鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「(不味い不味い不味い!)」
藤襲山の中、一匹の鬼が必死に逃げていた。
この鬼はずっと見ていた。葉蔵と爪鬼の戦闘を鑑賞し、ずっと漁夫の利を窺っていた。
最初、鬼は共倒れを期待していた。
鬼同士が争っているのを見つけた時はそりゃもう喜んだ。
楽して強い鬼を二匹も食える。これであの異形種に対抗し、取り込んで更なる力を手に入れ、この忌々しい山から抜けてやる。
しかし結果はどうだ。あの鬼……針鬼は爪鬼よりも格上ではないか。
少し爪鬼の手助けをしてやったつもりだが逆に気づかれてしまった。
その上、自分が隙を作ってやったというのに爪鬼はダメージを与えることすら出来ずに退場。期待外れもいいところである。
「(早く…早く逃げねば)」
いや、今は死んだ鬼のことなんてどうでもいい。
死んだ者を責めることなんて後でいくらでも出来る。とにかく今は逃げることだ。
あの鬼は自分の存在に気づいた。……いや、最初から気づいていた。でなくてはあの不意打ちに対抗出来るはずがない。そして、こちらを気にしながら戦えるわけがない。
爪鬼はやられた。なら次は俺の番……。
「い……いやだ!」
鬼は叫んだ。
あんな死に方なんてしたくない。
せっかくこんな素晴らしい力を得たのに……まだ何もしてないのにッ!!
せいぜいちょっと女子供を食ったぐらい。こんなの割に合わねえだろうが!
「随分お忙しのようだねエ」
「ヒッ…!」
振り向くといつの間にか針鬼……葉蔵が後ろにいた。
「さて、君は私を食おうとしたんだ。なら私に食われても仕方…ないよね!」
会話の途中に投げられた血の針。
その数は5本。おそらく牽制のいためだろう。
しかし牽制でも一本当たれば即アウト。確実に回避しなくてはならない。
だが、何も問題はない。
「なにッ!?」
急に、鬼の肉体が細くなった。
ベキベキと音を立てて体を折りたたむ。
大体八尺ぐらいだろうか。
「……へえ、そんなことも出来るんだ」
口調こそ軽いが内心かなり驚く葉蔵。
鬼は関節を外したのではない。骨をバラバラにして捩じり、自身の身体を変形させたのだ。
生物として常軌を逸する鬼の肉体。その異常性を改めて思い知らされた。
しかしそれがどうしたというのだ。
面白いものを見せてもらったがソレはソレ。見逃すなんて選択肢はない。
続けざまに針を投げる。しかし全て避けられた。
ひらり、ひらりと。まるで風に飛ばされる布のように舞って避ける。
「(……厄介だな)」
当たらない。的が極度に狭くなって当てられない。
思った以上に厄介な肉体だ。ただ細くなるだけでこれほど戦い辛くなるなんて。
「ただ細くなるだけじゃねえぜ!」
鬼の細い体が撓る。
鞭のように襲い来る鬼の腕。葉蔵は長針を盾に使うことでソレを防いだ。
なるほど、細い体を鞭のように振るうことで攻撃も出来るのか。
先端部には折りたたんだ骨が集中することで斬撃のようにもなる。
確かにこれは厄介だ。なにせ相手は攻撃出来るのにこちらは攻撃が当たらないのだから。
しかしそれだけだ。攻略の道筋は存在する。
葉蔵は細鬼目掛けて針を投げた。避けられる。
二投目。避けられる。
三投目。軽々と避けられる。
四投目五投目六投目。全て避けられる。
「バカか?数うちゃ当たると思ってるんだろうがちっとも当たらんぞ」
細鬼は嗤う。何を無駄なことをしてるんだと。
何度も針を投げられることで動きを覚えた。これでもう当たることはない。故に俺の勝利だ!
六投目。すり抜ける。
避けるのではない。前進しながら針をすり抜け、葉蔵に接近してきた。
針という接触面積が少ない攻撃上、細い肉体を持つ彼が葉蔵の攻撃を避けるのは難しくない。要するに相性がいいのだ。
今まではただ葉蔵の強さにビビっただけ。自信がついた今、勝利の可能性は十分ある。
「死ねい針鬼!」
再び襲い掛かる細鬼。葉蔵も黙ってやられるわけにはいかない。
七投目。同時に五本の針が投げられる。それもまたよけようとした途端……。
「ぐげえ!!」
何かが細い鬼の肉体を捕らえた!
何故だ、何故当たった!?
針は確かに避けたはず。なのに何故……一体何があった!?
