鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
やあ私だ。大庭葉蔵だ。
あれから朝起きて針を飛ばす練習していたのだが、これがあっさりと出来てしまった。
指先を目標に向けて針よ飛べと念じる。するとプシュッといった感じで針が飛び出た。
しかし威力は低く、投げた方が早いスピード。予備動作がない分牽制などには使えそうだが、少し改良が必要だと判断した。
それで1週間近く針を飛ばす練習をしたのだが遂に出来たのだ。
イメージは銃弾。
空気を貫くかのように鋭く。回転しながら目標へと向かう。
目標に到達した針は洞窟の壁を貫通した。
うん、今日も絶好調。これなら実戦でも使える。
そしてもう一つ、並行してやっていることがある。それは毒の耐性を付けることだ。
私たち鬼は藤の花に苦手とする成分がある。これがある限り私はこの山から出られない。よって毒の耐性を高めるため藤の花の成分を僅かに取り入れ、服毒訓練をしているのだ。
毎日藤の抽出した毒を呷る。と、同時に血も飲む。その度に倒れて寝込んでしまうが、毒は少しずつだが確実に身体に馴染んできた。
最初は血と水で割ってしか飲めなかったが、今なら原液でも数滴なら飲める。
これはけっこう時間が掛かった。大体3週間ぐらいだろうか。
「た、助け……」
「るさい」
唸ってる家畜目掛けて針の弾丸を試し打ちする。
肉体を貫き根を張る針。しかし威力が高すぎたせいか、残ったのは一部だけで大部分は貫通して壁にぶつかった。
これは雑魚には使えんな。少し強めの鬼に使おう。
それでは、今度は動いてる的に使おう。
今日の予定が決まったとこで仮住まいの洞窟から出る。瞬間、私の額から一本の角が生えた。
従来の鬼の角ではない。
どちらかといえば一角獣のソレに近い角。
赤く輝くソレは、僅かに振動しながら、レーダーのように獲物を探す。
これがこの一か月間で目覚めた私の流法、「方針」である。
簡単に言えば感覚器官だ。コレで鬼の気配や探し物を探すことが出来る。
これの存在に気づいたのは、鬼の血を吸って記憶が流れ込んだ時だ。
あれを何とかしようと試行錯誤した結果、これが目覚めた。
角から常人では処理仕切れない程の大量の情報が流れ込む。
しかし、全ての情報を受け入れる必要はない。
標的が何処に居るか、それさえ分かれば十分だ。
余計なものはいらない。全て切り捨てる。
「……いた」
複数の鬼の気配を感知。
精度はまだ不安定だが十分だ。大まかな位置さえ分かればいい。
「さあ、狩りの始まりだ」
ばりばり。ばりばり。
何かをかみ砕くような音が響く。
「まあ…まずいなぁ……。やっぱ不細工な鬼はまずいなぁ」
音源は巨大な肉の塊のような何か。ソレは異形の鬼だった。
巨大な体躯。
胴体のみ肥大化し、腕の無い巨大な手のようなもので移動している。
腹にあたる部分には縦に割かれたような巨大な口があり、びっしりと牙が生えている。
「お前ならうまいかなぁ?」
鬼が後ろを振り返る。そこには、針を手にした葉蔵が立っていた。ソレを見て鬼はニヤリと醜悪に顔を歪める。
「針鬼…。やっときたのかぁ。ずっと待っていたぜぇ」
「そうかい。私は君みたいな醜い鬼なんて御免なんだけどね」
「釣れねえなぁ。俺はお前と会いたくてこんな姿になったってのに」
「……何?」
葉蔵の目が鋭くなる。
「俺はよぉ、お前が怖かったんだ。偶然お前が鬼を食う瞬間を見てなぁ、大人数の鬼を圧倒するお前が怖くて仕方なかったんだ。…だから俺は強くなったんだ」
「他の鬼を食って食って食って! 喰いまくって今の姿になった! この姿は俺の強さの証。今ならお前にも届く……いや、倒すことが出来る!」
「来い針鬼! お前を食うことで、あの時の恐怖を克服し、俺は更に強くなって見せる!!」
叫び終わると同時に鬼の口から何かが吐き出された。
咄嗟に避ける葉蔵。針を投げようとした手を止め、なりふり構わず横へ跳ぶ。
葉蔵のいた位置に硬い何かが通り過ぎた。
何かは後ろの木々をなぎ倒し、大岩に当たることでやっと止まる。
岩に刺さった物は歯だった。巨大な歯が砲弾のように飛んできたのだ。
続けて二発三発と。歯の砲弾が吐き出される。
全て避ける葉蔵。先程と同じように横へ跳んで避ける。
「歯を飛ばす…か。そんな攻撃してたら歯抜けになるよ?」
「すぐ再生するからいいんだよ!」
軽口をたたくも。彼に余裕などなかった。
戦況は葉蔵が圧倒的に不利。
弾丸の威力、攻撃速度、そして攻撃の規模。全てが葉蔵の針を超えている。
防戦一方。彼が倒れるのも時間の問題だ。
しかし、葉蔵に後悔などの負の感情は存在しなかった。
戦うという選択肢を選んだのは、歯鬼を獲物に選んだのは紛れもない自分自身。なのに喚いたり後悔するなど論外だ。
むしろソレがいい。追い込まれている今の状況がいい!
