「はあ疲れた、ウォースパイトさんったら全然手加減してくれなかったし......でも、明日は主のプリンだー♪」
日もすっかり姿を隠し、基地に戻ってシャワーを浴び終わったガスコーニュは上機嫌で廊下を歩いていた。
ウォースパイトとの演習に至ってはボロボロに負けてしまったが、どういう心境の変化か、明日は指揮官がプリンを作ってくれるらしい。
指揮官プリンはマランの大好物だ。ガスコーニュも嫌いではなかった。
「......あれ?」
嫌いではない?
大好きな主が作ってくれるものなのに、どうして大好きって言えないんだろう?
「......?」
言葉にできないモヤモヤが胸に広がるが、プリンが待ち遠しい気持ちに嘘偽りはない。
そう、プリンが待ち遠しい
はず。
「(私はプリンが欲しいの?)」
胸に抱いた違和感を晴らしたいからなのか、無意識のうちにガスコーニュは指揮官の私室にへとやって来ていた。
指揮官の部屋は基本出入り自由なので、躊躇うことなくドアノブを握り、ガスコーニュは中にへと。
「......いない」
しかし、部屋に入っても室内の明かりは灯されておらず、朝に来た時と何一つ変わらない光景が広がっていた。
「まだ、お仕事中なのかな」
普段ならとっくに戻ってきている時間のはずだが、いないとなれば執務室でまだ業務に追われているという結論にたどり着く。
何か緊急の案件でも入ったのか、それなら尚更のこと自分が力になってあげないと。
思い立ったが吉日、急いで執務室にへと向かう。
「......! やっぱり!」
案の定、執務室の明かりがついていた。
カブールもすでに復活していたのは帰ってきた時に確認したし、仕事時間に厳しい彼女の性格を考えると、本当に緊急の案件が舞い込んだのかもしれない。
なおのこと手伝わなければと、執務室の扉を開けようとした時だった。
「端的に言うわ。指揮官、ガスコーニュをトリカゴから退役しなさい」
「......っ!?」
中から、ウォースパイトの声が聞こえた。
しかも、ガスコーニュのことを話題にして。
退役? 冗談じゃない。
今すぐ抗議の声を上げたいが、どうしてか体が動かない。
自分にとって大切な何かがわかるような、そんな気がして。
続けて大好きな指揮官の声が、ガスコーニュの鼓膜を揺らした。
「ちょっと待ってくれ。端的すぎて理解が追いつかない。そこまでの過程をくれ過程を」
「あら、結論を言ったら怒られたわよ? ノースカロライナ」
「えっ、まさか、あの時の会話気にしてたんですか? はあ、はい、わかりました。後で謝りますから、指揮官に説明をお願いします」
「任されたわ......指揮官、彼女は試練を突破出来なかったのよ」
「(試練? あの、演習のこと?)」
まさか、演習に勝てなかったから?
そんな理由で?
「ウォースパイト、優雅フィルターなしで頼む。ここは戦場だと思ってくれ」
「......私は、あのガスコーニュをガスコーニュとは認めない。今の彼女はトリカゴが必要とする彼女ではないわ。指揮をするあなたならわかるでしょう? 次の作戦、彼女を旗艦にするつもりなのかしら?」
「そういうことか......」
「(今の、私? トリカゴが求める私?)」
迷路の中を思考が駆け回る。
私は私だ。ガスコーニュでありガスコーニュである。
なのに、ウォースパイトは私を否定している?
トリカゴが求める私って?
「貴公のことだ。そこまで否定するのにも理由があるんだろう? それが試練か?」
「ええ、そうよカブール。私が求める答えをあのガスコーニュも出せたのなら、私は彼女を認めたでしょう。けれど、悲しい事にそうはならなかった」
「その答えってのはなんだ?」
「......私の知る彼女は、決して臨時演習の実施に首を縦になんて振らない」
「(っ!?)」
ウォースパイトの求める答えとは、勝つことでも負けることでもない、そもそも勝負をしないことだった。
「(そうだ。私なら......)」
「一度、彼女に果し合いを挑んだ事があるのだけど、なんて言ったと思うかしら?」
「分かるぞ。小生も同じことをして見せたことがある。彼女は、主の為にしか戦いたくないと言っていたな。やるにしても、体力と弾薬の無駄だからやめろと」
「それなら話が早い。私も、同じ事を言われたわ。だから、決闘なんてやろうものなら、そりゃあ拒まれたわね。主の命令もなしに弾を使う理由がないと。煽ったところで結果は同じよ」
「ガスコーニュらしいな」
扉越しに指揮官の遣る瀬の無い言葉を受け取りながら、ガスコーニュは自問自答していた。
「(覚えている。私は、主のためにしか戦いたくない。私にヨロコビを教えてくれた。主のためにしか......っ!?)」
それこそトリカゴが、主が求めるガスコーニュ?
なら、私は?
私は......だれ?
「けど、今の彼女は、臨時演習の実施に乗り気になっていた。やるならやってやろうとね。少なくとも私の知る彼女なら、そうはしない。だから、私は彼女をガスコーニュと認めない。認めたくない」
「......なるほどな」
「指揮官、すぐに答えを出せなんて言わないわ。でも、このままあの彼女が続くのなら、いずれ答えを出す時が来るでしょうね」
「ふん、いかにもロイヤルらしい考えだ。ル・マランがこの場にいなくて心底よかったよ。いれば間違いなく貴公に刃を向けていた」
「日頃の行いを神に感謝するわ」
「ふっ、よく言う」
「やめろ二人とも......ノースカロライナもウォースパイトと一緒か?」
「あー、そのー、すいません指揮官」
「ん? どうした?」
沈黙を保っていたものの、やけに歯切れ悪く口を開くノースカロライナに、重い空気が少し軽くなる。
怒られて肩を落とす二人も、怪訝そうにノースカロライナの言葉を待った。
「言おうか言わないか迷ってたんですけど、さっきまで扉越しにガスコーニュさんがいて......」
「「「......えっ?」」」
思いもよらない重大発表。
素っ頓狂な声も出てしまう。いや、出さざるを得ない。
「ごめんなさい。話を止められそうな雰囲気でもなかったので。それで、今さっきいなくなったんですけど、どうしましょう?」
「......っ!?」
その言葉に指揮官はすぐ様立ち上がると、荒々しく執務室のトビラを開いた。
右を見る。
左を見る。
どこまでも長い廊下が、ただ続いていた。