鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~   作:大枝豆もやし

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第9話

「むッ! これはかなり美味い!」

 

 歯を弾丸にする鬼を殺してから一週間後、私は自作の小屋の中で鹿肉のステーキを食べていた。

 

 前回、私は下味を付けることを怠った。故に肉は生臭く、ただ獣の味がするだけ。

 そこで私は山を探索して臭みを消す何かを探した結果見つけたのだ、野生のニンニクを。

 

 これがなかなか美味い。肉の臭みを消すどころか、肉の旨味を引き立てている。

 

「…満足だ」

 

 流石に鹿一頭全部は食えない。

 残りの肉は燻製にして保存しよう。素人の見よう見まねで作った燻製窯がある。

 

 

 ここ数週間、私は鬼を食ってない。

 あの祭で暴れて以来、この山の鬼たちは粗方狩りつくしてしまったのだ。

 おそらくあの祭で大半の鬼たちが集まっていたのだろう。そこに私が入ったせいで全滅状態になったのか。

 

 生き残った鬼たちも活動が著しく低下し、夜もアナグマのように何処かへ潜んでいる。

 探し出そうとするも、私の存在を察知すると脱兎のごとく逃げてしまう。おかげで私は鬼を食えないでいた。

 

 そうした余った時間を私は技の開発や練習、あとは小屋を自作する等して凌いでいる。

 しかしそろそろ飽きてきた。今度は本格的に獲物を見つけられるよう方針の練習でもするか。前回見逃した腕の鬼を今度こそ仕留めたい。

 

 あと、姿も変わった。

 厳密に言えば肉体が急成長した。13歳の私の身体は18歳頃まで成長し、筋肉もそれなりに付いている。

 最初はいきなり大きくなったこの体に慣れなかったが、ある程度動いたら慣れた。今では手足が長く、見晴らしの良いこの身体の方が戦いやすい。

 しかもこの体。いつでも13歳の頃に戻れるのだ。正確に言えば18~5歳まで肉体年齢の操作が可能になったのだ。

 まあ、18歳の肉体以外は今後使う機会はないだろうがね。

 

「……ん?」

 

 小屋から出た瞬間、外が随分騒がしいことに気づいた。

 我が針の流法、方針で辺りを探る。すると、近くに鬼の気配を何体も何十体も感じ取った。

 

 どういうことだ? 今まで姿も気配も消して活動を停止していた鬼たちが、何故一斉に動き出している?

 これは何かある。そんな確信めいたものを抱く私は、鬼の気配が集中する方角に向かう。

 

 

 そこには、年端も行かぬ子供たちが大量にいた。

 

 

 子供たちは剣で武装しており、雑魚鬼と戦闘している。

 しかし雑魚とはいえ相手は驚異的な生命力と怪力を持つ鬼たち。斬れるだけの鉄の棒きれをブンブン振り回す程度では倒せない。

 

「…何をしてるんだあのガキ共は!!?」

 

 あまりの出来事に私は親から教わった礼儀作法も忘れ、俺に戻ってしまった。

 

 慌てて子供たちの方に向かいながら、針を鬼目掛けて放つ。

 当てる必要はない。今は鬼共を子供たちから離さなくては!

 

「こ…この針は!?」

「針鬼だ!針鬼が来たぞォォォォ!!」

「ひ、ひぃぃぃ!く、食われるゥぅぅぅ!!」

 

 私に気づくと同時に、怯えた様子で子供たちに襲い掛かるのをためらう鬼たち。しかし逃げる様子はない。

 どうやら私と戦うより子供たちを逃がすことの方が苦痛らしい。仕方ない、なら俺と戦ってもらおうか。

 

「何をしているガキ共! 早く逃げろ、ここは鬼の巣窟だぞ!!」

 

 私は子供たちの前に飛び降りると同時に、叫ぶかのように怒鳴った。

 

 この山は鬼が大量繁殖しているのだ。俺がどれだけ暴れようと、どれだけ他の鬼が食っても、まるで減る気配がない。多分どっか人目のつかないところで盛ってるんだろう。

 まあいい。あと一週間ぐらいで狩りつくす予定だ。

 

 そんなことよりも、今の問題は山に入ってきた子供の群れだ。

 鬼は本来人を食らう種族らしい。

 らしいというのは鬼が人を食らうというのが知識でしか知らないからだ。

 私は人間を食したいと思ったことは一度もない。それよりも鬼の因子を取り込みたいと思っている。というか、人間を食べるなら、猪や牛とかを食べてみたい。

 