死と暴力と争いの世界。そこには自分の探す何かが見つかるかもしれない……。
そしてそれは今かもしれない。この瞬間を乗り越えば、たどり着けるかもしれない!
「そういうわけで我が糧になってもらうぞ!」
「何を訳の分からない事を!」
活路を見出そうと、避けながら必死に敵を観察する。
どこだ。どこに攻撃の隙がある?
こんな攻撃何度も撃てるはずがない。どこかに必ず隙がある。それさえ狙えば!
途端、攻撃の手が止んだ。
歯鬼の方を一瞥する。鬼は息を深く吸いながら、歯茎のあたりをぼこぼこと音を立てて再生させていた。
弾丸である歯がすべて抜けてしまったのだ。ソレは歯が全部抜けてしまった現状を見ればすぐに分かる。
「ッ! そこだ!」
ソレを見逃すほど葉蔵は鈍間ではない。
回避行動を止め、攻撃の体勢に入る。
相手は鬼。弾丸である歯もすぐ再生するであろう。故に、再生される前に潰す!
指先を歯鬼に向けて銃口に見立てて構える。
両腕が上から見て二等三角形になるよう構え、足も左右均等に肩幅から少しはみ出る程度に開く。
指先に赤い光が集まる。そしてソレが歯鬼に向かって飛び交おうとした瞬間……。
「………あ?」
次の瞬間、轟音と共に弾丸が葉蔵に命中した。
回転しながら襲い掛かる鬼の牙。
ソレは葉蔵の身体を貫き、彼方まで吹き飛ばした。
鬼の弾丸に玉切れなど存在していなかった。
先ほどの息継ぎと歯抜けは演技。葉蔵から隙を誘うための作戦だった。
そして、彼の企みは見事命中した。
葉蔵の体は着地もできず地面に激突した。
ぶつかった反動で宙に浮き上がり、土埃をまき散らしながら、転がっていく。
ようやく回転が止まった時には、地面には血と破壊の痕跡が残されていた。
「ぐ…うぅ……」
葉蔵の口からうめき声が漏れる。
鬼になって、初めて感じる痛み。
猛毒のように葉蔵の全身を駆け巡った。
かなり大きな……いや、致命傷を受けてしまった。
腹部の三分の二ほどが風穴と化している。
抉られたかのように肉が、骨が、内臓が。全てがグチャグチャに粉砕されていた。
辛うじて繋がっている胴体。人間なら即死であろう。
「……すごい…生命力だ」
これほどのダメージを受けていながら、自身の命は未だ健在。
むしろ肉体は修復作業に取り掛かっている。
凄まじい。鬼の肉体とは、生命力とはこんなに強大だったのか。
流石に全回復とまではいかないが、最低限の皮と肉だけは繋がっている。
「まてぇ~針鬼ィ~~~!」
歯鬼の気配が近づいてきた。
もう目視出来る距離だ。早く立ち上がらなくては嬲り殺される。
指は動くか?―――動く
腕は動くか?―――動ける
体は動くか?―――体も動いた!
