鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ 作:大枝豆もやし
だって転生者ですよ? 平成の価値観あるんですよ? 鬼ですよ?
同じなワケないじゃないですか。
けど、そこに意味があると私は思います。
「(近くに鬼がいるな)」
上弦の伍を倒した帰り道。
屋台で買い食いをしていると、鬼の気配がした。
数は二体。悪意や殺意は感じ取れないが、片方からは敵意を向けられている。
「(どうしようか? 殺そうかな?)」
私にとって鬼―――同胞とは捕食対象だ。
今まで話の通じる相手や、友好的な相手と出会ったことがないし、聞いたこともない。
上弦の鬼たちも話こそ出来るものの、立場上は敵。出会ったら即殺し合いだ。
自分以外の鬼は敵。同胞はご馳走。これが私の鬼に対する認識である。
故に今回もそうしようとしたのだが……。
「私に何か用ですか、鬼のお二方?」
とりあえず、話しかける事にした。
こちらの存在を知りながら、初めて敵意も害意も見せない鬼だ。
どうせ相手は上弦以下の鬼。ここで殺すのは簡単なのだから、どんな鬼か観察してみよう。
話しかけて数秒後、二体の鬼が物陰から現れた。、
黒髪を結い上げた着物姿の女性と、学生のような恰好をした少年。
強さとしては上弦の下位といったところか。
「貴様が鬼喰いの針鬼か。言っておくが珠世さまには」
「よしなさい、愈史郎。……ごめんなさい、気を悪くしてしまいましたか?」
「いえいえ。こうして鬼と話せる機会は初めてなんですよ。この間も上弦の壱と話したのですが、すぐに戦いになりましたから」
私がそう言った途端、二人は一瞬で顔を真っ青にした。
まるで信じられない光景を目の当たりにしたような反応。……ああ、そういうことか。
「とりあえず、場所を変えましょう」
私の提案に二人は顔を困惑しながらも首を縦に振った。
町外れにある木造の診療所。
私は奥にある畳部屋へと通された。
建物の至る所から血鬼術の気配がする。
発生源は目のような模様が描かれた札からだ。
おそらくアレが血鬼術を発動させ、この診療所に結界のようなものを形成しているのだろう。
試しに一枚触れて。血鬼術を発動させる。
イメージは概念の針。
霊体或いはエネルギー体の針が血鬼術そのものを貫き、術を破壊する。
「(よし、一枚分だけ無効化出来たな)」
確かに何かを喰らった感触。
物理的には何もないのに、私はない筈のものを食らうことが出来た。
さて、実験は終わりだ。次は目の前の事に集中しなくては。
私は畳の上に座った。
「申し遅れました、私は珠世と申します。この子は愈史郎です」
「私は大庭葉蔵。鬼殺隊と鬼からは針鬼と呼ばれている」
軽く自己紹介をした途端、珠世さんは神妙な顔をした。
「……やはり、貴方があの針鬼だったのですね」
「ほう、やはり私のことを知っているのか」
「ええ、噂は聞いております。なんでも、鬼でありながら人を喰わず、鬼のみを喰らうと」
「まあね。付け加えるなら人間の食事と睡眠も必要だ」
私がそう告げた途端、珠世さんと愈史郎くんは驚きのあまり目を見開いていた。
どうやら、彼から見ても私は異端のようだ。
特に珠世さんの驚きぶりは尋常ではない。
言葉を失った様子でワナワナと震えている。
「そんな馬鹿な!? どんな鬼も人食いの衝動には勝てず、人の食事も受け付けないはずなのに!?」
「そんなこと言われても困る。現に私はこうして生きているのだから。……それより話を進めましょうか」
彼女を一度落ち着かせて話を再開させる。
どうやら彼女は戦国時代から鬼として生きているらしく、私のような鬼は初めて見たらしい。
当時の彼女は今でいう十二鬼月に近いものであり、近くで無惨を見てきた。ソレでも私のような鬼は存在しなかった。
「つまり、私のような鬼は前代未聞だと」
「はい。天然の鬼で貴方のような鬼は存在しませんでした」
どうやら彼女は自分で体を大分弄ったらしい。
鬼舞辻の呪いもその過程で外し、人の血を少量飲むことで生命を維持している。
「ですが貴方は人の血肉を口にせず、人間と同じ食生活を送れる。鬼は本来飲食を行えませんから……はっきり言って、羨ましい限りです」
「ん? あなた方は飲食が出来ないのですか?」
「私は紅茶だけです。体質を変化させましたが、あなたと比べると……」
どこか憂いた表情の珠世さんと、そんな彼女を見て顔を赤くしている愈史郎くん。
それからも私は話を聞き続けた。
珠世さんの事、愈史郎くんの事、そして、鬼舞辻無惨の事。
話を聞く中で思ったのは、無惨は何故そこまで臆病なのかということ。
必要以上に姿を隠し、必要以上に鬼を増やし、柱も上弦に任せている。それがどうにもひっかかる。
何故自分でやらない?
