お茶とお菓子を出すからと陸奥に促され、指揮官とニューカッスルは客室にへと部屋を変えて山城の帰還を待っていた。
長門は重桜神祠の長。顔を合わせるにはそれなりの手続きや協議がいる。
しきたりとは七面倒なものではあるが、組織を持続させるには、ある程度の面倒さは必要なものであることを、指揮官もまた組織の長として理解し部屋で待つことにした。
「............」
そんな指揮官の横で、慣れない正座でお茶を啜りながら、ニューカッスルは物珍しそうに部屋を見渡していた。
横にスライドするあの木扉は初めて見たし、床の畳とも初対面、天井もロイヤルのと比べれば低く、花瓶を置いているあのスペースは何だろうか?
机の脚もそれほど高くない、湯呑みは辛うじて指揮官も使っているので見知ってはいた。手が熱い。
「にゅーかっするさん。さっきからキョロキョロしてるけど、珍しいものでも見つけた?」
「あっ......はい。ロイヤルとは部屋の作りが違うのだなと、浅学非才な私からすれば、上から下まで全てが新発見ばかりで。ご不快な思いをさせたのなら謝ります」
「気にしないで! ろいやるの客室って絢爛豪華って感じなんだよね! 照明、えっと、しゃんでりあとかもキラキラしてて。ごめんね、重桜のお部屋は地味で」
「いえ、味が......ワビサビがあって大変よろしいかと」
「わああっ、難しい言葉知ってるね! 流石めいどさん」
「お褒めいただき至極恐悦に存ずるでござる」
「もっと、難しいの知ってる! すごいすごい!」
「メイドですので」
(......楽しんでるなあ)
恐らく外交面としても彼女は立ち振舞っているのだろうが、それ以上に陸奥とじゃれ合うのを楽しんでいるニューカッスルを、指揮官はあたたかく静観していた。
「待たせたな」
「あ、長門姉!」
「「......っ!?」」
その最中、昂然たる趣で登場してみせたのは、こちらから会いに行くはずの重桜神祠のトップ、長門だった。
ニューカッスルは伸ばしていた背筋を更に姿勢よく伸ばし、長たる少女を見据える。
長門も異人であるニューカッスルの事が気になっていたのか、彼女の視線に応えた。
「そちが山城の言っていたろいやるの従者か。重桜神祠が神子、長門という」
「ロイヤルメイド元統括、現トリカゴ所属、ニューカッスルと申します。無礼を承知の上ですが、お見知りおきを」
「よい、そう畏まるな。こちらからしても客人なのだ。姿勢も楽にしてもらっていい」
「そうそう! にゅーかっするさん、正座してるけど辛いでしょ? 崩してもいいからね?」
「......では、お言葉に甘えさせていただきます」
陸奥のススメ通りにニューカッスルは正座を崩し、それ以降は傍観にへと徹した。
「よう、長門。久しぶり」
「うむ、久しいな。会えて嬉しく思うぞ」
「俺も嬉しいよ。そっちから来てもらってよかったのか?」
「気にするな。余が直接赴いた方が、余としても楽だ。お主もあまり大事にされたくはないだろう?」
「ふっ、相変わらずで何よりだ」
「............お主もな」
「そうか」
「ああ」
長門が少し間を置いたことを指揮官は不思議に思ったが、公務で疲れているのだろうと、指摘はしないことにした。
「さて、のれんに相撲を仕掛けるほど無駄なことはない。とりあえず俺としては、トリカゴと電話をさせてほしい。端末を執務室に置いてきちゃっててな。お前の話はそれから聞く」
「心得ておる。とりあえず、明日には基地に帰せると言っておくぞ」
「まじで!? それは助かる。書類がわんさかあるんだよ」
「お主も大変だな......江風!」
「はっ!」
長門は傍にいた護衛人の少女─江風の名前を呼ぶと彼女は威勢よく声を上げ、指揮官たちのいる客室の中に通信機材を運び出し、準備を進める。
作業中ではあったが、指揮官は江風に労いの声をかけた。
「ありがとう、江風。だけど、めっずらしいの持ってきたなそれ! 久々に見たぞ」
「文句を言うな。繋げられるだけマシと思え」
「わかったよ。変わらず元気そうでよかった」
「あなたもな......北風はどうだ?」
「......役に立ってる、でいいのか?」
「ああ、それでいい。息災なことぐらいわかりきっている。私はアイツの師の一人だぞ」
「......そうだったな。瑞鶴とかもどうだ?」
「今日も訓練に励んでいらっしゃるさ。準備ができたぞ。ほら、あとはあなたでやってくれ」
「おぉ......実はやり方知らないとかじゃないよな」
「............」
「江風!?」
(むう、なんか邪魔できない雰囲気。それに江風さんってあんなに話す人だったんだ。江風さんも、指揮官のこと好きなのかな)
(江風なら余は別に、構わんな......)
(敵はロイヤル、トリカゴの中だけではないのですね。分かりきってはいたことですが......)
