カブールさんスキンこないかなあ...
それからネプチューンはマランのような被害者がこれ以上出ないように、基地にいるKAN-SEN達に諸々の事情を説明しに回った。
反応はアホ毛をハテナマークにする者だったり、エクレアを食べると性格が変わるなんて、そんな個性羨ましいと全く理解していなかったり人様々ではあったが、ネプチューンは各人に共通したお願いを求めた。
ひとつ、ガスコーニュはお酒に酔っているようなもので、しばらくしたら元に戻るらしい。しかし、これまでの記憶はあるので彼女を否定せず、普段通りに接してほしい。
ふたつ、今でこそ見逃してはいるが私も指揮官様にじゃれた......度を超えて指揮官と接する恐れがあるので、その辺の監視の協力をしてほしい。
みっつ、色々と頑張ったので、この私に秘書艦をゆずってくれませ......ちょっと!?
最後に至っては全員聞き入れることはなかったが、ガスコーニュの人が変わってしまったことは基地のKAN-SEN達に確かな動揺を与えた。
それは今日の秘書艦であるカブールも、もちろんの事。
「指揮官、小生は追い越されることはそこまで嫌とは思わない人間だが、流石に限界がある。ガスコーニュ?」
「なに? カブールさん?」
「なぜ執務中だというのに、君はここにいて尚且つ、指揮官の横にべったりなのかね? 悪いが喫茶店はこの基地にはないぞ?」
「でもガスコーニュ。任務まであと二十分位時間あるよ?」
「君は寝込んだ赤ん坊を無理やり起こす人間か? 君が仕事じゃなくても、小生と指揮官はすでに公務にとりかかっている、帰りたまえ」
「赤ちゃん、いいなあ赤ちゃん! ねえ主、ガスコーニュとの赤ちゃんほしい?」
「平和になってからじゃないと、わからないなあ」
「ほんと!? じゃあ、主のためにガスコーニュ頑張るね!」
「......ちっ」
ある意味大鳳よりやっかいだと、カブールは認識した。
遠慮というものが、あまりにも無さすぎる。そもそも急用や報告以外では執務室に訪れないのが暗黙の決まり事なのに、お構い無しだ。
大抵エルドリッジも破ってはいるが、彼女は最終的には寝てしまうからまだいい。彼と二人きりの心地のいい静寂に寝息は含めるとしよう。膝の上に座るのはどうかと思うが。
それがあのガスコーニュはどうだ? 聞いてて気持ちのよくもない会話をしながら、眩しいばかりの笑顔で指揮官に胸を押し付けて、ベタベタベタベタと畜生羨ましい。
自分にはないものを武器にするガスコーニュに、カブールはただただ怨念のこもった目で羨むことしか出来ないのだった。
俗に言う完全敗北である。
「主〜、カブールさんの目が怖い」
「集中したいんだよ。カブールは仕事中の雑談を良しとしないから。ほら、ガスコーニュ、離れてくれ。俺もカブールに怒られたくない」
「むう。わかったよ」
「......ふん」
遠慮はないが、指揮官の邪魔をすることには罪悪感を覚えるようで、ガスコーニュは指揮官の左腕を解放した。
「じゃあ、主。はい」
なんて思ったのも束の間のこと。
「えっと、なんで俺に向かって腕を広げてるんだ?」
「ハグしてよハグ! ギュッてしてくれたらガスコーニュ頑張れるから! 科学的にも抱擁の有効性は証明されてるんだよ?」
「ちょっと待ちたまえ!」
加速するガスコーニュの甘えっぷりにカブールは立ち上がって、話の動きを静止させた。
「どうしたの、カブールさん?」
「いやその、なんだ。さすがにそれは、小生でも許容出来ない。君はもう充分甘え尽くしたではないか? 指揮官も困っている」
「主、困ってる?」
「ガスコーニュの元気が出るなら、まあやってもいいかなと思ってたけど......」
「って、言ってるよカブールさん?」
「ぐっ、ぐぬぬ」
敗北に敗北を重ねられ、反論が上手く出てこない。
このままでは、ガスコーニュと指揮官がハグしてしまう。それを目の前で見せられるなんて、耐えられない。
なにか、なにか考えを......。