鬼殺隊も自分で鬼の軍隊を率いて攻め込めば事足りる筈。
むしろ、無惨一人でも柱を全滅させられる筈だ。
なのに何故そうしない?
「あの男は恐れているのです」
「何を?」
一体何を恐れる必要があるのか。
聞く限りでは、無惨は最強の生物だ。
人間なんて虫同然だろうに……。
「鬼舞辻無惨をあと一歩のところまで追い詰めた、たった一人の人間がいるのです」
「………は?」
彼女の話の大半は、私の頭に入ってこなかった。
私にとって最強の鬼であった上弦の壱、黒死牟。
そんな彼をも凌ぐといわれる鬼舞辻無惨を圧倒出来る人間が、かつて鬼殺隊にいたという事実。
あまりにも現実離れ過ぎて、信じられなかった。
鬼となって強靭な肉体を手に入れ、鬼を喰らって更なる力を手に入れ、目覚めた血鬼術を検証し、様々な鬼と戦って経験を積み、より強い鬼を喰らってレベルを上げてきた。
そうやって積み重ねた強さを嘲笑うかのような、圧倒的な強さを人間が有している……?
「………ああ成程。黒死牟が鬼に成るわけだ」
「? 何の話です?」
「いや、こちらの話だ。無惨を倒すことについては関係ない」
「そ、そうですか」
そう、私には関係ない。
黒死牟が何を思って鬼に成ったか、何を目指しているのかなんてどうでもいい話だ。
それに、その人間は既に死んでいる。
余計に私との接点はない。
「私は鬼であると共に医者でもあり、何より鬼舞辻を抹殺したいと思っています。どうか私に力を貸してくれませんか?」
「内容による」
「貴様! 珠世様の願いを拒むつもりか!?」
「やめなさい愈史郎! 私はお願いしてる立場なのです! ……ごめんなさいね、葉蔵さん」
「ええ、大丈夫ですよ」
これぐらいは逆の立場で見慣れている。気にすることはない。
「ではまず、あなたの体を調べさせてほしい」
「無理」
「もっと別の方面にしてくれないか? 研究施設や稀血などは提供できるが、私自身の肉体を調べるのは勘弁願いたい」
「え、え~と……。で、出来るなら、貴方の血を研究させてもらえるとありがたいのだけど……。ほんの、ほんの数滴でいいの!」
「ダメだ。他人に調べられるなんて気持ち悪い」
「貴様! いいから珠世様の言う事を聞け!」
「愈史郎! いい加減にしないと怒りますよ! ……葉蔵さん、貴方の血はあの男を屠るのに必要なの」
まるで小さい子に諭すように語り掛ける珠世さん。
正直イラっと来たが、表に出すことなく思ったことを正直に話す。
「いや、無惨は私の獲物だ。むしろ取らないでくれるとありがたいのだが?」
「………え?」
瞬間、空気が若干凍った。
私は気にせず話を続ける。
「貴方達は一つ勘違いしている。私は別に鬼も無惨も憎んじゃいない。私が鬼と戦う理由は、鬼との戦いを楽しみたいからだ。決して人間のためではないし、まして正義感からでもない」
少し早口で、少々苛立ちながら私は言い切った。
「き、貴様!? 狂人の類だったか!」
「その認識で構わない。君たちにどう思われようが私のやることは変わらない。今まで通り鬼と戦い、血肉を喰らい、強くなり続ける。次の」
「な…この無礼者が!」
「!? やめなさい愈史郎!!」
珠世さんが止めるが遅い。愈史郎くんは札を取り出して血鬼術を発動させようとしている。
ソレを見た私は先制攻撃……いや、血鬼術への防御用血鬼術を使った。
【針の流法
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!?」
「愈史郎!?」
手の中を突き破る針の根によって悲鳴をあげる愈史郎くん。
珠世さんはそんな彼を心配して手を診ようと愈史郎くんに近付いてきた。
「手を斬り落とせば針の侵食は止まる。一度発動した侵食は私でも止められない」
やれやれ、この血鬼術はまだ制御が甘いな。私としては血鬼術を防ぐつもりで発動させたのだが、相手の血鬼術を喰らった余波で相手の手も食らうようだ。
「………どういうことです?」
「先に手を出したのは其方だ。私は自分の身を守っただけ。……多少過剰防衛にはなったけど」
そもそも、愈史郎くんが血鬼術を使わなくてはこうなってなかった。
先程の血鬼術、
非物理的な血鬼術へのカウンターとして今日編み出した新技。
まさかこれほどの威力になるとは私自身思いもしなかった。
