鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「……やっと終わった」
俺―――私は本来の姿に戻って服を着た。
大の字に倒れる。
疲れた。
滅茶苦茶に、死ぬ程に疲れた。
本来睡眠すら不要である鬼の肉体が、休憩を求めている。
「ちゃんと機能してくれて……よかった」
今日初めて使用した血鬼術、
ファンネルの固定砲台版であり、角から送受信される精神波みたなもので操作出来る血鬼術。
狙撃銃、ショットガン、マテリアルライフル、ガトリング砲。様々な種類の銃に設定できる反面、一度設定したら変更出来ないというデメリットが存在する。
コレを遠隔操作することで兵隊役の分身体を攪乱させ、司令官の分身体を同じく遠方にある自律血針砲で狙撃。結果、通信手段と指揮を奪い、混乱させることが出来た。
「しかしコイツらエネルギーを喰うな」
設置しておいた自律血針砲は既にない。
エネルギーを全部消費して砕けたのだ。
この血鬼術、けっこうエネルギー喰い虫で、遠くに離れれば離れる程、威力の高い物にすればするほど、精度を要求すればするほど。要求するエネルギーがグーンと上がるのだ。
なのでソレを補うために、倒した鬼に直接取り付けることにした。
あの下弦クラスの鬼を倒した後と、分裂体を倒した後に、私はわざと針を撒いた。
アレこそ
倒した鬼の因子を吸収してインプットした通りの砲台と銃弾を創り出して砲撃開始。全て消費したと同時に粉々に砕けた。
「効率は悪いし精度も低いが、なかなか使えるな。改良すればゲームの幅も広がりそうだ」
ばら撒いた銃弾を回収してエネルギーに変えながら独り言ちる。
ゲームが面白くなくなるのであまり練習しなかったが、今は後悔している。かなり使えるし面白いじゃないか、この血鬼術。
「次はコレだな」
へし折った棘―――
私は因子を食らいながら戦うことは出来ない。
鬼因子はそのまま使うことは出来ない。一度消化して完全に支配下に置いてからでないと使えないのだ。
消化に必要な時間は鬼因子の質と量に比例し、消化中はその分のリソースを裂かれているため戦力がガクンと落ちてしまう。
人間が食事してすぐに栄養を確保出来ず、消化中は運動力が下がるのと一緒だ。
そこで私は針に消化機能を付けることにした。
私が出来ないなら血鬼術がやればいい。
そういうノリでやってみたのが、すんなりと成功した。
しかし、私はしばらくこの血鬼術を使うことはなかった。
食事の楽しみがなくなってしまうのだ。
既に消化した状態なのですぐ吸収してしまうため、食った気がしない。だから今まで使わなかったのだ。
しかし今回はそうは言ってられなかった。本来なら使いたくないのだが、飯食って腹が膨れてたから負けましたなんてシャレにならない。
というわけでこの血鬼術を取り入れてみたのだが、かなりの効き目を発揮してくれた。ピンチに陥った状況なら心強い血鬼術だ。
そして、
おかげでこの燃費悪い血鬼術もあれだけの量の銃弾を出すことが出来た。
ただ、量が量なので消化するのに時間を割いたが。
「後は最後の血鬼術だが……」
文字通り全身から血針弾や血喰砲を放つ獣鬼態専用の血鬼術。
やることがやることなので威力も範囲も段違いなのだが……。
「あまり使わない方がいいな」
私は更地になるどころか、深くえぐれた山だった大地に目を向けた。
この血鬼術は周囲への被害が大きすぎる。街中で使ったらとんでもないことになるぞ。
よほどのことがない限りこの血鬼術は封印だな。
「しかし本当に……しぶとい相手だった」
確かに相手は強かった。
目に刻まれた上弦の文字。
上弦の鬼である証だ。
上弦の鬼。
鬼舞辻無惨配下の精鋭。
十二鬼月の中でも上位六名の強豪。
なるほど確かに。あの鬼はその称号に恥じない強さだった。
しかしもっと言うなら、強いと言うよりしぶとかった。
最初はバカみたいに泣きわめくかと思いきや、下弦の鬼達よりも強い鬼に分裂。戦闘はその鬼達に任せて、本体は鼠みたいに小さい身体と素早さで逃げていった。
