鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
「……とまあ、上弦の情報は以上だ」
「「「………」」」
葉蔵が粗方話すと、場の空気が重くなってしまった。
「な…何よソレ……? 上弦の鬼って、そんなに強いの!?」
「ああ、最高戦力でも単体では話にならない。上弦の参は柱三人分、上弦の壱に至っては5、6人分はある」
「ハッキリ言う。無惨含めて上弦の鬼は君たちを敵とみなすどころか、虫けらとしか思ってない。ブンブン飛ぶ鬱陶しい蠅や蚊といった程度だ」
更に空気が悪くなる。
手に入れた上弦の情報は、凶報でもあった。
上弦の下位でも柱を揃えなくては勝てず、壱は柱の半数を揃えなくては土俵にすら上がれない。
無論、五人以上の連携なんて物理的に不可能。かといって柱一人分以上の戦闘力を持つ者も存在しない。
つまり、上弦の壱とソレを超えるであろう無惨には、柱では勝てないということを意味する。……ソレは、鬼殺隊の存在意義をも否定しかねない情報であった。
「だから、私は打開策を渡しに来た」
葉蔵は一つの針を渡した。
「これは?」
「連絡針だ。ソレで私と離れてても会話が出来る」
「え?」
針を摘まんで観察しながら、葉蔵は話を続ける。
「上弦らしき鬼の情報を入手、或いは遭遇した時はソレを使え。私が駆け付けよう」
「「「……!!?」
ソレは、あまりにも規格外の提案だった。
「数が欲しいならもっと用意しよう。代わりに、手に負えない鬼の情報や上弦と遭遇した際はソレで連絡してほしい。いつでも力を貸す」
「本当に……手伝ってくれるの?」
震える声でしのぶは質問……いや、確認する。
もし本当なら頼もしい。
上弦の鬼を倒し、上弦の壱と同格の鬼が、この針にささやいた程度で駆けつけてくる。
願ったり叶ったりである。出来るなら、このまま味方になってもらいたいぐらいだ。
しのぶがその針をお館様にどう報告するか考えていると……。
「待って!」
カナエが制止の声をかけた。
「葉蔵さん……一つ、確認させて」
「なんだい?」
カナエは数秒程言い淀み、ゆっくり口を開く。
「貴方は……何のために、戦っている…の?」
「ゲーム……お遊びのためさ」
対して、葉蔵は迷うことなく言い切った。
「私は鬼との戦闘で生きる実感を味わっている。戦っている時の……命のやり取りをしている時のピンと張りついた緊張感。ソレを渡り切った後の爽快感。そして勝利の美酒を味わう幸福感。
その全てに……私はもう虜さ」
「………」
世間話をするように葉蔵は語るが、その内容は日常とかけ離れていた。
葉蔵の普通ではない感性と、ソレを当たり前のようにと話す人間性。
その異常さにこの場にいた人間は皆引いた。
「……葉蔵さん、ソレは狂人の考えよ。戦うことが……命の奪い合いが楽しいなんて、人間として間違っている」
「自覚はある。けど、私はこうでしか生きる実感が湧かないんだよ」
クスリと苦笑いする葉蔵。
同時に、彼は自身の手を眺め、過去をゆっくりと思い出す。
「鬼に成る前の私は、死んでないだけの屍だった。生きる意味も、生きている実感も見いだせなかった。ただ時間を浪費して、寿命が尽きるのを待つだけの無為な人生を……この力が変えてくれた」
「鬼として強くなる度に、出来る事が増える度に、敵を倒して食らう度に! 私は自身の成長を実感できた! 敵を踏み台にして次のステップへ足をかける感触! 喰う度に満たされる感覚! 勝利する度に強くなる実感!
これこそ私の生きる意味だと!」
鬼とは哀れな生き物。
無惨に無理やり違う存在に変えられた元人間。
だが、この鬼はどうだ?
何でこの鬼はこんなに自由そうなんだ?
何でこの鬼はこんなに楽しそうなんだ?
何でこの鬼はこんなに生き生きしている?
「(ああ、そうか……。やっと、理解したわ……)」
「(葉蔵さん、貴方は……人間を辞めたかったのね)」
「……そう。このことはお館さまに伝えておくわ」
「ちょっと姉さん!」
しのぶは怒りを見せるが、
「落ち着きなさいしのぶ。この鬼は隊士たちや他の人たちに手を出してないわ。」
「そ、そうだけど……。けど、この鬼は戦いを楽しんでいるのよ!? いいの!?」
「あら、隊士の中にも戦いを楽しんだり、鬼を殺すのが好きな人がいるじゃない。彼の方がよほど健全だわ」
「ね……姉さん!?」
しのぶが立ち上がってカナエに詰め寄る。
「姉さん正気!? この鬼の本質は他の鬼と同じよ!? 紳士的な皮をかぶったケダモノじゃない!」
「そうね、葉蔵さんの在り方は鬼殺隊と相容れない。だから鬼殺隊に入れることは出来ないわ。けど、協定を結んで一時協力は出来るわ」
「けど!」
段々とヒートアップする姉妹。そんな彼女たちを見て葉蔵はため息をついて立ち上がった。
「……要件はソレだけだ。このことを頭領に伝えてほしい。タイミングを計らってこちらからコンタクトを取る」
そのままカナエの横を通り過ぎて外へ出ようとする葉蔵。
戸に手を掛けた瞬間、カナエは振り向いてポツリと呟いた。
「貴方をいつか……人間に戻してみせます」
「………」
葉蔵は何も答えずに部屋を出て行った。
葉蔵には鬼殺隊に入って人々のために戦うという選択肢もありました。
前回も言いましたが、葉蔵には迷う余裕があります。
鬼殺隊達は一つの道しか選べませんが、鬼である葉蔵は余計なことに気を取られる時間も心のスペースもありました。
ですから序盤は行動理念がハッキリしておらず、自分が何をしたいのかという自覚も薄く、様々なことに心を動かされ関心を持っています。
もし、八倍娘編で寂しさを自覚してしまったら、不死川編で実弥たちを守りたいと自覚してしまったら。
彼はまた別の選択をしていたでしょう。
しかし彼は自分の欲望を一番最初に自覚してしまった。
鬼として生きる道を、修羅道を選んでしまった。
もう彼は戻れませんし、引き返す気もありません。
葉蔵という鬼は二度と人になることはないでしょう。
それが葉蔵にとって不幸なのかどうかはまた別の話ですが。