鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「(相変わらず趣味が悪いな)」
部屋をぐるりと見渡す。
仮住まいだというのに私物をそこら中に置く我が母。
調度品の一つ一つは豪華だが、ジャンルに関係なく適当に飾っている。
ただ高いものを並べているだけ。調和もバランスもない。
こうも節操なく高級品を並べると逆に下品に見えるのでやめてもらいたい。
「葉蔵! 葉蔵なのね!」
私だと分かった途端、声に喜色が入る我が母。気色悪い。
しかし相手は母親。
嫌だと思っても、最低限の礼儀は払うべきと考え、私は感情も表に出さないよう応えた。
「お久しぶりです母上」
「葉蔵! 今までどこに行ってたのよ!? こんな大変な時に!」
「大変?」
はて、どういうことか。
そういえば父と兄がいない。
これほどの軍隊、ただ軍人の妻であるだけの母だけで動かせるとは思えない。
父か兄を通して操るしかないはずなのだが……。
「葉蔵、信じられないかもしれないけど……貴方のお父さまとお兄様は鬼に食われたのよ」
「……何?」
話を聞くに、我が家は二度鬼の被害を受けたらしい。
一度目は父上と上の兄が任務で外出していた際、帰りの途中で鬼に襲われた。
二度目は……私が鬼に成った夜である。
「(ふ~ん、やっぱあの時に兄上は死んだのか)」
しかし、私は特に何も感じなかった。
驚きはある。
まさか普段私が食らっているような鬼共にまさか親族を殺されるとは思ってもいなかったのだから。
けどソレだけ。それ以外は特に何も感じない。
「(大分歪んでいるな、私も。この家で育ったせいか? それとも鬼に成ったせいか?)」
いや、答えは既に出ている。
元からだ。
前世の記憶を取り戻してから、私は今世の親を親として見れなくなった。
あの一般的で普通に良い父と母を思い出す度、この特殊な家が日常でないように感じてしまう。
逆に、今世の記憶と体験があるせいで、前世の記憶が曖昧に……他人のものであるかのように感じてしまう。
二つの人生。
二つの家庭。
二つの親。
どっちが私にとって本当のモノなのだろうか……。
そんなことを考えていると、母がズイッと違付いてきた。
寄るな鬱陶しい。
「葉蔵! 貴方さえ無事なら他の子供はいらないわ! なにせ貴方は私にとって最高の子なのだから! むしろ失敗作の真ん中の子がいなくなって清々したわ!」
どうやらそういったとこも相変わらずのようだ。
母にとって子は道具に過ぎない。
腹を痛め、莫大な時間と労力をかけていながら、そこに愛は存在しない。
あるのは費用と手間の分だけの執着心のみ。
子に対する愛情など持ち合わせていない。
彼女にとって実の子は家や会社を動かすための操縦桿でしかない。
自身が産んだ男子とは女である自分自身が男尊女卑の世界で成り上がるための踏み台だ。
そして、中でも私は特別な道具。
前世の記憶を持つ私は、より成り上がる可能性の高い勝ち馬だ。
私は母に支配されてきた。
逆らう気力も実力もなく、ただ流され、彼女の言いなりになっていた奴隷だった。
尻尾を振って、芸を覚えて披露して、彼女を喜ばせて餌をもらっている犬だった。
しかし今は違う。
私には力がある。
人間ごときの指図など……こんな成金風情に従って堪るか。
「葉蔵! 貴方がいるなら問題はないわ! 大分時間が空いたけど、私の手に掛かれば……」
「黙れ。私は私のしたいようにする。命令するな」
「…………え?」
一瞬私の言ったことが分からなかったのか、キョトンとする母。
しかし数秒ほどで怒りの形相に変わった。
「親に向かって生意気な口を叩くんじゃないわよ! 今まで誰のおかげで生きてこられたと思ってるのよ!?」
「」
「どうやら教育が必要……ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「黙れ。私の許可なく喚くな」
電気付き血針弾を母の首に当てる。
威力は大分抑えてある。せいぜい市販のスタンガン程度だろう。
しかし大したことないと思うのはあくまで鬼の感覚。
ただの人間である母にとってはどうだろうな?
「う……あぁ……」
ほら、一発でグロッキー状態だ。
「私は力を手にした。あの一夜で人間をぶっちぎりで超える力を。……もう貴様ごときに縛れる存在ではない」
「そ、それってどういう……ま、まさか!?」
私は鬼の力を解放させた。
肌と髪は白く、目眼は黒に、瞳は赤に染まる。
額からは角、口元からは牙、指先からは鋭い爪が生える。
この姿こそ私の本当の姿。
鬼としての私こそ真の私だ。
「あの夜、私は人間の理から解脱した。誰も私を二度と縛らせない!」
「ぎゃああああああああああああああああ!!!」
もう一度電撃を食らわせる。
私は鬼だ。
人の
そう、私は人間の枠組みから自由になったのだ。
何にも縛られない。
誰にも従わない。
私は自由だ。
私の主は私だけだ!
