波のせせらぎと星空の下、トリカゴ基地の屋上にガスコーニュはいた。
理由はわからない、何となく海を見たくなったから、かもしれない。
潮の囁きに、自分の声をのせる。
「はぁー......思い出しちゃった」
誰かに聞かせたい訳でもない言葉をため息と共に吐く。
「なにを?」
「うわあっ!? ......エルドリッジちゃん?」
「そうだよ?」
聞かれるつもりのない独り言をばっちり捉えられ、ガスコーニュは恥ずかしいカンジョウが昂るのを感じた。
そもそも、どうしてエルドリッジがこんなところにいるのだろうか?
「はあはあ、エルドリッジ! 急にアホ毛をぴんっ! ってしたと思うたら、なぜわざわざこんな暗い屋上に......うむ? ガスコーニュさん?」
「北風ちゃん......」
息を切らせながらも遅れてやって来てみせたのは、今日はエルドリッジと防衛任務にあたっていた北風だった。
エルドリッジはガスコーニュの隣に並んでみせると、彼女の顔を覗き込みながら、お話を始めた。
「ガスコーニュ......悲しい?」
「えっ?」
「悲しそう、だよ?」
「......そうかな」
「うん、悲しい」
せめてもの強がりを見せたつもりだが、エルドリッジはガスコーニュのココロの叫びを見抜いているようだった。
自然と叫びが言の葉となって、風に乗っていく。
「私ね。なんとなくだけど思い出したの。前の私のこと」
「む、そうか。思い出されたか......」
決して喜びはしない北風の優しさに、ガスコーニュは小さく表情を綻ばせた。
「うん、思い出したよ北風ちゃん。ガスコーニュは主のために戦うし、主の作ってくれるプリンも実はそんなに好きじゃないの」
「指揮官のプリン、嫌い?」
「嫌い、じゃないかな。ただ、味がわからないの......でもね」
「でも?」
「皆と、主と一緒に食べるのは大好き。味なんて分からなくてもいい。主が笑ってくれていたら、ガスコーニュはウレシイの。それをやっと思い出せた」
大切で大好きな彼の笑顔が見えた気がして、ガスコーニュは宙に向かって微笑んだ。
「なのに......悲しいの?」
「......うん、主が求めてるのは私じゃない。ガスコーニュなんだよ。何時でも落ち着いていて、トリカゴのために、主のために頑張るガスコーニュなんだ」
「..... ガスコーニュさん、それは」
「ありがとう北風ちゃん。違うかもしれないね。でも......もし違わないって言われたら私は......怖いよ。答えを聞きたくない。主にいらないって言われたくない......」
「......」
ガスコーニュなら決して流すことの無い涙を、彼女は流していた。
兵器ではなく、一人の少女としての涙を。
「むー、ビリっ!」
「いたっ?」
静かに涙を流すガスコーニュに、エルドリッジは口を結ぶとビリっと電流を流した。
驚いた表情でガスコーニュはエルドリッジを見る。
「指揮官、絶対にそんなこと言わない。指揮官は、エルドリッジ達を絶対裏切らない。そう約束した」
「......っ! そうだぞ! 指揮官は約束を違えるような人ではない! あの人は、北風達を、みなを頼りにしていると言ってくれた! その事をお忘れか?」
「エルドリッジちゃん、北風ちゃん......」
そうだ、主は言ってくれたことがある。
いつでも、頼りにしてるって。
「ガスコーニュ、指揮官のこと信じられない?」
エルドリッジのその問いかけに、ガスコーニュは彼女が怒ってみせた理由がわかった。
どうして自分から指揮官を拒むのか、と。エルドリッジはそう言いたいのだ。
「............ううん。信じてる。ガスコーニュは主に信じられてるから主を信じてる。そうだね.....主が私を信じてくれてるのに、私が信じてあげられないのは卑怯だよね。ありがとう二人とも、元気出た」
ガスコーニュのその言葉に、波の音もどこか優しいものにへとなった。
「......よかったですぞ、さあエルドリッジ、基地に戻ろう? こんな暗いところで話し合うものではないぞ」
「待って北風。ガスコーニュ、指揮官、ここに呼ぶ?」
「ぬ?」 「そんな事、出来るの?」
驚く二人の声が重なる。
「わからないけど、呼べると思う。呼ぶ?」
「......お願いしてもいいかな?」
「任せて............むうううううううううううううっ!」
エルドリッジのアホ毛がアンテナのように張り巡らされ、その先から淡い緑色の電気が釣り糸のように走り始めると、猛スピードで何かを追いかけるように伸びていき、やがて......