「……そうですね。愈史郎、貴方が謝りなさい」
「珠世様!? しかしこの鬼は…」
「愈史郎! 貴方が先に手を出さなかったら彼は何もしなかったのです! ソレに私はやめなさいと言ったはずです! 聡明な貴方ならこうなることは分かっていた筈! なのに何故貴方あんな真似をしたのです!?」
「………申し訳ありません」
しおらしく謝ると、今度はこちらに向いて頭を下げた。
どうでもいいが、下に向いている顔が憤怒の形相なのは言うまでもない。
私は珠世さんの方に振り向いて話を続ける。
「先程の話なのですが、機材の支援だけ受けましょう。本来ならあなたの針も研究させてもらいたいのですが、贅沢は言ってられないですね」
「そう、なら今日からよろしく。珠世さん」
こうして私は珠世さんを雇うことになった。
「よろしいのですか珠世様」
とある研究所。
当時最新鋭の設備が揃った大規模な薬物研究所。
そこで珠世は薬品をいじりながら愈史郎の問いに珠世は答える。
「何がです?」
「針鬼のことです。あの鬼はいかれている。自身の快楽の為だけに鬼を喰い、鬼と戦う奴なんて、俺は信用できません。したくもない」
「……別に、いいのではありませんか?」
薬品を置いて話を続ける。
「そもそも、鬼の力に一度堕ちた私にあの人を咎める権利はありません。畜生以下の存在に成り下がった私と違って、あの人は自分を律している」
「何をおっしゃっているのですか珠世様! あの鬼はただ好き勝手に力を振るっているだけです! 遊び半分で鬼と戦うなんてどうかしてます!いつその牙がこちらに向くか分かったものではありません!!」
「そうですね、貴方の言う通りあの人はただ自分が力を振いたいか、その力を楽しみたいから鬼にぶつけているだけです。けど、世の中にはけっこういますよ、ああいった人は。しかも、そういう人の方が成功するものです」
続いて薬品にスポイトのようなものを垂らし、カチャカチャと搔き混ぜる。
「人間なんて結局は自分のことしか考えていませんよ。私もあの人も、結局は自分がしたいと思ったことをしているだけです」
「……ですが、珠世様は高尚なことをなさろうとしている! あの鬼とは違う!」
「いいえ、私はただあの男に復讐したいだけです。積極的に自分のやりたいことをやり、そのために技術を磨き、その過程も楽しんでいる葉蔵さんに比べたら、私はさぞ陰険でつまらない生き方をしているでしょうね……」
自嘲するかのように笑う珠世を見て、愈史郎はかける言葉を失う。
「彼の中には美学があります。倒していい相手とそうでない相手を選別する貴人が存在している。彼はソレを死んでも破らないでしょう」
「……そんなもの、あいつの気分一つで切り捨てられるでしょうが」
「そうですね。ですが、世間の基準もそうです。時代や状況が変われば当然変わります。ソレに、世間が常に正しいとは限らないですよ?」
「私はあの人を擁護する気も肯定する気もありません。ですが、咎めたり否定する気はもっとありません」
「むしろ私はあの人が羨ましい。自分なりの価値観と欲求に従い、自分のやりたいことをやっている。あんなに楽しそうに生きていると、善悪なんてどうでもいいのですね」
「確かに人間的には褒められませんが、だからこそ羨ましい。自分を偽ることなく、かといって過度な善行や悪行を積むことなく、調整を取っている。ある意味、彼の生き方の方が人間という生物としては正しい生き方かもしれません」
「まあ、珠世様がそう仰るなら……」
愈史郎は困った様子で、その場から立ち去った。
その背中を眺めながら、珠世はフラスコの中の薬を更に調整する。
「ですが、何時かは夢から醒めてもらわなくてはいけませんね。………フフッ」
彼女は「人間化薬・試作品」とラベルを張った。
二次創作、特に転生モノの醍醐味の一つは、その世界と転生者の価値観の違いだと私は思っております。
違う世界を生きて、違う価値観を形成し、違う視点を持つ。
そんな異物をぶち込むことで、原作と違った展開にすることこそ二次創作の楽しみではいでしょうか。
要は全く使わなかった調味料を入れて、別の料理にするようなものです。
その一環として鬼殺隊サイドにも無惨サイドにも属さない全く別の視点、平成時代が混じった価値観、人の想いや絆とはまた違う物に価値を置く主人公という劇物を放り込みました。