 しかしこうして鬼が人を、しかもまだ年端も行かない女子を食ったのを目にしたことで理解した。頭ではなく心で理解した。

 こいつらは紛れもない人食いの鬼。しかも獲物を苦しめることで悦に浸るタイプだと。

 

「ま…待てよ針鬼……。す、少しぐらい俺らにも分けてくれたっていいんじゃねえのか?」

「そ、そうだぜ。お前だけ全部食おうってのは……欲張りじゃねえか?」

 

 何人かの鬼が私に命乞いをする。

 不快だ。哀れみなど感じない。ただただ不愉快だった。

 

 一匹目掛けて針を投げる。

 何の抵抗もなく刺さった針は、その鬼を一瞬で因子製造機に変えた。

 

 拡がる動揺の声。その間に私は二匹三匹と針を投擲して仕留めた。

 

「私の目的はお前たちだ。故に端的に言う。……ここで全員私の糧になれ」

「……ち、畜生め!」

 

 鬼は一斉に私目掛けて襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その年の藤襲山は異様だった。

 

 年一の頻度で行われる最終試験。毎年行われるそれは、今年は少しいつもと勝手が違った。

 

 まず一つ目、鬼があまりにも人食いに積極的すぎる。

 この山の鬼は常に飢餓状態だ。故に人間を食らおうと躍起になるのは当然だが……。

 

「早く食わせろ!」

「俺らは強くなんなきゃいけねえんだよ!」

 

 鬼たちはあまりにも切羽詰まった状態だった。

 飢餓だけではない、また別の何か。まるで何かに追い詰められているかの如く肉を求めていた。

 

「何で鬼がこんな数で一度に現れるんだよぉ!」

「おかしいだろ!多すぎだろ!ふざけてるだろ!!」

「鬼は群れないんじゃなかったのかよ!?」

 

 そして二つ目、鬼たちは群れていた。

 一体二体だけではない。何十匹もの鬼たちが受験生目掛けて一斉に襲ってきた。

 

 通常、鬼は群れない。

 個体としての力が強いせいか、元から協調性がないせいか。彼らは共食いの性質を持っている。

 縄張り争いや餌の奪い合いなんて日常茶飯事、よほど特殊な状況でない限り協力なんてしない。

 むしろお互いを敵と認識し、時には共食いだって行う。

 

 更に三つ目。何より違うのが……。

 

 

 

 

「誰か助けてくれっ! 鬼がっ、異形の鬼が!」

「くそッ…なんなんだ……どうなってんだよ!?」

「話が違う! こんなの聞いていない! 選別に使われる鬼は人を二、三人食った奴だけって……!」

 

 鬼たちが異様に強かった。

 通常、この山の鬼たちは人間を数人食った程度の雑魚鬼のみのはず。

 しかし、彼らと対峙している鬼たちは明らかにソレには該当しなかった。

 

 ある鬼はハンマーのように巨大化した腕を振り回す。

 ある鬼は巨大化した足で高く飛び上がり襲い掛かる。

 ある鬼は背中から生えた触手らしき何かをを伸ばす。

 ある鬼に至っては血鬼術らしきものまで使っている。

 

 全員が異形の鬼、或いは一部異形の鬼たち。

 本来戦うべき雑魚鬼、木っ端共と違う。明らかに鬼殺の剣士見習いには手に余る存在だ。

 

 おかしい、明らかにコイツらは雑魚鬼ではない。

 一般鬼殺の剣士でも手こずるレベル。そんな鬼たちが必死こいた様子の上に群れてきた。

 

「諦めてたまるか!男なら…この程度の苦難を乗り越えなくてどうする!」

 

 まだ幼い剣士―――錆兎は必死に刀を振るう。

 

 自身や他の見習い剣士たちを鼓舞し、呼吸で己の心身を強化、鍛えられた剣術で鬼たちを退ける。

 

 彼は他の剣士と比べて頭一つ二つ分も飛びぬけていた。

 こんな状況でありながら率先して他者を慮り、他者を守ろうと剣を振るう。

 心技体、全てが他者より揃わなくては出来ない芸当。断言する、錆兎は見習いでありながら強者だと。

 しかしそれも限界が近づいていた。

 