その分裂体を倒したら今度は今まで見てきたどの鬼よりも強い姿になって戦闘。本気の私以上の戦闘力を見せつけたかと思いきや、本体は別のところに引きこもっていた。
その最強の分裂体を倒したと思いきや、今度は最強の分裂体と同じ強さの鬼が全部が繋がった状態で出てきた。
強い対戦相手は大歓迎だが、あんなにしつこくて面倒なのは御免だ。
私はラスボスが何度も形態を変えるゲームが嫌いなんだ。
だって、面倒臭いし時間が長すぎるもん。おかげでゲーム時間までクリアできず、最初からやり直すという苦痛を味わうことになった。
「しかしその分、見返りも多かったな」
あの鬼の因子は、質も量も凄まじいものだった。
今まで食ってきたどの鬼よりも勝るソレ。
これだけで今日味わった苦労は帳消しどころか、お釣りまで取れている。
「……今日は色々やったな」
本当に、今日は色んな初めてがあった。
初めて獣鬼態で戦った。
初めて使った血鬼術があった。
初めて二十四時間ぶっ通しで戦った。
そして何より、初めてゲーム抜きの本気で戦った。
あの鬼は下劣で女々しいクソ鬼だが、その強さは本物だ。
いくら分裂出来るとしても、下手な鬼なら針一本で倒せる。
しかしあの鬼は私の本気を受け止め、それどころか追い詰め、本当に死にかけた。
「じゃあ、ドロップアイテムを受け取るか」
立ち上がって仕留めた上弦の鬼の因子を取りに行く。
数は全部で八つ。よし、ちゃんと分身体の数だけある。
私はその因子たちをゆっくり吸収した。
極上の味だ。
今まで食したことのないような、最高の美食。
貧相な食事しかない今世は兎も角、平成の文明を以てしてもこんなに美味いものは口にしたことがない。
もしここが某食戟の世界なら、今頃私はアヘ顔しながら全裸になっていたであろう。
「……食ったら眠くなってきたな」
瞼が重くなってきた。
体から力が抜けてくる。
意識が自然に段々と沈んでいく。
高純度かつ大量の因子を吸収したせいだろう。
私の鬼因子が全部消化に回されている。こりゃ眠くなるわけだ。
「日が昇る前に隠れないとね……」
私は針でドリルを創り出し、地下に潜る。
堀った穴は予めセットした自律血針で埋め、不自然に見えない程度に隠す。
穴から日光が入ってきたら嫌だからね。
「じゃ、お休み」
私は泥のように眠った。
べべんっ…
琵琶の音が響く。
同時に猗窩座の視界が、足裏に触れる感触が全く別のものへと変化した。
無限城。
異空間に存在する鬼達のアジト。
そこに強制送還されたのだ。
ここに喚ばれたという事は、上弦が鬼狩りに殺されたということ。
「ヒョッこれはこれは、猗窩座様!いやはや、お元気そうで何より九十年振りで御座いましょうかな?
「……」
猗窩座は同僚の異形鬼である上弦の伍―――玉壺を無視して周囲を見渡す。
そこで琵琶を持つ髪の長い女を見つけた。
「琵琶女、無惨様はいらっしゃらないのか」
「まだ御見えではありません」
「なら、上弦の壱はどこだ。まさか、やられたわけじゃないだろうな」
そう言いながら上弦の壱を探す。
後ろから声をかけてくる同僚である上弦の弐―――童磨を無視して。
「おっと、おっと! ちょっと待っておくれよ、猗窩座殿! 俺の心配は、してくれないのかい?」
「……」
「俺は、皆を凄く心配したんだぜ! 大切な仲間だからな だぁれも欠けてほしくないんだ、俺は」
猗窩座の肩に手をかける童磨。
ソレに対して猗窩座はゴバッと強烈な裏拳で返答した。
つまり俺に関わんなということだ。
「私は……ここにいる……無惨様が……御見えだ……」
突如、陰のように上弦の壱―――黒死牟が現れそう言った。
「平服せよ」
「「「!!?」」」
上弦の鬼は一瞬で言葉通り平伏した。
「半天狗がやられた」
失望と落胆を隠さない声色に、上弦たちが強張る。
ここ百年に渡り、上弦の顔ぶれに変化はなかった。その圧倒的な実力でもって人を喰らい、鬼殺隊を殺し、柱を葬ってきた彼ら。歴代の上弦の中で恐らく最も極まった精鋭であり、無惨様としても満足していた錚々たる顔ぶれであった。
