鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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やっとだ……やっと葉蔵の本気が出せる!!


葉蔵キレる

 曇天の日中、もし太陽があれば空の中央にある頃の時間帯。

 誰もいない廃村の中、葉蔵は先程仕留めた鬼を食らおうとしていた。

 既に鬼の肉体は塵に還り、拡がった針の根しかそこにはない。

 圧縮してちょうどいいサイズにしようと手を伸ばした瞬間……。

 

「!?」

 

 何かが彼方から飛んで来るのを葉蔵は察知した。

 気配からして血鬼術。

 ソレが複数同時に葉蔵へと向かってくる。

 

 葉蔵は跳んできた血鬼術を血針弾で撃ち落とす。

 正確な射撃は見事に襲ってくる血鬼術を迎撃するが……。

 

「……な!?」

 

 撃ち落とした血鬼術―――空気の塊が割れて、中から煙が噴き出した!

 それは葉蔵の周囲を覆い、煙幕のように視界を塞ぐ。

 いや、それだけではない。

 

 村の建物に吊るされた物、道馬田に転がっている物、建物内…。

 あらゆる箇所からその煙が噴き出してきた!

 

「(く…臭!)」

 

 臭う。

 その煙は鼻が曲がるほど臭かった。

 しかし、それは決して笑いごとではない。

 

 葉蔵はこの臭いに覚えがある。

 蛇活の血鬼術による毒素。

 つまりこの臭い空気は毒ガスということだ。

 

 

【針の流法 血針の霧(ブラッディミスト)

 

 

 無毒化させるため血鬼術を行使すると、妙なことが起きた。

 小さな爆発を起こしたのだ。

 血針が血鬼術に刺さって針の根になる瞬間に起きた火花。

 それが毒ガスに引火して爆発したのだ。

 しかし問題はない、慎重に刺せばいいだけだ。

 それよりも気になるのが……。

 

「(この毒ガス、気配濃いな)」

 

 毒だけでなく昨日戦った土野のような効果。

 そのせいで凶手がどこから攻撃してきているのか察知出来ない。

 間違いない、昨日の情報から敵は対策を打っている!

 

 仕方ないので空気の流れから敵の行方を探るとまた別の攻撃が飛んできたのを葉蔵は察知した。

 葉蔵は全ての攻撃を血針弾で迎撃。

 そこで葉蔵は妙な感覚に気づいた。

 

「(なるほど、この血鬼術は風……いや、気体を固めたものか)」

 

 血針弾の感覚から伝わる感覚。

 硬い空気を破ったかのような感触。

 そこから敵は風を操るのではなく、空気を固める血鬼術と推測した。

 

 それなら突如あの毒ガスが散らばることなく飛んできたのも、物から毒ガスが出たのも説明できる。

 鬼は二体いるのだ。

 一体が毒ガスを出す血鬼術を使い、二体が空気を固めて閉じ込める。

 そうやって毒ガスを閉じ込めた空気玉を攻撃と罠に使用。

 しかも、空気を固める血鬼術は気配が薄い。そのせいで気配の強いはずの毒ガスに気づかなかったのだ。

 

「(……面白いコンビネーションだ)」

 

 ニヤリと笑う葉蔵。

 血鬼術を工夫して、お互いの利点を利用し合っている。

 

 視界と感覚を塞ぎ、毒と引火作用で葉蔵の動きと血鬼術を阻害。

 そして空気を固める血鬼術がそれを使いやすいようにサポート、時には牽制する。

 なら次は本命の攻撃アタッカーが来るはず。

 

 葉蔵は攻撃が来るであろう地点に血針弾を狙撃する準備に入った。

 ここ数回で敵の行動パターンは頭に入っている。

 観察しているのはキサマらだけじゃないんだぜ!

 

 空気を切って血鬼術が向かってくるのを探知。

 数は6つ、そのうち5つは空気の塊で一つだけ違う攻撃。

 それを避けてカウンターの狙撃をしようとした途端……。

 

 

「た、たすけ…」

 

 人の気配がした。

 

 

 

「(……嘘だろ!?)」

 

 葉蔵は珍しく動揺の色を見せる―――いや、それどころか彼はガチで焦っている。

 

 生存者がいるかどうかは確認した。

 額に生える角の超感覚で、生物の発する音や動く際に発生する空気の流れを探った。

 結果、生存者どころか動物すらいないと判断した。

 葉蔵の角の超感覚は完璧の筈。

 なのに何故……!?

