鬼になって十年も経ってないような若い鬼だ。

 そんな若造に上弦である自分が負ける筈ない。そう彼は考えていた。

 あの日を迎えるまでは。

 

「ああ、忌々しい……!」

 

 積怒は―――半天狗は葉蔵に殺されかけた事を思い出し、忌々しそうに顔をゆがめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある廃村の近くにある林。

 そこで半天狗は葉蔵と鬼の戦闘を遠目で観察し、終わると同時に逃げ出した。

 勝敗の結果は葉蔵の圧勝。相手は下弦にも満たない相手だが、それでも十分に強い鬼。

 柱は無理だが上位の鬼殺隊なら相手取れる程の手練れだった。

 そんな鬼を葉蔵はいとも簡単に殺して見せた。

 まるで上弦の鬼が気まぐれで野良鬼を殺すように。

 

 

「恐ろしい恐ろしい……。あの針一本で儂を殺す能力がある……」

 

 情けなくガタガタと震えながら、その場を全力で走り去る半天狗。

 上弦どころか鬼としての威厳すらない有様。

 見ているほうが情けなくなるような逃げっぷり。

 

 何だあの鬼の状況把握能力と戦略立案能力は。

 何だあの多彩且つ強力な血鬼術は。

 何だあのデタラメな強さは!?

 

 アレが本当に野良の鬼なのか? アレが本当にまだ鬼になって一年も経ってない若造の鬼なのか!?

 ふざけている。あの強さ、上弦といっても差支えがないぞ。

 

 

 あの針が恐ろしい。

 強力かつ多彩な血鬼術。

 一発命中するだけで鬼を殺す能力を持つ。

 鬼でありながら鬼殺隊以上に鬼を殺すことに特化している。

 上弦である己でも防げるかどうか……。

 

 あの鬼が恐ろしい。

 血鬼術を使いこなす鬼自身の能力。

 ほぼ確実にあの針を命中させ、視界が悪い中でも針を当てた。

 上弦である己でも避けられるかどうか……。

 

 あの鬼の狡猾さが恐ろしい。

 鬼にしては珍しい分析能力と戦略立案能力。

 どれだけ不利でも状況を打破し、場の流れを自分に引き寄せてきた。

 上弦である己でも逆転されるかもしれない……!

 

 正面から戦うのは危険だ。何かしらの手段で隙を突こう。

 例えば食事時。

 鬼だろうが人だろうが、すべての生物が最も油断する瞬間だ。

 そこを突けば楽に勝てる筈だ。

 

「(しかしそれにしても……)」

 

 一旦その場にとどまって振り返る。

 ここまで逃げたのだ、どうせ気づかれまい。

 今は安全地帯。怖い者はもうない。もう大丈夫だ。

 だからもう彼のビビりモードは終わり。ここからはイキリモードだ。

 

「あの鬼……野良の鬼の分際で綺麗な顔しやがって……!」

 

 先程までの怯えは何処に行ったのか、安全だと思った途端に半天狗は怒りに顔を歪めて葉蔵を罵りだした。

 

 上弦である半天狗から見ても、葉蔵は美しい鬼だった。

 月と雪が交わって生まれたような、芸術のような美貌。

 雪のように白い肌と髪、黒い眼に赤い瞳、宝剣のような角と牙。

 その整った顔立ちは、見るからに鬼と分かっていても気を許してしまいそうになる。

 強く、若く、そして美しい。野良鬼でありながら、鬼として誇れる要素を持っている。

 だから妬ましい。

 

 何より、あの堂々とした振る舞い。

 十二鬼月でもない若造の分際で、さも最強の鬼であるかのような、傲慢な佇まい。

 それが半天狗の癪にこれでもかと障るのだ。

 

「野良の分際で生意気な……!!」

 

 腹立たしい。

 自分はビクビクと自身の位より上の鬼や鬼狩りに怯える毎日だというのに、何故野良の鬼があんな偉そうにしている。

 自分はこうしてあの方からの指令でやりたくもないことをやらされるのに、何故野良の鬼があんな自由にしている。

 

 ああ、腹立たしい。

 ああ、妬ましい。

 野良の分際で生意気な……!