「うおおおおおおおっ!!??」
指揮官が釣れた。
「え、すごい」
「どういう原理ぞ?」
「......ブイ」
勝ち誇るエルドリッジとは裏腹に、指揮官は明らかに動転していた。
「え、なに? ここどこだっ? ガスコーニュ探してたら何か緑色の電気に捕まったんだけど! ......って、ガスコーニュ!?」
「うん、そうだよ主。立ち上がれる?」
ガスコーニュがさし伸ばした手を勢いよくとって立ち上がると、指揮官はそのまま彼女の肩を強く掴んだ。
「探したぞ! 一体どこに......ってここ、屋上か。まさか躍起になって、身投げ!?」
「いやいやいや! そんな事しないよ!?」
「指揮官、おーげさ」
「この心配性が恋心にも向いてくれたら、北風は文句ないのだがなあ」
不思議はことに野次馬の声というものは聞こえにくいもので、北風のボヤきは指揮官の耳を通り抜けてそのまま波と一緒に消えていった。
「そ、そうか。よかった......ガスコーニュ、執務室の話なんだけど」
申し訳なさそうに口を開く指揮官に、ガスコーニュは小さく頷いてみせた。
「うん、全部聞いてたよ。それと、思い出した。ガスコーニュのこと」
「......そうか」
それ以上、指揮官は何も言わない。
ガスコーニュは彼の気遣いを理解し微笑むとともに、自分から会話の糸口を切り出した。
「ねえ、主」
「なんだ?」
「私はね、バグみたいなものなんだと思う」
「バグ?」
バグ
それは、誤り。
存在してはいけないもの。
「うん。どうやって起こったのかは私もわからないけど、ただ言えるのは、私はガスコーニュじゃない。彼女の本心はもうちょっと穏やかなの」
彼女自身がガスコーニュであることを否定した。
その事実をただ、静かに受け止める。
「そっか、でも......俺からすれば、君だってガスコーニュだ。その事に変わりはないよ。だから、胸を張ってここにいていい。俺は君の手を離さない。離すつもりもない」
バグであろうと、何だろうとガスコーニュはガスコーニュだと。だから安心してくれていいと。
それが、指揮官の答えだった。
「......ありがとう。主、訊きたいことあるんだけど、いい?」
「ききたいこと?」
ガスコーニュはもう一つ、思い切って彼の本心を訊ねてみた。
「主は、私のこと好き?」
「......むー」 「こら、エルドリッジ」
一瞬、傍から見ていたエルドリッジのスパークが飛び散ったが、北風が刀の柄でポコんと頭を叩いて制止させた。
和やかな空気にガスコーニュは目元で笑うと、大好きな彼の言葉を待つ。
答えはすぐにやって来た。
「......ああ、ガスコーニュの嫌いなところなんてないよ」
「嫌いなところなんてない、か。ずるいなあ、主」
「ずるーい」 「男ならはっきりせんかー」
「ええっ、おかしいか?」
「ふふふっ」
恋愛沙汰にはまるでなびく気配のない指揮官は、ガスコーニュの知る、大好きな彼だった。
私じゃない、ガスコーニュの。
「ねえ、主。お願いがあるんだけど」
「......なんなりと」
「朝できなかったし、私をギュッてしてくれない? そしたら気持ちよく眠れる気がするの」
眠れる気がする。
朝のように頑張れる、ではない。
「............いいのか?」
「うん、いいよ。三十秒くらいでいいから」
「お安い御用だ」
彼女が求めるのであればと、指揮官は応じる。
ゆっくりと、優しく、彼女を受け入れ、抱きしめた。
「......んっ」
ガスコーニュは指揮官の背中に手を回さず、ただ目を閉じて抱きしめられていた。
暖かなカンジョウが、胸の奥から湧き上がってくる。
「(ああ、やっぱりガスコーニュはこの人の事が好きなんだ。いいなあ)」
これからも、彼を好きでいられて。
彼の鼓動が脈打つ毎に、ゆっくり、段々と意識が遠のいていく。
「......」
彼は何も言わない。
でも、心で泣いてくれているのが、私にはわかった。
嬉しい。
「......主、今日だけだったけどありがとう。トリカゴは楽しかったよ。でも.....皆と、主とプリン......食べたかったなぁ」
最後のワガママ。
いつになるのかもわからない、最低なワガママ。
それでも、彼は
「......待ってるよ。俺は、いつでも待ってる。プリンも作っておくよ」
「ふふっ」
本当に、ずるいなあ。
だから、好きなんだ。
私も、ガスコーニュも
「......うんありがと。ガスコーニュを、よろ、しく......ね」
主──
アイしてる