各々口にはしない恋の駆け引きを知るはずもなく、指揮官はトリカゴとの通信を繋いだ。
彼としては端末が執務室にあるので、応答してくれるかどうかが不安材料だったが、ものの数秒でトリカゴ側との連絡はついた。
『トリカゴ、エルドリッジ。指揮官?』
「エルドリッジか! よかったあ。執務室にいてくれたんだな」
『うん。今みんなでね。大鳳に大丈夫って言ってるの。泣いちゃってるから』
「え、大鳳が泣く......え? ごめんどういう状況?」
『指揮官、大鳳に怒ってる?』
「いや全く」
『よかった。かわるね』
「お、おお?」
トリカゴにおかれている状況がうまく把握出来なかったが、エルドリッジはそれだけを言うと交代した。
『かわりましたノースカロライナです! 大鳳さんから諸々の事情は聞いています。重桜にいらっしゃるんですよね、指揮官?』
「あ、ああ、そうだ。大鳳はこの事知ってたのか」
『みたいです。ただ、その、大鳳さんも長門さんも指揮官に悪いことをしようとは考えてなかったみたいで。怒らないでくださると......』
「逆に懐かしい顔に会えて嬉しいくらいだよ。詳しい話は、長門本人から直接聞くことにする。トリカゴには今、誰がいるんだ?」
『ウォースパイトさん、カブールさん、ガスコーニュさん、シュペーさん。この四名除く全員がいます』
「了解した。先に、救援は不要だ。各員いつも通りに任務をこなしてくれ。長門曰く、明日には戻れるらしい」
『明日? 本当ですかそれ!?』
「らしいとだけ......長門、明日に帰れるって本当なんだな?」
後ろで見守っていた長門へ、指揮官は確認を仰いだ。
「嘘はつかん。そもそも明日、大鳳と来てもらって当日に帰す予定だった。それが一日早まったせいで、今日はいてもらうしかないのだ。お主が開けたせいで!」
「よくわからんし、なんかごめんだけど。じゃあ、何日までに開けるなとか書いといてくれよ! あれは開けたくなるぞ、ぶっちゃけ!」
「開けたお主が悪い」
「ええ......いや、まあそうだけど」
元はと言えば自分が悪いことも確かなので、指揮官は着ていたシャツの一番上のボタンを開けると、話し相手をノースカロライナにへと戻した。
「待たせて悪い、本人曰く、そうらしい」
『わかりました。その言葉、信じさせていただきます。指揮官、ニューカッスルさんも一緒にいらっしゃるんですよね?』
「いるぞ。話したいのか?」
『お願いします』
「わかった......ニューカッスル、ノースカロライナがかわってくれって。向こうに指示は伝えたから、終わったら切ってくれてもいい」
「承知しました」
指揮官はニューカッスルにへと無線機を渡すと、湯呑みに入ったお茶を飲んで一息ついた。
舌に染み渡る熱さと苦味が、今の彼にはちょうど良かった。
「電話、もういいの?」
「ああ、大丈夫だ。ノースカロライナは......向こうのKAN-SEN達は皆優秀な子たちだから」
「へえー、いいなあ北風ちゃんに大鳳さん。そんなところでお仕事出来て。わたし、重桜からでたことないや」
「......二人と電話するか?」
「大丈夫。北風ちゃん、わたしと話す時すっごい謙遜してくるし、大鳳さんは泣いてるって言ってたし」
陸奥のその言葉に指揮官は、エルドリッジが言うには泣いているらしい大鳳のことを思い出した。
「ああ、そうだそうだ。大鳳が泣いてるって、大丈夫かな。というか、大鳳でも泣くんだな」
「あやつは優秀な分、失敗に滅法弱いからな。大方、その反動がきてるのだろう」
「失敗、か。さっき、明日に大鳳と来てもらう予定って言ってたけど、それが成功なんだな?」
「......うむ、そうだ、な。別に大鳳でなくてもよかったのだが、都合を聞いているのは奴だけだったからな」
「長門、なんで俺を重桜によんだ? また赤城と揉めたのか?」
かつての重桜の姿を思い出した指揮官は訊ねてみるが、長門は強く否定してみせた。
「そんなことはない! 赤城とは切磋琢磨し互いを信頼して日夜、重桜と......お主のために励んでおる」
「なら、どうして?」
長門としては少し情を込めて言ったつもりだったが、疑問で満ちた指揮官の頭の中にそれが入る余地はもちろんない。
長門は一つため息をはいてから答えた。
「......狐桜があったから」
「狐桜? なんだそれ?」
重桜にはそこそこ長くいた指揮官でも、初めて聞く単語だった。
陸奥が横から説明を加える。
「えっとね、ずっと重桜の大樹様から散ることのなかった桜の花びらの事を言うの。滅多に取れないんだけど、霊力がいっぱいこもってるんだよ!」
「滅多にってどのくらい滅多にだ?」
「五十年に一度見つかれば重畳だ」
「滅多にだなそれは......あっ! あの、手紙に挟まってたサクラの花弁ってその狐桜だったのか!?」
ここに来る直前のこと、手紙からサクラが零れ落ちるなり、急に光を放って指揮官達は重桜にへと飛んだきた。