その一角が崩れた、と彼は静かな口調で上弦に告げた。
「私は貴様ら上弦を甘やかし過ぎていたようだ。だがもう、それもいい。私は、お前たちに期待しない」
「またそのように、悲しいことをおっしゃいなさる。俺が、貴方様の期待に応えなかった時があったでしょうか」
「産屋敷一族を、未だに葬っていない。青い彼岸花はどうした?」
ずるりと、童磨の頸が落ちた。
「なぜ何百年も見つけられぬ。私は……貴様らの存在理由が、わからなくなってきた」
「無惨様!! 私は、違います! 貴方様の望みに一歩近づくための情報を、私は掴みました! ほんの今しがたに…」
玉壺がソレ以上言葉を続けることはなかった。
何故なら、既に玉壺の頸が斬られ、無惨の掌の上にあったからである。
「百十三年ぶりに上弦を殺されて、私は不快の絶頂だ。まだ確定していない情報を、嬉々として伝えようとするな」
「これからはもっと、死に物狂いにやった方がいい。私は、上弦だからという理由で、お前たちを甘やかしすぎたようだ」
無惨様の声が聞こえた直後に、再びの琵琶の音。
空間を飛ばされるれる感覚感覚を受けながら、上弦の鬼達は無限城から消えた。
後に、無惨は童磨を呼び出して葉蔵の捕獲を命令したらしい。
もちろん、難癖付けて罰を与えた後で。
「最近、針鬼を見なくなったね」
とある屋敷内部にある座敷。
産屋敷耀哉の言葉に、集められた鬼殺隊の面々は複雑な反応をしていた。
あるものは安堵の表情を、またあるものは嘲笑を浮かべ、またまたあるものは不安そうな表情をしている。
「針鬼がいなくなったせいで鬼の数が増えてしまった。……いや、本来の数に戻ったというべきかな」
葉蔵が姿を消して早数か月。
彼が食い荒らしていた鬼共はすっかり元の数に戻ってしまった。
本来の数に戻っただけならまだマシなのだが、どっかの誰かさんが実戦の経験を奪ったせいで鬼殺隊は若干弱体化。
そのせいで今月の殉職率は前年の月より若干上がっているのだ。
「彼が鬼を間引いてくれたおかげで被害は格段に減少していた。しかも現場に遭遇したら積極的に人命救助を優先してくれる。成り行きとはいえ、彼は人間の味方をしてくれたということかな」
「……結果的には」
「けど、これは由々しき事態だ。まさか鬼を狩る我らが意図してないとはいえ鬼に頼ることになっていたなんてね」
「「「・・・」」」
一斉に黙る鬼殺隊の面々。
認めたくなかった。
針鬼が勝手にやってるとはいえ、結果論とは言え。
鬼を殺す隊である自分たちが鬼に頼ることになってしまうとは。
「報告によれば、針鬼は姿を消す前日、派手に暴れたそうじゃないか」
「はい、山が丸ごと一つ無くなるほどの激しい戦闘だったと」
「うん、私にはそれが上弦との戦いによるものに思えるんだよ」
「「「!!?」」
上弦の鬼。
鬼舞辻無惨配下の精鋭、十二鬼月の中でも強者たる上位六名の鬼。
下弦を含め、他の鬼とは比較にならない程の能力と強さを有し、鬼殺隊最高位の剣士である柱ですら幾度となく彼らに葬られてきた。
未だに構成員も戦法も顔も全てが不明。なにせ柱ですら殺されるのだから、一般隊士が生きて帰れるわけがない。
そんな災厄ともいえる鬼にあの針鬼が挑んだ。
なら彼らが考える結果は……。
「じゃあ、針鬼は……」
「そう考えるのが自然だね」
葉蔵の敗北である。
彼らは葉蔵の強さを知っているが、上弦程ではないと見なしている。せいぜい柱と互角といったところだろうか。
それも仕方ないだろう、なにせ葉蔵は一度も獣鬼態を見せたことがないのだから。
「けど、私には針鬼が生きていると思うんだ」
口では柔らかく言うも、ソレは断言であった。
証拠はない。
しかし確信めいたものが耀哉にはあった。
「針鬼はいつか帰ってくる。ソレも格段に強くなってね」
しばらく葉蔵は眠ります。
多くの鬼を、下弦の鬼を何体か、そして上弦の鬼を食らいました。
結果、彼のEXPは本来の限界より上回っています。
これを消化するには、一週間ぐらいの睡眠では足りません。