 

「(ここは上弦の鬼として喝を入れてやらねばな……)」

 

 下卑た笑みを浮かべる半天狗。

 さっきまで葉蔵から逃げていたのは何なのか。

 馬鹿にしたと思いきや、今度は勝てると思い始めた。

 

 そうだ、自分は上弦の鬼なのだ。

 他の鬼よりも強く、他の鬼よりも多くの人間を食らい、他の鬼よりもあの方に信頼されているのだ。

 たかが野良の鬼ごときに怯える道理など存在するはずがない。

 相手はただ少し強いだけの鬼。上弦である己が恐れる必要などない。

 なのに何故さっきはあんなにおびえていたのか……。

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 突如、針の弾丸が半天狗に命中した。

 

 何故だ、何故バレた?

 ここまで三里ぐらい離れているはず。

 なのに何故当てられた!? 何故気づいた!?

 

 ヤバい。

 あの鬼はそこらの野良鬼とは違う。

 ここまで離れているというのに、あの鬼は正確に位置を特定してきた!

 

「(嫌だ……死にたくない!!)」

 

 恐怖に震えながら血鬼術を発動させようとする半天狗。

 しかし、ここで不具合が起きてしまった。

 

「(血鬼術が……使えない!?)」

 

 葉蔵の弾丸のせいで、血鬼術を封じられてしまったのだ。

 

 今更だと思うが、敢えて説明しよう。

 血針弾は血鬼術の源である鬼の因子を奪う事で、血鬼術を使えなくする効果がある。

 この性質を応用し、血鬼術無効化に特化させたのかブラッディミストである。

 なら、血針弾が当たればもう血鬼術は使えないのか。……そうとも言い切れない。

 

 実を言えば、因子の奪還も針の根による拘束も。抜ける方法は存在する。

 血鬼術を使う要領で鬼の因子を操作すれば、上手くいけば針の根を破壊することが出来るのだ。

 無論、生半可な力では飲み込まれるが、それでも一発程度なら下弦程度で事足りる。

 上弦の鬼なら猶更。簡単に力ずくで振り払える。

 

 ソレに第一、この針には上弦の鬼を殺せるほどの力はない。

 

 

 葉蔵は相手が上弦の鬼だと気づいてない。

 

 流石の葉蔵でも、3㎞以上離れた鬼の強さを正確に測れるほどの精度はない。

 せいぜい遠くから鬼の気配を探る程度。

 もっと言えば、能動的に感じ取ろうとしないと、1㎞離れた鬼を感知出来ない。

 だから半天狗が上弦の鬼と気づいておらず、放った血針弾もそこまで力を込めてない。

 せいぜい下弦以下の鬼を仕留められる程度。

 鬱陶しいから撃ってやろう。その程度で放った血針弾だ。

 しかし、そのことを半天狗は知る由もない。

 

 ―――いや、知らずとも出来た筈だ。

 

 無理やり血鬼術を使えば突破出来た筈なのに、しようとはしなかった。

 出来ないと諦めてしまった。

 

 冷静になれば気付いた筈だ。

 その気になれば出来た筈だ。

 気付かずともやれば出来た筈の事だ。

 しかし半天狗はやらなかった。

 

 半天狗にとって、血鬼術が阻害されるなんてことは初めての体験。

 故に狼狽してしまった。

 

 動揺と焦りは混乱を生み、更に状況を悪化させる。

 見える筈のものが見えなくなり、出来る筈の事が出来なくなる。

 悪循環。

 こうなったら簡単に抜け出せない……。

 

 

 

「う…うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

【血鬼術 悪感分裂】

 

 

 やっと気づいたのか、それともただのヤケクソなのか。

 おそらく後者なのだろう、半天狗は無理やり力を使った。

 死にたくないの一心で必死に血鬼術を使用。

 その結果、彼は新たな血鬼術を会得した。

 