陸奥が言った狐桜が持つと言う莫大な霊力によるものなら、説明はつく。
「そうだ。霊力が強ければ強いほど起こせる奇跡が増えるのは、お主も重桜の民だったもの故、知っておろう? あの花びらには、ここまで飛んでくるように余が術を仕掛けたのだ」
「なるほど......なんで?」
何が指揮官達をよんだのかは分かったが、何故よんだのかがまだ不透明なまま。
指揮官の追求に、長門は目を逸らしたが意を決したのか、小さくその真意を告げた。
「............さ、寂しかったから」
「......」
「そ、そのような目で見るでない! し、仕方なかろう? 二枚も狐桜を見つけたのだぞ!? 一枚ずつ使えば、トリカゴと重桜を瞬時に送り迎え出来るから......その............長門達のこと、忘れてないかなって思って」
重桜の長門ではなく、重桜にうまれた一人の少女、長門としての不安に満ちた言葉だった。
指揮官は真摯に受け止めると、首を横に振った。
「......そんな事ないよ。長門にはいつも感謝してる。大鳳から聞いてないか?」
「......聞いておる。それに、お主が忙しい身なのも知っておる。だから、トリカゴでの事情を知る大鳳にこの事を任せ、連れてきてもらう手筈だった。電話もある世の中だが、やはり直接顔を見て話したかった。安心したかった......余の我儘だ。すまぬ」
ペタンと、彼女の目線に合わせて、髪色と同じ狐耳が弱々しく項垂れる。
その時は決まって負い目を感じ、罪悪感に押しつぶされているのを、陸奥と指揮官は知っていた。
だからこそ、指揮官は優しく長門の手をとった。
「長門の気持ちはわかった。重桜に中々帰れないのも、連絡を寄越さないのも、申し訳ないとは思ってる。でも、長門のことを忘れたことは無い。いつでも感謝してる。本当だ」
「本当か?」
「ああっ! あの時、指切りだってしたじゃないか。狐との約束はさすがに忘れないよ。化けて出てこられたら困るからな」
「............ふふっ。そうか、それを聞いて安心したぞ」
かつての約束を覚えてくれていた彼に、長門は安心したように朗笑を浮かべてみせた。
指揮官もそれを見て、唇を開いた。
「よかった。油揚げをあげる必要なもなさそうだ」
「余を狐扱いするでない。余は長門。重桜を守りし戦艦長門だ。忘れるな」
堂々と名乗りをあげた彼女は、指揮官の知る重桜としての長門の姿だった。
「肝に銘じておくよ......で、空気を壊すようで悪い。ちょっと思ったんだが、俺達今すぐ帰れないのか? 狐桜とやらを二枚も見つけたんだろう?」
さりげなくではあったが、長門は狐桜を二枚見つけたと証言していた。
既に一枚は使われたが、二枚目はまだあるはず。すぐにでも、戻ることは可能なはずだ。
そう思われたが、陸奥は指揮官の考えを打ち消してみせた。
「術の準備がまだなの。手紙で渡したのは術を仕込んでいたんだけど。帰りの分はまだ。終わるのがちょうど明日の頃合で......最初、大鳳さんが気を利かせて前日に連れて来てくれたのかと思っちゃった」
「ニューカッスルで悪いな」
「んーん、大丈夫。にゅーかっするさん凄く綺麗な人だし。大鳳さんより話してて全然楽しいよ!」
さりげなく、今出会ったばかりのニューカッスルの方が、大鳳より好きだという事実を知る指揮官だったが、優しく受け止めておくことにした。
「そうかそうか。にしても、明日か......そいや明日は大鳳が秘書艦の日だったな。アイツ驚かされるの嫌いなくせに、俺を驚かせる気は満々だったのか、大鳳らしいけど」
「そのつもりだったのだが、お主が開けるから......」
「すまん、好奇心という名の鬼に負けた......ん?」
指揮官が反省の色をみせていると、肩を優しく叩かれる。
振り返ると、人差し指が指揮官の頬にあたり、そこには無線機を持ったままのニューカッスルがいた。
「貴方様、ノースカロライナの姉御とのケジメはつきましたが、本当に他に何もありませんか?」
「姉御!? 姉御って言った今!?」
あとケジメって何!?
「おほん。失礼しました、ノースカロライナ様との密談です。それで、なにかありませんか?」
「そうだなあ......任務以外で伝えたり知らなきゃいけないこと............あっ、すまんニューカッスル。ちょっとだけかわってくれ」
大事な大事なミッションを忘れるところだった。
「どのようなご要件で?」
僅かに口角を上げ、指揮官はミッション名を告げた。
「......よい子へのプレゼントの中身についてだよ」
雑なオリ設定紹介
狐桜
大樹重桜から長い間散ることのなかったサクラのこと、なんか霊力がいっぱいこもってて、無茶な事でも色々出来るようになる。五十年に一度見つけたらいい方。
狐花が彼岸花の事なのでそこから、読みはまだ不特定。
「きつねざくら」? 「ころう」? お任せします(