 夜明けまでは程遠い。

 まだ日が完全に沈んでから半刻も経ってない。日の光を期待するのは現実的な解決策とは到底言い難い。

 

 体力の限界もある。

 錆兎の未成熟な肉体では何度も全集中の呼吸を行うのは不可能。まだ常中も習得してない身では、朝日が昇るまで戦うなど無理な話だ。

 

 何よりも、何十人もの脱落者を庇いながら戦っている。

 戦意喪失した見習い剣士は足手まといどころの話ではない。鬼は一人……いや、腕一本でも食らえばたちまち自身を強化させ、更なる強敵と化す。

 そんなものがゴロゴロと、しかもほぼ無抵抗の状態でいるのだ。鬼たちが狙わない道理などあるはずがない。

 もはやお荷物なんてレベルではない。ゲームで言うなら、自分は回復できないのに、相手は回復も強化も出来るアイテムがゴロゴロ落ちてる中、それらを必死に守るような状況である。クソゲーもいいとこだ。

 

 形勢は圧倒的不利。数も質も環境も。全てが錆兎の敵。彼にとってはクソゲーなんてレベルではない。

 

「(まずい!!)」

 

 一匹の鬼が少女目掛けて飛び掛かる。

 錆兎と鬼は大きく離れている。とても間に合う距離ではない。

 

「間に合えェェェェェェェェ!!!」

 

 走る錆兎。

 彼自身とても間に合うとは思えない。そんなことは彼自身承知している。

 だが、走らないわけにはいかなかった。……たとえ周囲が敵だらけだとしても。

 

「………あ」

 

 突如走る、全身の痛み。

 錆兎が少女に気を取られた瞬間、鬼が彼に襲い掛かったのだ。

 少女を助けることに頭がいっぱいになっていた彼はソレに気が付かなかった。

 

 追撃が来る。

 一つ二つではない。周囲の鬼全てが一斉に、まるで予定していたかのように襲い掛かる。

 

 休みなく全方向からくる攻撃は確実に錆兎にダメージを与える。

 体が思うように動かない。息が上手く出来ない。……もう、立てない。

 ばたりと倒れる錆兎。そんな彼に空かさず次の刃が振り下ろされた。

 

「トドメだ!」

 

 最後の一撃が来る。

 終わった。とても防げる体勢ではない。

 

「(……すまない、鱗滝さん、義勇、真菰…)

 

 鬼の腕が首に振り下ろされようとした瞬間……。

 

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああ!!!」

 

 突如。鬼が水風船のように破裂した。

 

「……………………は?」

 

 訳が分からなかった。

 一体何が起こった。何があればあんな風になる?

 

「こ…この針は!?」

「針鬼だ!針鬼が来たぞォォォォ!!」

「ひ、ひぃぃぃ!く、食われるゥぅぅぅ!!」

 

 鬼たちは錆兎以上に動揺……いや恐怖した。

 さっきまで自分たちが抱いていた恐怖。食われるという生物的な、根源的な恐怖。それらが鬼から感じられた。

 

 我先にと逃げ出す鬼もちらほらと存在する。

 逃げない鬼たちも体を強張らせ、周囲を警戒している。

 中には幼子のように頭を抱えて震えあがる鬼もいた。

 

 何が何だか分からない。

 が、もうそんなことはどうでもよかった。

 

「(よかった……これで…こいつらは生きられる)」

 

 鬼たちは第三者によって討伐される。

 それが何者かなんてどうでもいい。ただ、鬼たちを殺してくれるなら、彼らを守ってくれるなら何者であろうとも構いはしない。

 もう彼の肉体も精神も限界だった。

 

 鬼たちの悲鳴と断末魔を子守唄にしながら、錆兎は眠りについた。





昼間、葉蔵は自作の小屋で大体2時間程の軽い睡眠をとってます。
睡眠の後は技の開発や鍛錬をしたり、夜の間に取った食材を料理したり保存食にしたり、藤の花から抽出した毒で実験したりして時間を潰してます。
けっこう充実してます、彼の鬼生。

下弦の伍の塁でアレなのだから、下弦の鬼ってめっちゃ強いよね?

  • いや、下弦など雑魚だ
  • うん、塁がもっと真剣なら義勇にも勝てた
  • いや、塁が強いだけで下弦は雑魚だ
  • 分からない、下弦自体強さにバラつきがある

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