 そう、この生き汚さこそ半天狗が上弦たる所以である。

 半天狗は無駄にしぶとい。

 原作でもその厄介さはあの炭治郎ですら内心で「もう勘弁してくれ」と懇願した程である。

 

 半天狗という鬼はこれまで何度も窮地に追い込まれた。

 そしてその度に己の身を守ってくれる強い感情を血鬼術により具現化、分裂することで勝利してきた。

 追い込まれれば追い込まれる程、強敵に怯えれば怯える程に強くなる。

 まるで少年漫画のような展開! まるでご都合主義!

 これこそ半天狗という鬼である!!

 

 そして、半天狗は今まさに死にそうなほど追い詰められている!!

 鬼殺隊に首を斬られかけるでも、他の鬼と血戦を行うわけでもない。

 血鬼術を封じられ、鬼の因子を喰われるという未知の恐怖!

 結果、半天狗はここ数十年ぶりに爆発的に強化した!!

 

 

「おのれあの若造め……この儂に汚らわしい血鬼術を向けおって!」

 

 半天狗の傲慢な感情―――自尊心と虚栄心から生まれた分裂体、尊栄(そんえい)

 血鬼術は他心通(テレパシー)

 自身の血を飲ませた人間や鬼とリンクさせることで、言動を介さず直接情報のやり取を行える。

 また、視覚や聴覚などの非言語的な情報のやり取りも可能。

 

 

 

「欲しい……欲しいのぉ……」

 

 半天狗の欲望から生まれた分裂体、偸盗(とうとう)

 血鬼術は幽体離脱。

 思念体を飛ばすことで本体へその場で事聞いたことを伝える。

 また、思念体は目にも見えず気配もしない。故に安全に情報を集められる。

 

 

「妬ましい、妬ましい!」

 

 半天狗の葉蔵に対する嫉妬心から生まれた分裂体、猜妬(さいと)

 血鬼術は重力。

 手に持つ金棒から重力波を発し、金棒で叩いた対象を軽くしたり重くしたり出来る。

 

 

 

「嫌じゃ……嫌じゃ死にとうない!」

 

 半天狗の葉蔵と戦うことへの絶望から生まれた分裂体、怠憂(たいゆう)

 血鬼術は熱線。

 手に持つ弓から熱線の矢を放つ。

 

 

 この四体の鬼が半天狗を葉蔵の針から守った。

 どうやったかは本人でも分からない。しかしそんなことはどうでもいいのだ。

 

 

「(あの鬼……やはり強い!)」

 

 大事なのは今後。

 どうやって葉蔵を倒してあの方の命令を遂行するかだ。

 

 今回死にかけたことで半天狗は真っ向からの戦闘を避けることにした。

 喜ばしいことに、新たな分裂体は戦闘だけでなく情報収集に関する血鬼術を持っている。

 

 どうやら尊栄はテレパシーだけでなく洗脳まで使えるらしい。

 血を摂取した相手は尊栄の話を信じやすくなり、疑わしい話もちゃんと筋が通っているように偽装すれば、本来なら争い合う鬼同士でも騙せるようになった。

 どうやら偸盗には幽体離脱だけでなくサイコメトリーまで使えるらしい。

 思念体で物や場をスキャンして物や場の情報を集めることが出来た。

 

 新たに会得した分裂体を使って他の鬼を操り、騙して葉蔵と戦わせた。

 新たに会得した分裂体の血鬼術で観察し、情報を集め、対抗策を考えた。

 新たに会得した分裂体を使って色々と準備を整え、葉蔵対策を今まで進めた。

 

 そして今日、すべてが揃った!

 対葉蔵作戦。それを明日実行する!!

 

 

「覚悟しろ、あの野良鬼め。あの時の屈辱を倍にして返してやる!!」

 

 薄汚い命を以て罪を償う時まで、あと一日。

 

 


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