「......あっ、もしかして!」
「......?」
カブールが最大限に脳みそを振り絞っている最中、ポンと手を叩いてから、ガスコーニュは指先を勢いよくカブールにへと向けると、何度目かわからない満面の笑みでカブールの気持ちを代弁した。
「カブールさんも元気ないんでしょ!? それで、主にハグして欲しいんだ! もー、それならそうと早く言ってくれたらいいのにー!」
「......えっ」
まさか肩を持たれるとは思わず、カブールは一驚を喫した。
状況に取り残されるカブールの事などお構い無しに、ガスコーニュはトントン拍子に指揮官の手を引いてカブールの前にへと。
「ほらほら主、まずは今日秘書艦で頑張ってくれるカブールさんに元気をあげなきゃ!」
「お、おお。わかったけど、カブールはいいのか?」
「...か....い」
「カブール?」
囁きに近い弱々しいカブールの声に、指揮官は彼女が憤怒に覆われているのかと肝を冷やしたが、結果は真反対のものだった。
「構わないと言っているんだ! なに、サディアにも挨拶でハグをする習慣はある! それと同じ、うん同じだな! 兎も角、何も問題は無い! セクハラで訴えもしないから、さあ来い指揮官! 受け止めてやる!」
敵に塩を送られたわけだが、送られたのなら最大限に利用してやるのがカブールの仁義だった。
仕方ない、送られたものは使わないと勿体ない。誰も欲しいとは言ってないが!
「あ、ああ......じゃあいくぞ(挨拶のハグってそこまで気合いいれてやるものだっけ? 重桜出身だから詳しくないけど......)」
指揮官は疑問の念を抱くが、とりあえず怒られないのならいいかと、受け入れ準備万端のカブールの華奢な体をゆっくりと抱き締めにいった。
「......んっ」
カブールもまた、慣れない手つきで指揮官の腰元に腕を回す。
「よーし、じゃあ三十秒カウントするね?」
「え、三十秒もやるのかこれ?」
「あれ言ってなかった? 毎日三十秒のハグが健康にいいんだよ! じゃあいくよー! いーち、にー、さーん──」
唐突なカウントダウンの登場に指揮官は苦々しい笑みを浮かべると、何も言わず胸元付近に顔を埋めるカブールに声をかけた。
「その。カブール、元気でてるか?」
「何も言うまいよ......」
「ははは、まあ三十秒耐えてくれ」
「ああ」
平静を装っているカブールではあったが、内心は嵐の海のように大荒れだった。
「(なんだなんだなんだこれは! いかん癖になる! これが無いと生きていけなくなってしまいそうだ! 三十秒と言わず可能なら永遠に続かないかこれ!? ああ、夢がひとつ叶った! 次はお姫様抱っこだ!)」
やがて、退屈な時間と幸せな時間というのは同じ時間でも、どうしてか流れるスピードは違うもので、カブールにとってはあっという間に終告の時はやってきた。
「──さんじゅう! はい、おしまいだよー!」
「ふう、やっとか」
「......」
「カブール?」
「............うにゃあ」
「カブール? カブール!?」
カラダを離すや否やぐったりと指揮官に体重を預けるカブールの目は、コミカルにぐるぐると回っており、ありえないくらいに体温が上がっていた彼女は指揮官の手によって医務室に運ばれたのだった。
補足するなら、お姫様抱っこで。
*
朝からカブールがダウンするハプニングこそあったが、ガスコーニュも任務にへと嫌々向かっていき執務室には平穏が舞い戻っていた。
ついでに、愚痴も。
「しーきーかーん、休暇の申請したじゃーん。なんで私は働かされてるのー? だーるーいー」
フォーミダブルの時も大概ではあるが、それ以上にオフモードに入っているのは何を隠そうル・マラン。
緊急措置として秘書艦の仕事を継いだマランは、崩れた姿勢でうだうだと文句を垂れながらも万年筆の先を止めることなく、指揮官に抗議を物申していた。