 

 

「クソッ!」

 

 葉蔵は迎撃から防御に変更した。

 気配は攻撃の延長線上にいる。避けたらその人間に当たってしまう。

 

 迫り来る攻撃血鬼術は六つ。

 そのうち五つは気体を固める血鬼術であり、十分受け止められる威力だ。

 しかし、最後の一撃は違った。

 

「(お…重い!!)」

 

 重厚な一撃。

 物質的な感覚はないにも関わらず、重さと威力が確かにある。

 パワーに押し負けて少し体勢を崩し、体勢を崩す葉蔵。

 しかし何とか持ち堪えて次の攻撃も防いで見せた。

 ゴゥンと重い何かをぶつけるような音が、バチっと火花が飛び散る。

 

 瞬間、空気が爆発した。

 

 充満しているガスに引火したのだ。

 ガスからガスへと連鎖的に爆発を起こし、葉蔵の周囲を焼き、衝撃が無秩序に襲い掛かる。

 

「ぐあッ!!」

 

 爆風と爆炎に巻き込まれ、派手に吹っ飛ばされる葉蔵。

 爆発そのものは楯を犠牲にすることでなんとか防いだが、衝撃は完全には防ぐことは出来なかった。

 多少のダメージを負いながら、風に吹かれる木の葉のように空中を飛ばされる。

 

「な、なるほど……非物質の攻撃……か」

 

 吹っ飛ばされながら、葉蔵は先程の攻撃の正体を推測した。

 

 楯の感触からして、敵の攻撃は質量のある血鬼術ではない。

 しかし、確かに重厚感と勢いは感じられた。

 似たような感覚を葉蔵は知っている。

 震童による振動波の血鬼術だ。

 

 おそらくこの血鬼術も似たようなものだろう。

 震童と同じ振動波か、それとも衝撃波や重力波を出す血鬼術なのか。

 まあ、そこはあまり重要ではないが。

 

「(……って、そんなことより早くさっきの人を助けなければ!)」

 

 葉蔵は思考を切り替えて気配のする方へ向かう。

 爆発した地点からはそれなりに離れているから、爆発の被害はないはず。

 しかしここは毒ガスの中。早く脱出しなければ命に関わる。

 

「大丈夫か!?」

 

 道端に一人の女性が倒れていた。

 二十代前半、身なりは庶民の格好だがそれなりに新しい。

 とてもこんな寂れた廃村に住んでいるとは思えない。

 

 首筋に手を当てて容体を確認する。

 ただ気絶しているだけで他に異常はない。

 しかしここは毒ガスの中であり、このままでは人体に影響が出る。

 よって、葉蔵はその女性を毒ガスの中から連れ出そうとするが……。

 

「!!?」

 

 突如、葉蔵はバックステップして距離を取った。

 女性を担ごうとした途中なので、勢い余って地面に叩きつけられる形になる女性。

 一体何故葉蔵はこんな奇行に走ったのか。

 その答えは実に単純だった……。

 

 女性が、日輪刀で葉蔵の首を狙ったからだ。

 

「鬼の気配……いや、血鬼術にかかっているのか!?」

 

 気付いた原因は、突如鬼の因子の気配がしたから。

 最初は鬼が女に化けているのかと思った葉蔵だが、すぐに間違いだと気づく。

 この感覚は鬼というより血鬼術に近い。もっといえば、昨日彼が治療した瑠火―――血鬼術の呪いに掛けられた人間の気配だ。

 そのおかげで葉蔵は理解した、この女が血鬼術を掛けられて操られていると。

 しかし、それでは次の疑問が出る。

 

「(何故こんな回りくどいことを?)」

 

 血針から構成された棘なしワイヤーネット、毛細枳棘(ソーンネット)で女性を捕縛し、罠にかかった獲物を運ぶかのように引きずりながら考える。

 何故この女に血鬼術を掛けたのかと。

 