「ああ……葉蔵、貴方は鬼の力を手に入れたのね! それさえあれば……
さっきまでグロッキーだったのにもう回復したか。
やはりこの女はしぶとい。
「どうやら教育が必要だな」
これならもう少し痛めつけても問題ないな。
「(それから……私は家を乗っ取った)」
乗っ取り計画は拍子抜けするほどうまくいった。
考えるまでもなく当たり前のことだ。
父も兄も死んでしまった以上、世継ぎは私しかいない。
後は邪魔な母親を従えれば、私を邪魔する障害物は全てなくなる。
鬼であることも問題ない。
むしろこの力はプラスに働いてくれた。
普通の家なら鬼を当主にしようなんて考えないだろう。
良くて家の中に監禁、悪くて即殺そうとするのが普通だ。
しかしそこは我が家。鬼の力、しかも上弦の鬼に匹敵する私を喜んで歓迎した。
力こそ全て、華族でなければ人間でないと本気で言う我が家だ。
鬼だろうが悪魔だろうが、強ければどれだけのクソ野郎でも受け入れる。
もし私が人食いでも、体を調べるのを許可すれば、テキトーな人間を攫って美味しく料理してくれるだろうね。
実際、人肉の仕入れについての話が私の知らないところで進めらたというエピソードがある。
なんとか実行する前に止めることに成功したが、もし何も知らなければ朝食に人肉のすき焼きが用意されたであろう。
しかもアイツら、キョトンとした顔で『下民の肉なんて我慢しなくともよろしいのですよ』とかほざいてたからな。
なんていうか、人間の方がよほど鬼だと思いました……。
「(いや、私も同類か)」
今思えば、私が一番最初に喰らったものは兄の肉かもしれない。
確かな証拠はないが、そう考えれば色々と辻褄が合う。
何故私は飢餓状態になっていなかったのか。
何故あの場に兄と取り巻きの死体がなかったのか。
何故あの傷だらけの男が私を兄弟とダチを喰ったと言ったのか。
おそらくあの日、兄弟と取り巻き達は鬼の血に耐えきれず息絶えたのだ。
私はなんとか耐えたが意識を失い、飢餓状態で兄達の死体を喰った。
結果、私は腹が膨れたと同時に鬼の味を覚えてしまったのだ。
「(ま、だからといって何も思わないが)」
だからといって罪悪感は特にない。
鬼になった人間は人間じゃない。私の獲物であり食料だ。
何を気にすることがあるというのか。
「……ん?」
そんなことを考えていると、携帯電話用の針が震える。
対になる針と繋がって会話する血鬼術。
家を乗っ取ってからかなり愛用している便利な術だ。
『葉蔵様、少しよろしいでしょうか?』
「……なんだい、江藤さん?」
従者の一人である江藤さんからの連絡に応答する。
内容は関西地方の播磨に鬼が出たというもの。
かなり古い鬼らしいので、それなりに強いらしい。
「分かった、すぐに向かう」
私は一方的に針を握り潰して会話を中断させる。
基本的に私は従者たちを戦地に向かわせない。
全国各地で鬼がいる可能性があるか否かを調査させ、そこから先の調査は自律血針を通じて行っている。
鬼を探知出来ない上に、全集中の呼吸も血鬼術もない人間がやるより、私や自律血針がやった方が格段に効率が良いのだ。
従者たちには全国の鬼の情報を広く集めさせ、危険度の高いものや戦闘は私が担当する。
これだけで狩りの効率はグッと上がった。
やはり人手があるとないとでは天と地の差があるな。
しかし、彼らの有用性もこれまでだ。
最近は鬼の情報がそれほど集まらない。
地方に逃げた鬼は粗方喰い尽くし、東京の鬼は鬼殺隊と取り合い状態。無惨も私を警戒して鬼を徹底的に管理下に置き、私が食えないようにしている。
おかげで今までのようにはいかなくなってしまったのだ。
そして何よりも、私が組織運営に飽きてきた。
今までは鬼の情報欲しさと暇つぶしのためにやっていたが、もう面倒になってきた。
そろそろ畳む準備をするかな……。
「葉蔵様、アレが蝶屋敷でよろしのでしょうか?」
「ああ、失礼のないように……いや、やっぱり私が対応する」
「「ハッ!」」
こいつら男尊女卑に凝り固まっているからね。
ああ、人選誤ったな……。
・大庭紅葉(くれは)
葉蔵の母。光を反射するほどに艶のある髪が特徴。
容姿端麗で武術に秀でている元武家の華族だが、華族としては地位が低かったせいかハングリー精神が強い。
性格は苛烈で冷酷。自身の子すら政治と会社のために使い潰すことを躊躇しない。
頭の回転は早いが、傲慢で我慢の利かない頭無惨。そのせいで彼女に反感を持つ者は家でもけっこういる。
葉蔵は部下の名前を全員覚えてます。
パワハラも基本的にはしません。