訳が分からず混乱する細鬼。しかしその答えはすぐに見つかった。
「これは……糸……!?」
自身の肉体にあたったモノ。それは針ではなく糸であった。
葉蔵の投げた針から伸びる紅い糸。それが細鬼の肉体に絡まったのだ。
逃げようと必死にもがくが、ビクともしない。
通り過ぎた針は木に刺さる、或いは糸が木に絡まって固定されている。外すのは不可能。
加えて、細鬼は他の雑魚鬼と比べても非力である。その特性上どうしても筋力では劣ってしまうのだ。
がっちりと固定された糸、他の鬼より劣る筋力、そして格上の膂力……。細鬼がこの拘束から抜けるのは不可能だ。
「このガキィイイイイイイッ!よくもォ! よくも俺をォォォォォ!! ゆるさァァァァァん! お前だけは絶対に苦しませてからぶっ殺してやるゥゥゥゥゥゥ!!!」
しかし鬼は諦めなかった。
粘り強いとか折れないとか、そんな格好いいものではない。
癇癪を起こしているだけ。子供が欲しいものが手に入らず暴れているようなものだ。
「俺はァ! もっと強くなるんだ!! この山を抜けて、自由になって! そんで金持ちから金も女も盗んでやるんだ!!
人間だった頃よりもっと! もっと色んな家に入って、いろんなモン盗むんだよ!」
「……お前もあの爪鬼と同じか」
だが抜け出せない。藻掻けば藻掻くほど糸は絡まり拘束は強くなる。
そうしている間に葉蔵は細鬼に接近。針を脳天にブスリと刺した。
「……ぐげ」
こうしてまた一匹。藤襲山から異形の鬼が消えた。
「鬼とはこんなものばかりなのか?」
私は仕留めた鬼たちの因子を食しながらため息をついた。
一人は辻斬り、もう一人は盗人。そしてソレに適したような肉体。
最初に食らった性犯罪者の鬼といい、何故鬼は元罪人が多い?
何故私がそんなことを知ってるのかというと。血を飲んだことでこいつ等の記憶が私に流れ込んだからだ。
どうやら今の私には鬼の血から記憶を読み取る力があるらしい。
「……これは危険だな」
まずい。このままでは今後の狩りと戦闘に支障をきたす。
相手を理解することは共感したり仲間感情を抱くことに繋がる。そうなれば相手を殺す決意が鈍ってしまう。
獲物に同情しない。敵に容赦はしない。こんなことは狩りや戦闘では常識だ。もしすればやられるのは私になる。
今回の敵は同情に値しない奴らばかりであり、気分的にはプロフィールを読んだ程度の感覚だ。
しかし中には同情するような獲物が表れるかもしれないし、針のように精度が上がってドラマのサイコメトラーみたいに追体験のような感じで記憶を読み取ってしまうかもしれない。
これはいけない。早く何とかしなくてはいけない。せめてon/offの切り替えが出来ないと。
「……今考えても仕方ないか」
こればかりは今のところどうしようもない。知らないことが多すぎる。もっと実験を重ねてから考えるとしよう。
「しかし今日の戦闘はそれなりに収穫があったな」
今回の戦闘はなかなか面白かった上に、大変良い成果を残せたと思う。
まずは針の剣。これはそれなりに使えない。
この針、大きさの割には根の張り具合がそんなによろしくない。
大きくすることに集中しすぎて因子の量にムラが出るというか、質が普段使ってるサイズの針に比べて低いのだ。
せいぜいいつもの針より根が多く張れる程度か。
さっきはフェンシングスタイルと杖術スタイルを切り分けて戦ったが、私自身それほど剣術が得意なわけではない。決め手は体術だったのがその証だ。
大体、ただ長いだけの針の武器にすること自体に無理があったのだ。少し形や質に工夫をせねば。
あと血の糸。これは使えそうだ。
あの細くなる鬼に使ったように、攻撃すると見せかけて拘束するものいいし、罠に使ったり、某進撃みたいにワイヤーアクションも出来るかもしれない。
今後の成長に期待だ。
「出来るなら針を飛ばしたいな……」
特撮などで、針を使う怪人はよく針を飛ばす傾向にある。私もあのように出来ないだろうか。
「……今日は遅いからやめるか」
もう寝よう。
今日は二匹もそれなりに強い鬼と戦ったせいか、無性に眠い。
・爪鬼
葉蔵に勝負を挑んだ鬼の一体。
爪先が刃物のようになっており、これで傷つけられたものはたとえ鬼だろうと十二鬼月クラスを除いて再生出来ない。こ
・細鬼
葉蔵と爪鬼から漁夫の利を狙おうとした鬼。
全身を細く折りたたむことが可能であり、この能力を駆使して様々な鬼に奇襲、或いは逃走して生き延びてきた。
相手の内部に入って食い荒らすことで、鬼の再生力を超えて食い殺すことが出来る。
下弦の伍の塁でアレなのだから、下弦の鬼ってめっちゃ強いよね?
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いや、下弦など雑魚だ
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うん、塁がもっと真剣なら義勇にも勝てた
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いや、塁が強いだけで下弦は雑魚だ
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分からない、下弦自体強さにバラつきがある