 この程度の不意打ちなら回避出来る。

 鬼殺隊が相手なら兎も角、血鬼術で操られてるだけの素人が相手なら猶更だ。

 むしろこの場にタダの人間なんて用意していたら、足手まとい……。

 

「……待て、足手まとい?」

 

 そこまで考えた途端、突如また血鬼術が飛んできた。

 女性を巻き込むぐらいの範囲で葉蔵に襲い掛かる。

 

「……やはりそういうことか」

 

 

 やっと葉蔵は敵の狙いが理解出来た。

 

 何故、鬼があんな堂々と村に出て人を襲っていたのか。

 何故、わざわざ閉じ込めた毒ガスを村に仕掛けたのか。

 何故、この女性が突如現れ血鬼術に操られていたのか。

 

 

 

 葉蔵は嵌められたのだ。

 

 

 

 この村に鬼が出たのは葉蔵を誘うため。

 餌として使われた捨て駒だ。

 

 突如噴出したあの毒ガスは葉蔵の動きを阻害するため。

 餌に釣られた葉蔵の視覚と角の超感覚を塞ぎ、毒で弱らせ、高い引火性で行動を制限させるためだ。

 

 この女は人質だ。

 遠くから無作為に飛んでくる血鬼術から、毒ガスの血鬼術からこの女を守らせる。

 そうすることで葉蔵の行動を大幅に制限させ、混乱させるのが目的。

 おそらく他にも人質は存在するはずだ。

 葉蔵の角は確かに気配を感じている。

 

 嵌められた。

 葉蔵は鬼の策略によって雁字搦めに動きを制限されたのだ。

 

 場を支配しているのは、当然ながら相手の鬼。

 自身の作り上げたフィールドで、予定通りに進んでいる。

 このまま葉蔵を縛り、乱し、ジワジワと嬲る……。

 

 

 

「……ざけんじゃねえぞ」

 

 葉蔵の中で何かが沸いた。

 腹の下から沸々と煮える感情。

 そう、これは怒りだ。

 

 葉蔵は感情を激しく爆発させる性格ではない。

 華族の子として育てられた彼は感情をコントロール出来るように教育され、彼自身も感情をむき出しにすることを馬鹿らしいと思っていた。

 しかし、だからといって激しい感情を抱かないというわけではない。

 

 そもそも、葉蔵は本来好戦的な性格だ。

 鬼の力を手に入れた途端、ゲームと称して鬼狩りと共食いを繰り返し、そのための血鬼術の研究をしているのがその証拠だ。

 普段は表に出さないだけで、ゲーム中の彼は嬉々として戦闘や狩りの快感を楽しんでいる。

 

 人間になる前の彼は囚われの身だった。

 家訓という名の鎖と、教育という名の枷。

 家庭という名の牢獄に閉じ込められ、家族という名の看守によって管理されてきた。

 

 

 

 

 しかし、鬼に至った彼を縛る物はもうない。

 今の彼は自由だ!

 

 

 

「……獣鬼豹変」

 

 その言葉と共に、葉蔵は赤い結晶に包まれた。

 これは蛹。

 葉蔵を本来ある形へと進化させるための繭だ。

 

 

「グルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 赤い結晶を破壊しながら、葉蔵がその本性を顕す。

 

 

 赤銅色の体毛に包まれた強靭かつ頑強な巨躯。

 鋼鉄を素手で引き裂くような力強い獣の剛腕。

 万物を砕かんばかりに主張する頑強な顎

 天を貫かんばかりに生え誇る巨大な角。

 大地を踏み砕く強靭な四肢と鋭い爪。

 燃え盛るように逆立つ鬣と尾。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 

 解放された獣鬼―――葉蔵は獲物目掛けて吠えた。

 

 




ハイ、葉蔵の異形化は獣みたいな感じを意識しました。
ただこの姿は玉壺みたいな真の姿というわけではなく、あくまで葉蔵が力をフルに使えるというだけで、別に人間体が仮の姿というわけではありません。
詳しい設定は後程に。

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