「休暇申請書出してないからノーカンだノーカン。カブールが目を覚ますまで、夜間勤務明けで悪いけど手伝ってくれ。今いる面子だと、マランくらいしか頼れないんだよ」
ちなみに、今いる面子とは気絶したカブールと基地防衛にあたっている北風とエルドリッジのことを指す。
「もー。そう言われたらやる気出るけど、だめだ、めんどくさーい。指揮官がプリン作ってくれるなら頑張れるのになー、ちらっ」
「ん? あんなので手を打てるなら、いくらでも作るぞ」
「ほんとっ!?」
勢いよく起き上がり、マランは湧き上がった涎を飲み込んだ。
指揮官の作るプリンは彼が気分次第でしか作らないため、中々食べられない分、トリカゴでも希少価値はかなり高い。
何よりマランは、彼のプリンが、彼が自分のために作ってくれるプリンが大好きだった。
こんな自分を受け入れてくれた指揮官との、思い出の味なのだ。
「うまいかアレ? ダンケルクのに比べると凄く味落ちると思うけど」
「関係ないよ! ち、ちなみにあーんは?」
「まあ、今回はかなり無理強いしてるし......」
「しゃあっ!じゃあ頑張るね! おほん、指揮官、早速こちらの書類の確認をお願いします」
「うわー、頑張り始めた」
「ふふふ」
エレガントな外向きモードにへとスイッチを切り替え、マランは仕事に励むことにした。
全ては指揮官のプリンとあーんのため。
トリオンファンには悪いが、この前はちゅっちゅしかけてたらしいし、自分も走らせてもらう。
自分だけのプリンのために、頑張るマランなのだった。
そんなマランを見ながら指揮官は、
「(折角だから、全員分つくるか......)」
......時折、やさしさとは残酷なものなのである。
閑話休題。
そのまま仕事は片が付き始めるが、マランはカブールとは違って口を動かしながら仕事をするタイプだった。
「それにしても、今日は幻覚を見たと思ったら夢の世界からも叩き起されるし、散々な日です」
「ガスコーニュのことなら現実だぞあれ」
「えっ!? あれ過労による幻覚幻聴じゃないの!?」
「ちょっとエレガント欠けてるぞー」
「おっと、いかんいかん......あれは夢物語ではなくて?」
「それはエレガント盛りすぎだ。でも、気持ちはわかるよ。俺もすごいびっくりしたし。現実を夢と疑ったのは初めての経験だった。小説や映画の中だけの表現かと」
「あのガスコーニュさんは、どういう経緯で?」
「詳しくは知らないけど、ネプチューンが言うには、酒に酔ってる状態に近いらしい。しばらくしたら戻るらしいぞ」
「それを聞いてホッとしました。でも、あのガスコーニュさんはもしかしたら、普段は見せないガスコーニュさんの本音なのかな」
「どういう意味だ?」
「ガスコーニュさんは感情を封じている方ですから。その錠前が外れたら、ああなるのかなと」
「マランみたいにか」
「一言余計です。あと、フォーミダブルさんもです」
「すまんすまん。でも、どうだろうなあ、本音のガスコーニュを知らないから。俺からは何も言えない」
「そうですね、私も同感です。ガスコーニュさんは今何をして?」
「ウォースパイト達と任務中だ。フォーミダブルにノースカロライナとシュペーもいる」
「............そうですか」
やや考慮を見せたマランに、指揮官は釈然とせずその真意を問うた。
「マラン? 何か思うとこでもあるのか?」
「いえ、何があろうと私は指揮官の判断に従うだけです......ただ、私は同じヴィシア聖座のKAN-SENとして、大いなる父と聖霊の祝福を受けたガスコーニュさんの味方でもありたい。それだけです」
「お、おお?」
やけに真面目なことを言うマランに、指揮官は後ずさった反応をすることしかできなかった。
マランもそれ以上は何も言わず、黙々と仕事に取り掛かる。
「(ガスコーニュさん、貴方に大いなる父と聖霊の加護があらんことを)」
仲間として同じ国を守護してきた者として、何より一人の友として、海にいる友人の身をマランは慮るのだった。