しかし勝機をつかみ取ろうとする腕はあまりに重く、鈍い。
先ほどのダメージが、まだ枷のように葉蔵の肉体にまとわりついていた。
それなのに、残された時間はあまりに少ない。
すぐそこには歯鬼。既に射撃体勢に入っていた。
まだ霞む視界で狙いを定め、振るえる指先を向け……。
「死ねェ!」
先に攻撃を仕掛けたのは歯鬼。再び鬼の牙が葉蔵に襲い掛かる。
対して葉蔵はまだダメージが回復してない。
指先はおぼつかなく震え、狙いが定まってない。
足も安定していない。これでは先ほどのように何度も避けながら攻撃するなど到底無理……。
勝った。もし次が避けられても、次の攻撃で仕留めて見せる。
次弾を発射するために息を吸い、再び歯を飛ばそうとした瞬間……。
「ぐえッ!?」
眉間に針の弾丸が刺さった。
一体何が起こった。思考が浮かぶよりも早く、歯鬼の脳に針の根が浸食した。
歯鬼の吐き出す弾丸はかなり大きい。そのおかげで威力も高いが、同時にある欠点が生まれてしまった。
弾丸の影が死角になってしまう。弾丸の下に潜り込まれてしまえば、一時的に標的を見逃してしまうのだ。
彼はソレを利用した。
歯の弾丸を横に倒れて避けながら、空中で針の弾丸を撃つ、という荒業で。
無論、通常ならそんな芸当など不可能。たとえ鬼でも早々容易く出来るものではない。
だが現実はソレを実現してしまった。
それが狙ったものか、それともそこしか逃げ道がなかったのか。それともただの偶然なのか。それは分からない。
しかし、結果だけは残った。
勝ったのは大庭葉蔵。
生き残った者が敗者を糧とする。
そうすることで勝者は更なる強者へと変わるのだ。
やはりと言うか、姿形が変わった鬼は違う。
今まで狩ってきた鬼たち―――ただの雑魚鬼や一部だけ異形になった鬼たちとは因子の濃さが段違いだ。
因子の抵抗力もまるで別物。
今までは針を刺せば即因子を搾り取れるのに、この鬼の因子には抵抗力がある。
この針の浸食は抵抗することが出来る。これは、最初に異形の鬼を倒した時に知った。
まあ抵抗といっても少し針の根の伸びが悪くなるだけで、完全に無効化出来るわけではない。
しかし、異形の鬼相手には通じない。
動きを封じることは出来る。
針を刺すことでその部位のみに集中して針の根を伸ばし、相手を拘束する。
これがもし脳などの重要器官なら仕留めることが出来るが、大してそうでない器官に当たれば針の作り損に終わってしまう。
今回使用した針の弾丸は、そういった問題を解決するための一歩だ。
今まで俺は格下か同格でも少し劣る程度の相手と戦ってきた。
だが、そう何度も都合のいい相手ばかりが来てくれるとは限らない。
もしかしたら格上が襲ってくるかもしれない。
もしかしたら同格が複数で襲ってくるかもしれない。
もしかしたら統率された集団が襲ってくるかもしれない。
そんなもしかしたらを解決するためにも正確に重要器官に針を撃ち込む術が欲しかったのだ。
そして、今回ソレが成功した。
私の放った針は相手の脳に当たってくれた。
威力も問題ない。
今までの針は鬼の肌を貫いて体内に入れることだけを考えていたが、針の弾丸は威力だけでも鬼にダメージを入れられる程だ。
本物の拳銃とさして変わらない威力と速度。実験は成功だ。
「……だがまだ足りない」
この技で満足するほど私は謙虚ではない。
散弾銃、徹甲弾、ナパーム弾…。何なら鎧のように纏ったり、極小の針を飛ばす等のアニメみたいな攻撃もしてみたい。
まだまだ私の流法には先がある。これからが楽しみだ。
ああ、本当に楽しみだ。
技を習得する度に、鬼を倒す度に、そして鬼の因子を取り込む度に! その度に私が強くなっているという実感がある!
特に今回の戦いはよかった。
初めて与えられたダメージ。人間の頃なら確実に死んでいた傷。……あれは本当に私自身の命を感じられた。
温かい血、脈動する筋肉、醜い内臓……私のような人間にも、確かな命はあった。
だが今は違う。私は満たされている。確実に生きている実感がある!
やはり鬼になったのは私にとってプラスだったようだ。
「……ん?」
何やら鬼たちが騒いでいる。
数は大体20ぐらい。一つの場所に集合…いや密集している。
方針の精度は低いが、かなり多くの鬼が集まっていることは理解出来た。
ここからかなり近い。走れば十分届く距離だ。
なので私はその場所に向かう。
「……ハハッ」
その場所にたどり着いた途端、笑いが漏れた。
鬼の殺し合いだった。そこでは鬼が一か所に集まって食い合いをしている。
ああ、なんて楽しそうなんだ。どいつもこいつも目を血走らせて……。羨ましいなあ。
「私もお友達に入れてくれよ」
仲間外れはいけない。私も楽しませてくれ!
そろそろ葉蔵を藤襲山から出したいと思います
下弦の伍の塁でアレなのだから、下弦の鬼ってめっちゃ強いよね?
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いや、下弦など雑魚だ
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うん、塁がもっと真剣なら義勇にも勝てた
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いや、塁が強いだけで下弦は雑魚だ
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分からない、下弦自体強さにバラつきがある